まだ見ぬ駅を求めて~逆瀬の駅めぐり旅~

駅めぐりの記録をひたすら載せていくブログです。やたら更新する時と全く更新しないときがあります。

10/22 都営大江戸線駅めぐり&江戸東京博物館へ

即位礼が行われたこの日、普段は祝日でも授業を強行する弊大学もさすがに休みになりました。幸いバイトもない曜日なので、都営大江戸線の駅を巡りつつ江戸東京博物館へと行ってきました。

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牛込柳町駅

この日は牛込柳町からスタート。ホームまで来たところでスタンプ帳を下宿に忘れたことに気が付きましたが、今さら取りに帰るわけにいきません。いずれまたスタンプを押すためにまた降りていかなければならないので、今日は改札外にスタンプが置かれている駅を中心に降りていくことにします。

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牛込神楽坂駅

牛込柳町8:53発光が丘行き804B(12-696)で牛込神楽坂へ。メトロ東西線神楽坂駅の少し北にある駅で、都心近くながら周辺は閑静な住宅地と言った趣です。付近には新潮社や旺文社、英検本部などもあります。

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本郷三丁目駅

牛込神楽坂9:13発光が丘行き907B(12-321)で本郷三丁目へ。丸ノ内線との乗換駅ですが、地下では繋がってないので一旦地上に出ての乗り換えとなります。東京大学本郷キャンパスに近く、有名な赤門へは南北線東大前駅より当駅の方が便利です。

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新御徒町駅

本郷三丁目9:32発光が丘行き909B(12-131)で新御徒町へ。つくばエクスプレスとの乗換駅で、銀座線稲荷町駅とも近接しています。開業前の仮称は「元浅草」でした。

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蔵前駅

新御徒町9:47発光が丘行き911B(12-421)で蔵前へ。浅草線との乗換駅ですが、浅草線の駅とは結構離れており、一旦地上に出て歩かなければなりません。地上乗換の駅は、都営とメトロの駅の組み合わせの場合は結構見られますが、都営同士のように同一事業者の路線同士の組み合わせはこの駅が日本で唯一の存在です。

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両国駅

蔵前10:01発光が丘行き913B(12-071)で両国へ。総武緩行線との乗換駅ですが、JRの出入口とは少し離れています。副駅名は「江戸東京博物館前」で、その名の通り博物館の前に駅があります。

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江戸東京博物館

即位礼が行われたこの日は、全国各地の博物館が無料で見られるまたとないチャンスでした。出かけるまでは「無料だとどうせ人が多くて見学しづらいだろうな」と思っていましたが、生憎の大雨のおかげで見学に支障が出るほどではありませんでした。雨を降らしてくれた天叢雲剣に感謝です。そして、祝日を増やしてくれた新天皇陛下にも。

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館内は盛況

有名な博物館ですが、見学するのは今回が初めて。菊竹清訓氏設計の奇抜な外観が気になっていましたが、中がドームのような高い天井になっているとは思いもしませんでした。こんな巨大な博物館をポンと建ててしまえる辺り、さすがに東京都の財力は違うなと思わされるばかりです。オリンピックよりよっぽど有益なお金の使い方でしょう。

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浅草凌雲閣の復元模型

気になる展示はいくつもありましたが、特に印象に残ったのはこれ。明治23年に建てられた高層建築の先駆け的存在、通称「浅草十二階」の復元模型です。実物は残念ながら関東大震災で崩落し、最後は爆破解体されています。高層ビルなんか影も形もなかった時代の人々にとってはさぞかしインパクトのある建物だったことでしょう。

実物大サイズでの復元については、マルハンと松竹が主導して建設予定だった「マルハン松竹六区タワー」の角部分をイメージしたデザインにするつもりだったようですが、結局マルハンと松竹の間でもめ事があったようで、白紙撤回されています。あくまでも「再現」であって本物の忠実な復元ではないのですが、完成イメージを見る限りは面白い発想だなと思ったので、実際に見てみたかったなと思います。

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企画展「18世紀ソウルの日常 ユマンジュ日記の世界」

企画展は、18世紀のソウル(漢陽)に生きた一人の青年の日記についてのものでした。日記の主「ユマンジュ」は科挙に合格して役人になることもなく、無名のまま若くして亡くなった市井の人物なのですが、残された日記によって200年前のソウルの風景や暮らしぶりが伝わってきます。彼は亡くなる前に日記を燃やすよう父親に言ったそうですが、その遺言が実行されなかったがために、人々の記憶において彼が生き続けているということには「人は死して何を残すか」という命題について考えさせられるものがあります。もしこの日記が、平安時代の貴族の日記のように出版されているなら是非読んでみたいと興味を持ちましたが、残念ながら日本語で全文を読むのは不可能なようです。

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清澄白河駅

見学を終えた後は再び駅を巡っていきます。両国14:13発光が丘行き1323B(12-451)で清澄白河へ。メトロ半蔵門線との乗換駅で、外の出口は半蔵門線で降りたときに撮ってあるので今回は省略しました。

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門前仲町駅

清澄白河14:23発光が丘行き1324B(12-171)で門前仲町へ。メトロ東西線との乗換駅で、富岡八幡宮の最寄り駅です。東西線で来たときには撮らなかった都営側の出口を撮影。

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築地市場駅

門前仲町14:38発光が丘行き1426B(12-121)で築地市場へ。市場の移転後も駅名はそのままですが、市場跡はすっかり解体が進んで更地になっていました。朝日新聞社前の方が実態にあった駅名のように思えますが、きっとこのままの駅名で、かつてこの地に市場があったことを伝えていくのでしょう。

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赤羽橋駅

築地市場14:56発光が丘行き1428B(12-302)で赤羽橋へ。北区赤羽の辺りにありそうな駅名ですが、所在地は港区東麻布。北区赤羽とは何の関係もないようです。

駅前からは東京タワーが綺麗に見えます。

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麻布十番駅

赤羽橋15:16発光が丘行き1430B(12-722)で麻布十番へ。メトロ南北線との乗換駅で、周囲には多くの大使館が所在しています。

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六本木駅

麻布十番15:35発光が丘行き1401B(12-408)で六本木へ。日比谷線との乗換駅で、六本木ヒルズ東京ミッドタウンの最寄り駅です。大江戸線の駅には珍しくホームは片面の二層構造です。

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青山一丁目駅

六本木15:56発光が丘行き1504B(12-691)で青山一丁目へ。銀座線・半蔵門線との乗換駅で、地名は北青山一丁目・南青山一丁目なので青山一丁目という地名は存在しないそうです。

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国立競技場駅

青山一丁目16:10発光が丘行き1506B(12-106)で国立競技場へ。隈研吾氏設計の新国立競技場は、フェンスで囲まれてこそいるもののほとんど完成していました。一旦ザハ・ハディド案で決まったものの費用面で揉めに揉めてオリンピック行政のグダグダっぷりを示す一端になったのも4年前のことです。

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代々木駅

国立競技場16:31発光が丘行き1509B(12-135)で代々木へ。山手線・中央緩行線との乗換駅で、一部出口はJRの駅舎と一体化しています。駅の背後に聳えるのはdocomoタワー。

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新宿駅

代々木16:45発光が丘行き1511B(12-421)で新宿へ。都営新宿線京王新線の駅とは改札内で繋がっています。

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新宿西口駅

10分ほど歩いて新宿西口へ。都庁前を出た大門経由光が丘方面行きが最初に停車する駅で、新宿駅とは近接しています。丸ノ内線新宿駅西武新宿駅へは新宿駅よりもこちらの方が便利。

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東新宿駅

新宿西口17:14発光が丘行き1725B(12-461)で東新宿へ。副都心線との乗換駅です。もうすっかり日が暮れてしまいましたが、ほぼ一周したので今日はこれで終わり。

帰りは東新宿17:22発光が丘行き1726B(12-122)を若松河田で降り、歩いて帰りました。

10/17 松戸市・流山市散策&流鉄流山線駅めぐり

この日は松戸市流山市へ。

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松戸駅東口

早稲田8:20発普通西船橋行き860T(2708)と2分遅れの大手町8:36発普通綾瀬行き6010(16307)、綾瀬9:00発普通我孫子行き827S(16325)を乗り継いで松戸へ。

イトーヨーカドーまでペデストリアンデッキが伸びる東口から街歩きをスタート、まずは駅の北東にある市役所を目指します。

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松戸市役所本庁舎

坂を上り、松戸市役所に到着。昭和33年竣工の本館、昭和44年竣工の新館、別館、議会棟から成る大規模な市役所で、高層建築が所狭しと並ぶ様子は要塞を思わせます。

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陸軍工兵学校倉庫跡

市役所を見た後は中央公園方面へ。人の気配のない脇道に入り、木々が鬱蒼と茂る階段を上ると旧陸軍工兵学校倉庫跡が目の前に現れます。封鎖された廃団地くらいしか周りにない寂しい所で、どことなく大学近くの戸山公園を思わせます。そういえば戸山にも軍関係の遺跡(?)はありましたね。

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陸軍工兵学校正門

そのままさらに階段を上り、台地の縁を通って中央公園へ。工兵学校の正門が公園の門としてそのまま使用されています。ここには歩哨所が残っているのですが、生憎掃除のおばちゃんの車が目の前に停めてあったので門と合わせての写真は撮れず。これが単なる一般人の駐車とかなら腹が立ちますが、掃除のおばちゃんならまあしゃあないかってなります。公園のトイレも当然誰かが綺麗にしなければいけませんからね。

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坂を下って中心市街地へ

台地上にある中央公園からは再び坂を下って市民会館方面へ。松戸市ってあんまり起伏に富んでいるイメージはなかったのですが、実際に歩いてみると市中心部でも結構高低差があります。松戸市って下町っぽいイメージだったんですけど、結構山の手らしい雰囲気の所もあるもんなんですね。

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松戸市民会館

坂を下りたところの住宅街の中にあるのが松戸市民会館。昭和39年築のモダニズム建築で、設計は石本建築事務所。惜しむらくは周囲にスペースがなく、正面から全体像を撮影できないことでしょう。残念ながらこの日は貸し切りで、中には入れませんでした。

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戸定邸

線路に沿って住宅街の中を南下し、再び坂を上って戸定邸へ。最後の将軍徳川慶喜の弟にして最後の水戸藩主、そして松戸徳川家の初代だった徳川昭武の邸宅で、明治17年に建てられました。和風邸宅自体なら全国的にいくつも残っていますが、さすがは徳川家だけあって格が違うなと感じさせられました。郊外の松戸にあったおかげで戦争でも焼けずに済み、華族制度廃止、高度経済成長期の都市化などといった局面も乗り越えてきた、残っていること自体が奇跡のような建物です。見所が多く、建物を見るだけで40分かかりました。

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小山樋門

坂を下りて、歩道橋で線路を越え、今度は市街地西部を散策。街道の面影残す県道5号線沿いには、いくつかの看板建築とレンガ橋として知られる小山樋門などが残っています。県道を北上して駅に近づくにつれて下町情緒も漂ってきます。

駅前通りにある観光協会でマンホールカードも手に入れ、13:20発普通我孫子行き1203S(16832)で松戸を後に馬橋へ。

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馬橋駅東口

流鉄流山線の分岐駅である馬橋は昭和45年8月改築の橋上駅。東口駅前は道も狭く、あまり整理されていないためごちゃごちゃとした雰囲気。建物の背も低く、松戸駅と比べるとのどかな感じも漂っています。

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馬橋駅 流鉄改札口

流鉄のりばは自由通路から階段を下りたところにあり、いかにも昔ながらのローカル私鉄の始発駅と言った風情。近江鉄道彦根駅を思い出させるのは車両が同じ西武の中古車だからでしょうか。東京からはほんのすぐそばなのに自動改札機も導入されておらず、IC乗車券も使用できないというのは意外です。
ここからは一日乗車券を使って流鉄の全駅を降りていきます。

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幸谷駅

馬橋13:38発流山行き63(5005)で幸谷へ。「流鉄カーサ新松戸」というマンションの一階にある駅で、JR新松戸駅と近接しています。昭和57年に移転新築されて以来、大きく手が加えられていないのか、昭和の末期の駅らしい雰囲気を色濃く残しています。実は中学生の時にも来たことがありますが、漠然と「マンションの中にある駅」という印象しか残っていませんでした。

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小金城趾駅

幸谷14:01発流山行き65(5001)で小金城趾へ。線内唯一の交換可能駅で、駅舎は非常に簡素な橋上駅ながら、ちゃんと駅員さんがいます。以前は県営住宅と一体化した駅舎でしたが、平成27年に県営住宅が解体されて現在の姿になりました。駅周辺はのどかな郊外といった趣で、所々に畑や雑木林も残っています。

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駅名の由来になった小金城趾

せっかくなので駅から5分あまり歩いて、小金城趾へ。城跡の一部は公園として整備されていますが、開発によって大部分は宅地に変わってしまっています。わずかに残る痕跡も説明板が無ければ分からないほどのものがほとんどで、史跡というよりは街中に残された緑豊かな公園といった感じでした。

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鰭ヶ崎駅

小金城趾14:44発流山行き69(5001)で鰭ヶ崎へ。住宅街の中にあるこじんまりとした駅で、利用客数は線内最下位。徒歩15分ほどのところにつくばエクスプレス南流山駅が開業したことで利用客数が激減したとのことで、最盛期には現在の3倍以上もの利用があったそうです。

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平和台駅

鰭ヶ崎15:03発流山行き71(5003)で平和台へ。開業時には「赤城」を名乗っていた駅で、宅地開発に伴い改称されました。駅前にイトーヨーカドーがあることから、線内の他の駅と比べると都会的な印象を受けますが、駅自体は鰭ヶ崎同様にこじんまりとしています。隣の流山駅とはたった600mしか離れていません。

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流山駅

平和台15:20発流山行き73(5101)で流山へ。流山市の旧市街にある終着駅で、大正5年開業時に建てられた木造駅舎が現役で使用されています。東京のベッドタウンとして発展著しい流山市の中心部にありながら、ここだけは時間がゆっくりと流れているようです。第2回関東の駅百選にも選定されました。

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流山市立図書館・博物館

去年4月に地理研の新歓巡検で通った道を一部また辿りながら旧市街を巡り、市立博物館へ。団体行動で来た前回よりもじっくりと見ることができましたが、最後まで見終わらないうちに蛍の光が流れて閉館時間に。やっぱり松戸と小金城趾で時間を取り過ぎた分のしわ寄せが来てしまったようです。

 

博物館を出ると外はすっかり暗くなっていました。しかも天気は雨。傘を持ってきていなかったので小走りで流山駅へと急ぎ、17:10発馬橋行き92(5103)に乗車。ここで雨に濡れたせいか翌日には風邪をひきました。

馬橋からは17:25発普通成城学園前行き1748S(16122)と大手町18:04発普通三鷹行き1713S(15005)とを乗り継いで帰宅しました。

 

10/10 岩槻・春日部・越谷・草加へ

この日は全休を利用して東武沿線の埼玉の街4つを訪れました。

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岩槻駅東口

高田馬場を8:35発山手線外回り0833G(サハE234-27)、池袋8:42発湘南新宿線小金井行き2526Y(モハE233-3623)、大宮9:12発普通柏行き465A(66604)を乗り継いで岩槻へ。

岩槻駅は平成18年にさいたま市編入されて岩槻区となった旧岩槻市の代表駅で、平成28年5月に橋上化されました。岩槻藩の城下町であったことにちなんでか、駅舎は城風デザインです。

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東玉大正館

さすがは古くから発展してきた街だけあって中心部には古い建物がいくつか残っています。その一つ「東玉大正館」は、大正後期に中井銀行岩槻支店として建てられたレンガ造りの洋館で、現在は老舗人形店「東玉」の展示スペースとして使用されています。

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岩槻郷土資料館

岩槻駅から徒歩10分のところにある「岩槻郷土資料館」は、昭和5年から昭和51年まで岩槻警察署として使用されていた建物を転用したもので、警察署時代の姿を残しつつも内部には岩槻の歴史についての資料が展示されています。無料ですが、結構充実していました。

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春日部駅東口

郷土資料館を見学した後は岩槻駅に戻り、10:26発普通柏行き473A(61605)に乗って春日部へ。伊勢崎線野田線が接続する交通の要衝であるとともに、埼玉県東南部の中心都市である春日部市の代表駅でもあります。東口には改装されながらも木造駅舎が残っており、高層建築も少ない駅前とも相まってのどかな雰囲気を醸し出していますが、高架化により数年後には大きく様変わりしそうです。

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春日部市役所

地下道で線路の下をくぐり抜け、春日部市役所へ。昭和45年に建てられた庁舎は緩く弧を描いた形状で、ガラス張りの外観がなかなかモダンです。設計は建築モード研究所。

もちろん中も見学して、外観同様に弧を描く廊下にも感動しましたが、北向きに建てられているので正面からの構図は残念ながら逆光。建て替えも決まっているので近いうちに、リベンジしたいものです。それも曇りの日に。

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春日部駅西口

市役所を見た後は春日部駅から伊勢崎線に乗車。今度は西口から入場します。飲食店などと一体になった西口駅舎は、東口と比べると控えめな見た目で、駅名表示も近くで見ないとどこにあるのか分かりません。高架化の暁にはすっかり忘れ去られてしまいそうで心配になります。(余計なお世話?)

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越谷駅東口

春日部11:44発普通中目黒行き1113T(71715)で越谷へ。日光街道の宿場町として栄えた越谷市の代表駅で、平成6年に高架化が完成しました。複々線の高架駅ということもあって春日部駅と比べると随分都会的に感じられます。個人的には春日部駅みたいな構外らしさの溢れる駅の方が好きですが。

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横田診療所

宿場町としての歴史を持つ越谷の街ですが、岩槻と比べると古い建物はそれほど多く残ってはいません。数少ない現存する近代建築の一つが「横田診療所」で、昔は郵便局として使われていた建物だそうです。古さをあまり感じさせないほど状態はよく、木ッと大事に使われているのでしょう。

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越谷市役所

駅から10分ほど歩いて越谷市役所へ。昭和44年6月竣工の庁舎はタイル貼りの外観で、春日部市役所ほどの見た目のインパクトはありませんが、いかにも高度経済成長期の建築と言った雰囲気です。現在、新庁舎を建設中なのでこの建物もそう遠くないうちに見納めとなるでしょう。

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草加駅西口

越谷駅に戻り、12:56発普通中目黒行き1237T(21856)で草加へ。松原や煎餅で知られる草加市の代表駅で、昭和61年に高架化が完成しています。

越谷と比べると東京から近いためか、駅前の雰囲気も郊外というよりは下町といった雰囲気が漂います。

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草加市歴史民俗資料館

まずは歴史民俗資料館へ。大正15年に埼玉県初の鉄筋コンクリート造校舎として建てられた草加小学校西校舎を改装したもので、かつての教室が展示室に転用されています。

外観はいかにも古そうな感じですが、改装されているため中はそれほど古さを感じさせません。

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札場河岸公園

資料館を見た後は、マンホールカードを手に入れるため草加宿芭蕉庵へ。芭蕉庵の周りは公園として整備されていますが、最近は手入れも行き届いていないのか川へと降りる階段は苔むしていました。

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草加市役所

宿場町の跡を辿りながら南下し、草加市役所へ。来るのが一足遅かったようで、昭和41年に建てられた古い本庁舎はとっくに瓦礫の山と化していました。

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サンキ

最後は草加駅東口駅前へ。ショッピングセンター「アコス」2棟が建ち、すっかり都会化した一角に戦前に建てられたと思われる石造りの衣料品店が残っています。

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アコス連絡通路から見下ろした草加駅東口

まだまだ日の高い時間ですが、この日はこれで帰途に就きます。せっかくなら春日部と越谷をもっとゆっくり見てもよかったなという気がしますが、またいずれ再訪することになるでしょう。

草加15:28発急行中央林間行き1415K(8533)、6分遅れの北千住15:37発快速上野行き1540H(モハE231-95)、日暮里15:54発山手線内回り1508G(モハE235-42)を乗り継いで高田馬場へと帰りました。

10/3 夜行バスで福井・武生へ

10月3日は全休を利用して、夜行バスで福井県へ。

 

今回乗車したのは、バスタ新宿22:50発のさくら高速バスさくらKTT09便福井行き。

直前ののりば変更というトラブルのため、バスタ新宿を5分遅れで出発し、高坂SA(0:02~25)、松代PA、有磯海SAでトイレ休憩を取り、翌朝に富山、高岡(6:31)、金沢の各駅に到着。徳光SA(7:50~8:05)で休憩を取った後、福井駅には8:45に到着する予定でした。

ところが、大聖寺付近を走行中の8:32、前方での交通事故を原因とする渋滞に巻き込まれて停止しました。消防車が近づくと、モーセ海開きのように車の列が割れるという光景も見られましたが、バスはなかなか動き出さず。

10:06 じりじりと動き出し、10:16に事故現場を通過してようやく高速運転に戻りました。10:42 福井駅到着前のアナウンスが流れ、10:48に福井駅東口に到着しました。

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さくらKTT09D便

予定より2時間近く遅れての到着で、やはり夜行バスは鉄道と比べると交通手段として頼りないと思ったのもまた事実です。JR特急なら2時間も遅れれば払い戻しがありますが、残念ながら夜行バスだとそれはありません。

それにしても思うのは、東京から福井が何と遠い場所かということです。宝塚に住んでいた頃は気軽に来ていましたが、こうも遠いとなかなか頻繁に来ることはできません。まあ、あと2年もすればまた関西に住処を戻すんですがね。

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前武生駅

北陸新幹線建設工事もたけなわの福井駅からは11:07発普通越前武生行き30(772)で越前武生へ。予定では福井鉄道の駅めぐりでもしようかと思っていたのですが、生憎平日にはフリーきっぷを売っていないそうなので、この日は武生の街歩きと博物館見学をメインに据えようと思います。

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越前市役所

武生の街歩き、まずは越前市役所へ。昭和29年4月20日武生市役所として竣工した庁舎で、設計は日建設計モダニズムを感じさせるなかなか良さげな建物ですが、裏手に新庁舎がほとんど完成しているため、余命はそれほど長くなさそうです。実はわざわざ福井まで来たのはこの建物が目当てで、正直武生街歩き以外はほとんど予定が白紙状態です。

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越前市役所新庁舎

せっかくなので新庁舎の写真も載せておきましょうか。3階建ての現庁舎と比べると随分大きく見える6階建ての建物で、設計は㈱佐藤総合計画・㈱寺﨑建築事務所設計共同体。

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武生公会堂記念館

続いて武生公会堂記念館へ。昭和天皇即位を記念して建設され、昭和4年に完成した建物で、昭和8年から昭和30年まで武生町役場(→武生市役所)として使用されました。

平成7年からは博物館と使用されており、一階に常設展示室、二階に企画展示室があります。見学時は「王朝の美を求めて-木版本国宝源氏物語絵巻と装飾料紙-」という企画展示が開催中でした。

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玄関ホール

博物館に転用された際に大規模改修工事が行われていますが、玄関ホールや階段、廊下は往時の姿を色濃く残しています。展示室内は撮影禁止ですが、ホールは撮影禁止ではないので撮れるのもうれしいです。

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旧大井百貨店

公会堂を見学した後は街中の近代建築めぐりへ。武生のメインストリートとも言うべき銀座通り沿いには近代建築が多く残っています。写真の旧大井百貨店は堂々としたコンクリート造3階建てのビルで、戦前の武生はさぞかし都会だったんだろうなと思わせてくれます。

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正覚寺山門

正覚寺に残る山門は江戸時代に市役所の位置にあった府中城の表門を移築したものだそうですが、お城の門だった割には控えめな見た目です。正直奥の立派な本堂の方に目が行きます。

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旧北川医院

なかなか雰囲気のいい洋館ですが、今は使われていないのか少々廃墟化してきているように見受けられます。なんとか残ってほしいものですが

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風情ある寺町通

一歩街中に足を踏み入れて気付くのがお寺の多さ。寺と町家が多く残る街並みがどことなく京都を連想させます。武生は小京都ではないそうですが、なかなか風情のある街並みなので、もっと知名度があっても良いように思います。

旧福井警察署を移築した丈夫幼稚園という建物も寺町の一角にありますが、園児の遊んでいる時間帯だったので撮影は諦めました。不審者扱いはされたくないですからね。建築を撮りたいならやっぱり子どものいない時間帯が一番確実だなと再認識。

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井上歯科医院

重厚さを感じさせる石造りの洋館も残っています。門柱に刻まれた旧字体もいい感じ。

近代建築や町家を見ながら北府駅まで歩きました。

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仁愛女子高校駅

北府からは13:57発普通田原町行き51(888)で仁愛女子高校へ。福井市中心市街地の一角にある併用軌道上の駅で、平成22年のホームリニューアルに合わせて「裁判所前」から改称されました。

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福井地方裁判所

旧駅名の由来となった福井地裁は駅の南西にあります。昭和29年に完成した風格ある建築ですが、この時間帯は生憎の逆光。

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福井市立歴史博物館

駅から5分ほど歩いて福井市立歴史博物館へ。さすがは県庁所在地だけあって市立でも展示は結構充実しています。2時間半ほどかけてゆっくりと見学して、出てきたときにはもうすっかり暗くなっていました。

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夕暮れの福井城跡

博物館を見た後は、福井城跡を通って福井駅へ。県庁自体は特に面白みも無いビルですが、石垣や橋と合わせて撮ってみると特別な建物のように見えてくるから不思議です。

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夕食はソースカツ丼

せっかく福井に来たので、夕食は福井駅高架下の店でソースカツ丼を食べることに。

よく考えたらバスが渋滞で止まってるときにパンを食べて以来何も食べていませんでした。ご飯を食べる時間があれば活動に充ててしまうタイプなので、旅先はどうしても飯抜きで行動してしまいがちになります。

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KTT10D便

帰りのバスは福井駅20:30発のさくら高速バスKT10D便。4分遅れて福井駅を発車し、徳光SA(21:41~59)で休憩。飲み物を買おうとデイリーヤマザキに走ったところ、福井限定の「ローヤルさわやか」というサイダーがあったのでお土産に3本買って帰りました。

金沢駅(22:21~30)、高岡駅(23:21~30)、富山駅(0:11~19)と停車し、0:27に消灯。有磯海SA、松代PAにも停車したようですが、寝ていたので気付きませんでした。

翌朝、高坂SA(5:40~6:00)で休憩。バスタ新宿には6:55到着予定でしたが、結局1時間ほど遅れて7:50頃に到着しました。

 

 

9/27 上越線・吾妻線駅めぐり

北海道東日本パス最終日は、吾妻線の未訪問駅および上越線水上以南を片付けるべく群馬県へ。

 

高田馬場をいつもの4:48発山手線外回り始発403G(クハE230-505)で出発し、上野で5:13発高崎線高崎行き821M(クハE230-8082)に乗り換えて高崎へ。食料を調達してから高崎7:12発上越線水上行き723M(クモハ211-3010)に乗り換えます。

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新前橋駅東口

まずは両毛線との分岐駅、新前橋で下車。この駅は1月の両毛線駅めぐりの際に訪問していますが、その時は日没後で駅の様子がよく分かりませんでした。

昭和58年8月改築の橋上駅舎で、増築なども行われていないのでシンメトリーの美しいスタイルを保っています。

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川原湯温泉駅 駅舎

新前橋7:37発普通長野原草津口行き523M(クモハ211-3025)で吾妻線に入り、川原湯温泉で下車。平成26年10月、八ッ場ダム建設に伴う線路切り替えで70mほど高いところに移転した駅で、駅舎はホームより高い位置に設けられています。

旧駅時代に訪問していますが、線路付け替えに伴う移転では全くの新駅のようなものなので、別に訪問駅としてカウントすることにしました。

移転から早くも5年が経とうとしていますが、新駅周辺はまだまだ発展途上といった感じで、駅前では公園の整備工事が行われていました。

ところで、古くからの温泉街や旧駅を代償にほぼ完成した八ッ場ダムですが、先日の台風19号の際には見事に下流域を守ってくれましたね。公共工事の大切さを再認識させられるとともに、建設のために立ち退かざるを得なかった長野原の人々にもっと感謝しないといけないよなと思わされる出来事でした。

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市城駅 駅舎

川原湯温泉8:58発普通新前橋行き528M(クハ210-3026)で市城へ。昭和60年3月改築の貨車駅駅舎をリニューアルしたもので、パッと見ただけでは元貨車とは分からないほどの変わりようです。改札ラッチがあったり、窓口跡らしきものがある辺り、貨車駅への改築後も簡易委託でも行われていたのでしょうか。

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中之条駅 駅舎

市城9:43発普通大前行き525M(クモハ211-3030)で中之条へ。吾妻線の中間駅では数少ない直営の有人駅で、特急草津やリゾートやまどりも停車します。

駅舎は昭和38年11月に改築されたものですが、訪問時はちょうど逆光でした。

駅前からは四万温泉沢渡温泉へのバスが発着しており、観光地への玄関口といった感じですが、その一方で小渕恵三元首相の出身地・吾妻郡中之条町の玄関口でもあります。

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金島駅 駅舎

中之条10:39発普通高崎行き530M(クハ210-3025)で金島へ。この駅も市城同様に貨車駅でしたが、平成14年3月に簡素な駅舎に改築されています。少し引いて駅前通りから見ると、駅前の山車格納庫や立派な民家に押されて存在感の薄い印象を受ける駅舎です。

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跨線橋から祖母島方を望む

吾妻線金島駅の祖母島方で上越新幹線の高い高架と立体交差しています。どうせなら上毛高原駅なんて造らずに金島駅を少し移転させて上越新幹線との乗換駅を造ればよかったのではと思わされるような位置での交差です。

新幹線建設の際には当駅から引き込み線を伸ばして資材を運搬したそうですが、駅裏の不自然な空き地はその跡でしょうか。

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小野上温泉駅 駅舎

金島11:16発普通万座・鹿沢口行き527M(クモハ211-3009)で小野上温泉へ。平成4年3月に開業した駅で、駅名の由来となった温泉はすぐそばにあります。ただし駅名になってはいますが、日帰り施設と宿泊施設が一軒ずつという至って小規模な温泉です。

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小野上駅 駅舎

20分ほど歩いて隣の小野上へ。平成18年に渋川市と合併した旧北群馬郡小野上村の駅で、谷沿いのわずかな平地に立地しているため駅周辺に人家は多くありません。

駅舎は平成19年3月に改築されたもので、すぐ目の前を国道が通っています。

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小野上駅構内

駅裏には砕石を搬出するための引き込み線があり、ホッパー車が留置されています。不定期で高崎操車場との間で「小野上工臨」と呼ばれる工事列車が運転されますが、ホッパー車自体は小野上駅に常備されています。

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八木原駅 駅舎

小野上12:09発普通新前橋行き532M(クハ210-3030)で上越線の八木原へ。渋川市南部の住宅街にある駅で、大正10年7月開業時に建てられた木造駅舎が残っています。

駅のある八木原は三国街道の宿場町として栄えた町で、昭和29年に渋川市になるまでは北群馬郡古巻村でした。

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祖母島駅を背後から

八木原13:05発普通万座・鹿沢口行き531M(サハ211-3006)で祖母島へ。田んぼを見下ろす高台にあるホームだけの無人駅で、周囲に人家は多くありません。
駅から見える田んぼでは稲刈りが行われていました。それを見ていてふと思いついたのでここで一句

祖母島の 刈り取りし稲 束ぬるを 汽車待つ間 飽かず眺むる

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渋川駅 駅舎

祖母島14:10発普通新前橋行き534M(クハ210-3009)で渋川へ。上越線吾妻線の分岐駅で、伊香保温泉への玄関口でもあります。駅舎は大正10年7月開業時に建てられたもので、大正ロマン風にリニューアルされています。

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水上駅 駅舎

渋川15:01発普通水上行き737M(クモハ211-3060)で水上へ。6日前に乗り換え待ちを利用して駅舎を撮ったばかりなので、今回はホームを中心に撮影。

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後閑駅 駅舎

水上15:53発普通高崎行き744M(クハ210-3060)で後閑へ。合併で利根郡みなかみ町となった旧月夜野町の玄関口で、みなかみ町役場がすぐ近くにあります。

駅舎は昭和36年9月に改築された切妻屋根の立派なものですが、昨年4月に無人化されています。駅前には今時珍しくなったバス転回場があります。

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上牧駅 駅舎

後閑16:23発普通水上行き739M(クモハ211-3009)で上牧へ。高槻市にある学校に通っていた身としてはついつい「かんまき」と読んでしまいそうになりますが、こちらの読みは「かみもく」です。ホームは駅舎や駅前より高い位置にあり、屋根付きの階段で結ばれています。ローカル駅なのでもちろんエレベーターなんてありません。

駅舎は平成21年3月に改築され、木造だった階段上屋も橋上駅の階段みたいに新しくなってしまっていますが、ホーム上の待合室だけは古いまま残っていました。

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岩本駅 駅舎

上牧16:53発普通高崎行き746M(クハ210-3009)で岩本へ。国道17号沿いにある小さな駅で、平成22年10月にシンプルなデザインの駅舎に改築されています。駅前に駐車している車が邪魔なので、いずれ撮り直したいところですが、果たしていつになるでしょうか。駅舎の前が駐車場になっている駅は本当に撮りにくいんですよね。

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沼田駅 駅舎

岩本17:15発普通水上行き741M(クモハ211-3051)で沼田へ。利根地方の中心都市・沼田市の代表駅で、大正13年開業時に建てられた木造駅舎が現役です。駅舎は渋川同様ファザードに時計を掲げており、古き良き地方主要駅といった趣が感じられます。

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敷島駅 駅舎

沼田18:01発普通高崎行き748M(クハ210-3051)で敷島へ。秋の日は釣瓶落とし、辺りはすっかり暗くなってしまいました。屋根の形が個性的な駅舎は平成15年3月に改築されたもので、改築翌年に無人化されていますが、窓口跡はよく残っています。

開け放たれた駅舎の床には大きな蛾が止まっていました。

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夜の津久田駅

敷島18:52発普通水上行き745M(クモハ211-3025)で津久田へ。駅舎のない相対式ホームの無人駅です。戦時中に開業した信号場がそのルーツ。かつては駅舎があったのだろうと思われる不自然な空間がありましたが、暗いのでよくわかりませんでした。

また明るい時間のリベンジが必要そうです。

 

これにて上越線水上以南は全駅制覇。津久田19:12発普通高崎行き750M(モハ210-3060)、高崎20:07発普通小田原行き1947E(サハE231-6003)、赤羽21:49発普通新木場行き2110K(クハE232-7007)、池袋22:03発山手線内回り2176G(クハE234-2)を乗り継いで高田馬場へと帰りました。

 

9/26 水戸線駅めぐり

東北から帰ってきた翌日は水戸線の駅を巡りました。

 

高田馬場を7:49発山手線外回り0705G(クハE234-19)で出発し、池袋7:56発通勤快速川越行き737S(クハE232-7014)と赤羽8:07発快速ラビット宇都宮行き3622E(サハE233-3019)を乗り継いで、水戸線の始発駅・小山へ。

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小山9:30発普通下館行き1739M(クハE531-1026)

小山からは下館行きで駅めぐりを開始。通学ラッシュも終わりかける時間帯なので本数は多いとは言えません。

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結城駅北口

まずは2駅進んで結城で下車。結城市の代表駅で、駅舎は市制施行40周年となる平成6年にふるさと創生一億円助成金で改築された橋上駅舎です。写真は市役所側の北口。

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小田林駅

結城9:54発普通小山行き740M(クハE530-2012)で一駅戻って小田林へ。中学校の目の前にあるホームだけの無人駅です。当駅と小山駅との間には茨城・栃木の県境がありますが、峠も大きな川もない平野のど真ん中なので県境の駅と言った雰囲気ではありません。

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玉戸駅 駅舎

小田林10:12発普通友部行き741M(クハE531-1012)で玉戸へ。昭和63年6月に開業した駅で、今年1月末までみどりの窓口が営業していました。

駅舎は公園の休憩所のようなログハウス風の小屋にプレハブを増築したもので、とても一日に700人も利用するような駅には見えません。時間帯が悪かったのか人が多く写真が撮りづらかったです。

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東結城駅

玉戸10:36発普通小山行き1742M(モハE530-1026)で東結城へ。結城市筑西市の境界部分にあるホームだけの無人駅で、ホーム上にはガラス張りの小さな待合室があるだけです。平成26年3月のダイヤ改正まで、小田林と共に早朝深夜の普通列車の通過する駅でした。

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川島駅 駅舎

東結城10:49発普通水戸行き743M(クハE531-4006)で川島へ。開業時は「伊佐山(いさやま)」を名乗っていましたが、わずか一か月ほどで現駅名に改称されています。

駅舎は平成27年1月に改築されたもので、待合室部分はガラス張りで明るい雰囲気です。かつては駅裏からセメント工場への専用線が伸びており、平成9年に廃止されましたが、今も架線柱などが残っています。

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下館駅 駅舎

川島11:22発普通友部行き745M(モハE531-26)で下館へ。水戸線沿線最大の駅で、関東鉄道常総線真岡線も乗り入れる茨城北西部の中心駅となっています。

駅舎は昭和12年4月に改築された2階建ての立派なもので、反対側には関東鉄道の管理する橋上の南口があります。

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筑西市下館庁舎(旧下館市役所)

下館での待ち時間は約一時間。せっかくなので徒歩5分ほどのところに旧下館市役所を見に行きました。昭和49年に建てられたモダニズム建築で、耐震性の理由から今は一部しか使われていませんが、何故か解体されずに残っています。

近くで見るとなかなか迫力のある建物でした。

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大和駅 駅舎

下館12:28発普通友部行き747M(クハE531-1007)で大和へ。昭和63年6月に開業した駅で、桜川市役所本庁舎の最寄り駅です。線内の他の無人駅と比べると駅舎は大きく立派で、有人の玉戸駅川島駅よりも待合室が広く取られています。

合併前の所在地は旧真壁郡大和村で、村内を通っていた筑波鉄道が廃止されてから、当駅が開業するまでの約一年間、村内に鉄道の駅がありませんでした。

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新治駅 駅舎

大和12:48発普通小山行き748M(モハE530-1026)で新治へ。合併で桜川市となった旧真壁郡協和町の玄関口で、明治28年開業時に建てられた木造駅舎がリニューアルされつつも残っています。駅舎の屋根は待合室側が入母屋、もう一方が切妻というスタイルで、東北本線新田駅を思い出させます。

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岩瀬駅 駅舎

新治13:34発普通友部行き749M(クハE531-1012)で岩瀬へ。明治22年1月開業時に建てられた築130年の立派な木造駅舎が現役で使用されています。合併で桜川市となった旧西茨城郡岩瀬町の駅で、昭和62年までは土浦とを結ぶ筑波鉄道の終着駅でした。

新治の駅舎と共に価値を認められて末永く残ってほしいものです。

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羽黒駅 駅舎

40分かけて3.2㎞を歩き、隣の羽黒へ。名勝・桜川のサクラや月山寺の最寄り駅です。平成26年2月に改築された駅舎は、近くにある岩瀬日大高校の美術部によってデザインされたものだそうです。

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笠間駅 駅舎

羽黒14:47発普通友部行き751M(モハE531-26)で笠間へ。笠間稲荷や城下町で知られる笠間市のかつての代表駅で、合併により市役所が友部に移った際に代表駅の座も友部に譲っています。駅舎はリニューアルされた木造駅舎で、稲荷神社の鳥居をイメージしたのか車寄せは赤く塗られています。

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福原駅 駅舎

笠間15:27発普通小山行き754M(クハE530-2026)で福原へ。常陸国出雲大社分社の最寄り駅で、平成25年3月改築の木造駅舎は分社をモチーフとしたデザインになっています。簡易委託の窓口は時間外だったのか営業していませんでした。

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稲田駅 駅舎

福原15:54発普通友部行き753M(クハE530-2007)で稲田へ。当地で産出される稲田石の輸送で栄えた駅で、平成25年3月に改築された駅舎の一部にも稲田石が使用されています。とはいえデザイン的には地味なもので、どうせやるならもっと石造りっぽいデザインにできなかったものかと思います。

駅舎に隣接するように「石の百年館」という資料館があったので、見学しながら次の列車までの30分を過ごしました。

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内原駅 駅舎

稲田16:24発普通友部行き755M(クハE530-2012)と友部16:43発普通水戸行き391M(モハE530-21)を乗り継いで常磐線の内原へ。この駅は以前に訪問済みですが改築前にもう一度撮っておきたいと思ったので再訪しました。

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宍戸駅 駅舎

内原17:11発普通小山行き762M(クハE530-2018)で宍戸へ。開業時は「太田町(おおたまち)」を名乗っていましたが、太田町村が合併で宍戸町となったのでわずか4か月で改称されました。駅舎は昭和58年6月に改築されたもので、公衆トイレのような見た目ですが今年3月まで有人駅でした。

友部高校の最寄り駅なので、学生の利用も多いようです。

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友部駅南口

宍戸17:32発普通友部行き757M(モハE530-1026)で終点友部へ。常磐線との乗換駅で、一部列車は当駅で折り返さずに水戸まで直通します。

駅舎は平成19年3月に橋上化されたもので、とても合併で笠間市となる前は友部「町」の駅だったとは信じられないくらい立派です。

 

水戸線の駅はこれで全て制覇したので家路へ。友部17:51発常磐線上野行き448M(クハE530-21)と日暮里19:34発山手線内回り1976G(モハE235-105)を乗り継いで高田馬場へと帰りました。

9/25 秋の岩手県南駅めぐり(東北本線・大船渡線)

この日は北上市を出発し、東北本線大船渡線の駅を巡りながら東京へと戻りました。

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柳原6:32発普通北上行き722D(キハ100-4+キハ100-39)

柳原駅北上線の始発で出発。終点北上で6:41発東北本線普通一ノ関行き1524M(クモハ701-1032)に乗り換えます。編成は1036+1032の4両編成で、通学ラッシュ時間帯のため乗車率はそこそこ高め。

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山ノ目駅

7:18 終点一ノ関の一駅手前、山ノ目で下車。一関市の郊外にある駅で、ホームはかつて2面3線でしたが、中線が撤去されて2面2線になっています。

駅舎は平成23年5月末に改築されたもので、駅前側もホーム側もデザインは同じです。

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前沢駅西口

山ノ目7:34発普通盛岡行き1527M(クハ700-1032)で前沢へ。特産の前沢牛で知られる旧胆沢郡前沢町(現奥州市)の駅で、平成17年12月に半橋上駅舎に改築されています。

東西自由通路には「ぽっぽ」という愛称が付いており、その完成によって市街地側からかつての駅裏のイオンまで遠回りせず行けるようになりました。

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陸中折居駅

前沢8:05発普通盛岡行き1529M(クモハ701-1009)で陸中折居へ。駅舎は平成23年12月に完成したもので、旧駅舎が東日本大震災で損壊したのをきっかけに改築されました。「自然との調和」がコンセプトだそうです。

駅裏の田んぼでは稲刈りが進められており、秋を感じました。

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一ノ関駅 西口駅舎

陸中折居8:30発普通一ノ関行き1528M(クモハ701-1013)で一ノ関へ。1013+1042の4両編成でした。

東北新幹線も停まる一ノ関は岩手県南部の中心都市・一関市の代表駅で、気仙沼へ向かう大船渡線も分岐しています。駅舎は昭和45年2月改築。

一ノ関からは大船渡線に乗車します。

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新月駅 駅舎

一ノ関9:09発普通気仙沼行き325D(キハ100-45+キハ100-7)で新月へ。宮城県との県境付近にある駅で、駅の所在地は一関市室根町(岩手県)ですが、駅名は気仙沼市新月地区(宮城県)に由来します。かつては交換駅だったので対向ホームの跡もはっきりと残っています。建物財産標はいくら探しても見つかりませんでした。

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小梨駅 駅舎

新月10:54発普通一ノ関行き330D(キハ100-7+キハ100-45)で小梨へ。旧東磐井郡千厩町(現一関市)の山間にある小さな駅で、駅舎は平成18年10月改築。

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折壁駅 駅舎

小梨11:20発普通気仙沼行き327D(キハ100-46+キハ100-6)で折壁へ。旧東磐井郡室根村の中心駅で、周辺には住宅が密集しています。駅舎は平成19年12月に改築されたもので、待合室の壁は斜めになっています。中の本棚には何故かローマ人の物語と銀英伝が置かれていました。

ポケモントレイン気仙沼号の停車駅であることから、ホームにはピカチュウを象った植栽があります。

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矢越駅

12:23 折壁から40分ほど歩いて隣の矢越へ。かつては簡易委託の窓口もある駅でしたが、平成17年3月に改築されて待合室だけになりました。待合室の下が倉庫になっている造りが山田線箱石駅を思い出させます。

待合室には先客がおり、話しかけられたのでお話したところ、北東パスを使って富山から旅をしながら低い山に登っている方で、すぐそばの矢越山に登られてきたとのことでした。

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清水原駅

矢越12:40発普通一ノ関行き332D(キハ100-6+キハ100-46)で一ノ関に戻り、13:53発東北本線普通小牛田行き534M(クハ700-1022)に乗り換えて清水原へ。

トイレや駐輪場と同じデザインで建てられた駅舎は平成10年2月改築。盛岡支社管内でよく見られるタイプの簡易駅舎です。

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有壁駅

清水原14:19発普通一ノ関行き533M(クモハ701-1512)で有壁へ。さっき大船渡線で降りた折壁駅と一字違いなのがちょっとややこしいです。所在地が宮城県栗原市なのに、両隣の駅はいずれも一関市にあるというのもまたややこしい。駅舎は清水原と全く同時期・平成10年2月に改築されたもので、デザインも全く同じです。せめて屋根の色くらい変えようとは思わなかったのでしょうか。

駅前にはいい感じの駅前旅館が残っていますが、今も営業しているかどうかは定かではありません。

 

有壁からは14:48発普通小牛田行き536M(クハ700-1512)、小牛田15:42発普通仙台行き2554M(クハE720-1016)、仙台16:43発普通白石行き448M(クハE720-22)と乗り継いで南下していきます。

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船岡駅 駅舎

17:15着の船岡で下車。柴田郡柴田町の玄関口で、平成2年改築の合築駅舎は船岡城を模したデザインになっています。改札口は一階だけでなく自由通路上の2階にもありますが、そちらはIC専用です。駅近くにはED71が保存されていますが、時間が足らず見損ねました。

 

船岡からは17:32発普通福島行き588M(クハ700-1518)で福島へ。夕食を調達してから前2両を切り離して18:50発普通新白河行き2156Mとなった同じ車両に再び乗り込んで南下。新白河20:28発普通黒磯行き4152M(クハE531-4006)、黒磯20:56発普通宇都宮行き686M(クハ205-607)、宇都宮21:50発普通上野行き570M(モハE230-1114)、赤羽23:36発普通新宿行き2236K(クハE232-7006)、池袋23:51発山手線内回り2362G(クハE234-43)と乗り継いで日付が変わる直前に高田馬場に帰り着きました。

北東パスはまだ2日分残っているので、翌日は水戸線へと向かいます。