まだ見ぬ駅を求めて~逆瀬の駅めぐり旅~

駅めぐりの記録をひたすら載せていくブログです。やたら更新する時と全く更新しないときがあります。

1/8 寒波の中央西線駅めぐり

冬の青春18きっぷ、最後の一日分は中央西線駅めぐりに使用しました。中央西線の中でも中津川~塩尻は本数が少なく厄介な区間です。

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雪の積もった恵那駅ホーム

塩尻方面への始発に乗るべく6時に起きてホテルを出発。寒波の影響で恵那駅ホームにもうっすら雪が積もっていました。写っている列車は恵那から分岐する明智鉄道。明智光秀生誕の地とされる明智までを結んでいます。

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田立駅

恵那6:26発普通松本行き1825M(クモハ313-1317)で県境を越えて田立へ。中津川を過ぎると一気に雪が多くなりました。切通にホームのある田立は長野県最西端の駅で、県境を越えて中津川方面へ通勤・通学する利用者も多いようです。ホームでは地元のおじさんが雪かきをしていました。

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坂下駅

田立7:17発普通中津川行き1820M(クハ312-1326)で坂下へ。平成17年に中津川市と合併した旧恵那郡坂下町の駅で、折り返し列車が一日3.5往復設定されています。駅舎は明治41年8月開業時のもので、宿場町をイメージしてか和風にリニューアルされています。「県境の駅」と聞くと寂しいイメージを受けるかもしれませんが、ここは高校や病院もある町の中心だけあって朝の時間帯はそれなりに賑わっていました。

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落合川駅

坂下7:41発普通中津川行き850M(クハ312-1308)で落合川へ。落合ダムで堰き止められた木曽川を眼前に望む駅で、駅前は窮屈な立地です。狭い場所に頑張って建てたような跨線橋の上り口に昭和51年2月築の小さな待合室があります。集落があるのは対岸で、周囲に人家は少なくのどかな雰囲気です。

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南木曽駅

合川8:17発普通南木曽行き853M(クモハ313-1308)で南木曽へ。妻籠宿や三留野宿を擁する南木曽南木曽町の玄関口で、特急も一部が停車し折り返し列車も多数設定されています。木曽路観光の拠点駅の一つなのでさぞかし大きな駅なのだろうと思っていましたが、駅舎内には観光案内所と広い待合室があるのみで、オフシーズンということもあるのでしょうが閑散としていました。

昭和55年6月改築の駅舎は和風デザインで、木曽福島を一回り小さくしたような見た目です。改築はこちらの方が一年早く、その年の鉄道建築協会賞を受賞しています。

予定ではここに10:19まで滞在する予定でしたが、あまりの寒さと雪の多さに街歩きする気も失い、予定を変更して折り返し列車に乗車しました。

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美乃坂本駅

南木曽8:51発普通中津川行き852M(クハ312-1308)と中津川9:15発快速名古屋行き5718M(クハ210-5303)を乗り継いで美乃坂本へ。昭和29年に中津川市編入された旧恵那郡坂本村の駅で、地元では「美濃」ではなく「美乃」という簡略化した表記が定着していたことからこの駅名となりました。駅舎は大正6年11月開業時のものですが、将来的にリニア中央新幹線の駅が当駅付近に出来る計画があるので数年以内にその姿を大きく変えることになりそうです。

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倉本駅

美乃坂本9:39発快速中津川行き2705M(クモハ313-8501)と中津川10:00発普通松本行き829M(クハ210-3044)を乗り継いで倉本へ。国道19号や木曽川を見下ろす高台にある駅で、大正3年5月に立町信号所(→信号場)として開業、昭和23年9月に旅客駅に昇格しました。昇格時に建てられた木造駅舎が残っていますが、駅前が狭いので全体像を写真に収めるのは困難です。

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倉本駅 2番ホームへの通路

ホームは相対式ですが、ホーム同士を直接行き来することはできず、1番ホーム側にある駅舎から2番ホームへ向かおうとすると、一旦坂を下りて駅前に出、公道で線路を潜って階段を上り、通路をしばらく歩くことになります。

開業年の割にホームの造りが新しいのが気になりますが、ホームを後から造り直したのでしょうか。

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野尻駅

倉本12:03発普通中津川行き1826M(クハ312-1317)で野尻へ。中山道40番目の宿場町・野尻宿の駅で、明治42年9月開業時の駅舎が現役で使用されています。駅舎内には簡易委託の窓口があり、待合室にもちゃんと暖房が入っていますが、降車客は駅舎内を通らずに駅舎外の改札ラッチを抜けて駅前に散っていきます。この区間の駅では珍しくホーム上に待合室が設置されていません。

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須原駅

野尻12:30発普通松本行き1831M(クモハ313-1318)で須原へ。中山道39番目の宿場町・須原宿の駅で、明治42年9月開業時の駅舎が現役で使用されています。同時に開業した野尻とは造りが共通していますが、左右が逆です。ここも簡易委託の窓口がありますが、早くも12時半に閉まってしまうようで、降りたときには既にカーテンが引かれていました。

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中山道須原宿

次の列車まで一時間半以上あるので駅周辺を散策。須原宿は古い建物こそ多く残っているものの意図的に保存された街並みではないので統一感には欠けます。観光案内や説明板も控えめですが、それだけに自然体の街と言った風情が感じられます。

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EF64-1022+EF64-1023の重連

駅に戻って列車を待っているとEF64重連が牽引する貨物列車がやって来ました。私は貨物列車に関してはあまり詳しくないのですが、勾配の急な中央西線では機関車を重連で連結して運用するようです。篠ノ井線の南松本から関西本線の塩浜貨物駅まで石油を輸送する貨物列車で、須原では5分ほど停車して特急しなの12号に道を譲ってから発車していきました。

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大桑駅

3分遅れの須原14:22発普通中津川行き1828M(クハ312-1326)で大桑へ。木曽郡大桑村役場の最寄り駅で、昭和26年9月に開業しました。駅裏を国道が通り、公共施設が集まっているため決して寂しい所ではないものの、同じ村内にある野尻や須原と比べて特に大きな駅と言うわけではなく、利用者数では野尻に負けています。

ここも簡易委託の窓口があるので、大桑村内にある全ての駅に窓口があることになります。駅が3つしかなく、飛びぬけて大きな駅があるわけでもないからこういう平等な扱いができるのでしょう。

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上松駅

大桑14:56発普通松本行き1833M(クモハ313-1317)で上松へ。木曽郡上松町の玄関口で、特急しなのも一部が停車します。駅舎は昭和26年6月改築の鉄筋コンクリート造平屋建て。大桑駅とはほぼ同時期の建築ですが、大桑駅が木造なのに対しこちらがコンクリなのは駅の規模が大きいことによるものでしょう。なかなか立派なモダニズム駅舎なのですが、真正面に障害物があって撮りにくいのが残念です。

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木曽郡上松町役場

上松町役場は駅前すぐのところにあります。昭和26年に鉄筋コンクリート造で建築され、昭和51年に2階事務所、平成12年に1階事務所が増築されています。今年で築70年を迎え、さすがに老朽化していることから5月6日より新庁舎に移転する予定です。

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かき揚げ卵そば

予定では16:25発普通松本行き1835Mに乗る予定でしたが、駅や役場の撮影をさっと済ませ、乗ってきた1833Mに再び乗車して塩尻へ。中央東線への乗り換え待ちの時間で駅そばを食し、冷えた身体を温めます。

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塩尻駅弁 とりめし

塩尻からは16:59発普通大月行き442M(クハ211-2007)に乗車。昼を食べておらずさすがにそばだけでは足りなかったので塩尻で買ったとりめしを車内が空いてくるのを見計らって食べました。

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中央本線2052M

大月で19:54発中央特快東京行き2052M(クハE232-22)に乗り換え、新宿21:31発山手線外回り2151G(モハE235-83)で帰宅しました。

1/7 睦月の東海道・名古屋へ

この日は東海道を西へ。建て替え中の焼津市役所と関西本線無人化予定駅、名鉄の改築予定駅を回ります。

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熱海で乗り換え

高田馬場4:38発山手線内回り360G(クハE234-33)、品川5:10発東海道線小田原行き725M(クハE230-8059)、小田原6:22発東海道線熱海行き723M(クハE230-6020)と乗り継いで熱海へ。熱海からは6:49発普通浜松行き425M(クハ312-2327)に乗車。

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焼津駅 南口

焼津で下車。漁港の街として発展してきた焼津市の代表駅で、駅舎は昭和40年4月改築の橋上駅舎。橋上駅としては初期のものに当たるためデザインは少々古めかしさを感じさせます。

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焼津市役所

10分ほど歩いて焼津市役所へ。昭和44年10月竣工で、耐震性能は満たしているものの老朽化が著しいことから隣接地に新庁舎を建設中です。新庁舎は今年度中に開庁予定で、その後現庁舎を解体して跡地に立体駐車場を建設する予定です。

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愛知御津駅

焼津駅に戻り、9:18発普通豊橋行き931M(クハ210-5012)で豊橋へ。豊橋には2分遅れで到着し、10:57発普通岐阜行き127F(クハ312-5019)に乗り換えて愛知御津へ。

平成20年に豊川市と合併した旧宝飯郡御津町の駅で、昭和23年8月までは「御油(ごゆ)」を名乗っていました。駅舎は昭和23年12月改築の木造駅舎ですが、改装されていて原型は留めていません。便所の建物財産標には「明治39年12月」とありましたがこちらも古さは感じさせず、わずかに1番ホームの上屋のみが古さを留めています。

ここに降りたのは旧御津郵便局を見るためだったのですが、昨年8月に解体されて更地になっていました。

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東海道本線129F

愛知御津11:43発普通岐阜行き129F(クハ312-416)で蒲郡へ。11分遅れの11:44発快速大垣行き2521F(クハ312-5014)に乗り換えて14分遅れで名古屋に到着。

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蟹江駅 仮駅舎

名古屋12:46発普通四日市行き323G(クモハ313-1322)で蟹江へ。明治の町村制以来単独町制を130年以上に渡って維持し続けている海部郡蟹江町の駅で、現在橋上化工事中です。明治28年12月開業時の駅舎を改装しつつも長年使い続けてきましたが、平成31年2月3日より仮駅舎の使用を開始。仮駅舎に移転してからもう2年近く経ちますが、橋上駅舎の完成によって仮駅舎が役目を終える日も近いです。

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蟹江駅 新駅舎

新駅舎は仮駅舎の隣にほとんど完成した状態でした。1月31日より使用開始予定で、今は使用開始前の最終仕上げ・チェックの段階と言ったところでしょうか。

名古屋からの距離の割にどうにもショボい駅だったのが橋上化で面目を一新することとなります。

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弥冨駅

蟹江13:33発普通四日市行き325G(クモハ313-1323)で弥冨へ。平成18年の合併で弥冨市となった旧海部郡弥富町の駅で、「海抜-0.93m」と地上駅では最も低い所にある駅として有名です。名鉄弥冨線との共同使用駅で、2つの路線が乗り入れる駅なのだからそれなりの大きさの駅だろうと思いきや構内は2面3線といたってシンプルでホームも閑散としています。もっともこの駅も橋上化計画があるので数年後には面目を一新していることでしょう。

駅舎は明治28年5月開業時のもの(財産標はM27年12月)ですが、平成9年8月にリニューアルされているのでとても築126年には見えません。駅前も狭く市の玄関口としての機能は近鉄の駅の方にあるようで快速も停まりません。

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永和駅

弥富14:09発普通名古屋行き326G(クハ312-1322)で永和へ。平成17年の合併で愛西市となった旧海部郡佐屋町の駅で、駅名は昭和31年に分割編入で消滅した永和村に由来します。昭和2年6月に善太信号場として開業、昭和4年2月に一般駅に昇格しました。

駅舎は開業時のものですがリニューアルされています。ステンドグラスのようなものはあくまで飾りで中からは何も見えません。田園地帯の小さな駅にも関わらずみどりの窓口が設置されていますが、集中旅客サービスの使用開始に伴い2月1日より無人化される予定です。駅を撮っていると雪と風が激しくなってきました。

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春田駅

永和14:43発普通名古屋行き328G(クハ312-1323)で春田へ。中川区にあるJRにおける名古屋市内最西端の駅で、平成5年7月に信号場として開業し、平成13年に駅に昇格して開業しました。駅開業時から高架駅で、見た目は都会的ですが、列車は日中一時間2本しかやってきません。いまいち都会の駅として脱皮しきれていないような印象を受けます。ここも2月1日より無人化されます。

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八田駅

春田15:19発普通名古屋行き330G(クハ312-1309)で八田へ。地下鉄東山線近鉄名古屋線との乗換駅で、名古屋市西部の交通結節点といった感じですが快速は停車しません。隣接する近鉄の駅は列車が頻繁にやって来るのに対してJRの駅は停車・通過とも本数が少なく、利便性では完全に負けています。

大正7年に開設された八田信号所がルーツで、昭和3年2月に一般駅に昇格。平成14年4月に地下鉄・近鉄との乗換利便性向上のため名古屋方に500m移転して高架化されました。乗換駅だけあって本数の割に利用者は多く、一日2000人弱が利用しますが、ここも2月1日より無人化されます。

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西枇杷島駅

八田15:49発普通名古屋行き332G(クハ312-1314)で名古屋へ。名鉄名古屋16:04発普通佐屋行き1641(6228)に乗り換えて西枇杷島へ。名古屋本線犬山線が形成するデルタ戦で有名な駅で、現在駅改良工事中です。構内は元々島式2面4線でしたが、待避線を撤去してホームの拡幅を行い、相対式2面2線に変更されています。

駅舎は昭和24年の営業再開時に建てられたと思われるものですが、それ以前からのものを移築したという説もあります。増築や障害物で全体像が分かりにくいものの、確かにデザインなどは戦後というより戦前のものらしい感じがします。

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西枇杷島駅 新駅舎

新駅舎はほとんど完成していました。1月16日始発より使用開始予定で、それと同時に構内踏切も廃止されて改札内でのホームの行き来はできなくなります。下り岐阜方面側の駅舎は改札機の設置などはまだでしたが、既に駅名が掲げられていました。それに対し上り名古屋方面側駅舎はまだ駅名が掲げられておらずその部分が空白状態でした。

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枇杷島駅 東口

10分ほど歩いてJRの枇杷島駅へ。平成17年の合併で清須市となった旧西春日井郡西枇杷島町の駅で、東海交通事業城北線が分岐しています。駅舎は平成20年12月に橋上化されたもので、築堤上のホームを跨いでいるので駅前からは結構の高さがあります。

東口は橋上化で新設されたもので、旧駅舎のあった西口は新幹線の高架を潜ったところに設置されています。

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恵那駅

枇杷島16:51発普通豊橋行き148F(クモハ313-5304)と名古屋17:07発快速中津川行き2739M(クモハ211-5020)を乗り継いで、この日の宿泊地恵那へ。明智鉄道が分岐する恵那市の代表駅です。駅舎は昭和35年7月に改築されたものですが、リニューアルされています。名古屋からほんの1時間ちょっとですがずいぶん遠くに来たように感じます。とはいえこの辺から名古屋まで通う人も結構多いのでしょうね。一応参考のために距離を書いておきますが、名古屋~恵那が約68.3㎞、東京~上野原が69.8㎞です。

駅周辺に飲食店があまりなさそうだったので恵那発祥のご当地スーパー「バロー」のおつとめ品を買ってからホテルへ向かいました。

1/2 新春小浜線駅めぐり

年が明けて、令和3年初の駅めぐりは小浜線へ。線内に残る木造駅舎のうち十村・加斗が簡素化されるという噂があったのでこの機会に行くことにしました。

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雪の近江今津駅

宝塚5:24発普通松井山手行き4414M(クモハ321-22)、尼崎5:46発普通京都行き100C(クハ207-8)、京都7:00発普通近江今津行き1806M(クハ117-307)を乗り継いで近江今津へ。京阪神間はいつものごとく積雪がありませんでしたが、滋賀県内に入ると車窓は雪景色で、近江今津ではホーム端が埋もれるほどの雪でした。

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敦賀駅

近江今津8:14発普通福井行き4843M(クモハ521-4)で敦賀へ。言わずと知れた嶺南地方の中心都市・敦賀市の代表駅ですが、駅舎をしっかりと撮る機会はこれが初めてかもしれません。駅舎のうち左側の駅名が掲げられている平屋部分は、昭和26年3月に改築された旧駅舎の一部を転用した仮駅舎です。右側の3階建て部分は交流施設「オル・パーク」で、北陸新幹線開業の暁には3階に改札口が設けられて橋上駅舎となる予定です。随分先に思えた北陸新幹線敦賀延伸まで気付けばあと2年。敦賀乗換を固定化するのは不便だと思うので、敦賀~大阪間の開業も10年くらい前倒ししてほしいものです。

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東洋紡績敦賀工場クラブハウス

次の小浜線の列車まで2時間近くあるので敦賀市内を散策しつつ西敦賀へ。敦賀も今年は豪雪で、歩くとたちまち靴下が濡れてしまいますが、もうヤケクソになって歩き続けます。市役所へ向かう前に東洋紡績のクラブハウスを撮影。昭和10年に建てられたハーフティンバーの洋館です。

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敦賀市役所

敦賀市役所は昭和49年竣工。正面部分に新庁舎を建設中のため、裏側からしか見ることができません。新庁舎は8月完成、来年1月使用開始予定です。

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西敦賀駅

雪の中を歩いて西敦賀へ。昭和37年に開業した、ホームと待合室だけの駅で、敦賀市街を見下ろす高台にあります。すぐそばを北陸本線上り鳩原ループ線が通っており、駅からその姿を直接見ることはできないものの、通過音は十分聞こえそうな近さです。

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東小浜駅

西敦賀10:50発普通東舞鶴行き932M(クモハ125-8+クモハ125-12)で東小浜へ。昭和28年に開業した駅で、平成13年7月改築の駅舎は総合福祉センターと合築になった立派なもの。とはいえ駅部分は吹きっさらしといった状態で、待合室は左手に見えるガラス張りの四角い建物です。北陸新幹線開業の際にはここに新幹線駅が設けられる予定ですが、果たしてその時この駅はどのように変貌を遂げるのでしょうか。

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十村駅

東小浜12:02発普通敦賀行き933M(クモハ125-6+クモハ125-17)で十村へ。大正6年12月開業時に建てられたと思われる木造駅舎が残る駅です。旧事務室は集会所などとして使用されている様子。駅舎が簡素化されるという噂を聞きつけ訪問しましたが、現地には改築のお知らせはありませんでした。駅名は開業時の所在地・三方郡十村(とむら)から取られており、明治22年の町村制施行時に十の村が合併したことが由来という単純な命名です。十村は昭和29年に三方町編入され、平成17年の合併で三方上中郡若狭町となりました。

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大鳥羽駅

十村13:04発普通東舞鶴行き934M(クモハ125-3+クモハ125-7)で大鳥羽へ。昭和29年の上中町成立まで存在した旧遠敷郡羽村の駅で、昭和63年3月改築の駅舎は鳥羽地区農村環境改善センター・JAわかさ鳥羽支店との合築。簡易委託の窓口もありますが、この日は休業でした。

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藤井駅

7分遅れの大鳥羽13:17発普通敦賀行き935M(クモハ125-18)で藤井へ。昭和36年に開業した駅で、ホーム上の待合室は平成8年度明倫小学校卒業生によって内外共にペイントされています。かの藤井聡太八段は乗り鉄だそうですが、いずれ小浜線に乗ってこの駅に来たりするのでしょうか。

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新平野駅

4分遅れの藤井13:48発普通東舞鶴行き936M(クモハ125-17+クモハ125-6)で新平野へ。昭和26年の小浜市成立まで存在した旧遠敷郡松永村の駅で、大正7年11月開業と全然新しくありませんが、開業時から「新平野」です。おそらく関西本線平野駅との混同を避けるために「新」を冠したのだと思われますが、なぜ「若狭平野」としなかったのでしょうか。駅舎は昭和63年に改築されたもので、待合室は締切不可です。

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若狭有田駅

新平野14:36発普通敦賀行き937M(クモハ125-15+クモハ125-8)で若狭有田へ。昭和39年6月に開業した、小浜線で最も新しい駅で、駅舎はありません。駅舎のように見える木目の建物は平成16~7年ごろに建てられたトイレで、その奥に見える白い建物が開業時からの待合室です。待合室のデザインは西敦賀や藤井と共通しています。

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加斗駅

若狭有田15:11発普通東舞鶴行き938M(クモハ125-2+クモハ125-13)で加斗へ。昭和30年に大飯郡本郷村(現おおい町)と小浜市に分割編入されて消滅した旧大飯郡加斗村の駅で、大正10年4月開業時の木造駅舎が残っています。駅舎の旧事務室部分は改装されて理髪店が入居しており、簡易委託も行われていますが、この日は営業時間が短縮されていたため、中に人がいる気配はあったものの営業を終了していました。

窓口の営業を終了して駅舎が簡素化されるという噂もあるので、何とか無人化前に再訪しておきたいところです。加斗駅若狭本郷若狭高浜と共に今年4月3日で開業百周年を迎える予定ですが、この3駅のうち今も開業時の駅舎が残るのはこの駅のみ。

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新快速

加斗16:13発普通敦賀行き941M(クモハ125-6+クモハ125-17)で帰途に就きます。敦賀で17:49発新快速播州赤穂行き3327M(クハ222-2094)に乗り換え。京都で遅れてきた特急サンダーバードを待ったため10分遅れて発車しましたが途中で遅れを若干取り戻したので、尼崎で20:28発快速宝塚行き5525M(クモハ207-1011)にギリギリ乗り継ぐことができました。

12/27 豪雪の田沢湖線・奥羽本線駅めぐり

令和2年最後の駅めぐりは田沢湖線へ。本当は12/30に小浜線で駅めぐりをする予定でしたが、悪天候により延期したので結果的にこの日の駅めぐりが年内最後となりました。

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早朝の横手駅

バスタ新宿を21:55発WILLER K4551便で出発し、横手駅西口に5:59発。雪のためか予定より4分遅れての到着で、奥羽本線始発の6:00発普通追分行き423Mに乗り継ぐことはできませんでした。次の列車は26分後、423Mは田沢湖線にもスムーズに接続していたのでこのロスは痛いです。時刻表を急いで検索して代わりの予定を立てたところ予定していた駅は全部降りることができそうですが、駅間歩行が1回から3回になり歩行時間も1時間以上増えることになりました。この寒い時期の駅間歩行はできるだけ避けたいところですが田沢湖線はただでさえ本数が少ないので仕方ありません。

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奥羽本線425M

横手6:26発普通秋田行き425M(クモハ701-21)に乗車。横手駅では発車時に発車メロディー青い山脈」が流れますが、誰もいない森閑とした冬の夜明け前のホームに壮大な感じのメロディーが流れる様子は鳥肌が立つくらい素晴らしいものです。


横手駅 発車メロディー「青い山脈」

録音されたものを聞いても素晴らしい曲ですが、やはり現地で聞くものには敵いません

この動画だと結構音圧が大きいので現地で聞くのに近いですが、音圧が小さい動画だと何か違うなと感じてしまいます。

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鶯野

大曲で7:01発普通盛岡行き826M(クモハ701-5001)に乗り換えて鶯野へ。昭和40年11月21日に生保内線の駅として開業した、ホームだけの簡素な駅です。当初の計画では同年10月1日開業予定でしたが、その前日になって駅舎・ホームが未着工だったことが判明して開業が取り消されて延期になりました。虚構新聞のネタかと思うような話ですが、報じているのは秋田魁新報です。

至って平凡な見た目の駅ですが、雪煙が立ち込めているとたちまち神秘的に見えてくるから不思議です。

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雪を被った角館の街

ところどころ雪が深くなる歩道を歩いて、大仙市(旧中仙町)と仙北市(旧角館町)の市境を越え、角館市街へ。有名な武家屋敷のエリアより南の方ですが良い感じの神社(菅原神社)があったので石段を上がって参拝。境内からは雪を被った街を見下ろすことができました。

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仙北市役所 角館庁舎(旧仙北郡角館町役場)

「みちのくの小京都」として有名な角館は自治体で言うと仙北市。平成17年に角館町田沢湖町西木村の旧仙北郡2町1村が合併して誕生した市で、本庁舎は田沢湖町に置かれています。旧角館町役場である角館庁舎は昭和36年竣工。12月21日より駅近くの新庁舎での業務を開始しましたが、教育委員会だけは3月末まで旧庁舎に所在しており、その移転を以て役目を終えるものと思われます。なお新庁舎の完成に伴って旧庁舎の呼称は「東勝楽丁庁舎」に変更されていますが、表記はそのままでした。

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角館武家屋敷通り

角館と言えばやはり有名なのが武家屋敷通りの景観でしょう。佐竹北家の城下町に形成された武家屋敷の街並みと黒板塀、木立が唯一無二の景観を作り出しています。

ちなみに佐竹北家の現在の当主にあたるのが佐竹敬久知事で、彼も角館の出身です。

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角館駅

角館を1時間半ほど散策して角館駅へ。国鉄角館線を転換した秋田内陸線の分岐駅で、秋田新幹線「こまち」も停車します。昭和51年3月改築の駅舎は武家屋敷をイメージしたもので、大きな屋根が特徴。「小京都にふさわしく武家屋敷風の入母屋式薬医門を形どった駅」として東北の駅百選にも選定されています。

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北大曲

角館10:00発普通大曲行き827M(クハ700-5008)で北大曲へ。鶯野と同時に開業した駅で、同じ理由で開業が延期されています。ホームや待合室もそっくりですが、ホーム入口の位置のみ異なります。

角館駅の写真もそうですが写りこんでしまったゴミが気になります。修正で消したいところですが、生憎高価で便利なソフトを買う金も無いので修正するのは何年も先の暇なときになるでしょう。

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羽後四ツ屋

30分歩いて羽後四ツ屋へ。昭和29年の大曲市成立まで存在した旧仙北郡四ツ屋村の駅で、駅裏には米どころ秋田らしい広大な田園地帯が広がっています。

駅舎は平成19年7月改築で、先代駅舎は昭和57年に建てられたいわゆるカプセル駅舎でした。現存するものだと及位駅などと似たようなデザインのものです。改築直前の4月まで簡易委託の窓口がありました。

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鑓見内

羽後四ツ屋11:23発普通田沢湖行き8832M(クモハ701-5008)で鑓見内へ。昭和35年に開業した、ホームだけの駅で、周囲は広大な田園地帯です。田んぼが雪に覆われて一面の銀世界。駅前では木造家屋が解体されていました。

相変わらず写りこんだゴミが目立ちますが、それも天気が良すぎるのが一番の原因でしょう。曇りなら背景の雲と同化させて何とかごまかしたりもできるのですが。

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斉内川橋梁

隣の羽後長野へと歩いていく道中、田沢湖線の斉内川橋梁が架け替え工事中でした。11月14日、一晩で架け替えたそうで、数年経って工事が完了すれば美しい全景を拝むことができるようになりそうです。

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羽後長野

50分ほど歩いて羽後長野へ。平成17年の合併で大仙市となった旧仙北郡中仙町の玄関口で、昭和30年の中仙町成立までは長野町でした。駅舎は平成21年3月15日より使用開始されたもので、待合室を兼ねた「市民交流ホール」が広く取られています。外観はこの地域に固有の「水板倉」という倉庫をイメージしているとのこと。内部には簡易委託の窓口があります。

かつての町の中心だけあって周辺には店舗が多く、田沢湖線内の小さな駅の中では活気が感じられる数少ない駅です。

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大曲駅

羽後長野12:46発普通大曲行き8831M(クハ700-5008)で大曲へ。大仙市の代表駅で、旧大曲市の中心部に位置します。奥羽本線田沢湖線の接続駅で、田沢湖線を通ってきた秋田新幹線は当駅でスイッチバックして奥羽本線に入り、秋田へと向かいます。

駅舎は秋田新幹線開業に合わせて平成9年7月に改築された半橋上駅舎で、設計は赤湯駅さいたま新都心駅も手掛けた建築家の鈴木エドワード氏。翌年にはグッドデザイン賞を受賞し、平成14年には東北の駅百選にも選ばれています。

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にぼすけ 背脂中華そば

奥羽本線への乗り換え待ちの時間を利用して駅前のラーメン屋へ。秋田では有名な煮干し中華のチェーンだそうで、小さな見せながらも結構賑わっていました。

やはり北東北に来ると煮干しラーメンが食べたくなります。

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後三年駅

大曲13:42発普通横手行き442M(クハ700-19)で後三年へ。奥州藤原氏が台頭するきっかけとなった後三年の役の古戦場に由来する駅で、平成24年12月改築の駅舎は武士の兜をイメージしたデザインになっています。駅舎内には後三年の役について解説したパネルがあり、ホームの巨大な立て看板は古戦場の駅であることをアピールしています。

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飯詰駅

後三年14:25発普通秋田行き2443M(クモハ701-37)で飯詰へ。平成16年の合併で仙北郡美郷町となった旧仙南村の中心部にある駅で、昭和17年4月改築の木造駅舎が現役で使用されています。この駅は平成28年8月に訪問済みですが、押したスタンプを汚損してしまったのと、冬の姿を見たかったのとで再訪しました。

飾り気のないシンプルなデザインが却って好印象な駅舎で、秋田支社管内での木造駅舎の改築が進む中、何とか生き残ってほしいものです。

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飯詰駅前のダルマ

駅前には有蓋貨車ワムのダルマが2台転がっていました。手前の方は辛うじて「ワム8664?(不明)」と読み取れましたが、もう一台の方は無理でした。

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横手駅 東口

飯詰14:47発普通新庄行き2444M(クハ700-103)で横手へ。この駅も何度か訪れていますが、やはり夏と冬では印象が異なります。北国の駅の最大の魅力は何と言ってもやはりこの季節の違いによる駅の印象の違いにあるでしょう。隣接するオフレールステーションからは雪を積んだトラックが頻繁に出て行きます。寒さに耐えながら駅前の様子を撮影しましたが、雪のことを考えると街歩きはやはり春や秋の方が向いていると感じます。

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大曲駅

横手15:48発普通秋田行き2447M(クモハ701-35)で大曲へ。先程は昼食のために時間が無かったので撮れなかった部分を中心に撮影。立ち姿の美しい平成の名駅舎です。

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田沢湖駅

大曲16:52発普通盛岡行き842M(クモハ701-5009)で田沢湖へ。大正12年8月に生保内線の終点「生保内(おぼない)」として開業した駅で、昭和41年10月1日に改称、10月20日田沢湖線が全通して中間駅となりました。駅舎は秋田新幹線開業に合わせて平成9年3月に改築されたもので、ガラス張りの外観が特徴。設計は後に女川駅も出掛けることになる建築家の坂茂氏で、「ガラスと木を上手に組み合わせたモダンな駅」として東北の駅百選にも選ばれています。日の短い季節ゆえ訪問は日没後になってしまいましたが、夜は夜で闇の中に浮かび上がって美しい駅舎です。

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横手焼きそば

田沢湖線はこれにて全駅訪問達成。田沢湖18:19発普通大曲行き843M(クハ700-5001)と横手19:46発普通湯沢行き454M(クハ700-27)を乗り継いで横手に戻ります。

夕食は横手駅前の七兵衛の横手焼きそば。レトロな雰囲気のお店で濃厚な味の名物を頂きました。

横手駅西口22:25発WILLER K4651便に乗車し、バスタ新宿には30分ほど早く翌朝6:45着でした。

 

12/25 師走の郡山・三春・白河へ

この日は18きっぷで郡山周辺へ日帰りでお出かけ。建て替え予定の三春町役場を見に行くついでに未訪問駅も片付けてきました。

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東北本線629M

高田馬場4:48発山手線外回り0403G(クハE234-8)、池袋5:02発埼京線川越行き444K(クハE232-7027)、赤羽5:20発宇都宮行き521M(サハE231-3010)、宇都宮6:58発普通黒磯行き629M(クハ205-607)、黒磯7:54発普通新白河行き4127M(クハE530-5004)、新白河8:22発普通郡山行き2127M(クモハE721-32)と乗り継いで郡山へ。

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郡山駅

郡山駅も何度か来ている駅ですが、乗り換えばかりであまりちゃんと撮った記憶がありません。この機会に撮ろうと思いましたが、生憎足場が組まれていました。

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吉田薬局

磐越東線への乗り換え待ちの時間を利用して周辺を散策し、吉田薬局を撮影。昭和8年に建てられたアールデコ調の建物で、装飾や屋根の形に個性が溢れています。

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三春駅

郡山9:55発普通小野新町行き728M(キハ112-108+キハ111-108)で三春へ。田村郡三春町の玄関口で、平成5年12月改築の駅舎は城下町をイメージしたもの。物産店・レストランを兼ねた「ばんどうプラザ」が併設されています。前回は日没後でしたが、今回は逆光で正面からの撮影が上手く行きません。

駅は町の中心部からは少し離れたところにあります。

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田村郡三春町役場

駅から20分ほど歩いて三春町役場へ。昭和40年9月竣工の古い庁舎で、一目見ただけで分かるくらいの年季の入りようです。ここもご多分にもれず建て替え工事中で、隣に建設中の新庁舎は5月開庁予定。内部も老朽化しており、55年間も使い続けてくるのはさぞ大変だったことでしょう。

本当は城下町三春の街並みも見たかったのですが、役場を撮るだけで予想以上に時間がかかってしまったのでまた今度来る時に見ることにしましょう。

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日和田駅

三春11:58発普通郡山行き733D(キハ111-108+キハ112-108)と郡山12:42発普通福島行き1141M(クモハ701-1025)を乗り継いで日和田へ。

昭和40年に郡山市と合併した旧安積郡日和田町の駅で、昭和59年の無人化以降に建てられたと思われる簡易駅舎があります。一見小さなローカル駅のように見えますが、利用者はそれなりに多いようで昼下がりの駅では10人以上が列車を待っていました。

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凛々亭 豚バラマヨまぜそば

日和田13:01発普通郡山行き1142M(クハE720-9)で郡山へ戻り、駅近くの凛々亭で昼食。900円と普通の油そばと比べるとちょっとお高めですが、ボリュームたっぷりでスープと追い飯が付いていることを考えればまあ普通の値段でしょう。他の店にはないような個性的なメニューが多く並んでいて、何度来ても飽きることは無さそうです。

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安積永盛駅

郡山13:46発水郡線常陸大子行き328D(キハE131-13+キハE132-13)で安積永盛へ。前回の訪問は日没後で納得いく写真が撮れていなかったので5分足らずの時間を利用して再撮影。駅舎の改築年は不明ですが、形状からして戦後のものだろうと思われます。

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白河駅

安積永盛13:55発普通新白河行き2142M(クハ700-1505)で白河へ。「みちのくの玄関口」白河市の代表駅で、大正10年に建てられた三角屋根の洋風木造駅舎が現役で使用されています。詳しい月日までは調べても出てきませんでしたが、この駅舎も今年(令和3年)で築百年。ダイハツのCMに登場したのは記憶に新しいところです。


TVCM ムーヴ キャンバス 「COLORING LIFE 駅」篇(15秒) ダイハツ公式

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白河ハリストス正教会

次の列車までは2時間近くあるので白河市内を散策。

白河ハリストス正教会聖堂は大正4年5月完成。福島県指定重要文化財です。

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白河市役所

白河市役所は昭和47年竣工、設計は春日部市役所なども手掛けた建築モード研究所

耐震工事中だったので工事が終わったらリベンジすることにしましょう。

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屋(たまきや)

玉㐂屋は何かの店舗だったようですが、廃墟化して屋根が抜け落ちています。あまり見かけない「㐂」は「喜」の異字体なんだそうです。

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白河小峰城

最後に白河小峰城へ。陸奥国白河藩の居城で、戊辰戦争によって焼失しましたが、平成3年に復元されました。東日本大震災では石垣が被害を受けました。

白河藩と言えばやはり一番有名なのが老中・松平定信でしょう。老中としては毀誉褒貶ある人物ですが、白河藩主としては名君だったようです。

16時閉館だったので小峰城を見れたのは10分ほどでした。

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白河駅

白河駅に戻り、16:22発普通新白河行き2146M(クハ700-1505)、新白河16:31発普通黒磯行き4142M(クハE531-4001)、黒磯17:14発普通宇都宮行き668M(クハ205-612)、宇都宮18:15発宇都宮線小田原行き1623E(サハE231-3039)、赤羽19:57発埼京線新木場行き1830K(クハE232-7034)、池袋20:07発山手線内回り1960G(モハE234-21)を乗り継いで帰宅しました。

12/23 師走の新潟地区駅めぐり(越後線・信越本線)

新潟遠征二日目は、越後線信越本線の駅を巡りました。

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早朝の吉田駅

新潟を5時ちょうど発の普通吉田行き120M(クモハE127-12)で出発し、吉田で5:56発普通柏崎行き122M(クモハ115-1001)に乗り換え。この日運用に入っていたのは115系湘南色でした。

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礼拝駅

ようやく車窓が明るくなってきたころ、礼拝(らいはい)で下車。田中角栄の出身地である柏崎市西山町の駅で、生家へは徒歩20分ほど。駅名は二田物部神社の礼拝所に由来します。駅舎は平成4年2月改築で、内部には窓口跡もありますが、改築翌年に無人化されているので少しの間しか使われなかったようです。

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妙法寺

礼拝6:51発普通吉田行き125M(クハ115-1211)で妙法寺へ。日蓮宗本山・村田妙法寺の最寄り駅で、大正2年に村田臨時停留場として開設され、停留場への昇格時に改称されました。昭和55年12月改築の駅舎は、新潟県内でよく見られるデザインで、豪雪地帯ゆえか高床となっています。

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石地駅

妙法寺7:20発普通柏崎行き128M(クモハE129-124)で石地へ。昭和31年まで存在した旧刈羽郡石地町の駅で、朝日町、西山町を経て現在の所在地は柏崎市となっています。

駅舎は平成4年1月改築で、改築と同時に無人化されています。改築前年に廃止された対向ホームが雪に埋もれていました。

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分水駅

石地7:54発普通吉田行き129M(クハ115-1001)で分水へ。平成18年に燕市と合併した旧西蒲原郡分水町の駅で、昭和58年まで「地蔵堂」という駅名でした。

駅舎は平成12年3月に改築されたもので、正直言って素っ気ないデザインですが、先代駅舎は大河津分水路の自在堰を模した個性的なものでした。構内は2面2線ですが、2番線に停車する定期列車は現在は一本も設定されていません。

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東柏崎

分水8:50発普通柏崎行き134M(クモハ115-1001)で東柏崎へ。昭和44年まで「比角(ひすみ)」を名乗っていた駅で、大正15年に刈羽郡柏崎町(昭和15年市制施行)に編入された旧比角村に所在します。

駅舎は昭和28年11月改築で、待合室は広いものの無人化されてがらんとしています。対向ホームは廃止され、信号機の使用も停止されているものの、線路は敷かれたままで、見た目は交換駅のようです。

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柏崎市役所

10分ほど歩いて柏崎市役所へ。庁舎本館は昭和43年9月竣工、老朽化のため令和2年末限りで使用を終了し、1月4日より新庁舎に移転しました。今後は解体予定です。

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柏崎市役所柏崎市第二分館

庁舎本館は割と普通の見た目でしたが、少し離れて建つ第二分館は結構個性的な見た目です。勤労青少年ホーム(昭和46年5月1日開館)と中央公民館(昭和47年4月15日開館)として建てられたもので、二棟を吹き抜けのある廊下と階段棟で繋いでいます。

こちらは新庁舎移転後も活用される予定だそうです。

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吉田駅

東柏崎駅に戻り、10:50発普通吉田行き141M(クハ115-1001)で吉田へ。一度来たことのある駅ですが、乗り換え待ちの時間で駅舎を撮影。弥彦線との接続駅で、昭和37年7月改築の駅舎は2階建ての立派なもの。

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信越本線440M

吉田12:02発普通新潟行き145M(クモハE128-23)で新潟へ。駅構内を回って期間限定の組み合わせスタンプを押し、駅弁を買ってから13:09発普通長岡行き440M(クモハE128-101)に乗車。440Mは地平ホーム8番線からの発車です。

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北長岡駅

北長岡で下車。駅舎と島式ホームの間に上越新幹線の高架を挟んでいる駅で、昭和26年までは「城岡(じょうおか)」を名乗っていました。

駅舎は平成26年9月に改築されたコンクリート打ち放しのもので、雰囲気は上越線湯檜曽駅を思い出させます。改築前は立派な木造駅舎がありました。

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帯織駅

北長岡14:41発普通新潟行き449M(モハE128-1)で帯織へ。平成17年に三条市と合併した旧南蒲原郡栄町の駅で、駅名は明治34年まで存在した帯織村に由来します。

かつては大面油田への専用線が分岐しており、原油の積み出し基地としてにぎわった時代もありました。駅舎は平成4年12月改築で、隣の松の木が見事です。

駅舎の隣に建つ「EkiLab帯織」は無人駅をものづくり交流拠点として活用すべく10月1日にオープンしたばかりの施設です。

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豪雪の水上駅

まだまだ明るいですが上越国境を超える列車は少ないので帰途に就きます。

帯織15:06発普通長岡行き442M(クモハE128-24)と長岡15:29発普通水上行き1740M(クモハE129-128)を乗り継いで水上へ。水上は前日と同じく雪の中。17:44発普通高崎行き748M(クハ210-3051)に乗り換えます。

高崎着は18:48、定刻なら東京方面行きは18:47発で乗り換えができないはずなのですが、折り返し列車が遅れて到着したため、乗り換えが可能になりました。7分遅れの18:47発高崎線熱海行き1939E(クハE233-3006)で赤羽へ。赤羽20:26発埼京線新木場行き1952S(クハE232-7013)と池袋20:38発山手線内回り1974G(モハE234-69)を乗り継いで帰宅しました。

12/22 豪雪の上越国境を越えて新潟へ

あけましておめでとうございます。昨年は当ブログをご覧いただきありがとうございました。本年もよろしくお願いいたします。昨年の訪問駅数は696駅、トータルでの訪問駅数は昨年末で4242駅に達しました。今年は少なくとも5000駅、できれば6000駅を目指して頑張っていきたいところです。

 

では、年末の新潟遠征の模様をどうぞ。

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国境の長いトンネルを抜けずとも雪国(水上駅

高田馬場を4:48発山手線外回り0403G(クハE234-40)で出発し、上野5:13発高崎線高崎行き821M(クハE230-8068)、高崎7:11発普通水上行き723M(クモハ211-3002)と乗り継いで、水上に到着したのは8:17のことでした。今年は雪が多い年だけあって、上越国境を越える前の沼田辺りで既に結構な積雪が見られました。上越線も雪のために12月16日から運休を強いられており、この日の始発よりようやく運転を再開したというありさま。水上駅も真冬の旭川並みに雪の中です。

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上越国際スキー場前~塩沢間の車窓

水上からは8:28発普通長岡行き1729M(クモハE129-123)に乗車し、雪深い上越国境を越えていきます。越後湯沢~六日町間では積雪のため徐行運転を行い、六日町は16分ほど遅れて発車しました。長岡から先の列車に接続できるか不安で仕方ありませんが、越後堀之内を発車する際、跨線橋を駆け下りてきてドアを閉めて発車しようとする列車に駆け寄り、「開けて」と言いながらドアをバンバン叩いていたおばはんがいたので、発車がさらに遅れました。迷惑な上に危険極まりない行為なので、放送で「列車から離れてください」と強く注意した方が良かったんじゃないかと思いますがお咎めなしでした。こんな絵に描いたような迷惑旅客が実在するもんなんだなと驚きました。

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信越本線441M

長岡には15分遅れて10:32着。本来なら10:29発快速に乗り継げるはずだったのですが、たったの3分とは言え待ってはくれず、10:39発普通新潟行き441M(クモハE129-24)に乗り継ぎとなりました。このため、新潟には予定より30分ほど遅く到着。予定していた白新線駅めぐりは不可能になりましたが、建て替え予定の駅もなく、それほど来にくい場所ではないのでよしとしましょう。雪による遅れは不可抗力なので、駆け込み乗車のおばはん以外に対しては怒りも湧いてきません。

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閉鎖された新潟駅万代口駅舎

到着した新潟駅は、高架化工事のために万代口改札が移動し、以前とは姿を変えていました。お馴染みの万代口駅舎も閉鎖され、解体を待つばかり。現役の間に何枚も撮ってある駅舎で、思い入れがあるわけではないのでそこまで残念だとは思いませんが、高架完成までの間、仮通路での不便な移動を強いられる日常利用者はかわいそうだなと思います。これは長崎駅にも言えることですが。

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115系N34+N35

新潟駅の高架ホームで白新線の列車を待っていると、115系N34+N35の6両編成が入線。越後線方面からの回送列車のようです。初めて新潟に来た時はたくさんいた115系も今や風前の灯火、多数派だった二次新潟色と三次新潟色もそれぞれ1本を残すのみとなりました。リバイバルカラーも撮っておきたいので、今度来る時は重点的に追いかけておきたいものです。

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豊栄駅 南口

新潟12:42発普通新発田行き1645M(クモハE128-116)で豊栄へ。平成17年に新潟市と合併した旧豊栄市の代表駅で、平成18年3月に橋上化されています。折り返し列車が多数設定されており、この駅までは政令指定都市の駅らしい本数が確保されています。

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駅前の案内

南口駅前に設置されている案内板は豊栄市時代のもので、豊栄駅のイラストも旧駅舎。橋上化前の駅舎は昭和27年12月開業時のもので、新幹線のイラストが描かれていました。

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新潟市北区役所(旧豊栄市役所)

5分ほど歩いて北区役所へ。昭和37年3月6日に北蒲原郡豊栄町役場として竣工した建物で、昭和45年に市制施行して豊栄市役所に、平成17年の新潟市編入新潟市豊栄支所となり、平成19年に北区役所となり今に至っています。豊栄市最大の遺構とも言うべき建物ですが、築60年近くを経てさすがに老朽化しており、2月1日より新庁舎に移転する予定です。今回新潟に来た目的の一つがこの建物でした。

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平林駅

豊栄14:10発普通村上行き935M(クモハE128-20)で羽越本線に入り、平林で下車。

平成20年に村上市と合併した旧岩船郡神林村の駅で、昭和25年に仮乗降場として開業、27年5月に正駅に昇格しました。1番ホーム上の駅舎は平成10年1月27日改築で、2番ホーム上には昭和33年2月築の木造待合室があります。1番ホーム側が本来の出口と言った趣ですが、2番ホーム側の駅前を国道が通っており、ロータリーもそちら側に設置されています。

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加治駅

平林15:22発普通新潟行き940M(クモハE129-20)で加治へ。平成17年に新発田市と合併した旧北蒲原郡加治川村の玄関口で、構内は新発田市との境界に跨っていました。駅舎は昭和58年12月に改築されたものですが、駅前に車が停められていたのでうまく撮れませんでした。旧駅舎とは別の位置に建設されているため、跨線橋出口との間にズレが生じています。

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平木田駅

加治15:49発普通酒田行き831D(GV-E401-3)で平木田へ。平成17年の合併で胎内市となった旧北蒲原郡中条町の駅で、駅舎は昭和58年2月8日改築のカプセル駅舎。

駅構内は広いものの中線は撤去されて単式ホーム2面2線となっています。

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金塚駅

平木田16:22発普通新潟行き942M(モハE129-12)で金塚へ。昭和30年の旧北蒲原郡加治川村成立まで存在した旧金塚村の駅で、西口にある駅舎は昭和40年3月改築。雪を避けるための高床構造と片流れ屋根がいかにも豪雪地帯といった趣。国道7号に面して東口もありますが、そちらはゲートだけで駅舎はありません。

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中条駅 東口

金塚16:37発普通村上行き1937M(モハE129-9)で中条へ。平成17年に中条町と黒川村が合併して誕生した、胎内市の代表駅で、特急「いなほ」や観光列車「海里」も停車します。駅舎は平成30年7月21日改築の半橋上駅舎で、市の玄関口にふさわしい立派なものです。東口1階には観光交流室があり、物産店と待合室を兼ねています。

隣接してJR貨物のオフレールステーションがあり、橋上化前には多くの側線も抱えていました。

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夜の新潟駅万代口

中条17:36発普通新津行き828D(GV-E402-8)と新発田18:22発普通新潟行き944M(クモハE129-9)を乗り継いで新潟へ。この日は新潟駅前のビジネスホテルに宿泊。

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だるまや チャーシューラーメン

地域共通クーポンでチャーシューラーメンを食べてこの日は終了。翌日は越後線方面へ向かいます。