まだ見ぬ駅を求めて~逆瀬の駅めぐり旅~

駅めぐりの記録をひたすら載せていくブログです。やたら更新する時と全く更新しないときがあります。

2/18 石見那賀郡近代建築めぐり&今福線の遺構を辿る

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都野津会館

江津駅前で昼食を食べた後は都野津会館へ。昭和12年4月に竣工した旧那賀郡都野津町役場で、現在も公民館として現役です。都野津町は昭和29年に江津町など那賀郡8町村と合併して江津市となりました。

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下府駅

13:32 山陰本線 下府駅へ。列車で日没後に来たことはありますが、明るい時間に来るのは初めてです。夜に来るとイルミネーションされていましたが、昼はこんな感じなんですね。駅舎内では地元の人たちが集会を開いていました。浜田市郊外にある駅で、戦前は当駅から石見今福を経て可部線に繋ぎ、広島とを結ぶ今福線という路線が計画されていました。当駅から石見今福までは戦前にほとんど完成していたものの、戦争で中断し、その後の水害で路盤が崩壊したことから実際に開通することなく放棄されています。これからその今福線の遺構を巡っていきます。

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下府駅3番線

築堤上にあるホームは相対式2面2線ですが、今福線の分岐用に3番線を設置できるよう用地が確保されています。結局ホームとして完成することも無かったのか今ではすっかり自然に還っています。

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上府第一トンネル

ガソリンを入れ、宇野方面へと県道を走っていると突然道路脇に閉鎖されたトンネルが現れました。下府を出て最初のトンネルだった上府第一トンネルです。横の県道が完成する前は市道として使われ、車が譲り合いながら走行していたそうです。

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国府公民館宇野分館

14:02 国府公民館宇野分館に到着。平成22年に閉校になった旧浜田市立宇野小学校で、校舎は明治40(1907)年に建てられたものを増築して使っていたようです。

近くには他に古い建物が残っていました。

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有福第三トンネルと橋梁

宇野の集落を過ぎて山間に入ってしばらくすると県道沿いに橋脚とトンネルが現れます。奥のトンネルは有福第三トンネル。一度も使われることなく80年もの間朽ち続けているというのが何とも無念です。トンネルを抜けたところにも橋脚が1基残っています。

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円形橋脚群

さらに同じ道を進んでいくと橋脚群が現れます。今福線旧線区間では最長の橋梁で、下から見上げても圧巻ですが、路盤と同じ高さの展望台からも見ることができます。上の写真を撮ったところから振り返ると今福第一トンネルがあります。

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五連アーチ橋

そこからさらに進むと五連アーチ橋が現れます。とは言っても県道に転用されているので県道から直接その姿を確認することはできません。コンクリートの白いアーチ橋の姿は士幌線を彷彿とさせますが、よく考えたら建設されたのは同年代でしたね。

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四連アーチ橋

今福第三トンネルを抜けると四連アーチ橋。下府川を跨ぐ美しいプロポーションの橋で、障害物が少ないので撮りやすいです。平成20年10月に土木学会認定選奨土木遺産に認定されています。

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今福第五トンネル

今福第五トンネルは線内のトンネルの中で唯一活用されており、トンネル内の横穴にJR西日本地震計が設置されています。もちろん閉鎖されているのでフェンスの間から撮影。後から補修した跡が見て取れます。

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下長屋トンネル

一気に山を抜けて旧那賀郡金城町にある今福の集落近くへ。ここには鉄建公団によって建設された新線の下長屋トンネルが残っています。トンネルからは真新しい轍が続いていましたが、果たして誰が何のために通ったのでしょうか。

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石見今福方面へと続く路盤

下長屋トンネルからは岩見今福方面へと一直線に続く新線の路盤が残っています。

奥の方で右からやってきた旧線跡と合流して石見今福駅に至っていたはずですが、事前の調査不足で見損ねました。

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浜田市旭支所(旧那賀郡旭町役場)

金城町今福からさらに山を越えて旭町の中心地・今市へ。道中、右手に公団建設線らしい橋梁が見えましたが停まれなかったので帰りに見ることにしてそのまま進みました。

旭町今市は浜田から山また山を越えた辺鄙なところにあるとは思えないほどしっかりした街で、規模こそ小さいものの市街地が形成されています。浜田市役所の支所に転用された旧役場は昭和37年に建てられた古いものですが、耐震工事中なのであと数十年は残りそうです。役場に隣接して建つ旭山村開発旭センターもなかなか見ごたえのある建物でした。雪で歩行が困難だったのと時間の都合であまりゆっくりと見れなかったのが心残りです。

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旧和田郵便局

今市からさらに山間へ。脇道に入ると一気に雪が深くなりました。車の床下から聞こえる雪と接触するガリガリという音を聞きながら旧和田郵便局へ。現在は空き家のようですが、郵便局時代の姿をよく残しています。

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旧酒井医院

さらに山深く、県境に近い市木地区の旧酒井医院で折り返してまた日本海側へと戻ります。昭和11年に建てられたもので、空き家となって久しいのか朽ち始めています。

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寺廻橋梁

一気に戻り、金城から旭へ抜ける途中に見損ねた白角橋梁と寺廻橋梁へ。今福から先も多少は着工されていたようですが、今福までの区間ほど工事も進まなかったようで残っている遺構自体もそれほど多くありません。

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今福橋梁

今福まで戻り、コンビニに車を停めてその近くの今福橋梁へ。場所的には下長屋トンネルから続く路盤の延長線上で、橋梁を渡ると路盤は県道に取り込まれて石見今福駅予定地に至ります。17時半前といい時間になったので今日はここで打ち止め。見れてない遺構が多くあるのでいずれ未成線を辿るツアーにでも参加して残りも見てみたいものです。

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駅前ビジネスホテル

この日の宿は益田駅前の駅前ビジネスホテル。二人で一泊5500円とリーズナブル。駐車場の場所が分かりにくいのが難点ですが、益田駅を出て30秒ほどの立地なので車旅よりは列車旅向きの宿でしょう。山陰本線山口線の駅を巡る時には重宝しそうです。

2/18 三江線廃駅めぐり(乙原~江津)

 三江線廃駅めぐり、2日目は7:00に大田市を出発。昨日は石見梁瀬までめぐったので、今日は乙原から江津までをめぐっていきます。

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乙原駅

7:49 乙原駅に到着。大田市内では積雪はありませんでしたが、山を越えて江の川沿いに出ると一面の雪景色でした。乙原は小集落の奥にあった駅で、かつては駅舎がある有人駅でしたが、無人化後に撤去され、末期はホームと待合室だけの駅でした。待合室は昨年2月までに撤去されていますが、ホームと線路、駐輪場が残っています。

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竹駅

8:01 竹駅へ。県道40号と崖に挟まれた立地の駅で、駅名標などが撤去された以外は比較的廃線当時のまま残っています。周囲に人家が数軒あるのみの寂しい所ですが、朝の時間帯だけあってか県道の交通量はそれなりにありました。

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木路原駅

8:17 木路原駅へ。集落より一段高い所にあったホームだけの駅で、ホーム上にブロック造りの待合室がありましたが、昨年4月までに撤去されています。ホームは枯草に覆われて荒れた様子でした。

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石見川本駅

8:37 石見川本駅へ。昭和9年開業時から石見梁瀬延伸までの一年間終着駅だった駅で、廃止まで窓口もある業務委託の有人駅でした。小集落ばかりが続いてきた三江線沿線において数少ない街である邑智郡川本町の玄関口で駅前にはビルなどもありますが、いまいち活気がありません。三江線の中枢とも言うべき駅でしたが、平成29年の一日平均乗車人員は18人。街にある駅だからといって利用されるというわけでもなかったようです。

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因原駅

9:08 因原駅へ。道の駅インフォメーションセンターかわもとに背を向けた立地の駅で、駅前には小規模ながらも市街地が形成されています。駅舎の事務室部分は無人化以降、三江線運輸という運送会社の事務所として使われてきましたが、廃止後は待合室部分も三江線運輸さんによって使用されています。昭和9年開業時の姿を留める駅舎だけに廃止後も現役で使われているのは嬉しいことですが、人がいるゆえに近づいてじっくりと撮ったりできないのが難点。三江線運輸さんにアポを取ったら駅舎内を見せてもらえたりするもんなんでしょうか。まあ中が見れないにしても末永く使っていただきたいものです。

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鹿賀駅

9:29 鹿賀駅へ。江の川沿いの集落より一段低い所にあった駅で、昭和24年に地元の請願によって開業しました。その土地の低さゆえに昭和47年7月12日の水害では待合室の屋根の近くまで水に浸かったそうです。この駅からは江津市に入りますが、平成16年に編入されたエリアで、それ以前は邑智郡桜江町でした。撮影を終えて車に戻ろうとすると、友人が地元のおばあさんから「ここに車停めてよかったかしら・・・あらごめんなさい。ここの部落の人じゃないのね」と話しかけられましたが、確かにこんなところ普通は余所者めったに来ないですよね。この日は集会でもあったのか駅前に地元の人が続々とやって来て路肩に駐車していました。

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石見川越駅

9:50 石見川越駅へ。昭和6年5月から石見川本延伸までの3年半終着駅だった駅で、かつては交換駅だったため対向ホームの跡が草に埋もれながらも残っています。

昭和29年の桜江村(昭和31年町制施行)成立以前は邑智郡川越村の中心だった場所ですが、駅前には郵便局くらいしか目立った建物がありません。開業時の木造駅舎が廃止まで残っていましたが平成30年秋の集中豪雨で被害を受け、翌年2月までに解体されました。

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田津駅

10:05 田津駅へ。鹿賀と同時に開業した駅で、ホームは石垣の上にありました。大柄な木造待合室は昨年3月に解体されましたが、ホームと線路は残存しています。

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川戸駅

10:20 川戸駅へ。平成16年に江津市編入された旧邑智郡桜江町の中心地にあった駅で、昭和5年4月から一年間だけ終着駅でした。桜江町の玄関口だっただけあって立派な木造駅舎が残っており、今もバス待合所として使用されているほか、かつての駅員詰所が「サロンかわど こしかけ」という地元の方々の歓談スペースとして活用されています。使われるのは月2回のみのようですが、今後も駅舎を末永く活用していってほしいと思います。

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川戸駅構内

線内の駅では珍しく、構内に立入禁止の看板が無かったので堂々と入って撮影させてもらいます。川戸もかつては交換可能駅でしたが、平成11年3月に棒線化されており、その際に跨線橋などが撤去されています。駅舎側のホームは綺麗でしたが、線路は草に覆われ始めています。

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川平駅

10:52 川平駅へ。昭和5年の石見江津~川戸間開業時に設置された唯一の中間駅で、川戸同様に平成11年までは交換可能駅でした。昭和29年に周辺町村と合併して江津市となった旧那賀郡川平村の玄関口で、天井の高く明り取り窓の設けられた立派な木造駅舎が残っています。平成30年まで現役だった駅にしては珍しく待合室の窓も木枠のまま残っていますが、半ば放置された閑散路線の途中駅だった故に手を付けられずに残ったのでしょう。待合室の扉は木枠のガラス張りのもので、この駅以外では見たことにないタイプですが、開業当時のものでしょうか。現役の駅の中でもめったにないような名駅舎なのでこの駅だけは何としてでも残ってほしいと思いますし、もしクラウドファンディングでもやるのならなけなしのバイト代の中からでも寄付させてもらいたいと思います。

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千金駅

11:49 千金駅へ。江の川から少し奥まった集落にあった駅で、道が狭く分かりづらかったので到達には苦労しました。googleマップを信用してかかると車も通れないような道に案内されることもあるのでやはり注意しなければ。千金は昭和33年に開業した駅で、ブロック造りの待合室がありましたが、昨年3月に解体されています。ホームと線路は残っていますが、かなり草に覆われており、周辺駅と比べると随分早く自然に還っています。

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江津本町駅

12:03 江津本町駅へ。千金と同時に開業した駅で、江津町の旧市街地のすぐ裏手にありましたが、山に遮られていたため秘境駅のような趣でした。目の前に江の川下流を望むことができ、山陰本線の橋梁も見ることができます。「本町」といういかにも街中にありそうな名前の駅でしたが、寂しい立地で、平成18年から27年までの一日の平均乗車人員は0人を記録しています。三江線の本数を考えれば江津駅までなら歩いて行った方が早いでしょうし、存在意義は希薄だったようです。待合室は千金とほぼ同時、昨年3月上旬に解体されました。

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江津駅

12:26 江津駅へ。言わずと知れた山陰本線三江線のかつての分岐駅。一日半かけてようやくゴールです。とはいえ駅の観察は列車で来たときの楽しみに取っておいて昼食としましょう。

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チャーシュー丼

昼食は江津駅前の雅家さんのチャーシュー丼。チャーシュー専門店らしくこんなにおいしいチャーシュー丼は人生で初めて食べました。江津の新しい名物と言っていいかもしれません。市役所や旧市街も見たいので、江津に来る機会は今度も何度かありそうですが、今度来る時もこちらで食べたいものです。

 

一息ついた後は少し寄り道をしてから今福線へと向かいます。

2/17 三江線廃駅めぐり(尾関山~石見梁瀬)

2/17から20までは鉄研の友人と共にレンタカーを使って中国山地廃線跡などを巡りました。

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広島駅北口に到着

バスタ新宿を前日20:00に出発したウィラーエクスプレスC1151便は7:48に広島駅北口に到着。前日のうちに広島入りしていた友人と合流して、まずはレンタカー営業所へ。

雪予報が出ていたのでスタッドレス車を借りて6000円高くなりましたが、安全のことを考えると仕方ありません。

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尾関山駅

8:30過ぎに出発し、可部の前後で渋滞に巻き込まれながらも吉田経由で10:28に尾関山駅に到着。ここからは三江線の駅を順番に巡っていきます。

尾関山は三次市旧市街の外れにあった駅で、戦後らしい片流れ屋根の木造駅舎が残っています。閉鎖されていて中には入れませんが、窓からのぞくと室内の塗装を行っていたので何かに活用されるのかもしれません。

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粟屋駅

10:46 粟屋駅へ。街中にあった尾関山駅と比べると一気に山深くなります。単式ホームだけの無人駅で、ホーム上には昭和43年3月の建物財産標が付いた待合所があります。ホームは立入禁止でしたが、線路の一部は地元の人の行き来のためか入れるようになっていたのでそこから撮影。駅前は駐車場になっていますが、駅自体は放置状態。とはいえそれほど荒れた様子ではありません。

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長谷駅

11:01 長谷駅へ。江の川を見下ろす築堤上の駅で、周囲に民家は数軒あるのみ。現役当時は秘境駅として知られ、牛山隆信さん管理の駅ノートがあったそうです。小学生の通学用に開設された仮乗降場がルーツで通学時間帯に合わせた停車パターンが廃止まで受け継がれていました。教育委員会設置の木造待合室は閉鎖されていませんが、中は埃だらけでノートも無くなっていました。

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船佐駅

11:23 船佐駅へ。平成16年に安芸高田市となった旧高田郡高宮町の駅で、ホームから少し離れたところに小さな木造駅舎が残っています。ホームは交換設備の設置も可能な造りのようですが、昭和30年の開業から平成30年の廃止までずっと棒線駅だったようです。駅舎は開放されていて廃止当時の装飾がそのまま残っていました。

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所木駅

11:37 所木駅へ。江の川に架かる唐香橋という吊り橋の袂にあったホームだけの無人駅で、ホームは残っていますが、待合所は撤去されています。唐香橋が架けられる前は対岸との間に渡し船があったそうです。

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信木駅

11:46 信木駅へ。江の川沿いにあったホームだけの無人駅で、こちらもホームは残っていますが、待合所は撤去されています。現役当時はさぞかし風光明媚な駅だったことでしょうが、周囲に人家は少なく、昭和58年の統計では乗降客数は線内最下位でした。

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式敷駅

12:01 式敷駅へ。昭和30年から38年まで終着駅だった駅で、三次を出てから初めての交換可能駅でした。貨物ホーム跡も残っていますが、三江南線では貨物営業が行われたことが無いので、一度も使われなかったようです。駅舎は民営化後に改築されたログハウス風のもので今も閉鎖されていませんが、先客がいたので中を撮ることができませんでした。「式敷」の名は、沖に流される途中の後鳥羽上皇がこの地で亡くなられ、葬儀の式場に敷物をしいたという伝説に由来します。

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香淀駅

12:15 香淀駅へ。民営化後に建てられた六角形のログハウス風の駅舎が残っています。駅舎や待合所は残っていても駅名表示が撤去される駅が多い中、当駅は駅舎に掲げられた駅名がしっかりと残っています。駅を撮っていると駅前にバスがやってきましたが、誰も乗り降りせずに駅前を一周して元の方向へと戻っていきました。

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作木口駅

12:29 作木口駅へ。県境区間に入ると雪がいっそう激しく降り始めました。作木口は江の川に架かる三国橋の島根県側にあった駅で、元は300m江津側にありましたが、昭和47年の水害で流失した三国橋の再建に合わせ、昭和51年に現在の場所に移転した歴史を持ちます。三国橋の対岸は三次市作木地区(旧双三郡作木村)で、作木村の玄関口であったことが駅名の由来です。駅名標などが撤去された以外は現役当時の姿を留めており、駅前の踏切もそのまま残っていましたが、2/19から21にかけて撤去するため通行止めとなる旨の看板がありました。

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江平駅

12:38 江平駅へ。江の川沿いの小集落にあった駅で、駅名標が撤去された以外は比較的現役当時の姿を留めています。川の対岸は広島県で、駅がある島根県側とは丹波橋というトラス橋で結ばれています。

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口羽駅

12:48 口羽駅へ。昭和38年に開業した三江南線の終着駅で、廃止直前のダイヤ改正までは折り返し列車も設定されていました。旧邑智郡羽須美村の玄関口ですが、中心市街の外れのような立地で、あまり活気はありません。かつての終着駅らしく大きな待合室は今もバス待合室として使われているようで、中も綺麗に保たれていました。

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旧口羽郵便局

せっかくここまで来たのだからと口羽の市街地にある旧口羽郵便局も撮影。昭和12年に建てられたもので、今は物置になっているようですが、状態はそれほど悪くなさそうです。

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伊賀和志駅

13:29 伊賀和志駅へ。口羽から浜原までは昭和50年に開業した公団建設線区間で、駅も築堤上に設けられた立派なものです。所在地は三次市作木町で、広島県にある駅ですが、両隣の駅は島根県にあります。

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宇都井駅

13:52 宇都井駅へ。地上20mの高さにホームがあった高架駅で、利用するには116段もの階段を登らねばなりませんでした。鉄道ファンの中でも有名で、廃止後はNPO法人江の川鐡道が用地を取得し、トロッコを走らせたりしていますが、イベント時以外は非公開で、残念ながらホームに上がることはできません。

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石見都賀駅

14:48 石見都賀駅へ。平成16年の合併で邑智郡美郷町となった旧大和村の中心地にあった駅です。築堤上にある島式1面2線の交換可能駅でしたが、一日4往復の区間にあったため、交換設備はほとんど使われなかったようです。駅入口脇の木造待合室とホームへの地下道が残っていますが、ホーム上の上屋が撤去されているのでほとんど目立ちません。

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石見松原駅

15:17 石見松原駅へ。国道から少し分け入った集落の裏手にあった駅で、秘境駅のような雰囲気が漂っています。ホームや線路は残っているものの、待合室が撤去されているほか、石見都賀寄りの陸橋が撤去されて線路が寸断されています。

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潮駅

15:38 潮駅へ。江の川沿いにあったホームだけの駅で、待合室は昨年10月までに撤去されていますが、ホームと線路は残存しています。ホームからの眺めが良い駅なので、せめてホームに立ち入れるように公園としてでも整備してほしいところですが、沿線自治体に財政的な余裕があるとも思えないので、なかなか厳しそうですね。駅近くには潮温泉という宿泊施設がありましたが、改築工事のため閉館中でした。

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沢谷駅

15:52 沢谷駅へ。三江線内の駅には珍しく、江の川から外れた山間にあった駅で、待合室は昨年11月までに撤去されています。公団建設線区間は待合室の撤去された駅が目立ちますが、やはり待合室の場合はホームや線路と違って放置しておくとホームレスに住み着かれたりする恐れがあるからでしょうか。

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浜原駅

16:08 浜原駅へ。江津から建設された三江北線の終着駅で、昭和12年開業時に建てられた木造駅舎が残っています。相対式ホームの交換可能駅で、折り返し列車や夜間滞泊が設定されるなど廃止まで運行拠点駅としての役目を果たしていましたが、平成17年に簡易委託も廃止され、末期は無人駅でした。列車が来なくなった今も待合室内は綺麗に保たれ、本棚が置かれています。

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粕淵駅

16:31 粕淵駅へ。邑智郡美郷町(平成16年までは邑智町)の中心部にあった駅で、商工会館との合築駅舎が残っています。駅周辺には旧邑智町の中心市街地が広がっており、三次以来久しぶりの街らしい街ですが、粕淵からだと三江線で江津や三次に出るよりもバスや自家用車で大田に出る方が便利だったため駅の利用者数はそれほど多くなかったようです。平成29年の一日の平均乗車人員は13人で、これでも周辺駅に比べれば多い方だったのでは廃止も仕方ないと思えます。江津ではなく大田に繋がっていればもう少し利用されていたことでしょうが。

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旧邑智郡粕淵村役場

粕淵駅の近くには昭和2年に建てられたとされる旧邑智郡粕淵村役場が残っています。昭和22年に町制施行して粕淵町に、昭和30年の合併で邑智町となった後の昭和40年まで役場として使われ、昭和45年からは縫製工場として使われていたようですが、今は物置のようです。

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野井仮乗降場跡

16:51 野井仮乗降場跡へ。昭和47年10月2日頃から翌年12月22日までのわずか1年2か月間のみ存在した幻の仮乗降場で、三江線の廃止によって公然と渡れるようになった勝手踏切が目印です。明塚~粕淵間の第一江川橋梁が水害で流失した際に列車と代行渡船との乗り換えのために設置され、代行バスの運行開始によりその役目を終えて撤去されました。

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明塚駅

17:05 明塚駅へ。小集落の中にあったホームだけの駅で、待合所は昨年2月までに撤去されています。この日見てきた駅と比べるとかなり荒れており、とても廃止から2年弱とは思えないほどの草に覆われていました。昨年訪問したのと鉄道能登線の廃駅を思い出します。

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石見梁瀬駅

17:16 石見梁瀬駅へ。昭和10年12月から浜原延伸までの2年弱の間終着駅だった駅で、昭和30年に邑智町となった旧邑智郡吾郷村の中心地にありました。廃止まで開業時の木造駅舎が残っていましたが、昨年10月に解体されてホームと線路のみが残っています。

あまりキリのいい駅とも言えませんが、この日はここで終了。予定では粕淵までだったので、予定よりも3駅多く巡ることが出来たことになります。

 

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ビジネスホテル御多福301号室

粕淵まで戻って山越えをして大田へ。江の川沿いの山間部は雪景色でしたが、大田まで出ると雪は積もっていませんでした。この日のお宿は大田の町はずれにあるビジネスホテル御多福(一泊3900円)。昭和の独身寮(知らんけど)を思わせるお値段相応なレトロなお宿でした。

 

2/13 厳冬の函館山線駅めぐり

北海道遠征最終日は函館山線の駅を巡ります。

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早朝の小樽駅

小樽を6:13発普通蘭越行き1926D(キハ150-16+キハ40-820)で出発。宿から駅までの坂道が凍っていて何度も転びそうになりながら駅にたどり着きました。ここまで怖い道を歩いたのは生まれて初めてかもしれません。坂道も雪景色も好きだけど、雪国に住むのは無理だなと改めて思いました。

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昆布駅

8:17着の昆布で下車。磯谷郡蘭越町の国道沿いにある駅で、駅裏には温泉施設があります。駅舎は昭和63年10月に改築されたもので、室内には不届き者が捨てていったゴミが散乱していました。壁に落書きも多く少々荒れた印象を受けますが、交通量の多い国道に面した立地ゆえでしょうか。駅名はアイヌ語に由来すると言われていますが、詳しいことは不明で、山間の立地ゆえに周辺で昆布が採れるわけでもありません。

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比羅夫駅

昆布8:59発普通倶知安行き1931D(キハ40-820+キハ150-16)で比羅夫へ。駅舎が民宿になっていることで有名な駅で、駅前には民宿の離れと数軒の民家以外目立った建物はありません。駅前の坂を少し登ってから振り向くとニセコアンヌプリ雄大な姿を見ることができます。駅舎民宿は全国でここだけなのでいつか泊まってみたいと思います。

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蘭越

比羅夫9:51発普通蘭越行き1932D(キハ150-16+キハ40-820)で蘭越へ。磯谷郡蘭越町の玄関口で、簡易委託の窓口では補充券を販売しています。駅舎は昭和43年10月に改築されたもので、地元の人たちによって綺麗に保たれています。

折り返し列車も2往復設定されており、朝の札幌行き快速ニセコライナーは当駅を始発としていますが、夜のニセコライナー倶知安止まりで、蘭越はおろかニセコまでも行きません。

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ニセコ駅

蘭越11:04発普通倶知安行き1935D(キハ40-820+キハ150-16)でニセコへ。世界的観光地ニセコの玄関口で、明治37年に「狩太」として開業、同39年に「真狩」に改称し、昭和43年に現駅名になりました。駅舎は一見新しく見えますが、昭和41年10月改築のものを昭和63年12月にリニューアルしたもので、築50年を越えています。

みどりの窓口くらいあっても良さそうに思えますが、簡易委託駅で、駅舎内には喫茶店と観光案内所が入居しています。

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虻田郡ニセコ町役場

駅前の坂を上ると虻田郡ニセコ町中心市街地で、台地の上に公共施設が集中しています。ニセコ町役場の現庁舎は開基70周年となる昭和42年に建てられたもので、道を挟んだ隣に新庁舎を建設中です。ニセコ町は昭和39年までは狩太町で、町の玄関口だった狩太駅を観光振興のために改称すべく町名変更が行われました。

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ニセコ駅遠景

役場を見た後は坂を下ったところのセイコーマートでこの旅最後のホットシェフ弁当を購入してニセコ駅へ戻りました。駅の背後にはニセコアンヌプリが聳えていますが、生憎雲がかかっていました。

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熱郛

外国人観光客で満員の3分遅れニセコ12:52発普通長万部行き2938D(キハ150-16+キハ40-820)で熱郛へ。寿都郡黒松内町の山間の集落にある駅で、平成2年12月改築の駅舎には「熱郛ホール」という名称が付いていますが、正直名前負け感が否めません。

明治37年から一年間だけ「歌棄(うたすつ)」を名乗っていました。

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倶知安駅

熱郛13:54発普通倶知安行き2943D(キハ150-17+キハ150-13)で倶知安へ。後志の中心都市・虻田郡倶知安町の玄関口で、令和13年には北海道新幹線の停車駅となる予定です。昭和35年6月改築の駅舎は鉄筋コンクリート造2階建ての国鉄主要駅タイプで、新幹線開業の暁には高架化される予定です。

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銀山駅

倶知安15:18発普通小樽行き1945D(キハ150-11+キハ150-107)で銀山へ。集落を見下ろす山の中腹にある駅で、ホームからの眺めは絶景です。駅舎内には昔の駅ノートの書き込みを抜き出したものが貼られていました。地元の人によって管理されているようです。

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木村商店で販売されている補充券

簡易委託駅で、駅から少し坂道を下ったところにある木村商店で補充券が販売されています。一番安い小沢までの切符は売り切れていたので然別までのものを購入。

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小沢駅

銀山16:05発普通倶知安行き1944D(キハ150-106+キハ150-15)で小沢へ。岩内郡共和町の外れにある駅で、昭和60年7月までは岩内線が分岐していました。駅舎は岩内線廃止後の昭和63年11月に改築されたもので、かつては分岐駅らしく立派な木造駅舎がありました。駅前には有名なトンネル餅の店がありますが、訪問時には営業していませんでした。

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小沢駅 跨線橋

構内にはかつての栄華を示すかのように立派な跨線橋が残っており、踊り場には駅員が描いたと思われる観光イラストが掲げられています。竣工年は不明ですが、文化財になってもおかしくないほどの風格が感じられます。今回の旅の締めくくりにふさわしい駅でした。

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小樽駅構内のH100形

小沢16:56発普通小樽行き1949D(キハ150-15+キハ150-106)で小樽へ。小樽駅構内にはダイヤ改正から函館本線で走り始めるH100-5が留置されていました。今度来る時にはキハ150の代わりにこの車両が主力となっているのでしょう。

 

小樽からは18:08発区間快速いしかりライナー江別行き3455M(クハ731-121)と札幌18:50発快速エアポート186号新千歳空港行き3970M(モハ733-3103)を乗り継いで新千歳空港へ。梅光軒のラーメンを食べてから21:00発SKY730便で羽田へと飛びました。

 

羽田空港からは、国内線ターミナル22:50発エアポート急行高砂行き2253T(5315-8)と品川23:17発山手線外回り2203G(モハE235-90)を乗り継いで高田馬場へと帰りました。

 

 

2/12 厳冬の釧網本線・根室本線駅めぐり

北海道遠征6日目は廃止予定の南弟子屈駅などを巡ってから、根室本線2駅を訪問しつつ小樽まで移動しました。

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早朝の美留和

宿の最寄りの美留和駅を6:27発普通釧路行き4723D(キハ54-516)で出発。国鉄末期に改築された貨車駅には弟子屈の風景や動物が描かれていてかわいらしいです。

列車まであまり時間がなく、駅をゆっくりと見れなかったので予定を少し変更してまた後でもう一度来ることにしました。

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弟子屈

6:44着の南弟子屈で下車。同じ貨車駅でも美留和と比べると地味なデザインですが、数年前に塗り直される前は駅名も読めないほどボロボロだったことを考えればこれでも良い方でしょう。建物財産標の日付は昭和61年11月11日でした。

3月ダイヤ改正での廃止が決定していますが、同じく廃止される古瀬駅と比べると駅前に小さいながらも集落があり、秘境駅と言う感じはしません。

例え人が住んでいても使わなければ駅は廃止されてしまうわけですが、この駅の列車本数の少なさを考えると、地元の人が使わないのも無理はないでしょう。

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弟子屈駅 ホーム側

廃止予定駅とは言っても貨車の状態は悪くなく、テールライトも割れることなくしっかり残っています。あわよくば駅舎としての役目を終えた後はどこかに移設されて第三の人生を送ってもらいたいと思いますが、果たしてどうなるでしょうか。

駅ノートはしっかりと管理されているようで、バックナンバーは現物の代わりにそれを撮ってプリントしたものをまとめたアルバムが置かれていました。

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美留和

弟子屈7:18発普通網走行き4726D(キハ54-526+キハ54-515)で再び美留和へ。昨夜や今朝はゆっくりと見れなかった駅舎内やノートを観察。駅舎内には北根室ランチウェイの案内が貼られていました。駅ノートの書き込みによれば結構多くの方が歩いてこられているようです。

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摩周駅

美留和8:26発普通釧路行き4725D(キハ54-517)で摩周へ。川上郡弟子屈町の玄関口で、長らく「弟子屈」を名乗っていましたが、観光振興のため平成2年に改称され駅舎も改築されました。南弟子屈駅の廃止により、「弟子屈」の名を持つ駅名が消えるわけですが、やはり町名は駅名として残しておいた方がいいと思うのでちょっと長いですが「摩周弟子屈」とでも改称しませんかね。駅舎内には観光案内所があり、駅弁の注文を承っていましたが、この日は駅弁屋がお休みとのことで購入できませんでした。

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清里町駅

摩周10:11発快速しれとこ摩周号網走行き3728D(キハ54-516)で清里町へ。斜里郡清里町の中心地にある駅で、昭和31年までは「上斜里」という駅名でした。昭和30年に町制施行して誕生した清里町は、小清水村斜里町から分村して誕生した上斜里村をルーツとしており、町名の「清里」は小水と斜から一字ずつ取って名付けられたものだそうです。駅舎は昭和40年11月に改築された平屋のコンクリ造で、立派ですが無人駅です。訪問時は室内で地元のお爺さんお婆さんが列車を待っていました。

摩周で駅弁を買えなかったので、駅近くのセイコーマートまで昼食の弁当を調達しに行きました。

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スーパーおおぞら8号

清里町11:25発快速しれとこ摩周号釧路行き3727D(キハ54-515+キハ54-526)で釧路まで南下し、13:39発特急スーパーおおぞら8号札幌行き4008D(キハ283-8)で帯広へ。

さすがに鈍行で行くのと比べると快適ですが、特急を使っても1時間半近くかかる辺り釧路と帯広って遠いんだなと思います。

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大成駅

帯広で15:24発普通芽室行き2550D(キハ40-739+キハ40-1742+キハ40-1741)に乗り換えて大成へ。昭和61年に開業した臨時乗降場を前身とする、地味に通過列車が多くて訪問しにくい駅です。駅舎はなく、平成23年11月設置の東めむろコミュニティスペースなるものがありますが、屋根と壁だけでベンチはなく、正直待合室としては不完全に思えます。周囲は住宅街で、高校もありますが、駅前は閑散としています。

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芽室駅

大成16:18発普通新得行き2552D(キハ40-1760+キハ40-1751)で芽室へ。河西郡芽室町の玄関口で、駅前にはショッピングセンターもあります。駅舎は昭和33年12月改築の古いものですが、平成11年10月に増改築されてギャラリーが併設されています。

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河西郡芽室町役場

駅から5分ほど歩いて芽室町役場へ。昭和43年11月竣工の庁舎は現在改築中。設計は先日見た富良野市役所と同じ岡田設計です。

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スーパーおおぞら10号

芽室17:08発普通帯広行き2553D(キハ40-1765+キハ40-1723)で帯広へ戻り、ぶた八の豚丼を購入してから17:47発特急スーパーおおぞら10号札幌行き4010D(キハ283-10)に乗車。札幌到着は20:15、北海道の広さを改めて実感します。

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夜の小樽駅

札幌20:28発普通小樽行き3252M(クモハ721-10)に乗り換えて小樽へ。この日の宿は小樽駅から徒歩約20分のHOSTEL 順風満帆。一泊1200円というお値段に惹かれて宿泊しましたが、駅からの凍った坂道が結構キツかったです。夏なら問題ないでしょうが、この季節の北海道はちょっと高くても駅近の宿を取った方がいいなというのが今回の教訓です。徒歩10分でもキツイですからね、この時期。

お宿の設備については1200円という値段に関わらずちゃんとしていたので、コスパは相当良いと思います。

2/11 厳冬の釧網本線&根室へ 

北海道遠征5日目は釧網本線の駅を中心に巡りました。

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細岡駅

釧路を6:03発普通網走行き4726D(キハ54-517+キハ54-515)で出発、6:26着の細岡で下車。釧路湿原の真っただ中にある無人駅です。他に中高年男性2人が下車しましたが、駅ノートによれば駅の近くに撮影地があるらしくどうやらSLを撮りに来た人たちだったようです。

駅舎は平成5年3月に改築されたログハウス風のもので、周囲に人家はほとんどありませんが、観光客の利用がそこそこあるので当分は安泰そうです。

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遠矢駅

細岡6:44発普通釧路行き4721D(キハ40-1779)で遠矢へ。釧路郡釧路町にある駅で、屋根なし跨線橋で結ばれている駅裏に住宅街が広がっています。駅舎は昭和63年10月改築で、入口には「トイレありません」と手描きの貼り紙がありました。

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釧路で並ぶキハ54

遠矢7:41発普通釧路行き4723D(キハ54-519)で釧路へ。予定では大楽毛行きに乗り換えて根室本線新富士~西庶路の各駅を訪問しに行く予定でしたが、ホームのどこにも大楽毛行きは停車していません。祝日でも平気で授業をやる非人道的な大学にいるせいですっかり忘れていましたが、この日は祝日。平日のみ運行の大楽毛行きは運転されていないのでした。さてどうしようと思って時刻表を見てみると、ちょうど今から根室に行って折り返して来ればいい感じの時間になることが判明。根室駅だけ未訪問のまま残っているのでこの機会に行ってみることに。

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最果て感を感じさせる車窓

釧路8:18発普通根室行き5627D(キハ54-514)に乗り込んで一路根室を目指します。東根室根室を除けば一昨年夏に何度も通った区間ですが、冬に乗るとまた違った景色です。特に落石あたりの最果て感漂う風景は冬に見ると余計に寂しさを感じさせます。

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根室

10:49 根室着。日本最東端の終着駅かつ有人駅で、根室市の代表駅です。駅舎は昭和34年7月に改築されたもので、待合室は広く取られていますが、ホームは一本だけで留萌駅と比べても小さな駅と言った感じです。平成17年に放送された「列島縦断 鉄道乗りつくしの旅」のゴールがこの根室駅だったのを子供心に覚えていて今も印象に残っています。あの番組からもう15年も経つのですね。

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釧路駅

根室11:03発快速はなさき釧路行き3628D(キハ54-514)で慌ただしく折り返し釧路へ。根室市内を散策できなかったし、納沙布岬にも行けてないのでまたゆっくりと来たいですね。

釧路では釧網本線への乗り換え時間が約一時間あるので駅併設の釧祥館のザンたれ丼で昼食。590円とリーズナブルです。

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札弦駅

釧路14:14発普通網走行き4730D(キハ54-526)で札弦へ。乗車時間は約2時間、すっかり日も傾いています。斜里郡清里町にある駅で、駅名はアイヌ語の「サクル(夏・道)」または「サッル(乾いた・道)」に由来します。昭和31年4月までは「札鶴」という表記でした。駅裏にはベニヤ工場があり、かつてはそこまでの専用線が伸びていたそうです。

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斜里岳を望む駅

駅前通りの奥には日本百名山の一つ・斜里山の雄姿が聳え立っています。事前にこれを知らずに降りたので駅前の景色を見たときには思わず息をのみました。雪を被った山というのはどうしてこんなに美しいのでしょうか。

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札弦駅と4729D

16:27発普通釧路行き4729D(キハ54-524+キハ54-507+キハ54-508)で札弦を後にします。

17:07 川湯温泉美留和で鹿と接触のため急ブレーキがかかり、運転再開まで13分かかりました。北海道の列車に乗るとこういうトラブルは日常茶飯事ですが、警笛を鳴らしてるのに鹿もどうしてさして早くもない列車に気付かないのかなと思います。

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茅沼駅

10分遅れで茅沼に到着。タンチョウが見られることで有名な駅で、平成元年に改築された駅舎はログハウス風デザインです。想像以上に真っ暗で駅周辺は何も見えませんが、星空が綺麗でした。

列車を待っているとタンチョウらしき鳴き声や雪の上を何かが歩く足音が聞こえてきましたが、姿を確認することはできませんでした。

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茅沼駅と4734D

8分遅れの18:22発普通摩周行き4734D(キハ40-1779)で茅沼を後にします。列車は茅沼駅に入線する直前に汽笛を鳴らして停止していましたが、タンチョウが退くのを待っていたのでしょうか。

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標茶

4734Dは標茶で列車交換のため18:56まで停車。その停車時間を利用して駅舎を撮影します。三角形が特徴の駅舎は昭和49年12月に改築されたもので、平成11年12月にリニューアルされています。平成元年までは標津線が分岐していました。

駅前にはセブンイレブンがあって便利です。北海道のこの手の駅と言うのは窓口営業時間が終わって日が暮れると途端に寂しくなるので、駅前に明るいコンビニがあると人の気配が感じられてホッとします。

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磯分内駅

さらに一駅乗って磯分内で下車。川上郡標茶町の集落にある駅で、昭和12年12月改築の木造駅舎がコンパクト化されて残っています。

駅近くにセイコーマートがあるので、列車の待ち時間にそこまで歩いてホットシェフの豚丼を買ってきて待合室で食べました。

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夜の美留和

磯分内19:56発普通網走行き4736D(キハ54-525)で美留和へ。駅前に民宿の御主人が迎えに来てくださっていました。

この日は美留和駅徒歩5分の民宿ましゅまろに宿泊、宿泊者は自分一人だけでした。

2/10 富良野線の2駅に降りてから狩勝峠を越えて根室本線駅めぐり

北海道遠征4日目は富良野を出発して、廃止予定の古瀬駅に立ち寄りつつ釧路を目指します。

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夜明け前の鹿討駅

富良野を5:58発普通旭川行き720D(キハ150-9+キハ150-1)で出発し、2駅目の鹿討で下車。板張りホームの無人駅で、平成11年設置のメルヘンチックな待合室がありますが、内部は暗く駅ノートへの書き込みは諦めました。

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学田駅

駅間を歩いているうちに夜が明け、40分ほどで隣の学田へ。こちらも板張りホームですが、待合室はホーム上にあります。待合室は扉のない簡素なもので、あまりの寒さに椅子が凍っていました。背後に続く鉄道林が見事です。

 

富良野行きを待っていると6:51発旭川行き722D(キハ150-3+キハ150-6)がやってきましたが、2両だったのでホームから盛大にはみ出して踏切を塞いだまま停車していました。

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東鹿越駅 ホーム

学田7:05発普通富良野行き721D(キハ40-1724)と富良野7:20発普通東鹿越行き2421D(キハ40-1714)を乗り継いで東鹿越へ。東鹿越から先は平成28年8月31日の台風10号で被災して長期運休中で、バス代行となっています。線路を見てみると、列車の停止位置から先は全く除雪されておらず、まるで終着駅のようです。

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東鹿越駅

東鹿越は昭和16年12月に信号場として開業し、戦後昇格した駅で、周囲に人家はほとんどありません。目の前にかなやま湖が広がり、風光明媚な駅ではあるのですが、終着駅の役割を務めるには役不足な感があります。

利用客の少なさゆえに廃止候補に挙がったこともありますが、その直後の台風によって暫定的な終着駅となったことから廃止が撤回されています。台風によって路線は存続の危機に陥るも東鹿越駅自体は命拾いをするとは何とも皮肉なものです。

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東鹿越駅と代行バス

代行バスは8:09に東鹿越を発車し、幾寅駅では乗降が無かったものの、8:19着の幾寅のセブンイレブン前で通学生7名が下車。代行バスとは言え、駅以外にも通学生の便宜を図るために高校に近いセブンイレブン前と観光客の多いサホロリゾートにも停車します。落合駅でも乗降はなく、乗降があったのは結局代行バスオリジナルの停留所2つのみでした。

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新得駅

新得駅前には定刻より4分早く9:15着。狩勝峠も通りましたが、峠に関して言えば列車からよりバスから見た方が綺麗ですね。この代行バスもいつまで続くか分かりませんが、乗れるうちに乗っておいて損はないと思います。

 

新得からは上り特急を待って4分遅れた9:30発普通帯広行き9421D(キハ40-1765)で帯広へ。芽室でも遅れた特急と交換してで3分遅れで発車しました。10:23着の帯広貨物駅では乗務員乗車のために運転停車し、帯広には10:29に到着しました。

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吉野駅

帯広で10:30発普通釧路行き2525D(キハ40-1760+キハ40-1723)に乗り換え、一時間ほど乗って新吉野で下車。浦幌町の集落にある駅で、昭和17年までは「下頃部(したころべ)」を名乗っていました。駅舎は花咲線の姉別駅や今は亡き初田牛駅と同じスタイル。駅前に出るといわゆる田舎の香水が鼻につきました。

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豊頃駅で15分ほど停車

新吉野からは11:54発普通帯広行き2524D(キハ40-1741)に乗車。隣の豊頃では遅れてやってきた特急スーパーおおぞら3号と交換するため15分ほど停車して12:18に発車しました。

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池田駅

池田には9分ほど遅れて12:34着。ここでは特急スーパーおおぞら6号に抜かれるために12:50まで停車します。もちろん停車時間で駅舎を撮影。ワインの街・中川郡池田町の玄関口で、かつてはふるさと銀河線が分岐していた主要駅だけあって立派な駅舎は昭和36年1月改築。ワインカラーのラインが入っています。実はこの写真を撮るとき、凍った駅前に足を滑らして転倒しましたが、怪我はなくカメラも無事でした。

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利別駅

引き続き2524Dに乗車し、隣の利別で下車。池田町の中心部から利別川を挟んだもう一つの市街地にある駅で、昭和42年11月の利別川改修工事に伴う線路切替時に現在地に移転しています。駅舎はその時建てられたと思われるもので、ホームは島式1面2線と明らかに周辺駅とは造りが異なります。

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厚内で9分ほど停車

利別13:10発普通釧路行き2547D(キハ40-739)で再び東を目指します。厚内では6分遅れのスーパーおおぞら8号と交換し14:28発。この辺もつい数年前まで多くの駅がありましたが、上厚内、直別、尺別の3駅が信号場化されすっかり駅間が長くなってしまいました。上厚内は駅舎が跡形も無くなっていたものの、直別と尺別はしっかりと残っているようです。

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古瀬駅

14:58着の古瀬で下車。3月ダイヤ改正での廃止が決まっていることもあって自分以外に下りから1名、上りから2名が下車しました。平日を狙っても同業者がいるとはさすが人気の秘境駅だけあります。個人的には秘境駅では他に誰もいない方が写真も撮りやすいしいいのですが。

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古瀬駅入口

古瀬駅は昭和29年に信号場として開業し、民営化時に昇格した駅で、当初から駅舎はありません。かつては小さな木造待合室がありましたが、10年ほど前に解体されています。写真に写っている建物は開業時に建てられた信号場の詰所で、旅客は立ち入ることができないので、夏に行ってクマに出くわしたら逃げるところがなさそうです。

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古瀬駅2番ホーム

ホームは千鳥配置で、結構長めの板張りホームが少し離れて2面設置されています。不通なら下りが1番、上りが2番という風にホームが固定されそうなものですが、この駅では左側通行の減速が無視され、どちらのホームにも上下列車がやってくるので、時刻表をよく確認していないと乗り遅れるかもしれません。

ホームが千鳥配置なのはいいのですが、あまりに離れすぎていて2つのホームを同じ構図に組み込んでも分かりづらいのには撮っていて苦労しました。

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陸橋からホームを望む

一応駅近くの陸橋からも撮ることができますが、かなり望遠を効かせないと撮れない上に枝が写りこみます。

陸橋からの写真を撮り終えて駅へと戻る途中、ハイヤーに追い抜かれました。駅に着いた時にはハイヤーのトランクから脚立を下ろして設営中でしたが、随分手間をかけて撮りに来る人もいるものです。

困ったのはハイヤーの運転手の爺さんが駅入口の橋で煙草を吸い始めたことでした。そこからだとちょうどホームは風下に当たり煙が流れてくるのです。吸うにしてももう少し場所を考えてほしいものです。

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音別駅

古瀬16:10発普通芽室行き2528D(キハ40-1740)で音別へ。平成17年に釧路市と合併した旧白糠郡音別町の駅で、特急は停まりませんが、みどりの窓口があります。とはいえ訪問時間帯には営業を終了していました。貨物取り扱いは昨年3月に廃止され、広い構内は雪に埋もれています。

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白糠駅

音別17:00発普通釧路行き2427D(キハ40-1749)で白糠へ。白糠郡白糠町の玄関口で、みどりの窓口もある特急停車駅です。駅舎は昭和44年11月改築の鉄筋コンクリート造平屋建てで、いかにも国鉄の準主要駅といった風情。昭和58年までは白糠線が分岐していました。尺別などでロケが行われていた映画「ハナミズキ」には「しらほろ」駅として登場します。

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夜の釧路駅

白糠18:19発特急スーパーおおぞら7号釧路行き4007D(キハ282-2003)で釧路へ。

この日は釧路プリンスホテルに宿泊しました。