まだ見ぬ駅を求めて~逆瀬の駅めぐり旅~

駅めぐりの記録をひたすら載せていくブログです。やたら更新する時と全く更新しないときがあります。

2/5 安芸・備後をドライブ

1月末、芸備線西三次駅の木造駅舎が2月上旬より解体されるという衝撃的なニュースが入ってきました。あいにく未訪問の駅ですが、18きっぷシーズン外なので芸備線で駅めぐりしようとすると結構な費用がかかります。そこで、今回は車で行きせっかくなので車でしか行けないようなところも見てくることに。

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オリオンバス

早稲田を19:49発東葉勝田台行き1960T(2108)で出発し、大手町から歩いて東京駅鍛冶橋駐車場へ。20:40発オリオンバス7051便に乗車し、広島駅前には翌朝9:20着。

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志和堀集会所

早速車を借りて出発。まずは東広島市志和町志和堀の志和堀集会所へ。途中、東広島バイパスで渋滞に巻き込まれました。広島郊外は人口の多さの割に道路整備が追い付いていないような印象を受けます。

志和堀集会所は詳細不明ですが随分と古そうな建物です。

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西三次

志和堀から志和口に抜けて芸備線沿いに走り、西三次駅へ。着いた時は駅前に車が停まっていたので先にホームを撮影してから戻ると、端の一台を残して立ち去っていました。駅舎は大正4年6月、芸備鉄道の終点・「三次」駅として開業した際に建てられたもので、築105年。昭和29年、隣の備後十日市駅に駅名を譲って「西三次」に改称されていますが、長らく貨物輸送の拠点であり続けました。昭和58年に無人化され、以降は旧事務室部分が集会所として利用されてきましたが、老朽化を理由に2月上旬から解体されます。

築105年の西三次駅解体へ 芸備線の前身・芸備鉄道開業時の生き証人、往時の活気懐かしむ声 | 中国新聞デジタル

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西三次駅 駅舎内

現地にあった改築のお知らせを見ても「2月上旬」とあるだけで詳しい日付は書かれていませんでしたが、工事業者らしき方を何人か見かけたのでそのうち工事が始まるのでしょう。今回は車での訪問なので訪問駅としては扱わず、また改めて列車で来ることになりますが、その時にはとても簡素な駅になっていることでしょう。

井原市駅も改築されたことですし、芸備線でも年に一駅くらいのペースで古い駅舎が消えていくことになりそうです。

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キサ104華 とりからあげ定食

西三次駅を後に、吉舎(きさ)へ。平成16年に三次市と合併した旧双三郡吉舎町で、隠岐へ流される途中の後鳥羽上皇が「吉(よ)き舎(やど)りかな」と言ったことが地名の由来と伝えられています。

国道沿いの道の駅のようなところに車を停め、尾道ラーメンを食べてから街の散策に繰り出しました。

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旧三浦医院

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日本キリスト教団三次教会吉舎集会所

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うだつの町並み

吉舎と言えばやはり有名なのがうだつの町並みですが、洋風建築も何軒か見受けられます。古い建物が多いですが、重伝建ではないのでところどころ新しい建物になっていて統一感はありません。しかしそれゆえに自然な感じがします。

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旧吉舎郵便局

旧吉舎郵便局は大正6年に建てられたもので、局舎には珍しく和風デザイン。左手には酒蔵が繋がっていたはずですが、解体されて更地になっていました。

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馬洗川と田中写真館

馬洗川の畔に建つ3階建てのモルタル洋館は旧田中写真館。昭和3年に地元の大工、古川惣一郎が大阪で当時の高い技術を学んで作り上げたもの。吉舎のシンボルで、国登録有形文化財

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旧総領中学校黒目分校

吉舎を後に庄原市総領町の黒目分校へ。昭和43年に統合のため閉校となった中学校の分校で、閉校から50年以上経っていますが、20年ほど前まで工場として使われていました。廃墟化が著しく、解体されずとも時期に倒壊してしまいそうな感じです。

記録には昭和23年8月15日落成、昭和37年7月8日新校舎落成とありますが、コンクリ建築が一般的になった昭和37年に木造校舎を建てるとは考えにくいので増築部分のことでしょうか。

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中国バス廃車体

次の目的地へ向かう途中、道沿いに自販機コーナーとして余生を送るバス廃車体を見つけました。中国バスの車両で、看板で隠れている部分には昔の塗装が残っています。

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旧神石町立牧小学校

神石高原町に入り、旧牧小学校へ。平成13年3月18日閉校で、その日付が窓に掲げられています。牧ふれあいセンターとして再利用されているため状態は良好です。

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旧神石町立第一中学校

谷を挟んで向かいの丘の上には旧第一中学校。昭和43年閉校。食品工場に転用されているようで、人の気配がありましたが、校舎の老朽化が激しく今後が気にかかります。

予定ではここで終わりにして広島に戻ることになっていましたが、まだ行けそうだったので神石高原町役場へ。

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神石郡神石高原町役場

神石高原町は平成16年11月に神石郡4町村(油木町、神石町、三和町、豊松村)が合併して誕生した町で、役場本庁舎は三和町に置かれています。三和町は地理的中心ではありませんが、4町村では最も人口が多いことから役場が置かれたのでしょう。

三和町役場として建てられた役場庁舎は、南館が昭和32年、北館が昭和54年竣工。外観・内部はそれほど古そうに見えませんが、耐震性の低さゆえに建て替え工事中で、新庁舎への移転は7月を予定しています。

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豊栄町の建物

神石高原町役場から広島まではカーナビだと下道で4時間以上かかると案内されましたが、どうやら最短経路ではなかったようで、Googleマップの案内に従って山間の小さな道でショートカットして時間を短縮していきます。広島県の内陸部に土地勘は無いので小国、豊栄、福富と初めて名前を聞いた町ばかり。自分でもどこを走っているのかよく分かりません。豊栄町の宮の首交差点を過ぎたところで、いい感じの建物があったので、休憩がてら車を停めて街並みを撮影。「豊栄」と聞くと新潟のイメージが強すぎて広島にもあるとは思ってもみませんでした。

福富を過ぎて志和に入ると往路と重なるので広島に近付いてきたなと思いましたが、また国道2号の渋滞に巻き込まれたくないので、県道33号瀬野川福富本郷線を直進。するとがけ崩れで通行止めだったのでそのまま脇道へ。広島市安芸区に入りましたが道は前よりも狭く酷くなり、通り抜けて広い道に出たときはほっとしました。スカイレールの通っているみどり坂ニュータウンのすぐ裏手の道です。

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電光石火 豚玉焼き

広島市内に入ってからは複雑な道や開かずの踏切に苦しめられながらも何とか車を返却し、電光石火のお好み焼きで夕食。私は兵庫の人間ですが、焼きそばが好きなのでお好み焼きは大阪風よりも広島風の方が好きです。

帰りは20:20発オリオンバス7042便に乗車。隣の席が空いていたので快適でした。