まだ見ぬ駅を求めて~逆瀬の駅めぐり旅~

駅めぐりの記録をひたすら載せていくブログです。やたら更新する時と全く更新しないときがあります。

3/24 日田彦山線BRT化区間をドライブ+α

彦山駅が解体されると聞いたので、この機会にと日田彦山線のBRT化区間をドライブしてきました。なお鉄道として復旧する見込みのなくなった添田~夜明間の駅については根室本線の幾寅・落合や日高本線大船渡線気仙沼線BRTと同様に訪問対象から外してあります。

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添田駅

小倉で車を借りて一時間走り、まずは添田へ。田川郡添田町の玄関口で、かつては添田線も乗り入れていました。当駅から先は平成29年7月九州北部豪雨による被害を受けて長期運休中で、バス代行輸送が行われています。

訪問時はちょうど列車が到着したところで、代行バスに乗り継ぐらしい鉄道ファンの姿も何人か見られました。

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歓遊舎ひこさん駅

運休区間に入って一つ目の駅は歓遊舎ひこさん。平成20年3月に開業した、ホームだけの簡素な駅で、道の駅歓遊舎ひこさんの裏手にひっそりと存在しています。ホームには桜が咲き乱れていましたが、多く人で賑わう道の駅とは対照的に忘れ去られたような雰囲気です。

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豊前桝田駅

続いて豊前桝田へ。昭和17年8月、田川線が彦山まで開業した際に新設された駅で、明治22年の町村制施行で田川郡彦山村が成立するまで存在した、旧桝田村の村域にあります。民家の裏手に隠れるように存在する、ホームだけの小さな駅ですが、昭和50年代までは駅舎がありました。ホームは島式だったものを片面のみ使用しています。

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彦山駅

続いて彦山へ。彦山神社への参詣駅で、昭和17年8月に田川線の終点として開業しました。開業時に建てられた駅舎は彦山神社を模した、赤い屋根と白壁のコントラストが美しい、立派なものです。しかし、その立派見た目に反して無人駅であり、そのほとんどが活用されていない状況。BRT化に際し、駅前のスペースを確保するという名目で4月から解体されると発表されましたが、駅前がそれほど狭いわけではないので、実際のところ老朽化で維持費がかかることが一番の理由なのではないかと思われます。

ちなみに駅の開業する6カ月前の昭和17年2月に、田川郡彦山村は添田町編入されて消滅しています。

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彦山駅 ホーム

構内は2面3線。BRT化工事に伴い、線路はほとんど剥がされてしまっています。島式ホーム上では柱が倒されて無残な姿を見せていました。

駅舎の解体についてはテレビや新聞でも報じられたこともあってか、多くの見物客の姿を目にしました。多くの人が駅に興味を持つのは良いことだと思いますが、人が多いと写真が撮りづらく、駅舎の正面が駐車場になっているので前を塞がれてしまうのが難点です。この時間帯、駅舎正面はちょうど逆光だったので、帰りにまた寄ることにして先へ進みます。

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第四彦山川橋梁

彦山駅を出た線路はほどなく、第四彦山川橋梁を渡ります。日田彦山線のうち一番最後に開業した、彦山~大行司間にはコンクリートのアーチ橋が4つ架けられていますが、もうこの橋を列車が渡ることはありません。第四彦山川橋梁を渡った列車は切通へと突入しますが、この切通終戦直後の昭和20年11月12日に発生した二又トンネル爆発事故で吹っ飛んだ山の名残です。当時、この区間の鉄道は未開通でしたが、橋梁やトンネル等は既に完成しており、旧日本軍が空襲を避けるためにトンネルを火薬庫として使っていました。終戦後、連合軍がこれらの火薬を焼却処分させた際に起こったのがトンネル爆発事故で、山全体が吹き飛んで住民ら147人が死亡する大惨事となりました。彦山駅についても爆発の被害を受け、列車を待っていた乗客が死亡していますが、駅員が咄嗟の判断で到着しようとしている列車を手前で止めたため列車は被害を免れました。

トンネル跡の筑前岩屋方には「爆発踏切」という踏切がありますが、車を停めれそうな場所が無かったので訪問は諦めました。

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筑前岩屋駅

小石原・大行司を経由して筑前岩屋へ。彦山から筑前岩屋へは県道52号を通るのが近道ですが、狭隘な山道なので無難に国道500号、211号を経由していきました。国道211号も度重なる災害からの復旧工事の真っ最中で、片側交互通行箇所がいくつかあり、結構渋滞していました。

筑前岩屋は、田川郡添田町豊前)と朝倉郡東峰村筑前)を隔てる険しい山を越えた先にある駅で、昭和31年3月、日田線の彦山~大行司間の開通時に開設されました。駅舎は平成9年3月改築の、ピロティ―が目立つデザイン。高床式倉庫のようにも、東南アジアの多雨地帯の伝統的家屋のように見えます。デザインのモチーフはなんなのでしょうか。

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筑前岩屋駅 構内

平成29年7月豪雨の際には、ホームに土砂が流入し、大きな被害を受けたほか、駅前に架かる橋が流失して駅へのアクセスが困難になりました。現在はBRT化工事の真っ最中で、構内は立ち入り禁止に。片側使用の島式ホームは跡形もなく姿を消していました。

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宝珠山橋梁と断ち切られた橋

来た道を少し戻って県道52号から宝珠山橋梁を撮影。5連アーチが美しい橋ですが、それよりも目を引かれたのは手前の道路橋。元々は対岸へ繋がっていたのでしょうが、途中で無残にも断ち切られてしまっています。周囲を見渡してみるとブルーシートで覆われた斜面も目につきます。災害から3年半が経ちますが、復興はまだ道半ば、生活に必要な道路などの復旧すら完全には終わっていない状況では、ほとんど使わない鉄道の復旧に多額の費用を投じるどころではないのでしょう。

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第二大行司橋梁

第二大行司橋梁は近くに寄って撮影。こちらは4連アーチの橋です。開業は昭和31年ですが、昭和13年には完成していました。建設時期が近い広尾線釜石線、今福線などのアーチとそっくりです。橋のスタイルにも色々ありますが、やはりコンクリートアーチ橋は美しいと感じます。筑前岩屋駅宝珠山橋梁との間には栗木野橋梁もありますが、こちらは駐車場所を見つけられずに通り過ぎました。

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大行司駅

大行司駅へ。昭和21年9月、宝珠山から伸びてきた彦山線の終着駅として開業した駅で、開業時に建てられた木造駅舎が長らく残ってきましたが、平成29年7月5日の豪雨による土石流で倒壊してしまいました。その後、令和元年12月22日に旧駅舎を模して再建されましたが、もうこの駅に列車が来ることはありません。

ホームは駅舎より高い位置にあり、斜面に植えられた桜はちょうど見頃を迎えていました。

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朝倉郡宝珠山村役場

大行司駅があるのは、平成17年の合併で朝倉郡東峰村となった旧宝珠山村の中心部。国道沿いには昭和12年に建てられた旧宝珠山村役場が残されています。

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宝珠山駅

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宝珠山駅 ホーム上の県境

村名を名乗っていた宝珠山駅の方は村の南の外れ、日田市との県境部分にあり、ホームの3分の1は大分県にあります。昭和12年、夜明から伸びてきた彦山線の終着駅として開業した駅で、おそらく宝珠山村にとって初めての鉄道駅だったので村名をとって駅名としたのでしょう。宝珠山村の中心に大行司駅が開業するまで、9年間は宝珠山村唯一の駅でした。

駅舎は一見古くからの木造駅舎のようですが、旧駅舎のデザインを踏襲して平成10年3月に改築されたもので、とても築22年とは思えないほど風格があります。駅前を駐車で塞がれていたのが残念でしたが、この駅舎は当分残るでしょうし、いずれ撮り直しに来るとしましょう。

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延田橋

国道と駅前を隔てる大肥川に架かる延田橋は架け替え工事中。隣には新しい橋が完成しており、3月25日まで工事中とあったので撮影の翌日か翌々日に役目を終えたのでしょうか。橋を渡ったところには雰囲気のある廃洋館が鎮座しており、こちらも気になりました。

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大鶴駅代行バス

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大鶴駅 ホーム

大分県日田市に入り、大鶴へ。昭和30年に日田市に編入された旧日田郡大鶴村の中心部にある駅で、駅前には製材所や農協などがあります。平成22年4月改築の駅舎は木造の和風デザイン。訪問時はちょうど代行バスが駅前にやってきていました。乗り込んだ乗客もおり、しっかりと利用されているようですが、ポンチョで運びきれてしまうとなると鉄道としては厳しいのかもしれません。駅構内のレールは撤去が進んでいました。

ちなみに「大鶴」は肥と河内の合成地名です。

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今山駅

日田彦山線の最後の駅は今山。田園地帯の中にあるホームだけの駅ですが、国鉄時代は駅舎がありました。駅周辺は桜と菜の花が咲き乱れ、まさに春爛漫。駅は国道から少し離れた細い道の先にあるので、代行バスは駅前まで入らず、国道上にバス停が設置されています。

終点の夜明駅については久大本線での訪問も可能ですし、車を停める場所も無さそうなので今回はスルーしました。

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浮羽町田籠の洋館

国道210号を西に進んで県境を越えて再び福岡県に入り、うきは市浮羽町の山間の田籠地区へ。ここに風情ある古い洋館が残されています。果たして何の建物だったのかは不明で、立地の都合で構図も限られますが、末永く残ってほしいものだと思います。

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二度目の彦山駅

浮羽、大石、杷木、松末、小石原と経て小倉の方へ戻りつつ再び彦山駅へ。午後が順光だろうという予想は当たっていましたが、まもなく始まる駅舎撤去工事に備えてなのか、工事用車両が駅前に何台も停まっていました。幸いにも時間はたっぷりとあるので、車がいなくなるまで他のところを撮りながら待ちます。そうして待つ間にも観光客が次々やってきて、駅舎を記念撮影しては去っていきました。

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彦山駅

幸いにも工事用車両は10分ほどでいなくなりましたが、観光客の車の方は一台がいなくなったと思ったらまたやってきての繰り返しで、ジャンボタクシー以外の車が正面からいない写真を撮れるまで一時間待ちました。駅前が駐車場になっている駅というのはやはり綺麗に撮るのが難しいものです。でも、一時間待ったおかげで心置きなく最初で最後の彦山駅を満喫することができました。午前中も合わせるとこの日撮った彦山駅の写真は310枚、道理でスマホの容量も無くなるわけです。カメラが故障中でスマホメインで撮ることになったのは残念ですが、最後に記録できて良かったと思います。

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歓遊舎ひこさん駅

歓遊舎ひこさん駅も午前中は逆光だったのでもう一度訪問して撮影。この駅のホームが今後どうなるかは発表されていませんが、もしかしたらこのような写真を撮れるのも今年が最後になるのかもしれません。

この後は川崎経由で山田に抜けましたが、目当ての嘉麻市役所山田庁舎が解体済みだったので車を降りることなく国道322号をひたすら走って小倉へと戻りました。

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煮卵入りラーメン

夕食は小倉駅アミュプラザ内の博多純情ラーメンShinShinの煮卵入りラーメン。やはり九州に来たなら豚骨ラーメンが食べたくなります。

この日は快活クラブ小倉鍛冶町店に宿泊。前日の駅南口店とは目と鼻の先なのにこちらは治安も良く店内も清潔で快適な一夜を過ごすことができました。