まだ見ぬ駅を求めて~逆瀬の駅めぐり旅~

駅めぐりの記録をひたすら載せていくブログです。やたら更新する時と全く更新しないときがあります。

2/6 相模鉄道駅めぐり

この日は一度も訪れたことのなかった相模鉄道の駅を巡りました。

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相鉄横浜駅

高田馬場6:49発山手線内回り660G(モハE234-8)と渋谷7:08発特急元町・中華街行き054071(4805)を乗り継いで横浜へ。一日乗車券を購入し、横浜駅から駅めぐりを開始。相鉄のターミナル・横浜駅は4面3線の頭端式ホームで、小規模ながらもこれぞターミナルと思える風格があります。

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平沼橋駅

横浜7:50発各停湘南台行き6723(10705)で平沼橋へ。東海道本線と並走する区間にある駅で、昭和6年10月の開業から昭和8年12月の横浜延伸まで2年間は始発駅でした。昭和45年12月26日に橋上化されていますが、屋根なし跨線橋に併設されたもので簡素な印象を受けます。駅周辺は横浜駅に近い下町といった風情で雑然とした雰囲気。

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西横浜駅

平沼橋8:01発各停海老名行き6011(9115)で西横浜へ。横浜駅から寄り添ってきた東海道本線と分かれる手前にある駅で、昭和4年2月開業から平沼橋延伸までは起点でした。かつては保土ヶ谷駅までの貨物線が伸びていたものの、昭和54年10月に廃止されています。平成17年6月26日使用開始の橋上駅舎はガラス張りの明るい印象のものですが、平沼橋同様に跨線橋は屋根なしです。駅構内には電留線と保線区が併設されています。

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天王町駅

西横浜8:14発各停湘南台行き6725(11702)で天王町へ。東海道五十三次4番目の宿場、程ヶ谷宿の近くにある駅で、昭和43年3月27日と早期に橋上化されていますが、連続立体交差事業によって改築されたため最近高架化されたかのような雰囲気です。令和3年5月29日にはYBP口が新設されましたが、まだ完成までには時間がかかりそうです。

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星川駅

天王町8:34発各停湘南台行き6729(8124)で星川へ。昭和2年5月31日に「北程ヶ谷」として開業した駅で、西横浜延伸までは起点でした。平成29年3月に下りホームが、平成30年11月に上りホームが高架化されています。2面4線の高架駅は既に完成していますが、駅前広場は工事中でした。保土ヶ谷区役所の最寄り駅で、横浜を出て最初の快速停車駅です。

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和田町駅

星川8:58発各停湘南台行き6731(20904)で和田町へ。戦時中に休止となった「常盤園下」駅を移転復活する形で昭和27年8月に開業した駅で、昭和44年4月14日に橋上化されています。地名の「和田」は「鎌倉殿の13人」の一人であった鎌倉時代の武将・和田義盛が建立した和田稲荷に由来します。

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上星川駅

和田町9:08発各停海老名行き6015(9603)で上星川へ。昭和8年4月までは「星川」を名乗っていた駅で、昭和47年11月22日に橋上化されています。帷子川のつくった谷地形の底にあるため、駅周辺は起伏に富んでいます。

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西谷駅

上星川9:21発各停湘南台行き6733(11401)で西谷へ。新横浜線の分岐駅で、駅の真上を東海道新幹線が横切っています。昭和41年5月1日に橋上化されていますが、駅前は住宅が建て込んでいて手狭で、ロータリーなどはありません。駅名は昭和2年横浜市編入された旧・都築郡西谷村に由来します。

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羽沢横浜国大駅

西谷9:33発特急新宿行き3130(モハE232-7225)で羽沢横浜国大へ。相鉄とJRの相互直通運転のため令和元年11月30日に開業した新横浜線の駅で、線路はそのまま東海道本線貨物支線に続いています。駅裏には貨物駅の横浜羽沢駅があるものの、駅前には特にこれと言ったものもなく、駅名にもなっている横浜国立大学からも少し離れています。今年度下期には新横浜まで延伸されて東急目黒線との相互直通運転が開始される予定で、今後もさらなる発展が期待されています。

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鶴ヶ峰駅

羽沢横浜国大10:11発各停海老名行き6233(12602)で鶴ヶ峰へ。横浜市旭区役所の最寄り駅で、接続路線のない相鉄単独駅としては利用客が最も多い駅です。昭和37年5月14日に橋上化されていますが、ホームは相対式2面2線で利用者数の割には小規模です。今年1月25日には連続立体交差事業の都市計画が決定されているので、約10年後には大きく様変わりすることになりそうです。

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二俣川駅

鶴ヶ峰10:28発快速海老名行き2025(10616)で二俣川へ。本線といずみ野線が分岐するジャンクション駅で、駅舎も巨大すぎてどこを撮ればいいか分かりません。大正15年5月、砂利輸送を目的として神中鉄道が厚木から開業させた区間の当初の終着駅で、その後横浜まで小刻みに延伸して現在の相鉄本線が全通しました。元は農村地帯にあるローカル私鉄の小駅でしたが、戦時中の電化を経て昭和39年4月には橋上化、昭和51年4月にはいずみ野線が開業と徐々に発展してきました。駅舎は平成11年3月に改築されたもので、平成30年12月にリニューアルされています。駅名は昭和14年横浜市編入された旧・都築郡二俣川村に由来します。

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南万騎が原駅

本線より先にいずみ野線の駅を巡っていきます。二俣川10:46発各停湘南台行き6745(20604)で南万騎が原へ。掘割上の橋上駅で、駅舎は開放的な造りをしています。地名は元は「牧が原」で、畠山重忠がこの地で北条義時の率いる一万の騎兵に敗れたことにちなんで「万騎が原」の字が当てられるようになりました。ただし、駅自体は万騎が原に隣接する柏町にあります。

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緑園都市駅

南万騎が原10:56発各停湘南台行き6747(8233)で緑園都市へ。緑あふれるニュータウンというイメージで命名された駅名ですが、平均的なニュータウンと比べて特に緑が多いわけではないので、正直名前負けしている気がします。相対式ホームの高架駅で、上りホーム上には庭園展望台が設けられています。計画時の仮称は「子易(こやす)」でした。

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弥生台駅

園都市11:10発各停湘南台行き6749(11901)で弥生台へ。昭和14年横浜市編入された旧・鎌倉郡中川村の駅で、開業前の仮称は「新橋町」でしたが、開発工事中に弥生時代の土器が出土したこのから「弥生台」と命名されました。相対式ホームの橋上駅で、春にはホームの両サイドに植えられた桜が満開となります。

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湘南台駅

予定ではこのまま一駅ずつ進んでいくことにしていましたが、空腹に耐えかねて弥生台11:20発各停湘南台行き6751(10606)で終点・湘南台へ。平成11年3月10日に延伸開業したいずみ野線の終着駅で、小田急江ノ島線横浜市営地下鉄ブルーラインとの乗換駅です。島式1面2線の地下駅で、この先慶応SFCを経て倉見方面への延伸計画があります。

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ゆめが丘駅

昼食を済ませ、湘南台12:37発各停横浜行き6774(20104)でゆめが丘へ。ホームを鉄骨で囲んだ斬新なデザインの高架駅で、開業から20年以上が経つにも関わらず駅前には更地が広がっていて開発途上といった風情です。秘境駅はともかくとして駅周辺にここまで「何もない」駅というのもまた珍しいのではないでしょうか。しかし、いよいよ当駅周辺も開発されるとのことで、このような光景が見られるのもあと少しのようです。

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いずみ中央駅

ゆめが丘13:10発各停横浜行き6780(10103)でいずみ中央へ。平成2年4月4日、いずみ野線の終着駅として延伸開業した駅で、横浜市泉区役所の最寄り駅です。昭和14年横浜市編入されるまでは旧・都築郡中和田村があったところで、ニュータウンらしく古くからの地名とは全く関係のない瑞祥地名が付けられています。駅の所在地は「和泉中央」で、漢字にしていれば泉北高速鉄道和泉中央駅と被っていたことでしょう。もっとも被っていても勘違いする人はまずいないでしょうが。仙台市営地下鉄南北線には「泉中央」駅もあるため、同音の駅が国内に3つ存在することになります。ちなみに仙台の泉中央駅仙台市泉区の中心にある駅です。

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いずみ野駅

いずみ中央13:22発各停横浜行き6782(10705)でいずみ野へ。昭和51年4月8日、いずみ野線の終着駅として開業した駅で、線内では唯一島式2面4線の退避可能駅です。路線開業時は何もない丘陵地帯だったそうですが、開業後に一気に開発が進み、今ではニュータウンが広がっています。いずみ野線は当初、長後駅まで延伸する計画であったのを湘南台延伸に変更した経緯から、当駅まで西向きに走ってきたのが当駅を出ると急カーブを描いて南へ進路を変えるという線形をしています。

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希望ヶ丘駅

いずみ野13:34発各停横浜行き6784(9213)で二俣川へ戻り、14:02発快速海老名行き2051(8124)で希望ヶ丘へ。駅名からしニュータウンの新しい駅のようですが、昭和23年5月26日開業と70年以上の歴史を持ち、戦後復興の希望が込められた駅名です。駅舎は平成12年3月26日橋上化。

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三ツ境駅

希望ヶ丘14:14発快速海老名行き2053(10607)で三ツ境へ。瀬谷区役所の最寄り駅で、昭和61年10月に橋上化、駅入口には人工地盤が設けられています。「三ツ境」の地名は都築郡二俣川村・都岡村、鎌倉郡中川村の3村の境界だったことから名付けられました。また、駅付近は分水嶺で、古くより武蔵国都築郡と相模国鎌倉郡高座郡の2か国3郡の境界でもありました。

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瀬谷駅

三ツ境14:27発各停海老名行き6255(サハE233-7233)で瀬谷へ。昭和14年横浜市編入された旧・鎌倉郡瀬谷村の駅で、平成16年3月28日に橋上化されています。令和9年に予定される横浜花博に合わせて当駅から会場までの新交通システム「上瀬谷ライン」が検討されていますが、無期延期となっており実現への道は困難そうです。

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大和駅

瀬谷14:39発快速海老名行き2055(11405)で大和へ。小田急江ノ島線との乗換駅で、平成5年8月1日に地下化されています。二俣川~海老名では唯一の特急停車駅で、折り返し列車も設定されています。開業は相鉄の方が小田急よりも3年早く、小田急の駅は当初「西大和」を名乗っていましたが、乗換のために相鉄の駅が西に移動して駅名が統一されています。

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相模大塚駅

大和14:52発快速海老名行き2057(8136)で相模大塚へ。厚木航空基地の最寄り駅で、かつては燃料輸送のための引込線が分岐していました。昭和18年ごろに現在地に移転していますが、これは厚木海軍基地建設に伴うものです。駅構内には電留線が設けられており、相鉄の車両だけでなくJR埼京線から直通してくるE233系も休んでいる姿が見られます。

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さがみ野駅

相模大塚15:06発各停海老名行き6257(モハE233-7008)でさがみ野へ。昭和50年8月17日に開業した駅で、移転前の相模大塚駅は当駅付近にありました。海老名市に所在しますが、実質的には座間市の南側の玄関口です。

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かしわ台駅

さがみ野15:16発快速海老名行き2059(9209)でかしわ台へ。昭和50年8月17日、さがみ野と同時に開業した駅で、車両センターが併設されています。改札口は東西2か所ありますが、東口はホームから約350mと離れており、長い通路で連絡しています。この東口は昭和21年3月1日に「柏ヶ谷」として開業し、わずか一か月で改称された「大塚本町」駅の名残で、平成9年3月改築までは大塚本町駅の駅舎をそのまま使用していました。大塚本町駅は昭和50年8月17日に廃止となり、書類上はさがみ野駅に移転したことになっていますが、駅舎はかしわ台駅東口に、ホームはかしわ台駅東口からホームまでの通路として転用されました。駅舎は改築されているものの、ホームは踏切から見ると残っているのが分かります。

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海老名駅

かしわ台15:40発各停海老名行き6259(12002)で海老名へ。相模鉄道の終着駅で、小田急小田原線の駅に隣接しています。ホームは頭端式1面2線で、駅舎は橋上化工事のため改築中です。昭和48年12月21日に現在地に移転した経緯を持ち、初代の駅は押堀西交差点付近にありました。

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相模国分駅跡

海老名駅に着く直前、車窓に駅跡が見えて気になったので12分ほど歩いて行ってみました。かつての「相模国分」駅跡で、現在は信号場です。相模鉄道の前身である神中鉄道は当初、JR相模線厚木駅に隣接する厚木駅を終点としていましたが、小田急小田原線乗り入れのため、昭和16年11月25日に相模国分~海老名間を開業させました。相模国分駅は海老名駅開業と同時に旅客営業を廃止しましたが、厚木方面への線路も貨物線として残されたためにその分岐駅となっています。小田急への乗り入れは戦時中の中断を経て昭和39年11月5日に廃止、相模国分駅の貨物営業も昭和45年10月19日で廃止されていますが、厚木線は今も旅客営業をしない貨物線として残っています。

海老名駅に戻り、16:15発快速横浜行き2066(11005)で横浜へ。途中、横浜~平沼橋間人立ち入りによる運転見合わせで三ツ境駅で8分間抑止されました。横浜からは17:04発急行石神井公園行き002162(Y587)と渋谷17:42発山手線外回り1703G(モハE235-147)を乗り継いで帰宅しました。