まだ見ぬ駅を求めて~逆瀬の駅めぐり旅~

駅めぐりの記録をひたすら載せていくブログです。やたら更新する時と全く更新しないときがあります。

8/24 夏の仙石線・東北本線・陸羽東線駅めぐり

忙しくしている間に一カ月経ってしまいましたが、8月下旬に仙台・石巻周辺の駅を巡ってきました。

 

前日21:10に梅田を出たジャムジャムエクスプレス362便に乗り、仙台駅東口に到着したのは午前9時前。仙石線ホームに急ぎ、9:13発普通東塩釜行き941S(クハ205-3112)に乗車。

東塩釜駅

終点の東塩釜で下車。仙石線の複線区間の終点で、仙台から続いてきた住宅街もここで一旦途切れることから半数以上の列車が当駅で折り返します。昭和56年11月の複線化に合わせて高架化され、現在地に移転しました。その際建てられた駅舎は鉄筋コンクリート造2階建てで、ホームとは地下通路で結ばれています。出口は東側にしかありませんが、高架下を潜った西側にもロータリーが設置されています。東口駅前には工場のクレーンが聳えており、海に面した工業の町といった風情です。

陸前小野駅

東塩釜10:02発普通石巻行き921S(クハ205-3116)で陸前小野へ。東松島市の田園地帯にある駅で、駅名は昭和30年の鳴瀬町成立まで存在した旧・桃生郡小野村に由来します。宮城電気鉄道としての開業時に建てられた木造駅舎が長らく使用されてきましたが、東日本大震災で使用不能となり、平成24年3月17日の営業再開に合わせて改築されています。営業再開から平成27年5月30日の全線復旧までは仮の終着駅で、石巻との間で折り返し運転が行われていました。ホームで列車を待っていると上空をブルーインパルスが通過、駅のある東松島市には航空自衛隊の駐屯地があります。

矢本駅

陸前小野10:57発快速石巻行き5563D(HB-E211-7)で矢本へ。平成17年4月に桃生郡矢本町鳴瀬町が合併して誕生した東松島市の代表駅です。駅舎は昭和3年11月開業時からのものですが、大きく増改築されているため、原型は留めていません。矢本町航空自衛隊松島基地のある町ということで、駅のあちこちにブルーインパルスの絵や写真が貼られています。みどりの窓口も設置されていますが、近年の動きを見るにこの駅のものも数年以内には閉鎖されてしまうことでしょう。

東矢本駅

18分ほど歩いて隣の東矢本駅へ。昭和62年3月31日、国鉄分割民営化前日に開業した駅で、国鉄最後の新駅でした。周辺は住宅街で駅前に団地があります。震災以前は快速停車駅でしたが、仙石東北ライン開業に際して設定された快速は当駅を通過します。

野蒜駅

東矢本11:40発普通あおば通行き1122S(クハ204-3116)で野蒜へ。平成27年5月30日、東日本大震災からの復旧に際して内陸部に移設された駅で、駅舎は2階建ての立派なもの。改札口は一階ですが、待合室は2階にあり、2階から伸びた跨線橋でホームと結ばれています。駅舎のコンセプトは「人々が集い行き交う船宿のような町の拠点、復興のシンボル」で、和風の落ち着いたデザイン。海の近くにあり、津波で被災した旧駅は震災伝承館として活用されています。

高城町駅

野蒜12:15発快速仙台行き5568D(HB-E211-6)で高城町へ。仙石線と仙石東北ラインが合流する運行拠点駅で、宮城郡松島町の中心近くに位置しています。駅舎は昭和23年4月に改築されたもので、平成28年11月に和風に改装されました。仙石線普通と仙石東北ライン快速の乗換駅として機能しており、折り返し列車も設定されています。

本塩釜駅

高城町12:29発普通あおば通行き1232S(クハ204-3102)で本塩釜へ。塩竃市の中心部にある駅で、昭和56年10月の高架化にあたって現在地に移転しました。駅舎は塩竃神社をイメージしたデザインで、駅前には石燈籠も建っています。市の代表駅は東北本線塩釜駅ですが、そちらは内陸部にあります。

西塩釜駅

本塩釜13:03発普通あおば通行き1234S(クハ204-3105)で西塩釜へ。昭和56年11月に東塩釜駅までが高架複線化されるまでは当駅が複線区間の終端で、折り返し列車も設定されていました。駅舎は昭和56年11月に橋上化されたもので、今見るとちょっと懐かしいデザインです。この駅は以前に訪問済みですが、前回は夕方で暗かったので明るい時間に再訪しました。

西塩釜駅

西口駅前を通るジョギングコースは平成9年4月に廃止された貨物専用の塩釜線の廃線跡東北本線の前身・日本鉄道が塩釜港から資材を搬入するために建設した路線で、明治20年仙石線より40年も古く開業しました。塩竃市内では仙石線と並走しており、仙石線の高架区間は塩釜線の廃線跡を利用して建設されています。上写真の右手に見える階段は地平駅舎時代の西塩釜駅の入口跡だそうです。

下馬駅

西塩釜13:22発普通あおば通行き1382S(クハ204-3112)で下馬へ。多賀城市塩竃市の境界部分にある駅で、駅前は手狭です。昭和7年8月開業時の木造駅舎が残りますが、平成元年3月に改装されているため原型は留めていません。この駅も前回訪問時は夕方で暗くなってしまったので再訪しました。

多賀城駅

下馬13:46発普通あおば通行き1222S(クハ204-3114)で多賀城へ。陸奥国府「多賀城」が置かれ、近年は仙台のベッドタウンとして発展している多賀城市の代表駅です。平成25年11月17日より使用開始された駅舎は多賀城をイメージした平安風デザイン。仙石線の駅めぐりはここで一旦打ち切り、14:08発普通あおば通行き1332S(クハ204-3118)で仙台へ。

利府駅

仙台14:36発普通小牛田行き2541M(クモハ701-1516)と岩切14:52発普通利府行き4479M(クモハ701-1019)を乗り継いで利府へ。宮城郡利府町の玄関口で、わずか2駅の利府支線の終点です。元々は明治27年1月に開業した東北本線旧線の中間駅で、昭和37年7月に旧線が廃止される際、岩切~利府間のみは代替交通機関がないことから視線として残されました。昭和53年10月に電化、国鉄時代は電留線が設置されていました。昭和61年11月改築の駅舎は利府町コミュニティセンターとの合築です。

利府駅

駅構内は頭端式2面2線。国鉄時代は構内も広く、留置線もありましたが、現在はこじんまりとした終着駅と言った風情です。日中の列車は岩切折返しですが、大都会仙台の郊外ですし、そのまま仙台まで直通してもよさそうなものです。

鹿島台駅

利府15:35発普通利府行き4480M(クハ700-1019)と16分遅れの岩切15:45発普通小牛田行き2543M(クモハ701-1513)で鹿島台へ。平成18年の合併で大崎市となった旧・志田郡鹿島台町の玄関口で、平成27年11月に橋上化されています。地名は、鹿島神社の苗裔神を祀った社がある台地に由来するもので、大和朝廷陸奥に進出する際に常陸一之宮・鹿島神社の苗裔神(子に当たる神)を各地に奉じたとされています。

松山町駅

9分遅れの鹿島台17:01発普通小牛田行き2547M(クモハ701-1516)で松山町へ。平成18年の合併で大崎市となった旧・志田郡松山町の玄関口ですが、町の中心からは離れた田園地帯の中に位置します。大正11年から昭和4年までのわずか7年間だけ、駅と町の中心を人車軌道が結んでいました。人車軌道の歴史は短く、痕跡もほとんど残っていないものの、客車の実物が大宮の鉄道博物館大崎市松山ふるさと歴史館に、レプリカが大崎市松山酒ミュージアムに保存されています。昭和38年3月改築の駅舎は鉄筋コンクリート造平屋建てのシンプルなもの。近隣の田尻と瀬峰にも似たような駅舎があります。

陸前谷地

3分遅れの松山町17:21発普通小牛田行き2549M(クハE720-13)で小牛田へ。17:32発陸羽東線普通鳴子温泉行き1739D(キハ111-213+キハ112-213)に乗り換えて陸前谷地で下車。昭和35年8月に開業した無人駅で、陸羽東線ではよく見るタイプの待合室がホーム上に設置されています。周辺は田園地帯で、こうべを垂れる稲穂が夏の終わりを感じさせます。駅前にはコンクリートブロックの古い便所がありました。

北浦駅

陸前谷地18:09発普通小牛田行き1738D(キハ112-216+キハ111-216)で北浦へ。昭和29年に小牛田町と合併した旧・遠田郡北浦村の駅で、駅前には市街地が形成されています。昭和58年11月改築の簡易駅舎がありますが、駅舎内を通らずとも構内踏切からホームに行ける造りになっています。予定では一本後の列車に乗るはずでしたが、乗ってきた1738Dが対向列車との交換待ちで6分間停車し、5分遅れで発車したため、駅を撮影できました。

石巻駅

小牛田18:54発普通女川行き1647D(キハ110-245)で石巻へ。日本有数の水揚げ量で知られる漁港の町・石巻市の代表駅です。この日は石巻の快活クラブに宿泊。明日は石巻線の駅と仙石線の残りを巡っていきます。

 

4/9 桜吹雪の赤穂線・山陽本線駅めぐり

この日は赤穂線山陽本線の未訪問駅を中心に巡りました。

逆瀬川を5:07発普通西宮北口行き2(5001)で出発し、西宮北口5:20発普通新開地行き5(8790)、高速神戸5:56発直通特急山陽姫路行き9053(8220)、姫路7:05発普通三原行き1305M(クハ115-350)、相生7:35発普通播州赤穂行き945M(クハ222-2051)を乗り継いで坂越へ。

坂越駅

瀬戸内航路の中継地として古くより栄えた赤穂市東部の港町・坂越地区の玄関口で、昭和26年12月開業時に建てられた駅舎が、減築・改修の上で使用されています。駅前の桜はちょうど見頃を迎えていました。

西相生駅

坂越7:55発普通姫路行き940M(サハ223-2119)で西相生へ。築堤上に単式ホームがある駅で、ホームから階段を下ったところに片流れ屋根の小さな駅舎があります。小さな駅のようですが、相生産業高校が近いため利用客は多く、窓口が設置されています。ホームの築堤には桜が植えられており、こちらも満開でした。

日生駅

西相生8:17発普通播州赤穂行き947M(モハ223-1004)と播州赤穂9:05発普通総社行き1909M(クハ115-1403)で日生へ。平成17年3月22日の合併で備前市となった旧・和気郡日生町の玄関口で、昭和30年3月1日の開業から昭和33年3月25日の伊部延伸までは終着駅でした。開業時に建てられた駅舎は直線的なモダニズム建築で、後付けされた入口のアーチがいい味出しています。令和元年6月1日に無人化されているため、駅舎内はがらんとしていました。

備前福河駅

日生10:20発普通播州赤穂行き1910M(クモハ115-320)で備前福河へ。兵庫・岡山の県境部にある駅で、駅名に「備前」が冠されているものの、所在地は兵庫県です。駅開業時の所在地は岡山県和気郡福河村で、同音の山陽本線福川駅山口県)と区別するために「備前」が冠されました。「福河」は「福浦」「寒河」の合成地名です。福河村は昭和30年3月31日の合併で日生町となりましたが、福浦地区は兵庫県側との結びつきが強かったことから、昭和38年9月1日に赤穂市に越県分離されました。兵庫県になった現在でも中国電力の供給エリアで、国鉄時代は岡山鉄道管理局の管内でした。開業時に建てられた駅舎は倉庫のような印象を受ける武骨なデザインです。駅前の桜は満開でした。

寒河駅

備前福河10:49発普通福山行き1913M(クハ115-406)で寒河(そうご)へ。昭和37年4月1日に開業した駅で、駅舎は無く、ホーム上に待合所が設置されているのみです。ホーム向かいと駅へと続く道には桜が植えられ、ここも満開でした。風に吹かれて桜吹雪が舞い、美しかったのですが、写真だとなかなか綺麗に写りません。

天和駅

寒河11:20発普通播州赤穂行き1912M(クモハ115-1551)で天和へ。赤穂市鷆和(てんわ)地区にある駅で、「鷆」の字が難しいことから駅名には「天」の字が使われています。明治9(1876)年に真木村と鳥撫村が合併した際、「真」「鳥」の2字を合わせ、両村の和を願い、新村名を「鷆和」としたことに由来するもので、駅前の信号には「鷆和駅前」の文字があります。赤穂郡鷆和村は明治22年の町村制で塩屋村となり、昭和12年4月1日に赤穂町に編入されています。ホーム目の前には三菱電機赤穂工場への専用線が通っていますが、現在はほとんど使用されていません。

西大寺駅

天和11:43発普通備中高梁行き1915M(クモハ114-1118)で西大寺へ。昭和44年2月18日に岡山市編入された旧・西大寺市(現:岡山市東区)の玄関口で、折り返し列車も多数設定される運行拠点駅です。駅舎は昭和37年9月1日開業時に建てられたもの。赤穂線開業までは西大寺岡山市街を軌間914mmの西大寺鉄道が結んでいましたが、赤穂線開業一週間後の9月7日に廃止されました。

西川原・就実駅

西大寺13:12発普通備中高梁行き1967M(クハ212-2)で岡山へ。100円ショップでスタンプ用のスケッチブックを買ってから、13:55発普通播州赤穂行き1920M(クモハ115-1545)で西川原へ。平成20年3月15日に開業した岡山県で最も新しい駅で、駅前にある就実学園が建設費を負担しました。駅名の決定に当たってはJR側が「西川原」、就実学園が「就実大前」を主張し、折衷案として、正式名称は「西川原」でありながら案内上は「西川原・就実」とすることになりました。縦書き駅名標は「にしがわら」表記、横書きの大型駅名標「西川原・就実」表記で、駅名標に表記ゆれが見られます。

上道駅

西川原14:15発普通相生行き1318M(クモハ115-1549)で上道(じょうとう)へ。昭和61年11月1日に開業した駅で、駅のすぐ北を山陽新幹線の高架が通っています。駅南側には住宅街が広がり、利用客もそれなりにいますが、令和元年6月1日より無人駅となっています。駅名は昭和46年7月1日に岡山市編入された上道郡上道町に由来。上道郡は古来「かみつみち」と呼ばれ、備前国の中心として栄えていました。

熊山駅

上道15:04発普通和気行き718M(クモハ115-324)で熊山へ。赤磐市唯一の鉄道駅ですが、市域の外れにあって中心部からは大きく離れています。平成17年3月7日の合併で赤磐市が成立するまで存在した旧・赤磐郡熊山町の中心とも吉井川を挟んで離れており、昔から町外れの駅だったようです。昭和15年3月に建てられた木造駅舎が現役ですが、駅名を隠すように駅前の屋根が設置されているのが残念。その代わりなのか、駅前ロータリーに駅名看板が建てられています。

三石駅

熊山15:37発普通相生行き1320M(クモハ115-1653)で三石へ。岡山・兵庫の県境にある駅で、朝夕には折り返し列車も設定されています。駅舎は大正10年2月改築で、平成30年に減築されて乗務員宿泊所が建てられました。県境の船坂峠を控えた三石は耐火煉瓦の生産で栄えた町で、高台にある駅からは煉瓦工場の煙突がある街並みを見下ろすことができます。

御着駅

三石16:24発普通相生行き1322M(クモハ115-1659)、相生16:48発普通姫路行き964M(クモハ225-8)、姫路17:17発普通米原行き812T(クモハ225-105)を乗り継いで御着へ。播磨国分寺や御着城が置かれた姫路市御着地区にある駅で、昭和10年3月改築の木造駅舎が現役で使用されています。駅裏を新幹線が通り、駅舎にも手が加えられているものの、昔ながらの雰囲気をよく留めた駅です。

日も暮れてきたのでこの日はこれで終了。御着17:37発普通野洲行き814T(クモハ223-1001)と加古川17:51発新快速草津行き3510M(クモハ223-2091)、11分遅れの尼崎18:28発快速宝塚行き5509M(クハ207-10)を乗り継いで帰宅しました。

4/3 桜咲く因美線・姫新線・津山線駅めぐり(東津山・高野・美作滝尾・三浦・弓削・丹治部・刑部・月田)

この日は昨日に引き続き津山周辺の駅を巡りました。

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東津山駅

津山を4:54発快速上月行き3820D(キハ120-328+キハ120-343)で出発し、東津山で下車。姫新線因美線の分岐駅で、元々は因美南線の駅として開業しました。津山市街の東の端にある駅で、開業時に建てられた木造駅舎は減築されて、その跡に交番が建てられています。

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高野駅

東津山5:05発快速智頭行き3672D(キハ120-355)で因美線に入り、高野で下車。昭和3年3月開業時に建てられた木造駅舎が残る駅で、交換設備は撤去されています。行程では5:42発快速美作加茂行き3674Dで美作加茂へ向かうはずでしたが、駅に貼られている時刻表を見て休日運休だと気付きました。休日運休を見逃して行程を組んでいたためにここで計画の大幅な変更を強いられることに。見逃してしまった自分が悪いのですが、紙の時刻表だと「休日運休」が大きく表記されているのに、駅探を使って行程を組んでしまったのが失敗の元のようです。やはり行程を組むのには紙の大きな時刻表が最適だとつくづく思い知らされます。

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美作滝尾駅

このまま高野駅に居ても仕方ないので、5.2㎞離れた美作滝尾まで歩いて行きます。美作加茂の訪問が不可能になった上に平日なら歩かなくても良かったはずの所を歩くわけですからかなり不合理です。高野駅を出るとまだ薄暗いのに地元の人が集まって来て駅前の清掃をしていました。まだ寒々とした朝の里山を一時間以上歩いてようやく美作滝尾駅に到着。普段歩く駅間は2㎞~3㎞程度が多いので、5㎞はやはり長いなと感じます。辿り着いた美作滝尾駅は開業時に建てられた木造駅舎が残る駅で、平成7年には渥美清さんの遺作となった映画「男はつらいよ 寅次郎紅の花」のロケ地となりました。駅舎は地元の方によって綺麗に管理されており、平成20年11月には登録有形文化財となっています。

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三浦駅

美作滝尾7:04発普通智頭行き676D(キハ120-359)で三浦へ。地元の請願で昭和38年4月1日に開業した駅で、駅舎は無くホーム上に待合所が設置されています。駅を取り巻くように桜が植えられていますが、見頃にはまだ早かったようです。それにも関わらずホーム上には車でやってきたカメラマンが大勢いて思うようには撮れませんでした。

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東津山駅

三浦7:22発普通津山行き673D(キハ120-355)で東津山へ。先程は撮れなかった2番ホームを中心に撮影。駅舎もついでに撮り直しました。

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弓削駅

東津山7:46発普通津山行き2823D(キハ120-356)と津山7:55発快速ことぶき岡山行き933D(キハ40-3004+キハ47-3001+キハ47-18)で弓削へ。久米郡久米南町の玄関口で、明治31年12月開業時の駅舎が改装されながら残っています。久米南町は川柳で町おこしを行っているため、駅のあちこちには川柳の作品が掲示されており、駅舎内には投句箱も設置されています。また、町のマスコットキャラクター・河童の「カッピー君」もあちこちにいて、賑やかな感じです。一時間ほどの滞在時間を利用して久米南町役場を見に行ってきました。

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丹治部駅

弓削9:26発普通津山行き944D(キハ40-2043+キハ40-2029)と津山10:07発普通新見行き859D(キハ120-356)で丹治部へ。山間の集落にある駅で、地名は「田治部」です。平成6年7月改築の駅舎は福祉協議会との合築。この区間では珍しい当初からの棒線駅です。次の列車までは約2時間、3.8㎞離れた隣の刑部駅まで歩いて行きます。

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刑部駅

約一時間で刑部駅のある大佐町の中心部に到着。飲食店は開いていなかったものの、ショッピングパーク大佐ボンエースで弁当を調達できたので事なきを得ました。刑部は平成17年3月31日に新見市と合併した阿哲郡大佐町の玄関口で、駅前には小規模な市街地が形成されています。平成5年9月改築の和風駅舎は物販店との合築でしたが、店は撤退して待合室となっています。ただし、ベンチなどはなく、殺風景なスペースが広がっているだけです。簡易委託の窓口は平成23年4月1日に廃止され、現在は無人駅です。

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月田駅

刑部13:15発普通津山行き860D(キハ120-356)で月田へ。廃止された対向ホーム跡などに桜の木が植えられていますが、見頃にはまだ早い感じでした。平成9年2月改築の駅舎は「つきの木センター」の愛称が付いた合築駅舎で、簡易委託の窓口は平成23年6月1日に廃止されて無人駅となっています。駅前には貯木場があり、かつてはこの駅から汽車で木材が出荷されていたのでしょう。急行「みまさか」の一部列車は主要駅である中国勝山を終点とせず、一駅先のこの駅を終点としていました。急行の終着駅になるくらいですから、かつてはさぞや賑わっていたのでしょう。院庄と岩山は既に降りているので、姫新線佐用以遠はこの駅への下車を以て全駅訪問達成となりました。

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木野山駅

月田13:51発普通新見行き861D(キハ120-330)で新見へ。新見14:50発普通岡山行き856M(クモハ213-3)に乗り換えて帰途に就きます。途中、木野山で新見行き853Mと交換しましたが、ここは桜が満開でした。岡山からは16:44発普通姫路行き4326M(クハ115-1067)に乗車。遅れていた津山線からの乗り換え待ちをしたため、2分30秒遅れで発車しました。姫路からは18:10発新快速野洲行き3514M(モハ224-12)と尼崎19:13発快速新三田行き5515M(モハ320-51)を乗り継いで帰宅しました。

 

4/2 桜咲く姫新線駅めぐり(古見・坪井・美作千代・美作落合・美作追分・中国勝山・久世・富原)

この日は青春18きっぷ姫新線の駅を巡りました。

逆瀬川を5:07発普通西宮北口行き2(5002)で出発し、西宮北口5:20発普通新開地行き5(7586)、高速神戸5:56発直通特急山陽姫路行き9053(8230)、姫路7:05発普通三原行き1305M(クハ115-1032)、上郡7:51発智頭急行線普通大原行き729D(HOT3521)、佐用8:32発普通津山行き2825D(キハ120-334+キハ120-335)を乗り継いで津山へ。

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古見駅

津山からは10:07発普通新見行き859D(キハ120-343)で古見へ。田園地帯の中にあるホームだけの無人駅で、昭和33(1958)年4月1日に開業しました。民家の裏手に隠れるようにひっそりと存在しています。駅名は明治22年の町村制で大庭村が成立するまで存在した大庭郡古見村に由来します。大庭郡は明治33年4月に真島郡と合併して真庭郡となり、大庭村は明治38年9月に河陽村と合併して川東村となりました。川東村は昭和30年1月の合併で落合町となり、平成17年3月31日の合併で真庭市となりました。

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坪井駅

古見10:56発普通津山行き858D(キハ120-328)で坪井へ。相対式ホーム2面2線の交換可能駅で、駅前とホーム上の大木が印象的です。かつては木造駅舎がありましたが、平成7年2月にプレハブ駅舎に改築されました。駅前には真新しい住宅があります。開業時の所在地は久米郡大井西村で、明治22年の町村制までは中北上村でした。大井西村は坪井上、坪井下、中北上の3村が合併して誕生したもので、駅名は出雲街道坪井宿として栄えた隣接する坪井地区から取られています。大井西村は昭和27年8月1日に大東村と合併して大井町となり、昭和30年1月の合併で久米町、平成17年2月28日の合併で津山市となりました。

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茶店 ジュゴン

次の列車まで2時間以上あるので歩きます。岡山の県北にも春が訪れており、桜は満開でした。途中、「ジュゴン」というレトロな感じの喫茶店を見つけ、ちょうど昼時だったので焼きそばをいただきました。白ネギが入っていて美味しかったです。

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美作千代駅

桜や津山市久米支所(旧久米町役場)などを見ながら歩いて美作千代へ。押縁下見板張りの渋い木造駅舎が残る駅です。大正12年8月21日開業時に建てられたもので、来年で築100年を迎えます。大変すばらしい駅舎ですが、惜しむらくは駅前ロータリーに植え込みがあって構図が限られてしまうことでしょう。このロータリーも昭和30年4月28日完成の古いものなので、仕方ないことではありますが。

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美作落合駅

美作千代13:01発普通新見行き861D(キハ120-359)で美作落合へ。平成17年3月31日の合併で真庭市となった真庭郡落合町の玄関口ですが、町の中心は旭川の対岸にあります。開業時の所在地は久米郡河陽村で、明治22年の町村制までは西原村でした。かつては木造駅舎がありましたが、平成17年5月にコミュニティ施設との合築駅舎に改築されています。交換可能駅で、簡易委託の窓口が設置されているため、周辺駅と比べるとまだ主要駅といった感じがします。町の玄関口だけあって利用者も周辺駅よりは多く、実際、他の駅では見かけなかった利用者を結構目にしました。

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美作追分駅

美作落合13:59発普通津山行き860D(キハ120-343)で美作追分へ。大庭郡(真庭市)と久米郡津山市)を隔てる山の中にある無人駅です。平成8年3月改築の駅舎は地域活性化施設「キリタローの館」との合築で、広くて天井の高い待合室があります。キリタローは当地が濃霧地帯であることにちなんだマスコットキャラクターで、施設は木工体験のイベントなどで使用されるようです。駅名は姫路と出雲を結ぶ出雲街道から岡山とを結ぶ備前往来が当駅付近で分岐していることに由来します。

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追分公園からの景色

次の列車まで一時間以上あり、駅前の「追分公園」という山が気になったので登ってみました。急な斜面の所々に顕彰碑などが建っていて、頂上には養蚕神社という小さな神社がありました。登るのはしんどかったのですが、景色は綺麗で季節によっては山ツツジを楽しめるようです。

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中国勝山駅

美作追分15:17発普通中国勝山行き1863D(キハ40-2133)で中国勝山へ。三浦氏美作勝山藩2万3千石の城下町として栄えた真庭市勝山町の玄関口で、約半数の列車が折り返す運行拠点駅です。駅舎は昭和42年10月改築の鉄筋コンクリート造平屋建てで、平成12年5月に和風に改装されました。駅舎内には簡易委託の窓口と観光案内所があります。

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よごすまい 汽車は 世界の友が乗る

訪問時、一番線には「津山夜桜列車」という臨時列車が停車しており、ホームは撮影会状態となっていました。

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久世駅

中国勝山16:07発普通津山行き1862D(キハ40-2133)で久世へ。平成17年3月31日の合併で真庭市となった真庭郡久世町の玄関口で、真庭市役所の最寄り駅です。大柄な木造駅舎は大正13年5月開業時のもので、前年の関東大震災を受けて耐火を意識したモルタル塗りとなりました。簡易委託の窓口が設置されていますが、訪問時は営業時間終了後で片付け作業中でした。

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富原駅

久世16:39発普通津山行き865D(キハ120-343)で富原へ。美作国真庭市)と備中国新見市)との境界近くの山間にある駅で、駅前を県道32号新見勝山線が通っています。平成6年6月改築の駅舎はコミュニティ施設との合築で、待合室部分は天井が高く立派です。屋根の上には風見鶏が乗っており、無国籍風のデザインです。

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津山の夜桜

日が長くなってきたのでやろうと思えばもう一駅くらい巡れそうですが、17:27発津山行き864D(キハ120-359)で宿泊地の津山へ。駅近くの「鉄板食堂 わーてんたっく」で牛そずり丼を頂き、話好きの女将さんと楽しい時間を過ごしました。食後は津山の夜桜を見物してからホテルへと向かいました。

 

3/16 東武下町フリーきっぷ(伊勢崎線・亀戸線)駅めぐり

この日は東武下町フリーきっぷを使い、伊勢崎線亀戸線の駅を巡りました。転居を控えているので、東京の駅を近場として巡るのはこれが最後になります。

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北千住駅

高田馬場8:49発山手線外回り8333G(モハE235-9)で出発し、日暮里で定刻約56分遅れの8:17発常磐線勝田行き339M(クハE531-16)で北千住へ。羽鳥~石岡間人身事故の影響で遅れていました。北千住は常磐線東武伊勢崎線日比谷線・千代田線・つくばエクスプレスが集まる東京北東部のターミナル駅で、一日当たり乗降客数は世界第6位です。東武の駅は2面4線の1階ホームと日比谷線及び直通運転をする各駅停車が発着する2面3線の3階ホームから成る2層構造で、浅草を差し置いて伊勢崎線の実質的なターミナル駅となっています。一日平均乗車人員は東武の駅の中で第一位です。

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牛田駅

北千住を散策してから、10:14発普通浅草行き826(11665)で牛田へ。京成関屋駅と向かい合って存在する駅で、なぜ駅名が統一されていないのか不思議になるくらいの近さです。駅名の由来は「牛田圦(うしだいり)」と呼ばれた農業用水路にちなみます。

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堀切駅

牛田10:26発普通浅草行き828(11660)で堀切へ。改札口はホームごとに分かれており、改札内での行き来はできません。下りホーム側の駅舎はこじんまりとした木造駅舎です。駅周辺はドラマ「3年B組金八先生」のロケ地になったことで有名です。鎌倉時代初期、当地を治めていた葛西氏の一族、御城蔵人正房(みじょうくらうどまさふさ)が居を構えて、周囲に堀をめぐらせたことが地名の由来です。駅は堀切菖蒲園の花見客の便を図るために開業しましたが、荒川の改修で菖蒲園は対岸になってしまいました。

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鐘ヶ淵駅

堀切10:38発普通浅草行き830(14607)で鐘ヶ淵へ。通過線を持つ駅で、駅舎はホームごとに分かれています。元和6(1620)年、橋場、石浜にあった寺院が亀戸村に移転する際、寺の鐘を船に載せて運ぼうとしたところ、水中に落として引き上げることができなくなったことから、鐘が沈んだところを「鐘ヶ淵」と言うようになりました。化粧品会社の「カネボウ(鐘紡)」は「鐘淵紡績」の略称で、当地創業であることにちなみます。

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東向島駅

鐘ヶ淵11:00発普通浅草行き834(11657)で東向島へ。東武博物館の最寄り駅で、明治35年4月1日開業時は「白髭」、一度廃止されて復活してからは「玉ノ井」を名乗っていました。昭和62年12月21日に現駅名に改称されています。

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浅草駅

東向島11:12発普通浅草行き836(13667)で浅草へ。東武伊勢崎線系統のターミナル駅で、浅草寺など多くの観光地の最寄り駅です。東武の駅は昭和6年5月25日に「浅草雷門」として開業し、昭和20年1月に改称されています。地上7階地下1階の駅ビルの2階に頭端式ホームがあり、南海難波駅と並んで戦前の郊外私鉄ターミナル駅の面影を今に伝える貴重な存在です。1階から入ると正面に改札まで上がる階段とエスカレーターが設置されている非常に分かりやすい構造で、渋谷駅や新宿駅にも見習わせたくなります。ホームは先端が極めて狭く、列車との間も空いているためにドアカットが行われています。

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とうきょうスカイツリー駅

浅草11:42発普通北千住行き841(14665)でとうきょうスカイツリーへ。明治35年4月1日、東武鉄道の最初のターミナル駅吾妻橋」として開業した駅ですが、亀戸線が開業すると乗り入れ先の総武鉄道(現:総武本線)両国橋駅(現:両国駅)がターミナル駅となったためにわずか2年で一時的に廃止となりました。のちに貨物駅として再開し、総武鉄道が国有化されるとターミナル駅として返り咲きました。「浅草」に改称され、鉄道で運ばれてきた貨物が船に積み替えられる拠点として賑わったこともありましたが、隅田川を越えて浅草延伸が実現すると「業平橋」に改称されて中間駅となりました。「業平橋」は大横川にかかる橋の名で、在原業平が亡くなった場所にあった業平塚に由来する業平天神社の近くにあった事からこの名がつきました。業平塚については、力士成川運平または里見成平の墓と言う説もあり正確なことははっきりしないようです。業平橋駅は浅草駅の手狭さゆえにその後も貨物のターミナル、浅草駅に入線できない10両編成の列車の折り返し駅として重要な地位をしめていましたが、貨物営業は平成5年3月25日に廃止、10両編成も平成15年3月19日より半蔵門線に直通するようになりました。貨物ヤード跡地は再開発されて東京スカイツリータウンとなり、平成24年3月2日竣工、駅名も3月17日に改称されました。

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押上駅

とうきょうスカイツリー12:05発普通北千住行き845(16607)と曳舟12:15発急行中央林間行き1111K(5010)で押上へ。半蔵門線との境界駅で、駅自体は東京メトロが管理しています。とうきょうスカイツリー駅と同一駅扱いで、平成15年3月19日の半蔵門線直通開始に際して開業しました。

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曳舟駅

押上12:25発急行久喜行き1058T(56061)で曳舟へ。伊勢崎線の浅草方面と押上方面、亀戸線の分岐駅です。昭和42年2月22日に高架化されています。駅ビルは平成23年3月11日の東日本大震災で壁面が崩落する被害を受け、平成25年に解体、建て替えられたビルには平成29年4月1日に東京曳舟病院が開院しました。

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亀戸駅

曳舟12:33発普通亀戸行きB37(8570)で亀戸へ。亀戸線の終点で、総武本線亀戸駅に隣接していて頭端式1面2線のホームがあります。かつては総武鉄道(→総武本線)に乗り入れて両国橋(現:両国)駅をターミナルとしていました。都会のローカル線といった雰囲気で、かつては幹線の一部だったことから南海汐見橋線を連想させますが、列車本数は10分ヘッドと多く、乗客もそれなりに多いので汐見橋線ほどに鄙びてはいません。

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亀戸水神

亀戸13:13発普通曳舟行きA40(8677)で亀戸水神へ。亀戸水神社の最寄り駅で、亀戸天神の下車駅と勘違いされることが多いことから貼り紙がなされています。昭和3年4月15日開業当初はもっと南寄りにあり、昭和21年12月5日に北十間駅と統合されて現在地に移転しました。東京23区で9番目に利用者が少ない駅です。

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東あずま駅

亀戸水神13:25発普通曳舟行きB42(8670)で東あずまへ。昭和3年4月15日に「平井街道」として開業し、昭和20年5月20日に廃止、昭和31年5月20日に駅名を変えて再開業した駅です。昭和7年10月1日に東京市編入された吾嬬町(あずまちょう)の東部にあった事に由来し、漢字が難しいことからひらがな表記となったようです。

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小村井駅

東あずま13:37発普通曳舟行きA42(8677)で小村井へ。ホーム間が地下通路で結ばれている駅で、駅名は明治22年の町村制で吾嬬村が成立するまで存在した南葛飾郡小村井村に由来します。現在の地名「文花」の「文」は文教施設が多いことから、「花」は吾嬬神社の祭神弟橘媛から取られています。

まだまだ時間は早いですが、引っ越しの準備をしなければならないので、小村井13:48発普通曳舟行きB44(8670)と曳舟14:10発普通北千住行き869(5608)、北千住14:19発快速上野行き1382H(サハE231-204)、日暮里14:30発山手線内回り1468G(モハE235-141)を乗り継いで帰宅しました。

3/15 多摩都市モノレール駅めぐり

この日は多摩都市モノレールの駅を巡りました。

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玉川上水駅

高田馬場8:29発急行新所沢行き2803(30002)と小平9:02発各停玉川上水行き5251(38818)で玉川上水へ。西武拝島線多摩都市モノレールの乗換駅で、西武の駅は立川市、モノレールの駅は東大和市に所在します。

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桜街道駅

玉川上水9:42発上北台行き901(1416)で桜街道へ。駅名の由来になったのは駅南側で交差する東大和市道で、東大和市駅と村山団地を結んでいます。街路樹として一部に桜が植えられているとのことですが、残念ながら駅前にはありません。

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上北台駅

桜街道9:58発上北台行き905(1404)で上北台へ。多摩都市モノレールの起点で、日本のモノレール駅としては最も北に位置します。線路は駅の北でぷつりと潔く途切れていますが、この先鉄道空白地帯の武蔵村山市を経て箱根ヶ崎駅まで延伸する計画があり、令和14年ごろの開業が見込まれています。

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砂川七番駅

上北台10:14発多摩センター行き1008(1108)で砂川七番へ。芋窪街道と五日市街道の砂川七番交差点にある駅で、開業前の仮称は「砂川」でした。当駅および玉川上水駅周辺は昭和38年5月1日に立川市編入されるまでは北多摩郡砂川町で、立川飛行場が設置され砂川事件の舞台となったところです。

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泉体育館駅

砂川七番10:31発多摩センター行き1024(1111)で泉体育館へ。立川市立泉体育館の最寄り駅で、仮称は「新泉」でした。当駅を出るとモノレールは上北台から寄り添ってきた芋窪街道から離れ、進路を西南へと変えます。

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立飛駅

泉体育館10:41発多摩センター行き1010(1110)で立飛へ。立飛グループの私有地に取り囲まれた駅で、「立飛」の社名は「立川飛行機」の略称です。駅前には「ららぽーと立川立飛」が立地しており、オープンした平成27年度には駅の一日平均乗車人員が前年比2.9倍増となりました。

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高松駅

立飛10:53発多摩センター行き1012(1107)で高松へ。多摩都市モノレールの本社・車両基地が併設された駅で、立川市役所や国立国語研究所国立極地研究所などの最寄り駅です。平日のみ当駅を起終点とする列車が設定されています。

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立川北駅

高松11:15発多摩センター行き1116(1109)で立川北へ。JR立川駅の北側にある駅で、立川南駅とは運賃計算上では同一駅として扱われています。JRとの乗り換え利用もさることながら立川自体が大きな街であるため、多摩都市モノレールの駅では最も利用客が多いです。平成10年11月27日の上北台からの開業時には終点でした。

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立川南駅

立川北11:38発多摩センター行き1104(1105)で立川南へ。JR立川駅の南側にある駅で、JRへはこちらからも乗換可能です。利用者数は立川北に次いで2位で、いかに当線において立川での乗り換え需要が大きいかが想像できます。駅前のラーメンスクエアの「新和歌山ラーメン 極ジョー」で昼食としました。

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柴崎体育館

立川南12:19発多摩センター行き1212(1107)で柴崎体育館へ。立川市柴崎体育館の最寄り駅です。仮称は「柴崎」でしたが、京王線柴崎駅調布市)との混同を避けるために最寄り施設の名を取りました。

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甲州街道駅

柴崎体育館12:31発多摩センター行き1214(1106)で甲州街道へ。多摩川を渡り、当駅から日野市に入ります。甲州街道四十四次10番目の日野宿最寄り駅です。中央自動車道日野バスストップとの乗換駅で、ホームには京王高速バスの広告が貼られています。

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万願寺駅

甲州街道12:54発多摩センター行き1202(1116)で万願寺へ。土方歳三の生家および墓所の最寄り駅で、駅名標にも「生誕の地」と表記されています。地名は「万願寺」ですが、そのような寺は現存せず、遺構などもないため由来は不明とされています。

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高幡不動駅

万願寺13:06発多摩センター行き1204(1105)で高幡不動へ。京王線動物園線との乗換駅で、日野市最大のジャンクション駅です。当駅から多摩動物公園駅までは京王動物園線と並行します。

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程久保駅

高幡不動13:29発多摩センター行き1308(1108)で程久保へ。京王動物園線との並行区間にある駅で、京王の方には駅がありません。周辺は起伏に富んだ住宅地が広がっています。

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多摩動物公園駅

程久保13:41発多摩センター行き1310(1110)で多摩動物公園へ。多摩動物公園の最寄り駅で、道路を挟んで京王の駅と京王れーるランドがあります。駅を境に周辺の建物は一気に少なくなり、モノレールは八王子市との境の多摩丘陵をトンネルで越えていきます。

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中央大学・明星大学駅

多摩動物公園13:54発多摩センター行き1312(1107)で中央大学・明星大学へ。橋上駅舎で、西側は中央大学多摩キャンパス、東側は明星大学日野キャンパスに直結しています。コロナ禍以前は多摩都市モノレール単独駅としては最も利用客の多い駅でした。

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大塚・帝京大学駅

中央大学・明星大学14:06発多摩センター行き1314(1106)で大塚・帝京大学へ。多摩モノレール通りと野猿街道の交差点にある駅で、帝京大学八王子キャンパスの最寄り駅です。中大・明星大駅とは異なり、帝京大に直結しているわけではなく徒歩で15分ほどかかります。

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松が谷駅

大塚・帝京大学14:18発多摩センター行き1316(1109)で松が谷へ。多摩ニュータウンの丘陵地にある駅で、線内の多くの駅が中央分離帯上にあるのに対し、道路西側の崖に沿って設置されています。そのため西側出入口は地面と同じ高さにあります。

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多摩センター駅

松が谷14:30発多摩センター行き1302(1116)で多摩センターへ。多摩都市モノレールの終点で、平成12年1月10日に開業しました。京王・小田急との乗換駅です。駅舎は蒸気機関車の動輪をモチーフとしたデザインで、平成12年には関東の駅百選に選定されました。この先、町田方面への延伸が計画されています。多摩都市モノレールはこれにて全駅訪問達成。駅の造りに変化は乏しいですが、都心部ではなく郊外の路線ということもあってあまり飽きずに楽しめました。

多摩センター15:04発上北台行き1507(1408)で上北台まで乗り通し、上北台15:54発多摩センター行き1510(1110)と玉川上水16:08発急行西武新宿行き2348(6001)で帰宅しました。

3/13 初春の小海線(佐久盆地)駅めぐり

この日は小海線のうち、未訪問のまま残っていた小諸~青沼間の駅を巡りました。

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小諸駅

早朝の小諸市街を散策してから小諸駅へ。昭和25年1月改築の駅舎は今となっては貴重な戦後型片流れ屋根の木造駅舎で、天井が高く風格が感じられます。小海線は本線である信越本線から分岐する形だったので、現在はしなの鉄道の駅の片隅を間借りするような形になっています。

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中佐都駅

小諸6:45発小淵沢行き224D(キハ112-109+キハ111-109)で中佐都へ。佐久市郊外の住宅地の中にある駅で、石積みホーム上にハーフティンバーの待合室が設置されています。待合室の建物財産標の日付は昭和35年2月。駅名は昭和29年12月20日浅間町成立まで存在した北佐久郡中佐都村に由来しますが、駅は隣の岩村田町に所在していました。

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美里駅

中佐都7:08発小諸行き125D(キハE200-1+キハE200-3)で美里へ。和田工業団地への通勤駅として地元の請願を受け、昭和63年12月1日に開業した駅です。陸橋との交差地点にあり、ホーム上にはログハウス風待合室が設置されています。ホームからは小諸方面に浅間山の雄姿を望むことができます。

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三岡駅

美里7:31発小諸行き127D(キハ110-110+キハ110-121)で三岡へ。大正14年4月14日、近隣にあった土橋駅と市村駅を統合する形で誕生した駅で、駅名は昭和29年4月1日の小諸市成立まで存在した北佐久郡三岡村に由来します。駅の建設に当たっては地元が負担しましたが、近隣の村の間で負担を巡る争いがあり、駅裏の県道との間にある土手は資金提供を渋った村側からの出入りを妨げるために造られたとの伝説があります。小諸を出て最初の交換可能駅で、駅舎は平成14年12月改築。

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乙女駅

三岡7:59発小諸行き129D(キハ111-111+キハ112-111)で乙女へ。しなの鉄道との並走区間にある駅で、ホーム上には和風待合室が設置されています。交差する陸橋への階段が出入り口で、かつては同じ位置に踏切があったのでしょう。駅名については遠くまで見渡せる「大遠見」または小諸藩の「お留場」に由来するという説、泉を見つけた乙女がいたからという説があります。

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東小諸駅

乙女8:26発小諸行き221D(キハ111-110+キハ112-110)で東小諸へ。しなの鉄道との並走区間にある駅で、昭和27年7月10日に開業しました。こちらは地下道で線路の反対側と連絡しています。ホーム上の待合室はログハウス風。小諸市街の外れといった感じの場所にあり、駅前は閑散としています。

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佐久平駅

東小諸8:44発中込行き128D(キハ112-110+キハ111-110)で佐久平へ。北陸新幹線との交差地点にある駅で、新幹線が地上、在来線が高架で交差するという珍しい造りです。小海線の駅は無人駅扱いで、改札口は設置されていません。駅周辺にはパークアンドライド用駐車場やホテル、ショッピングセンターなどがあり、佐久市の新しい中心と言った感じです。

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岩村田駅

歩いてわずか7分で岩村田へ。駅間は1㎞に満たず、佐久市のような大きな都市でなければ移転扱いで廃止されてそうな距離です。大正4年8月、佐久鉄道の駅として開業した当時からの木造駅舎が現役で使用されています。佐久市昭和36年4月1日に北佐久郡浅間町・東村と南佐久郡中込町・野沢町が合併して誕生した市で、岩村田は旧浅間町の中心に当たります。岩村田と中込が市の二大中心と言った感じですが、岩村田駅岩村田市街の中心から離れているため、駅前に関しては中込の方が都会に見えます。

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滑津駅

岩村田9:41発中込行き130D(キハ112-111+キハ111-111)で滑津へ。史跡・旧中込学校の最寄り駅で、カーブしたホーム上に中佐都と色違いの待合室が設置されています。待合室の建物財産標の日付は昭和27年3月。周辺には野焼きの煙が立ち込めていました。

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中込駅

寄り道しながら25分歩いて中込へ。岩村田と並ぶ佐久市の中心駅で、代表駅はこちらになっています。小海線営業所が併設される運行拠点駅で、折り返し列車も多数設定されています。昭和27年9月改築の駅舎は天井の高い立派なもので、いかにも主要駅と言った雰囲気。利用者数は岩村田駅の方が多いです。

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龍岡城駅

中込10:43発小海行き132D(キハ110-115+キハ110-109)で龍岡城へ。函館五稜郭と並んで日本に二つしかない星型要塞「龍岡城」の最寄り駅です。駅舎は無く、ホーム上に城風の待合室が設置されています。建物財産標は見つかりませんでしたが、形状は中佐都滑津と似ているので、昭和27年3月開業時のものを改装したものかもしれません。

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臼田駅

18分ほど歩いて臼田へ。平成17年4月1日の合併で佐久市となった南佐久郡臼田町の駅で、佐久平を除けば小海線の駅では唯一みどりの窓口が残されています。昭和38年10月1日までは「三反田(さんだんだ)」という駅名でした。駅舎は大正4年12月28日開業時に建てられたもので、屋根の形状など岩村田と似ています。親切な駅員さんから入場券を買い、無効印をもらうと五稜郭のデザインでした。訪問時には業者らしき方が対向ホームに上がって写真を撮っていましたが、何か工事をするのでしょうか。

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北中込駅

臼田11:41発小諸行き225D(キハ111-109+キハ112-109)で北中込へ。佐久市役所の最寄り駅で、駅周辺にはロードサイド店舗が多数出店しています。ホーム上の待合室は建物財産標によれば昭和35年2月建築。駅前にある「ザ・ビッグ」の店舗はかつての木材出荷ホーム跡に建てられています。

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青沼駅

北中込12:25発小淵沢行き230D(キハE200-3+キハE200-1)で青沼へ。田園地帯の中にあるホームだけの駅で、ホームからは浅間山を遠くに望むことができます。駅名は昭和31年9月30日まで存在した南佐久郡青沼村に由来。ホーム上の待合室は平成元年2月の火災で焼失し、秋頃に再建されたものです。次の列車までの時間で千曲川対岸の麺屋天神までを往復し、ラーメンで昼食としました。

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太田部駅

青沼13:31発小諸行き139D(キハ110-109+キハ110-115)で太田部へ。浅間山を望む田園地帯にある駅ですが、残念ながらホーム先端からでなければ浅間山は見えません。ホーム上の待合室は建物財産標によれば昭和27年開業時のもの。これにて小海線は全駅訪問達成となりました。

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小海駅

太田部14:08発小淵沢行き232D(キハ112-111+キハ111-111)で帰途に就きます。途中の小海で20分ほど停車したので駅舎を撮影。南佐久郡小海町の玄関口で、昭和62年12月改築の駅舎にはJA支所や診療所、ショッピングセンターが併設されています。前回訪問時にはあったみどりの窓口が無くなっていました。

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特急あずさ44号

小淵沢からは16:28発普通高尾行き552Mに乗る予定でしたが、車内に荷物を置いた状態で写真を撮っていて乗り遅れてしまったので、16:36発特急あずさ44号44M(クハE352-2)で追いかけることに。日野春で先行の552Mを追い越して韮崎に17分先着。韮崎17:10発普通高尾行き552M(クハ210-1011)に乗車。荷物は車掌さんが預かっていてくれたので無事引き取ることができました。当該列車の車掌さん、ありがとうございました。高尾からは19:21発特別快速東京行き1920T(クハE232-68)と新宿20:07発山手線外回り1907G(クハE234-28)で帰宅しました。