まだ見ぬ駅を求めて~逆瀬の駅めぐり旅~

駅めぐりの記録をひたすら載せていくブログです。やたら更新する時と全く更新しないときがあります。

9/21 和歌山市駅から紀伊中ノ島駅まで歩く&和歌山線廃線跡探訪

今宮戎からは10:05発普通三日市町行き6609(6510)と新今宮10:17発特急サザン和歌山市行き0509(8013F+12002F)で和歌山市
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昭和47(1972)年12月完成の駅ビル
改札は2階にあります
解体工事が再来年から始まるので撮れるうちに何枚でも撮っておこうと思います
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駅前に立つ雑賀孫市(1539?-1589?)の像
この写真を撮っていると自転車で通りかかったおじさんが「観光に来たんですか?」と話しかけてきました
なぜ突然話かけてきたのだろうか、と話を伺うとそのおじさんは孫市の像を建てた人だそうで、「像を撮ってる人は珍しいから」とのことでした
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たまたま和歌山行きのJRの列車への接続が悪くかなり時間があるので紀伊中ノ島駅までおよそ2.5km歩きます
当初の計画では到着した紀伊中ノ島駅で特急くろしお14号を撮影する予定でしたが、30分ほど歩き、阪和線の高架が見えたところで、お目当てのくろしお14号は目の前を通過
次に381系のくろしおがやってくるのは2時間後なのでどうやって時間を潰そうかと考えた結果、「和歌山線旧線の廃線跡」を探訪することに
昭和49(1974)年10月に廃止された田井ノ瀬~紀伊中ノ島~紀和間を歩きます
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航空写真を頼りに探し当てた和歌山線旧線と新線の分岐点
分岐してからの数メートルは土地の形からして転用しにくかったのか、草むらになっています
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公園に転用されている部分もありますが、あまり遊ぶ子供もいないのか雑草が元気よく繁茂していました
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公園を出て数メートルは車道に転用されていますが、その先は廃線跡の上に家が建っており進むことができません
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この「向井商店」が建っているところもおそらく廃線跡の敷地
このまま進むことはできないので迂回し、向井商店の裏手へ
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向井商店の裏手から紀伊中ノ島駅方にはかつてのホームが残されています
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ホーム跡は駐輪場整備のために一部が削られていますが、かなり先まで続いています
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途切れながらも続くホームは相当長いものでかつての栄華がうかがい知れます
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Google マップの航空写真で見た紀伊中ノ島駅ホーム
なんとなくホーム跡のようなものがあるのが分るでしょうか?
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ホーム跡にペイントで赤線を引いてみました
先程の画像と見比べてみてください

全盛期には今では駐車場や集合住宅になっている場所に留置線があったようです
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紀伊中ノ島駅構内から紀和駅方にかけての跡地は公園や宅地になっており、建物が上に建っているところもあります
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かつての紀勢本線への合流地点
紀勢本線紀和駅周辺が平成20(2008)年に高架化されており、痕跡はほとんどありません
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かつての和歌山駅である紀和駅
明治31(1898)年5月4日、開業当時は船戸仮駅までだった紀和鉄道(現和歌山線)の起点「和歌山駅」として開業した駅で、明治36(1903)年3月21日に和歌山市駅までの路線延伸で中間駅となりました。
大正13(1924)年2月28日に当駅から箕島までの紀勢西線(現紀勢本線)が開業して、和歌山線紀勢西線の分岐駅となりましたが、昭和5(1930)年6月16日に阪和電鉄(→南海山手線→国鉄阪和線)が東和歌山駅まで開業すると、和歌山市の玄関口としての役目をそちらに奪われ、その後は衰退の道を辿ります
そして、昭和43(1968)年2月1日に「紀和」駅へと改称され、和歌山駅の名を東和歌山駅に譲りました
駅前はとてもかつての県庁所在地駅の駅前とは思えないほど寂しい駅前で、人通りはほとんどありません
紀和駅の一日の利用者数も60人ほどだそうです
あまりの寂れ方に儚さを感じずにはいられません
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さて、現在の紀和駅ですが、高架駅ではあるもののホームは単式1面1線のみで駅舎と呼べるようなものはありません
ホーム上には券売機とベンチしかなく殺風景で、5分もあれば全て観察できるほど簡素な駅です
ここから列車に乗り、紀伊中ノ島へと戻ります