まだ見ぬ駅を求めて~逆瀬の駅めぐり旅~

駅めぐりの記録をひたすら載せていくブログです。やたら更新する時と全く更新しないときがあります。

10/19 木造駅舎と近代建築を求め GO TO 長門

山口GOTO旅二日目は長門地方を中心に巡っていきます。

日の出直前にホテルを出発。まずは岩鼻駅を目指そうとしましたが、ナビに案内されたのは軽以外では通るのがキツそうな細い道。仕方なく岩鼻駅は諦めてスルーすることにしましたが、次にこの地方に来る時まで改築されないでいてほしいものです。

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菊川町農業協同組合豊東支所

気を取り直して下関方面に向かい、内陸部に入って旧菊川町へ。古くからの市街地の中に古い農協の建物が残っていますが、かなり改装されています。現在は自治会館として使用されている模様。

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長門鉄道 石町駅跡

北上して、旧豊田町域に入り、長門鉄道石町駅跡へ。レンガ造りの農業用倉庫が鉄道があった事を今に伝えています。実はこの倉庫の存在については知りませんでしたが、旧石町郵便局を見るために車を走らせていてたまたま発見しました。

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旧石町郵便局跡

では、お目当ての旧石町郵便局はというと、残念ながら解体済み。ネットに上がっている写真ではそれほど大きな建物には見えませんが、更地になってみるとそれなりの大きさがあったことが分かります。

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豊浦郡西市町役場

豊田町の中心・西市へ。昭和7年に建てられた旧西市町役場が残っています。企業の事務所に転用され、増築もされていますが、町章が残っています。

西市町は昭和29年の合併で豊田町となり、平成17年に下関市と合併しました。

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木曽旅館

西市はこの地域の中心として古くから栄えた街らしく、中心部には旧役場以外にも古い建物が多く残されています。写真の木曽旅館はなかなかの風格。いつまで営業していたのでしょうか。

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長門鉄道 西市駅跡

西市は昭和31年に廃止された長門鉄道の終着駅があった街でもあります。小月と仙崎を結ぶ陰陽連絡鉄道として計画された長門鉄道ですが、線路は仙崎までまだまだ遠いこの地で途切れていました。地形を見るにもしこの先の延伸が実現していれば、長門湯本辺りで美祢線とぶつかるので、美祢線が開業してしまった以上、どっちみち仙崎まで伸びるのは難しかったのではないかと思います。もし、美祢線より先に開業できていれば国有化されていたのでしょうね。

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杢路子清流館

続いて杢路子清流館へ。昭和46年に閉校となった旧殿居小学校維新分校を改装したもので、昭和10年に現在地に移転した時に建てられた校舎ですが、新築同然に綺麗な姿です。周囲は廃村寸前といった感じの人気のない山奥で、廃屋と田畑を囲む電気柵が目立ちます。残念ながら逆光で真正面から上手く撮れなかったのでいずれ撮り直しに来ることになりそうです。

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旧殿居郵便局

北上して、旧殿居郵便局へ。大正12年10月10日に落成した、八角塔屋付きの洋風建築で、日本の郵便局の中でも一二を争う美しさではないかと個人的には思います。隣にある現役の郵便局の方で頼めば中も見せてもらえるそうですが、この後も行かなければならないところがたくさんあるので次の機会にします。

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厳島神社

郵便局の近くには厳島神社という神社があるのですが、そこの参道入口の鳥居前には神の使いである鹿と烏のモニュメントが対になって置かれています。気を付けて見ておかないと見落としてしまいそうなくらい小さなものですが、今では獣害の象徴となった鹿が神の使いとして敬われていたことを感じさせてくれる存在です

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特牛駅

旧豊北町に入り、特牛駅へ。秘境駅として知られていますが、駅前に人家があって集落も近いのでそれほど秘境感は感じません。「ちょっと開けた飯浦駅」といった感じの印象です。飯浦駅は木造駅舎が解体されてしまいましたが、こちらは昭和3年開業時の木造駅舎が残っています。形状は昨年惜しくも解体されてしまった隣の阿川駅のものと同じですが、一部改装されています。最近はあまり管理が行き届いていないのか、駅舎内は荒れた印象で、蜘蛛の巣や枯れ葉、虫の死骸が目立ちます。正直この駅舎も後が長くなさそうだと感じました。

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駅前にはバスが発着

駅舎を撮っているとお婆さんがホーム側から現れました。列車の時間でもないのに何故?と思いましたが、その後すぐにバスがやってきたので疑問は解決。ところが、坂を登って駅前にやってきたバスは、駅前を通り過ぎて坂をさらに登って行ってしまいました。しかし、これは駅前が狭く転回できないことによる措置だったようで、向きを変えてまた坂を下り、駅前にやって来ました。お婆さんを乗せてバスはすぐに発車、滝部駅へと去っていきました。

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特牛漁港

特牛駅は山間にありますが、車で5分走ればそこは海。駅名の由来になった特牛は日本海に面した小さな漁村です。漁村らしく狭く入り組んだ道に沿って古い建物が多く残っています。

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’98 謝恩セール‼

その中の元呉服店には「'98 謝恩セール‼」と平成10年の看板がそのまま貼られていて驚きました。この手の看板というのは基本的に短期間で撤去されてしまうものなので、まさか22年も貼られっぱなしになるとは当の看板自身も思わなかったのではないでしょうか。

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長門市油谷支所(旧大津郡油谷町役場)

日本海に沿って進み、旧油谷町へ。有名な角島大橋も元乃隅稲成神社もスルーです。

油谷町役場は昭和44年9月竣工。内部はかなり老朽化してきているようで、そう遠くない将来建て替えられることになりそうです。

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人丸駅

油谷町の中心部には人丸駅が立地。元乃隅稲成神社の最寄り駅ということで、入口に鳥居が設置されています。駅舎は前日に岩徳線で見たのと似たようなマンサードのファザードが個性的な木造駅舎。しかし、改装され尽くしているので風情には欠けます。

油谷といえば、安倍前総理の祖父・安倍寛の出身地。前総理だけでなく父・晋太郎も東京出身ですが、本籍地は油谷町で、お墓も油谷町にあります。言ってみればお膝元中のお膝元なのですが、前総理は帰郷の際にこの駅に降り立ったことはあるのでしょうか。前原さんや石破さん以外の大物政治家はあまりローカル線に乗ってるところが想像できないのですが。

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明石公会堂

長門市中心部を通り過ぎて萩市に入り、明石公会堂。昭和元年に建てられた古い建物ですが、今なお現役で、美しい姿を保っています。ただ、残念ながら逆光

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三見駅

続いて三見駅へ。長門市~東萩~益田は本数が非常に少ないので列車での訪問は簡単ではありません。三見の駅舎は大正14年4月開業時に建てられたもので、木製の引き戸が残っているのが、個人的にポイント高いです。ただ、待合室にゴミが放置されるなど、特牛ほどではないにしろ荒れた感じなので、今後が心配されます。

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玉江駅

隣の玉江駅へ。萩市中心市街の西の玄関口で、大正14年4月開業時に建てられた立派な木造駅舎が残っています。こちらはしっかりと管理されていますが、惜しむらくは列車の本数が少ないことです。鉄道の父・井上勝の出身地なので、せっかくなら旧事務室部分を改装してちょっとした展示でもして活用してもらいたいところ。

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玉江駅 ホーム待合所

階段を登ったホーム上には木造の待合所。老朽化のため撤去されるそうですが、工期は11/24~27。この規模だとたった3日で撤去できてしまうのですね。駅舎は末永く残ってくれることを祈ります。

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長門大井駅

萩城下町をスルーして長門大井駅へ。せっかく前を通るんだからと思わなくもないですが、萩くらいの街だと色々見て回るのに2,3日はかかりそうなので、また改めて来るとしましょう。長門大井の駅舎は昭和4年4月開業時のもので、江崎や奈古と同型。

かつては旧事務室部分に理髪店が入居していましたが、今は撤退しています。旧窓口や天井などが昔のまま残る貴重な駅舎ですが、ご多分に漏れず放置気味で蜘蛛の巣が目立ちます。

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保谷入口バス停

長門大井駅から内陸部の旧福栄村に抜ける途中、険しい峠道の脇で傾きかけたバス停を発見しました。バス停の名は仁保谷入口。直前に谷底の方へと下りていく分かれ道があるので、そこから来ているのでしょう。周囲に人家はなく、果たしてどれだけの人が利用するのでしょうか。内部にはヤンマー田植機のホーロー看板が貼られています。

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萩市福栄総合事務所(旧阿武郡福栄村役場)跡

福栄村に到着し、とりあえず道の駅「ハピネスふくえ」に駐車。今回のお目当ては旧役場ですが、一足遅かったようで、残念ながら瓦礫の山と化していました。仕方ないので、道の駅で少し休憩してから進んでいきます。

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長門湯本駅

松下村塾前をスルーして一部開通の山陰道に乗り、あっという間に萩市を後にして再び長門市へ。温泉街を通り抜けて長門湯本駅へ。湯本温泉への下車駅ということもあって、訪問時は旅館の送迎バスを待つ観光客がいました。

駅は大正13年3月開業時のもので、張り出した庇が風格を感じさせます。駅舎のホーム側では、JRの作業員3人が駅舎の屋根の部分などを一脚を使って撮影していました。この駅には確か移転計画があったはずですが、それと関係しているのでしょうか。

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渋木駅

後はひたすら美祢線の駅を見ながら宇部へと戻っていきます。続いて、渋木駅大正13年3月開業時のものと思われる小柄な木造駅舎が残っていますが、駅前が狭いので撮影には苦労します。見た感じ、利用者も少なく忘れ去られたような感じなので、美祢線にも駅簡素化の波が及んだら真っ先に取り壊されてしまいそうです。

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於福駅

続いて於福駅大正9年10月30日開業で、つい先日開業100周年を迎えました。駅舎の旧事務室部分には地域交流ステーションが入居しており、しっかり活用されている様子なので、当分は残りそうな様子。「コロナ差別 NO!」とポスターが貼られているのも、一部地方において県外者差別が行われている中、それを許さない地域だというのが感じられて安心できます。

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重安駅

重安駅には変わった形の木造駅舎が残ります。石灰石の搬出で賑わった駅で、構内は広く、駅舎の隣に運転従事員詰所もありますが、こちらも使われていない様子。全体的に大きな設備を持て余しているので、簡素化が行われても不思議ではありません。

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四郎ケ原駅

四郎ケ原駅の駅舎は、天井が高く立派なもの。屋根はトタンに張り替えられていますが、そのトタンにも苔が生えて古びた雰囲気。しかし、旧事務室部分が活用されていないので、今後が心配されます。開業時に植えられたという駅前の大木もいい味出してますが、影が落ちてしまったのは残念なので、この駅舎があるうちにまたリベンジしたいものです。

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厚保駅

隣の厚保駅にも四郎ケ原駅と同型の駅舎が残ります。しかし、こちらは於福駅同様、旧事務室部分が地域交流センターとして活用されているため、内外ともにかなり改装されています。張り出しているのは耐震補強でしょう。四郎ケ原駅のようなわびさびは感じられませんが、こちらは大切に使われている様子がしっかりと伝わってきます。

駅舎を撮っていると交流センターからおじいさんが出てきて、ホーム側の上屋が傾いているんだと教えてくれました。建物財産標によれば、駅舎は明治38年9月開業時のもの。今年で115歳ですが、平成25年に改装されたばかりなので、まだまだ現役であり続けるでしょう。

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湯ノ峠駅

長門市行きの列車を見送ってから、湯ノ峠駅へ。厚保駅から湯ノ峠駅の方へ抜けるには狭くて険しい山道を抜けるしかなく、何か見覚えのある道だなと思ったら2月にも通った道でした。

厚狭川の畔にある湯ノ峠駅の駅舎は昭和18年12月改築。美祢線では唯一、妻面に出入口のある駅舎です。待合室内は虫の死骸と蜘蛛の巣だらけでほとんど放置状態でしたが、一昨年の一日の利用客数が4人という状況では仕方ないのかもしれません。

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湯の峠温泉 岡田旅館

駅前の道を厚狭方面に進んだところに湯ノ峠温泉の旅館があります。湯ノ峠温泉唯一の旅館でしたが、平成25年夏に廃業してしまいました。しかし、建物が綺麗に残っている辺り、営業は止めても住んではいるようです。最寄りが放置状態の無人駅とはいえ、徒歩圏内なので、かつては列車で訪れる旅人もいたのでしょう。

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鴨ノ庄信号場

湯ノ峠駅厚狭駅の駅間距離は4.2㎞。そのほぼ中間地点に鴨ノ庄信号場があります。昭和44年3月開業、厚狭市街の北の端に位置し、周囲の人家は湯ノ峠駅よりも多いので、民営化時に駅に昇格していれば、それなりに利用されていただろうと思われます。

石灰石輸送の貨物列車が交換していたこともあって有効長は長く、美祢線のかつての栄華を今に伝えています。信号場なので、乗客の乗り降りはないものの、布原駅のような短いホームが千鳥配置されており、駅のような雰囲気もあります。

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旧伯野歯科医院

最後に厚狭市街へ。厚狭駅にほど近い住宅街の片隅に、昭和4年に建てられた旧医院が廃墟化しながらも残っています。バルコニー付きの造りなども美しく、もし手入れをすればさぞかし見事な姿になるだけに現状の放置状態が惜しいものです。お金に余裕があったら買い取って別荘にしたいなと思えるほど。

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羽田に到着

宇部空港へと向かう途中で日が暮れ、19時前に車を返却。空港なら食事処には困らないだろうと思っていましたが、空港内で地域共通クーポンを使って夕食を買えるのはヤマザキショップのみ。菓子パンで味気ない食事を終えてから地域共通クーポンを使い切ってお土産を買いました。

20:05発羽田行きANA3816(SFJ16)便に搭乗し、羽田には21:40着。

羽田空港21:58発エアポート急行印旛日本医大行き2123N(7305)と品川22:25発山手線外回り2131G(モハE234-72)を乗り継いで帰宅しました。

 

山口県内の木造駅舎が消える前に見ておこうという思いで計画した今回の旅でしたが、次にこれらの駅を訪れる時にも何とか木造駅舎が残っていてほしいものです。