まだ見ぬ駅を求めて~逆瀬の駅めぐり旅~

駅めぐりの記録をひたすら載せていくブログです。やたら更新する時と全く更新しないときがあります。

9/5 初秋の東海道本線(静岡地区)駅めぐり

この日は一日分残った18きっぷを消化すべく静岡地区の駅を巡りに行きました

高田馬場4:38発山手線内回り0360G(クハE234-28)、品川5:10発東海道線小田原行き725M(モハE231-1542)、小田原6:22発東海道線熱海行き723M(クハE232-3531)、熱海6:49発東海道本線普通浜松行き425M(クハ210-5045)、浜松9:23発東海道本線豊橋行き927M(クハ312-2323)とひたすら乗り継いで新居町で下車。

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新居町駅

平成22年3月に湖西市編入された旧浜名郡新居町の駅で、駅舎は昭和53年7月改築。新居は東海道五十三次31番目の宿場で、関所が置かれていました。主要街道では唯一、当時の関所の建物が現存していますが、駅から歩いていくには少々遠いです。駅裏手には浜名湖競艇場があり、競艇開催日のみ使用される改札口も設けられています。

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弁天島駅

新居町9:50発新快速浜松行き5312F(モハ313-2)で弁天島へ。浜名湖に浮かぶ、弁天島にある駅で、当初は海水浴客のための臨時駅でした。築堤上の高架駅で、駅務室や改札、待合室といった駅舎の設備は全てホーム上にあります。

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弁天島海浜公園

駅から歩いてすぐのところに弁天島海浜公園があり、砂浜に建つ鳥居がシンボルとなっています。今回のメインは駅めぐりですし、散策するには暑かったのでこれだけ撮ってすぐに引き返しました。

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舞阪駅

弁天島10:11発普通浜松行き932M(クモハ211-5035)で舞阪へ。明治21年9月、官設鉄道大府~浜松間の開通時に「馬郡(まごおり)」として開業した駅で、わずか3カ月で改称されています。平成17年に浜松市編入された旧浜名郡舞阪町の町名を名乗っていますが、駅自体は浜松市側にあり、東海道五十三次30番目の舞阪宿へは弁天島駅の方が近いです。駅の開業は町村制で舞阪町が成立する一年前で、当時の所在地は浜名郡馬郡村。馬郡村は町村制施行時に分割されて、一部が舞阪町に、駅所在地も含む残りの大部分が篠原村になりました。篠原村は昭和36年浜松市編入されています。

駅舎は、平成16年の「浜名湖花博」開催に合わせ、平成15年12月に使用開始された橋上駅舎。それまでは明治時代の開業時のものが使用されていましたが、もし今も残っていれば日本で2番目に古い現役駅舎になっていたことでしょう。

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高塚駅

舞阪10:32発普通浜松行き934M(クモハ313-2514)で高塚へ。平成3年に浜松市編入された旧浜名郡可美村の駅で、東海道本線の駅のうち村にあった最後の駅でした。可美村は前述の篠原村が浜松市編入されて以降、四方を浜松市に囲まれた状態で存在していた村で、自動車メーカースズキの本社が置かれています。かつてはスズキ本社工場への専用線もありました。駅舎は平成27年3月橋上化、それまでは改装された木造駅舎がありました。

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浜松駅

高塚10:51発普通浜松行き3118F(クモハ311-7)で浜松へ。言わずと知れた静岡県最大の都市の代表駅で、在来線ホームは高架の2面4線。新幹線との間に通過線があります。

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天竜川駅

浜松11:09発普通興津行き776M(クモハ313-2510)で天竜川へ。日本三大急流の一つ、天竜川に由来する駅名を持ちますが、肝心の川からは少し離れています。明治31年に駅が開業した際の所在地は浜名郡和田村で、昭和29年に浜松市編入されました。現在は東区の中心地です。駅舎は平成29年9月に橋上化されたもので、それ以前は昭和47年改築の鉄筋コンクリート平屋建てのものでした。北口駅前には全国的に見ても珍しい感情交差点が設置されています。

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豊田町駅

天竜川11:32発普通興津行き5780M(クモハ313-2604)で豊田町へ。平成17年に磐田市と合併した旧磐田郡豊田町の駅で、平成3年12月に開業しました。JRになってからの開業のためか、駅舎は凝ったデザインで、ステンドグラスで装飾されています。

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磐田駅

豊田町11:46発普通掛川行き5782M(クモハ211-5616)で磐田へ。しっぺい太郎伝説の地・磐田市の代表駅で、平成12年1月改築の橋上駅舎は遠江国分寺をイメージしたデザインです。明治22年開業時の駅名は「中泉」で、当時の所在地は豊田郡中泉町でした。中泉町は磐田郡所属になった後、昭和15年の合併で磐田郡磐田町になり、駅名も昭和17年10月に改称されています。

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前島密之像

橋上化で誕生した南口の駅前には郵便の父・前島密の胸像が設置されています。てっきり磐田出身なのかと思いましたが、出身は新潟で、明治2年の1月から8月まで奉行として中泉で善政を尽くしたゆかりによるものだそうです。大河ドラマ「青天を衝け」では三浦誠己さんが演じるとのことで、登場が楽しみですね。

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御厨駅 北口

磐田12:02発普通静岡行き5784M(クモハ313-2502)で御厨へ。令和2年3月14日に開業した、高輪ゲートウェイと並んで東海道本線では最も新しい駅です。駅名は昭和30年に磐田市編入された磐田郡御厨村に由来します。橋上駅ですが、地形の都合で北口は駅前と自由通路がほぼ同じ高さにあります。

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御厨駅 南口

東海道本線と新幹線に挟まれた狭い空間には西口、新幹線を跨いだところには南口が設置されています。駐車場しか作れるスペースのない西口はともかくとして、南北両出口とも駅前にはまだまだ更地が目立ちます。駅周辺には御厨古墳群もあるそうで、こちらもいずれ訪ねてみたいですね。

祝 JR御厨駅開業記念 御厨の歴史を巡ろう! いわた文化財だより第180号

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袋井駅

御厨12:25発普通興津行き788M(クモハ313-2504)で袋井へ。東海道五十三次27番目で、ちょうど中間地点にあたる袋井市の代表駅で、平成26年11月に橋上化されています。明治22年12月25日、開通したばかりの東海道本線で郷里松山へ帰る途中の正岡子規は、袋井を通りかかった際に駅前の情景を「冬枯の中に家居や村一つ」と詠みました。駅ができた当時はそれくらい寂しかった駅前も今ではすっかり地方都市の玄関口としてそれなりの賑わいを見せています。かつては森町への静岡鉄道秋葉線、藤枝への静岡鉄道駿遠線が乗り入れていました。

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愛野駅

袋井12:46発普通興津行き792M(クモハ211-5027)で愛野へ。静岡スタジアムエコパの最寄り駅として平成13年4月に開業した駅で、新幹線の高架を跨いでいるため、橋上駅舎は4階建て相当の高さがあります。駅名は明治22年の町村制で笠西村(昭和3年袋井長と合併)が成立するまで存在した、山名郡愛野村に由来しています。愛野村は石野村と小野田村が合併して誕生した村で、共に「野」が含まれることから「相野」とし、佳字を使って「愛野」としたようです。

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掛川駅

愛野12:59発普通掛川行き5794M(クハ312-2312)で掛川へ。城下町として栄えた掛川市の代表駅で、東海道新幹線天竜浜名湖鉄道も乗り入れています。在来線側の北口駅舎は、昭和15年6月改築の木造駅舎を一旦解体してから耐震化の上再建したもので、地元の木造駅舎に対する思いの強さが感じられます。思っていたより暑くなってきたので駅前のコンビニで熱中症予防に麦茶を2本まとめて買いました。

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菊川駅

掛川13:17発普通静岡行き796M(クモハ313-2513)で菊川へ。平成17年に小笠郡菊川町と小笠町が合併して誕生した菊川市の代表駅です。明治22年開業時は「堀之内」を名乗っており、昭和29年の合併で堀之内町が菊川町になった2年後に改称されました。明治32年から昭和10年までは堀之内と池新田(現:御前崎市)の間を堀之内軌道が走っていました。静岡地区の東海道本線ではすっかり貴重になった地平駅舎は昭和41年4月改築の2階建て。橋上化計画があるので、数年後には姿を消す予定です。駅前の銅像は初代静岡県知事・関口隆吉。牧之原台地の開拓や東海道本線の建設、堀之内駅の開業にも尽力し、静岡の発展に大いに貢献した人物ですが、東海道本線の試運転列車に乗車中に事故に遭い、その時の傷が元で亡くなっています。

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島田駅

菊川13:42発普通静岡行き798M(クモハ211-5014)で島田へ。大井川左岸の宿場町として栄えた島田市の代表駅で、平成20年3月に橋上化されています。島田市は「地球上で最も緑茶を愛する街」としてPRしており、北口駅前には南宋から持ち帰った茶を日本に伝えた僧侶・栄西の像が建てられています。ちなみに栄西は吉備の出身で京で活躍したため、島田市に直接ゆかりはないようです。

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六合駅

島田14:13発普通興津行き5950M(モハ210-5063)で六合へ。昭和61年4月に開業した駅で、国鉄末期らしく簡素なデザインの橋上駅舎です。駅名は昭和30年に島田市編入された志太郡六合村に由来します。「六合」という村名は明治の町村制施行時に六つの村が合併したことから名付けられました。北口駅前には、昭和35年11月21日にクモヤ93が当駅付近(当時は未開業)で狭軌最高速度である175㎞/hを達成したことについての記念碑が設置されています。

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藤枝駅

六合14:26発普通静岡行き144M(クモハ211-5614)で藤枝へ。田中藩の城下町で、東海道五十三次22番目の宿場町だった藤枝市の代表駅です。駅は宿場のあるかつての中心から離れたところにあり、かつては静岡鉄道駿遠線で結ばれていました。橋上駅舎は平成18年に改築された大きなもので、ホームは2面3線ですが、1番線は使われていません。

開業からわずか11日後の明治22年4月27日、当駅での停車中に用を足そうと下車した宮内省御料局長官の肥田浜五郎が、走り始めた列車に飛び乗ろうとして転落死するという事故が発生しています。この事故がきっかけで車内への便所設置が進められることになりました。浜口隆吉が亡くなった衝突事故が起きたのも同じ年ですし、黎明期は鉄道に乗るのも命がけだったようです。

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西焼津駅

藤枝14:44発普通興津行き824M(クモハ313-2606)で西焼津へ。民営化直前の昭和62年3月21日に開業した駅で、国鉄の駅だった期間はわずか11日間でした。国鉄末期らしくシンプルなデザインの橋上駅舎です。駅名の通り焼津市街の西部にある駅で、駅のある辺りは昭和28年まで志太郡豊田村でした。

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用宗駅

西焼津15:06発普通静岡行き826M(モハ210-5058)で用宗へ。戦国時代に持船城が築かれた用宗地区にある駅で、山と海に挟まれた平地がどんどん狭まっていくようなところに位置します。昭和9年静岡市編入されるまでは安倍郡長田村でした。昭和11年1月改築の木造駅舎が改装されて現役です。駅裏手には東海道新幹線が通っており、焼津との駅間には弾丸列車計画が絡んでの複雑な廃線跡があります。

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安倍川駅

用宗15:32発普通興津行き828M(クモハ211-5608)で安倍川へ。昭和60年3月に開業した駅で、元は六合や西焼津と同じようなシンプルな橋上駅舎でしたが、手狭でバリアフリーにも対応していなかったことから平成27年9月に改築されました。駅名は近くを流れる安倍川に由来していますが、有名な安倍川もちの店があるのは安倍川の対岸のため、静岡駅からの方が近いそうです。

 

時間的にはあと何駅か降りることができそうですが、さすがに疲れたのとキリがいいのとで今回はここで終わりとします。3分遅れの安倍川15:57発普通静岡行き5958M(クモハ211-5616)と、同じく3分遅れの静岡16:03発普通熱海行き1462M(クモハ211-5610)を乗り継いで熱海へ。

駅弁を買ってから17:32発普通古河行き1650E(クハE230-8089)に乗り換え、品川からは2分遅れの19:05発山手線外回り1821G(サハE235-17)で帰宅しました。