まだ見ぬ駅を求めて~逆瀬の駅めぐり旅~

駅めぐりの記録をひたすら載せていくブログです。やたら更新する時と全く更新しないときがあります。

9/25 東武野田線駅めぐり

9月最後の週末、東武本線乗り放題デジタルフリーきっぷを使い、東武の駅を巡りました。初日は野田線伊勢崎線大師線へ。

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朝の春日部駅

高田馬場4:48発山手線外回り0403G(クハE234-31)、日暮里5:06発快速取手行き531H(サハE231-150)、北千住5:23発準急東武動物公園行き4567S(8008)を乗り継いでまずは春日部へ。今どき珍しくなった地上の巨大ジャンクション駅も高架化によって近い将来姿を消す予定です。

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藤の牛島駅

春日部6:01発普通柏行き409A(11653)で藤の牛島へ。昭和5年総武鉄道の「牛島」駅として開業した駅で、翌年改称されています。駅名の由来である国の特別天然記念物牛島のフジ」は弘法大師御手植えと伝わるもので、樹齢は1000~1200年と推定されています。駅前の藤棚はその最寄り駅であることにちなんでのものでしょうか。大宮方面ホームに接した駅舎は民家のような2階建てです。

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南桜井駅

藤の牛島6:20発普通柏行き413A(61604)で南桜井へ。平成17年に春日部市と合併した旧北葛飾郡庄和町の玄関口で、駅名は昭和29年の庄和村成立まで存在した南桜井村に由来します。現在の駅は昭和31年に南桜井駅と米島駅(貨物駅)を統合して誕生したもので、米島駅の位置に建設されています。昭和58年2月に橋上化されており、南口には東武スポーツクラブが入居する駅ビルが併設されています。

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川間駅

南桜井6:33発普通柏行き415A(11652)で川間へ。この駅から千葉県に入ります。昭和32年野田市編入された旧東葛飾郡川間村の駅で、江戸川と利根川の間に位置することが村名の由来です。改札口は島式ホームの春日部寄りにあり、地下通路によって線路の南北と結ばれています。開業時の駅舎は野田町駅(現:野田市駅)の旧駅舎を移築したものでしたが、昭和45年に現駅舎に改築されました。旧駅舎はその後清水公園に移築されましたが、老朽化により平成2年に解体、部材は保存されているそうです。

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清水公園駅

川間6:46発普通柏行き419A(81117)で訪問済みの七光台を飛ばして清水公園へ。桜の名所として知られる清水公園の最寄り駅で、ホームは2面3線ですが、高架化工事によって3番線は使用停止されています。現在の地下駅舎は平成19年3月に改築されたもので、それまでは昭和4年開業時の木造駅舎が使用されていました。西口には旧駅舎の一部と思しき建物が残されており、詰所か倉庫として使用されているようです。(上写真右)

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梅郷駅

清水公園7:13発普通柏行き423A(61611)で梅郷へ。昭和25年の野田市成立まで存在した旧東葛飾郡梅郷村の駅で、平成19年5月末に橋上化されています。梅郷村は明治の町村制施行時に5つの村が合併して誕生した村で、「梅の五弁」になぞらえて「その花の香ばしく後に堅実に実を結ぶ」に因んで命名されました。

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運河駅

梅郷7:29発普通柏行き425A(11631)で運河へ。近くを流れる利根運河に由来する駅名を持つ駅で、当駅から先柏方面は複線となっていることから、折り返し列車が設定されています。橋上駅舎は平成25年7月に改築されたもので、エレベーター部分の塔屋が目を引きます。駅開業時の所在地は東葛飾郡新川村で、昭和26年の合併で江戸川町になり、流山町への改称を経て現在は流山市です。

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江戸川台駅

運河7:44発普通柏行き429A(81113)で江戸川台へ。この駅は以前に訪問済みですが、前回撮れていない部分が多かったので再訪しました。昭和33年2月に開業した駅で、開業時の所在地は東葛飾郡流山町でした。駅前に広がる扇状の住宅地は田園調布をモデルに開発されたと言われています。江戸川台は千葉県住宅協会によって開発された戸建て中心のニュータウンで、かつては「狐の野」「兎の村」「県北のチベット」と言われていたそうですから、いかに長閑なところだったか分かるというものです。

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初石駅

江戸川台7:56発普通柏行き431A(8192)で初石へ。野田線でもすっかり貴重になった木造駅舎の残る駅で、橋上駅と比べると心なしか駅前の空が広い気がします。駅前の佇まいも長閑で、少し昔の郊外駅と言った佇まい。開業時の所在地は東葛飾郡八木村で、八木村成立まで存在した初石新田が駅名の由来です。

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流山おおたかの森駅

初石8:08発普通柏行き433A(61602)で流山おおたかの森へ。つくばエクスプレスとの乗換駅として平成17年8月に開業した、野田線で最も新しい駅(東武全体では3番目)です。駅舎は橋上にあり、つくばエクスプレスとは改札が同じ階に設けられています。流山市とURの費用負担によって建設されました。野田線の駅としては柏、大宮、船橋、春日部といったターミナル駅に次いで第5位の利用者数を誇ります。

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豊四季駅

流山おおたかの森8:24発普通柏行き437A(8164)で豊四季へ。この駅も再訪です。初石同様に木造駅舎の残る駅で、駅舎に隣接して南北自由通路が設置されています。駅名の由来は大正3年まで存在した東葛飾郡豊四季村で、明治時代に開拓された小金牧4番目の入植地であることと、四季を通しての豊かな実りへの願いから命名されました。小金牧は入植順に13まで数字にちなんだ地名が付けられており、駅名として残っているのは、初富・豊四季・五香・六実・八街があります。ちなみに豊四季村はその後千代田村となり、町制施行時に柏町となり、東葛市を経て柏市になり現在に至ります。

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新鎌ヶ谷駅 ホーム

豊四季8:38発普通柏行き439A(8172)と柏8:49発普通船橋行き157A(66610)を乗り継いで新鎌ヶ谷へ。ここも再訪で、ホームを撮っていなかったので撮影。平成元年に駅昇格を前提としない信号場として開業しましたが、費用を鎌ヶ谷市が出すことを条件に北総・新京成との乗換駅として平成11年11月に旅客駅に昇格しました。北総の駅の開業から8年もの間、東武側には駅が無かったわけで、当時はさぞかし不便だったことでしょう。

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馬込沢駅

鎌ヶ谷9:16発普通船橋行き159A(66617)で馬込沢へ。船橋市鎌ヶ谷市船橋市飛び地の境界線上にある駅で、駅所在地は船橋市ですが、駅名の由来となった馬込沢地区は鎌ヶ谷市にあります。開業から一年間だけ「法典」を名乗っていました。築堤上の駅で、改札口はホーム下の地下通路にあります。ホームでしばらく8000系を中心に撮影してから次の駅へ。

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塚田駅

馬込沢10:01発普通船橋行き167A(66609)で塚田へ。昭和12年船橋市成立まで存在した旧東葛飾郡塚田村の駅で、「塚田」の地名は貝(前貝塚、後貝塚)と行による合成地名です。橋上駅舎の建設年は不明ですが、デザインなどからして昭和50年代頃のものでしょう。

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新船橋駅

塚田10:12発普通船橋行き169A(66601)で新船橋へ。イオンモール船橋に隣接する駅で、周辺はマンションが立ち並んでいます。再開発前の周辺は工場地帯で、平成23年度までは1日平均乗車人員が2000人台と野田線で最も利用者の少ない駅の一つでした。開業は昭和31年で、昭和55年に高架化されて現在の姿になっています。

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船橋駅

船橋10:24発普通船橋行き171A(66603)で船橋へ。東武野田線の終着駅で、JR総武本線との乗換駅です。大正12年総武鉄道船橋線(船橋~柏)が開業し、戦時中の東武鉄道への合併を経て東武野田線に組み込まれたのは昭和23年のことでした。元々は別の路線だったために列車の多くは柏で分断されるものの、今でも急行を中心に大宮まで直通する列車が設定されています。東武船橋駅は昭和55年に高架化された島式1面2線の駅で、JRより高い所にホームがあります。併設されている東武百貨店船橋店は昭和52年にオープンしたもので、平成30年に西武百貨店が閉店してからは船橋唯一の百貨店として孤軍奮闘しています。

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鎌ヶ谷

船橋10:35発普通柏行き180A(61603)で鎌ヶ谷へ。昭和46年に市制施行した鎌ヶ谷市の駅で、市内に位置する駅のうち最も古い歴史を持っています。大正12年12月の駅開業時の所在地は東葛飾郡鎌ヶ谷村でした。平成13年10月に高架化されています。

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六実駅

鎌ヶ谷10:58発普通柏行き182A(61610)で六実へ。東武鉄道で唯一松戸市内にある駅で、駅名は小金牧6番目の入植地に由来します。昭和18年4月の松戸市成立までは東葛飾郡高木村でした。構内はかつて2面3線でしたが、令和2年3月のダイヤ改正で3番線が廃止され、同時に当駅始発・終着の列車も高柳止まりに変更されています。古くからの駅舎が残る地上駅で、ロータリーも整備されていないため、駅前は長閑な雰囲気です。

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高柳駅

六実11:13発普通柏行き184A(61617)で高柳へ。平成17年に柏市編入された旧東葛飾郡沼南町の玄関口で、平成30年10月に大工事の末、橋上化されました。令和2年3月ダイヤ改正で急行停車駅となり、日中は緩急接続が行われるほか、当駅始発・終着の列車も設定されています。橋上化前の駅は相対式2面2線で、ホームの移設も行われたため、全てが新しく、まるで新駅のような佇まいです。

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逆井駅

高柳11:27発普通柏行き186A(11633)で逆井へ。昭和8年に停留所として開業し、昭和24年に風早村(→沼南町→柏市)と土村(→東葛市→柏市)の陳情によって昇格した駅です。開業時の所在地は東葛飾郡土村で、風早村との境界付近にありました。元は単式ホーム1面1線の小さな駅でしたが、昭和60年の複線化に合わせて橋上化されています。逆井~高柳~六実間は船橋側で最後まで残った単線区間でしたが、高柳駅改良と合わせて令和元年11月~12月に複線化が完了しました。

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増尾駅

逆井11:39発普通柏行き188A(61613)で増尾へ。大正12年東葛飾郡土村に開業した駅で、駅名は明治の町村制で土村が成立するまで存在した増尾村に由来します。ちなみに土村の村名については、11の村が合併したため「十一」を「土」に転じて名付けられました。橋上駅舎のコンコースには皮膚科、耳鼻咽喉科、歯科が入居しており、改札口には消毒液の臭いが漂っています。

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新柏駅

増尾11:51発普通柏行き190A(81110)で新柏へ。この駅も再訪です。昭和58年7月に開業した島式1面2線の高架駅です。開業前の仮称は「名戸ヶ谷」でした。開業当時、周辺には畑や雑木林が広がっていましたが、その後の開発により住宅地に姿を変えています。

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柏駅

新柏12:05発普通柏行き206A(61609)で柏へ。柏市の代表駅で、JR常磐線との乗換駅だけあって常に大勢の人で賑わっています。野田線については、明治44年に野田町とを結ぶ千葉県営軽便鉄道がまず開業し、続いて大正12年北総鉄道船橋線が開業しました。なお野田線船橋線の開業前に北総鉄道に譲渡されています。野田線船橋線の駅は常磐線を挟んで東西に分かれていましたが、昭和5年船橋線を付け替えて野田線の駅に統合し、今の駅の原型が出来上がりました。その後、何度もの改良を経て平成2年に大規模改良が行われ、平成4年には南口が開設されています。ホームは島式2面4線の頭端式で、大宮~船橋を直通する列車はスイッチバックをする形になります。

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野田市駅

柏12:24発普通大宮行き478A(16631)で野田市へ。実に3度目の訪問になりますが、高架化されてからは初めてです。明治44年5月に千葉県営軽便鉄道野田線の終点「野田町」として開業した駅で、昭和4年9月の清水公園延伸時に現在地に移転しました。この時建てられた駅舎は総武鉄道の本社を兼ねた2階建ての立派なものでしたが、高架化に伴って平成30年1月に役目を終えています。その後は仮駅舎で営業し、令和3年3月に島式1面2線の高架駅となりました。工事はまだまだ続けられており、令和5年に島式2面4線と留置線1線から成る巨大な高架駅が完成する予定です。

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野田市駅 旧駅舎(H26-3-15)

せっかくなので高架化前の旧駅舎の写真も載せておきましょう。こちらが総武鉄道本社を兼ねていた昭和4年建設の木造2階建て駅舎で、最晩年は工事に伴って右手の増築部分が解体されていました。仮駅舎はタクシーが停車している辺りに造られました。

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愛宕駅

野田市中心部の古い建物を訪ねながら50分歩き、愛宕駅へ。ここも高架化前に訪問していますが、あまりの変貌ぶりに驚きました。高架駅舎の使用開始は令和3年3月28日、地平時代の踏切がまだ撤去されずに残っていました。駅名は近くにある愛宕神社に由来します。

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愛宕駅 旧駅舎(H27-3-30)

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愛宕駅 西口駅舎跡

こちらも旧駅舎時代の写真をお見せしましょう。もっとしっかり定点撮影にしなかったのが残念ですが、なんとなく分かっていただけると思います。写真の旧駅舎は平成30年3月に仮駅舎及び仮ホームが使用開始された際、西口改札口に名称が変更されましたが、同年9月30日に廃止。その後解体されました。写真を見ると駅舎だけでなく後ろのパチンコ屋も消えているのが分かります。

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急行

野田線駅めぐりは愛宕でひとまずおしまい。13:58発急行大宮行き2128A(84114)で春日部へ向かい、伊勢崎線に乗り換えることとします。