まだ見ぬ駅を求めて~逆瀬の駅めぐり旅~

駅めぐりの記録をひたすら載せていくブログです。やたら更新する時と全く更新しないときがあります。

11/3 小田急小田原線駅めぐり

この日は小田急小田原線多摩線の駅を巡りました

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小田急新宿駅地下ホーム

小田急新宿駅地下ホームからスタート。小田急のターミナルである新宿駅は2層構造になっていて、4面3線の地上ホームには優等列車が、3面2線の地下ホームには各駅停車が発着しています。

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南新宿駅

新宿6:13発各停本厚木行き6519(2057)で南新宿へ。昭和2年に「千駄ヶ谷新田」として開業した駅で、昭和12年に「小田急本社前」に改称されましたが、昭和17年の東急への合併時に現在の駅名になりました。昭和48年に現在地に移転し、平成24年にはホームの延長が行われています。高架下に改札がありますが、駅前の道は狭くビル街に溶け込んであまり目立ちません。新宿駅の隣という大都会の中の立地にも関わらず乗降人員は小田急線内最下位となっています。新宿まで1㎞も離れていないが故にみんな歩いてそっちに行ってしまうのでしょうね。

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参宮橋駅

南新宿6:25発各停伊勢原行き6521(3906)で参宮橋へ。明治神宮の裏口側にある駅で、神宮に近い跨線橋上にもIC専用の改札口があります。駅舎は令和2年に改築されたもので、木材をふんだんに使用した上屋が特徴。「木と緑に溶け込む『杜』の玄関口」がコンセプトだそうです。

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代々木八幡駅

参宮橋6:37発各停本厚木行き6625(2308)で代々木八幡へ。代々木八幡宮の最寄り駅で、千代田線代々木公園駅に近接しています。駅舎は平成31年3月に橋上化されました。ホームは以前相対式でしたが、駅改良に際して島式に変更されています。

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代々木上原駅

代々木八幡6:49発各停本厚木行き6527(3904)で代々木上原へ。メトロ千代田線との接続駅で、一部列車はそのまま小田急線に乗り入れてきます。開業時の駅名は「代々幡上原」で、豊多摩郡代々幡町大字上原に所在していました。代々幡町は昭和7年東京市編入され、渋谷町・千駄ヶ谷町とともに渋谷区となりました。

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東北沢駅

代々木上原7:02発各停伊勢原行き6529(2303)で東北沢へ。この駅から世田谷区に入ります。かつては2面4線の地上駅でしたが、連続立体交差事業に伴い、平成25年3月に地下化されました。地上駅舎は平成27年完成で、東西2か所の改札口があります。

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下北沢駅

東北沢7:14発各停本厚木行き6531(3282)で下北沢へ。京王井の頭線との乗換駅で、東北沢同様に地下化されています。ホームは2層構造で、地下1階が緩行線、地下2階が急行線のホームです。当駅で交差する井の頭線はかつての帝都電鉄で、戦前の一時期は小田急帝都線でした。昭和23年の大東急解体時に帝都線は京王の手に渡り、京王帝都電鉄となっています。

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世田谷代田駅

下北沢7:37発各停本厚木行き6535(3957)で世田谷代田へ。開業時は「世田ヶ谷中原」を名乗っていた駅で、この駅も地下化されています。前述のように井の頭線はかつて小田急の路線であったために、車両のやり取りをするための代田連絡線が、昭和20年から28年までの8年間のみ当駅から井の頭線代田二丁目まで伸びていました。跡地は戦後の開発によって住宅地となり、世田谷代田駅も地下化されたためその痕跡はほとんど残っていないそうです。

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梅ヶ丘駅

世田谷代田7:47発各停本厚木行き6537(3801)で梅ヶ丘へ。梅の名所・羽根木公園の最寄り駅ですが、これが駅名・地名の由来ではなく、公園の梅は戦後になってから地名にちなんで植えられたものです。地名の由来については、土地所有者の家紋の梅鉢説、古墳があったことによる「埋めヶ丘」説がありますが、どうもはっきりしないようです。

 

さて一駅進んで豪徳寺と行きたいところですが突然ここでカメラが故障。もしカメラが治らず一旦帰宅ということになれば大きい駅の方が当然いいので、梅ヶ丘7:59発各停本厚木行き6539(3808)で経堂へ。幸いにもカメラは治りましたが、データ修復に時間がかかり、そんな時に限って目の前を撮りたくなるような電車が通り過ぎるのだから悔しいものです。

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経堂駅

気を取り直して経堂駅を撮影。東京農業大学日本大学文理学部の最寄り駅で、一部時間帯を除き急行も停車します。駅開業当時、周辺は荏原郡世田ヶ谷町外れの雑草生い茂る野原だったそうですが、90年以上の時を経て今では見る影もありません。

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豪徳寺駅

経堂8:16発各停新宿行き6520(2502)で一駅戻って豪徳寺彦根藩井伊氏の菩提寺豪徳寺に由来する駅ですが、豪徳寺へは東急世田谷線宮の坂駅の方が近いです。平成14年、梅ヶ丘と同時に高架化されました。世田谷線山下駅と近接しており、乗換駅となっています。当駅は新海誠監督の映画『秒速5センチメートル』にも登場しますが、作品内での時代設定は平成7年なのに出てくる駅は現在の高架駅・・・野暮なツッコミはやめておきましょう

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千歳船橋

豪徳寺8:31発各停本厚木行き(3395)で千歳船橋へ。昭和11年東京市世田谷区に編入された北多摩郡千歳村の駅で、「船橋」は千歳村成立まで存在した船橋村に由来します。ちなみに京王線千歳烏山駅も同じく旧千歳村の駅で、千歳村成立前の烏山村から名付けられています。森繁久彌ゆかりの地であることから、発車メロディには「知床慕情」が採用されています。

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祖師ヶ谷大蔵駅

千歳船橋8:44発各停新松田行き6547(3035)で祖師ヶ谷大蔵へ。「北多摩郡千歳村大字祖師ヶ谷」と「北多摩郡砧村大字大蔵」から取られた駅で、駅自体は祖師谷にあります。円谷プロの初代社屋があったことから「ウルトラマン発祥の地」として町おこしが行われています。

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成城学園前駅

祖師ヶ谷大蔵8:57発各停本厚木行き6549(3035)で成城学園前へ。成城学園の最寄駅で、特急ロマンスカーも一部が停車します。乗り換えのない小田急単独駅としては本厚木に次ぐ乗降人員を誇る主要駅です。平成14年に地下化されています。開業時の所在地は北多摩郡砧村でした。

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喜多見駅

成城学園前9:09発各停本厚木行き6551(2452)で喜多見へ。世田谷区と狛江市の境界にある駅で、東北沢からずっと続いてきた世田谷区内の駅もこれで終わりです。小田急線は世田谷区内にやたら駅が多く、実に10もの駅があります。世田谷区の面積が広いのはもちろんそうですが、小田急線の駅間が約1㎞と基本的に短いのもその理由です。喜多見には元禄年間のわずか3年のみ、喜多見藩が置かれていました。成城学園前駅との間には喜多見検車区があります。

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狛江駅

喜多見9:20発各停本厚木行き6553(3312)で狛江へ。東京都では一番、全国でも二番目に面積の小さい市、狛江市の玄関口です。狛江の地名は高麗(こま)からの渡来人に由来すると言われています。この駅については当初設置予定ではなく、当時の北多摩郡狛江村には和泉多摩川駅のみが設置される予定でした。しかし村の中心から離れていたことから地元では請願を出し、それが拒否されると資金や用地を募金で集めて寄付し設置を実現させました。この経緯から、小田原線の開業が昭和2年4月1日なのに対し、故前駅の開業は5月27日とやや遅れています。

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和泉多摩川駅

狛江9:34発各停本厚木行き6555(2451)で和泉多摩川へ。駅名だけ見ると大阪府南部(和泉国)の駅ですが、そうではなく所在地の地名に由来します。明治の町村制で狛江村が誕生するまでは和泉村が存在していました。計画段階では「多摩川」駅となる予定でしたが、対岸に稲田多摩川駅を設置することになったので、区別のために「和泉」が冠されました。

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登戸駅

和泉多摩川9:44発各停本厚木行き6557(2459)で登戸へ。この駅から神奈川県に入ります。南武線との乗換駅で、昭和2年開業時は「稲田多摩川」を名乗っていました。昭和30年に「登戸多摩川」と改称され、その3年後に現在の駅名に変わっています。一方、小田急の駅の約一か月前に開業した南武鉄道(→南武線)の駅の方はずっと「登戸」のままです。当初の駅名の「稲田」は昭和13年川崎市編入された橘樹郡稲田村に由来しており、明治の町村制で稲田村が成立するまでは登戸村がありました。

小田急全駅で5番目に乗降人員の多い駅で、乗り換え客を中心に多くの人で賑わっています。また、藤子・F・富士夫ミュージアムの最寄り駅であることから、壁や駅名標にはそれにちなんだ装飾がなされています。

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向ヶ丘遊園駅

登戸10:02発各停本厚木行き6559(2307)で向ヶ丘遊園へ。開業時は「稲田登戸」を名乗っていた駅で、小田急系列の遊園地「向ヶ丘遊園」にちなんで昭和30年に改称されました。遊園地へは当初豆汽車が走っており、昭和41年からはモノレールが駅と遊園地を結んでいましたが、老朽化のため平成13年に廃止されています。向ヶ丘遊園は平成14年に閉園、跡地の一部は再開発され、藤子・F・富士夫ミュージアムとなっています。

駅舎は南北両側にあり、そのうち北口駅舎は開業時に建てられたものです。ギャンブレル屋根の似たデザインの駅舎は他に4つ建てられましたが、現存するのはここだけで貴重な存在です。

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生田駅

向ヶ丘遊園10:15発各停本厚木行き6561(1167)で生田へ。昭和39年までは「東生田」を名乗っていた駅で、駅名は昭和13年川崎市編入された橘樹郡生田村に由来します。「生田」の村名は「上菅」と「五反」の合成地名で明治の町村制施行時に産まれたものです。駅舎は昭和58年に橋上化されました。

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読売ランド前駅

生田10:28発各停本厚木行き6563(2408)で読売ランド前へ。昭和39年までの駅名は「西生田」で、前述の東生田駅と対をなしていました。よみうりランド遊園地の南側の最寄り駅で、遊園地を挟んだ北側には京王よみうりランド駅があります。駅舎は各ホームに面した地平にあり、南口駅舎は平成9年改築。北口の方は至ってこじんまりとしています。

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百合ヶ丘駅

読売ランド前10:40発各停本厚木行き6565(3806)で百合ヶ丘へ。百合丘団地の開発に合わせて昭和35年に開業した駅で、昭和56年に橋上化されています。「百合丘」の地名については、開発前のこの地にヤマユリが多かったからという説、開墾のために「人の地主が力をわせた」からという説があります。

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新百合ヶ丘駅

百合ヶ丘10:53発各停本厚木行き6567(4407)で新百合ヶ丘へ。多摩線開業に合わせて昭和49年6月に開業した駅で、開業から半世紀にも満たない比較的若い駅ですが川崎市麻生区の中心として発展しています。駅開業当時は周辺に何もなかったそうですが、その後小田急が地元と協力して開発を行った結果、利用者数は30年で約7倍以上も増加しました。

ここからは多摩線の駅を巡っていきます。