まだ見ぬ駅を求めて~逆瀬の駅めぐり旅~

駅めぐりの記録をひたすら載せていくブログです。やたら更新する時と全く更新しないときがあります。

3/22 春雨の上越線駅めぐり

この日は日帰りで上越国境を越えて上越線の駅を巡ってきました。

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長岡行き1729M

高田馬場をいつものように4:48発山手線外回り0403G(クハE234-21)で出発し、池袋5:00発普通川越行き545K(クハE232-7037)と赤羽5:23発普通高崎行き821M(クハE231-8509)、高崎7:11発普通水上行き723M(クモハ211-3025)を乗り継いで水上へ。

水上からは8:28発普通長岡行き1729M(クモハE129-127)に乗車。E129系は新潟地区で走っている車両なので、遠くに来たなというのを実感します。

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越後堀之内駅

一時間以上乗り続け、越後堀之内で下車。今年は暖冬だったというのもあってか国境の長いトンネルを越えてもそれほど雪はありませんでした。越後堀之内は、平成16年の合併で魚沼市となった旧北魚沼郡堀之内町の玄関口で、みどりの窓口が設置されています。昭和43年改築の駅舎は高床式で、入口の大きな階段が風格を感じさせます。

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石打駅

越後堀之内10:28発普通越後湯沢行き8730M(モハE128-9)で石打へ。かつてはスキーシーズンに優等列車が停車するなどして大いに栄えた駅で、昭和43年改築の駅舎も2階建ての立派なものです。ホームは2階と同じ高さにあり地下通路で結ばれていますが、1番ホームは閉鎖されています。その閉鎖されたホームをはじめとして、謎の通路や団体用改札など見ていて楽しいものが多く残っていっるので見ていて飽きることはありません。ちなみに窓口の営業時間は9:50~12:10と非常に短いです。

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大沢駅

石打11:27発普通長岡行き8733M(モハE128-9)で大沢へ。昭和54年改築の駅舎は新潟管内の標準スタイルで、駅舎を経由せずともホームに行ける構造になっています。スキーシーズンはほとんど終わっているはずですが、駅舎前に観光客が多くいて写真を撮るのに苦労しました。

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土合駅

大沢11:41発普通水上行き1732M(クモハE128-131)で土合へ。下りホームがトンネル内にあることからメディアで取り上げられることが多く有名な駅です。昭和42年改築の駅舎は、谷川岳をイメージした三角形が特徴のモダニズム建築で、近くで見ると迫力があります。この季節なら谷川岳も山開きしていないし、雪もあるだろうから人が少ないだろうと思いきや、車で来た観光客だらけでした。すっかり観光地化されてしまっているようで、ゆっくりと駅を楽しめる雰囲気ではありません。こうなる前に来ておけばよかったなと後悔することしきりです。

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下りホームへの階段

地下深くにある下りホームへの階段は462段。車で来た観光客はこれを律義に往復するわけですからご苦労さんという感じです。今回の私の行程では下るだけなのでそれほどきつくはありません。上ってくる観光客とすれ違いながら下っていきます。

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土合駅下りホーム

8分ほどかけて下りホームに到着。地下70mの新清水トンネル内にあります。幸いにも観光客がいなかったので、ここぞとばかりに撮りまくります。せっかくの地底駅、他に人がたくさんいると遠慮してあまり撮れませんからね。一応、ホーム上にも待合室があり、駅ノートが置かれていますが、荒れていて書こうという気が起きませんでした。

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地底ホームに列車が到着

地底ホームから13:49発普通長岡行き1739M(クモハE129-127)に乗車。入線時には身を乗り出して撮っていた観光客が警笛を鳴らされていました。ホームには多くの人がいましたが、乗り込んだのは自分以外に一人か二人だったように思います。

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上越国際スキー場前駅

1739Mで上越国際スキー場前へ。平成9年に開業した駅で、当初は冬季のみの営業でしたが、平成15年より通年営業になりました。とはいえ、今でもほくほく線からの乗り入れ列車をはじめとして通過する普通列車が多数存在します。ホーム上に上屋や待合室は無いので、券売機室で雨をしのぎながら列車を待ちました。

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土樽駅

上越国際スキー場前14:53発普通水上行き1736M(クモハE128-2)で土樽へ。戦時中に信号場から昇格した駅で、川端康成『雪国』には列車がトンネルを抜けて最初に停車する信号場として登場します。元が信号場だっただけあって周囲に人家は少なく、駅前を通る関越自動車道くらいしか目立つものはありません。駅裏にはスキー場があったようですが、今は閉鎖されています。

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越後中里駅

雨の中、足元を泥だらけにしながら一時間歩いて越後中里へ。昭和30年まで存在した旧南魚沼郡土樽村の中心地にある駅で、駅前にはスキー客相手の店や旅館が立ち並んでいます。昭和55年12月改築の駅舎は立派なものですが、無人化されて窓口は閉鎖さされています。

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湯沢中里スキーリゾートの客車

駅裏には駅直結の湯沢中里スキーリゾートがあり、青く塗られた客車9両が休憩所として置かれています。できれば近くで見たかったのですが、駅構内からスキー場への通路が封鎖されていたので近寄ることができませんでした。

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湯檜曽駅

越後中里17:02発普通水上行き8740M(クモハE128-123)で湯檜曽へ。山間の小さな温泉地・湯檜曽温泉の玄関口で、上りホームは地上にありますが、下りホームは土合同様にトンネルの中にあります。コンクリート打ちっぱなしの駅舎は平成22年に改築されたもので、中にはトイレしかありません。現駅舎の隣には旧駅舎の土台が残っています。

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湯檜曽駅下りホーム

トンネル内にある下りホームですが、直線だった土合駅と違い、左に大きくカーブしています。地下の深さでは土合駅に負けていますが、雰囲気ではこちらの方が上だと個人的には思います。人が少なくて写真が撮りやすいのもいいですね。さすがに土合駅みたいに人だらけで、トンネルに声が反響しているようじゃ雰囲気ありませんし。

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1742Mが湯檜曽駅に到着

湯檜曽18:23発普通水上行き1742M(クモハE128-125)で帰途に就きます。水上からは18:44発普通高崎行き750M(クハ210-3026)、高崎20:07発普通小田原行き1947E(サハE231-1106)、赤羽21:46発普通新宿行き2150K(クハE232-7012)、池袋21:59発山手線内回り2110G(モハE234-27)を乗り継いで高田馬場へと帰りました。

3/13 全線開通前日の常磐線(いわき~富岡)駅めぐり

今日は皆さんご存知のようにJRグループダイヤ改正が行われたわけですが、やはりなんといってもこのダイヤ改正での目玉と言えるのが震災以来9年間不通となっていた常磐線が全線開通したことでしょう。東京~仙台を常磐線経由で走る特急ひたちも復活し、復興への大きな一歩となりました。旅行好きの一学生たる自分にできることと言えば福島県の特産物を買ったり、現地に旅行してお金を落とすことくらいですが、一日でも早い復興のために微力ながらも応援していきたいと思います。

 

さて、ダイヤ改正の前日ですが、全線開通を翌日に控えた既に復旧している区間(いわき~富岡)の駅を巡ってきました。

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いわき駅 改札口

高田馬場を4:48発山手線外回り403G(クハE234-21)で出発し、日暮里5:13発常磐線快速勝田行き321M(クハE530-4)と水戸7:03発普通いわき行き529M(クハE500-1003)を乗り継いでいわきに到着したのは8:35。この先富岡方面の次の列車までは40分以上あるので一旦改札を出ます。もちろんいわき駅構内のあちこちに全線開通を知らせる装飾やポスターがありましたが、思っていたほどではありませんでした。

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竜田駅

いわき9:22発普通富岡行き671M(クハE531-4001)に乗車し、まずは竜田で下車。双葉郡楢葉町の役場最寄り駅で、震災当日より営業を休止していましたが、平成26年6月1日に営業を再開。平成29年10月21日に隣の富岡駅が営業を再開するまでの3年間、終着駅としての役目を果たしました。楢葉町全域への避難指示は平成27年9月5日に解除されており、駅周辺にも新しい建物が建つなど、少しずつ元の暮らしを取り戻しつつあるのが感じられます。駅舎は昭和13年2月に改築されたもので、現在隣に橋上駅舎を建設中です。木造駅舎が消えるのは残念ですが、駅裏が復興拠点となっているので橋上化は復興への追い風となりそうです。

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久ノ浜駅

竜田10:12発普通いわき行き670M(クハE530-5001)で久ノ浜へ。いわき市の前身の一つである旧双葉郡久之浜町の駅で、駅名と地名では表記が異なります。POS端末設置の業務委託駅でしたが、この日の15時限りで窓口の営業を終了して無人駅となりました。

駅舎はどっしりとした大きなもので、かつての町の玄関口らしい風格が感じられます。

海が近い地区だけあって久之浜町も震災による津波で大きな被害を受けましたが、駅までは津波が到達しなかったようです。

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富岡駅

久ノ浜10:43発普通富岡行き673M(クハ651-101)で終点の富岡へ。双葉郡富岡町の玄関口で、震災による津波で駅舎が流失、津波対策のため北に約100m移設の上で平成29年10月21日に営業を再開しました。駅舎には物販・飲食店「さくらステーションKINONE」が併設されています。事前にもっと下調べしておけばここで昼食を取れたのですが、生憎折り返しのため滞在時間は20分ほど。ここで食べるのは次来たときの楽しみに取っておきましょう。その代わりと言ってはなんですが、お土産に「桃の煌き 白桃ゼリー」を購入しました。

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代行バスと富岡駅

駅前には代行バス乗り場があり、乗り納めをする人たちで行列が出来ていました。この代行バスの営業もこの日までですが、結局一度も乗る機会がありませんでした。

また、富岡駅は全線開通以降は特急「ひたち」の停車駅となり、Suicaも利用可能となりますが、「Smart Station for EXPRESS」の導入によって無人化されます。このため、券売機には行列ができていましたが、後ろに大勢並んでいるにも関わらず券売機を独占して大量発券するのはやめてほしいものです。

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草野駅

富岡11:28発普通いわき行き672M(クハ650-4)で草野へ。昭和29年に平市に編入され、昭和41年の合併でいわき市となった旧石城郡草野村の駅で、久ノ浜のものを少し小さくしたような木造駅舎があります。この駅も久ノ浜同様に3月14日より無人駅となります。福知山線になじみの深い自分にとって、草野駅と言えば福知山線にある駅の方ですが、ややこしいのは常磐線にも福知山線にも同じく広野駅があることです。「郡山→福島」の経路が東北でも関西でも成立することばかり有名ですが、「草野→広野」も福島と兵庫の両方で成立するのです。

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末続駅

草野12:17発普通広野行き675M(クハE531-1021)で末続へ。地元の請願により昭和22年6月1日に開業した駅で、戦後型の木造駅舎が比較的良い状態で残っています。地元の人に愛されている駅のようで、待合室は綺麗に保たれており、ホームには花を植えたプランターが並べられて明るい雰囲気です。ホームに掲げてあったキャッチコピーは「末ながく花と緑と青き海が続く駅」

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四ツ倉駅

末続12:52発普通いわき行き674M(クハE530-2021)で四ツ倉へ。いわき市の前身の一つである旧石城郡四倉町の駅で、昭和30年までの町名は「四ツ倉町」でした。駅舎は最近ではめったに見ないような横に長いもので、立派な上屋がかつての栄華を感じさせます。海に近い駅ですが、津波の被害は受けなかったようです。

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木戸駅

四ツ倉13:30発普通富岡行き677M(クハE531-1021)で木戸へ。楢葉町南部にある無人駅で、竜田駅と同時に営業を再開しました。隣の広野駅との間にはJヴィレッジ駅があり、全線開通に合わせて常設駅に昇格しましたが、臨時駅だったこの日の時点では駅名標の隣駅欄には「広野」の文字がありました。駅舎は昭和11年6月に改築されたもので、車寄せの柱が歴史を感じさせます。

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広野駅

14:16発普通いわき行き676M(クハE530-2021)で広野へ。「東北に春を告げる町」がキャッチフレーズの双葉郡広野町の玄関口で、いわき方面への折り返し列車が一日6本設定されています。昭和12年改築の駅舎は小さいながらもどっしりとした雰囲気の木造駅舎で、妻面にも出入口があります。平成23年10月10日の運転再開から、竜田駅が営業を再開する平成24年6月1日までは当駅が終着駅としての役目を果たしており、仮設ホームが設置されていました。駅構内には童謡「汽車」の歌碑があり、歌詞に出てくる「広野原」が当駅付近のことを歌っているとの説明がありますが、あくまでも俗説で、はっきりとした証拠はないそうです。

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広野町役場内のチンタオサウルス

せっかく時間があるので駅近くの広野町役場へ。役場一階ロビーにはチンタオサウルスの骨格標本が置かれています。町内でチンタオサウルスと同種とされる広野竜の骨が見つかっていることにちなむもので、震災で破損しましたが、多くの人からの寄付によって修復され、町のシンボルの一つして親しまれています。

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広野駅で発車を待つ678M

広野駅に戻ると2番ホームには既に15:12発普通水戸行き678M(クハE530-2032)が停車していました。この列車で帰途に就きます。終点水戸の一駅手前・勝田では後ろに10両増結する際に電気が消えましたが、他の乗客は無反応でした。

水戸で17:32発普通上野行き448M(クハE530-21)に乗り換えて日暮里へ。この列車も土浦での増結時に電気が消えましたが、やはり日常茶飯事なのでしょうか、誰も反応しません。

日暮里からは19:34発山手線内回り1976G(モハE235-129)で高田馬場へと帰りました。今回開通した区間にもそのうち乗りに行かねばなりませんね。

 

3/12 日帰りで群馬へ

この日は青春18きっぷを使って群馬県へ日帰りしてきました。

 

高田馬場を8:10発山手線外回り0725G(クハE234-41)で出発し、池袋8:23発湘南新宿ライン宇都宮行き2524Y(クハE233-3531)、大宮9:01発快速アーバン高崎行き3920E(クハE231-8013→クハE233-3006)を乗り継いで高崎へ。快速アーバンでは、籠原で切り離されるのが前方車両と知らず一番前に乗ってしまったので移動を強いられる羽目になりました。

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沼田駅

高崎10:25発普通水上行き731M(クモハ211-3056)で沼田へ。沼田駅に降りるのはこれで二度目ですが、前回来たときは日没直前の暗くなりかけの時間帯でした。

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高低差のある街

とりあえず市街地方面へ向かって坂を上り始めます。沼田の中心部は片品川の形成した河岸段丘の一番高い段丘面に位置しており、沼田駅との高低差は70m以上あります。

その高低差ゆえに坂道は急で、崖にへばりついた民家の間を縫うように急な階段が通っている様子は尾道を思わせます。

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沼田市役所 旧庁舎

坂を上り切ったところはそこそこの規模の平坦な市街地で、街並みだけ見ていると崖の上にある街とは思えません。まずは昭和39年12月20日竣工の市役所旧庁舎へ。昨年5月7日より新庁舎が使用開始されており、今は使われておりませんが、跡地利用の方針がすぐには決まらなかったこともあって解体されずに残されています。とはいえ方針も決まったようなので、解体も時間の問題でしょう。よくまあこれを去年まで使っていたなと思えるほどくたびれた庁舎でした。

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沼田城址 本丸堀跡

続いて沼田城址へ。桃山時代末期に真田信之が城主となって天守閣を築いた城で、真田氏五代目の時に改易となって破却されましたが、天領となったのち再興され本多氏3代・黒田氏2代・土岐氏12代が城主を務めて明治維新まで続きました。現在、当時の建物は残っておらず、跡地は公園として整備されています。「真田丸」効果は未だ衰えないようで、このご時世の平日にも関わらず、結構観光客がいました。

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沼田城址から望む谷川岳

沼田城址は段丘面の縁にあるため眺めがよく、付近の山々を望むことができます。上司から見える山の中でも一番有名なのが上越国境の谷川岳。雪のない地方に生まれ育った人間なので、雪山を見ると遠くに来たなと実感します。谷川岳にもいつか登ってみたいとは思いますが、雪山に登ろうという気持ちは起きません。雪山に関しては新田次郎の小説で追体験するだけで充分です。

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滝坂

駅への帰りは少し回り道をして滝坂を下りていきます。全国的に見ても珍しい屋根付きの階段がある坂で、たまにテレビ等でも取り上げられます。階段に覆いかぶさる木製屋根を見たときにはケーブルカーの駅を思い出しました。

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渋川市役所

沼田13:31発普通新前橋行き740M(クハ210-3030)で渋川へ。渋川は古くから宿場町として栄えた町で、市内には有名な伊香保温泉もありますが、駅周辺に古い町並みはそれほど残っていません。良くも悪くも北関東の一地方都市といった感じです。

市役所は昭和41年に竣工したモダニズム建築で、なかなかの風格を感じさせます。

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旧渋川信用組合

古い建物があまり残っていない市中心部においてひときわ目立つのが渋川商工会議所。昭和6年に渋川信用組合として建てられたもので、昭和32年からは公民館として使われていました。老朽化が著しいことから解体予定でしたが、そこから一転して重要文化財となり、平成25年から翌年にかけて曳家移転の上再活用されることになりました。

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旧一倉写真館

商工会議所の近くには「一倉寫眞館」と入口に掲げられた空き家があります。いつ頃の建築かは不明ですが、ほとんど蔦に覆われ今まさに自然に還ろうとしています。

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岩宿駅

渋川15:31発普通高崎行き536M(クハ210-3037)と新前橋15:55発普通小山行き455M(クモハ211-3047)を乗り継いで岩宿へ。ここに降りるのも2度目ですが、良い駅舎は何度見ても良いものです。

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阿佐美駅

20分歩いて東武桐生線阿佐美駅へ。駅構内に縄文時代の住居跡遺跡がある駅で、3月14日始発より300m赤城方に移転しました。撮影の2日後に役目を終えた旧駅舎は昭和12年5月開業時に建てられたと思われる小柄な木造駅舎で、カーブした単式ホームのある棒線駅でした。本来なら東武桐生線に乗って来るべきだったのでしょうが、18きっぷで来て岩宿から歩いて入場券で入った方が安上がりだったのでJRと徒歩での訪問になりました。従って訪問駅としてはカウントしません。

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阿佐美駅 新駅舎

せっかく歩いてきたのですから新駅舎も見ていきましょう。赤城方300mのところにある新駅舎は規模自体は旧駅舎とそれほど変わりませんが、駅前に余裕のなかった旧駅舎と違い、駅前ロータリーを備えています。この移転に伴い、営業キロが変わり、一部区間で運賃も変更となったようです。

 

17分歩いて岩宿に戻り、17:38発普通高崎行き462M(クハ210-3034)と前橋18:15発通勤快速上野行き3934M(クハE231-6049)、大宮19:47発湘南新宿ライン大船行き2561Y(クハE231-8002)、池袋20:14発山手線内回り1968G(クハE234-29)を乗り継いで高田馬場へと帰りました。

3/7 弥生の津軽線駅めぐり

最終日となる7日目は津軽線の駅を巡りました。

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早朝の新青森駅

雪のうっすらと積もった新青森を6:03発普通青森行き621M(クモハ701-33)で出発。青森で6:15発普通蟹田行き327M(クハ700-31)に乗り換えます。

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後潟駅

後潟で下車。昭和31年9月に青森市編入された旧東津軽郡後潟村の中心部にある駅で、駅舎は平成25年3月に改築されています。駅舎の外観は無機質ですが、内部は木材が多用されています。

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左堰駅

後潟6:42発普通青森行き324M(クモハ701-19)で左堰へ。田園地帯の中にあるホームと待合室だけの簡素な駅で、ホームからは田んぼの向こうを一直線に走る北海道新幹線の高架が見えます。

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奥内駅

25分歩いて奥内へ。昭和30年3月に青森市編入された旧東津軽郡奥内村にある駅で、ホームは相対式2面2線です。昭和26年開業時に建てられた駅舎は平成11年11月に火事で焼失し、平成12年3月11日より現駅舎の使用が開始されました。何気に今日で20周年なのですね。どうしても忌まわしい大災害の起きた日としか認識されにくい日付ですが、他の出来事だって色々起きているのです。

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津軽宮田駅

奥内7:31発普通青森行き328M(クモハ701-31)で津軽宮田へ。昭和34年11月に開業したホームと待合室だけの駅で、ホームのすぐ隣は墓地です。駅前にはラーメンチェーン味の時計台の餃子・製麺工場があります。

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郷沢駅

津軽宮田8:24発普通蟹田行き331M(クハ700-31)で郷沢へ。昭和34年11月に開業したホームと待合室だけの駅で、かつては左堰や津軽宮田と同じく棒線駅でしたが、津軽海峡線開業に伴う電化時に下りホームが増設されて交換可能駅になりました。上りホームの待合室はホーム上にありますが、下りホームのものは構内踏切とホームへの階段の間にあります。

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中沢駅

郷沢9:20発普通青森行き332M(クモハ701-31)で中沢へ。昭和34年11月に開業した駅で、郷沢と同じく津軽海峡線開業時に交換駅化されましたが、こちらは2面3線で跨線橋も設置されています。待合室は上りホーム上にしかありません。

平成22年4月22日には、徳島県土讃線坪尻駅で2か月前に紛失した駅スタンプが当駅で発見されるという珍事件が発生しました。

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蓬田駅

30分歩いて蓬田へ。東津軽郡蓬田村の中心部にある駅で、平成20年12月改築の駅舎は奥行きがあって、待合室は何故か2つに区切られています。棒線駅から交換駅化された両隣の中沢・郷沢とは逆に、この駅は島式ホーム1面2線の交換可能駅だったのを棒線化したという経緯があります。旧ホームは今もはっきりと残っており、交換可能駅だった歴史を伝えています。

駅の佇まいだけ見ると単なるローカル駅ですが、本州と北海道を結ぶ大動脈だけあって、時折長編成の貨物列車が高速で通過していきます。

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三厩駅

蓬田11:28発普通蟹田行き333M(サハ701-9)と蟹田11:44発普通三厩行き335D(キハ48-505+キハ48-1504)を乗り継いで終点・三厩へ。平成17年3月の合併で東津軽郡外ヶ浜町となった旧三厩村の外れにある終着駅で、線路はホームから少し伸びたところで途切れています。ただでさえ寂しい雰囲気の漂う駅ですが、昨年6月1日に無人化されてさらに寂しくなりました。駅前からは竜飛崎へ向かうバスが発着しています。

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中小国駅

三厩12:37発普通青森行き336D(キハ48-1504+キハ48-505)で中小国へ。津軽線における電車の営業区間蟹田までですが、海峡線が当駅の先の新中小国信号場で分岐する都合で当駅も電化されています。ホーム上には津軽線末端区間の標準スタイルと言うべきブロック造りの駅舎(待合室)があります。

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大平駅

新中小国信号場や海峡線・北海道新幹線の高架を横目に見ながら50分歩き、大平へ。津軽線北海道新幹線の交差地点近くにある駅で、ホームから高架を望むことができます。駅舎は中小国と同型のもので、背面にひらがなで駅名が表示されているのも同様です。島式ホームだった痕跡があり、駅構内は保線車両の基地になっています。

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津軽浜名駅

大平14:22発普通三厩行き337D(キハ48-519+キハ48-1550)で津軽浜名へ。津軽海峡を望む築堤上にある駅で、開業が昭和35年と末端区間の他の駅より2年遅いために駅の造りが異なります。駅前には木造の朽ち果てた工場と思われる廃墟がありました。

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今別駅

今別の街並みを見ながら35分歩き、今別へ。東津軽郡今別町の玄関口ですが、平成15年7月に無人化されています。駅舎は昭和33年開業時のもので、平成29年にリニューアルされています。平成16年に公開された新海誠監督の映画「雲の向こう、約束の場所」に駅のホームや周辺が登場しますが、さすがに16年も経っているので駅に関しては当時の面影はほとんど残っていません。

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蟹田駅

今別15:43発普通蟹田行き338D(キハ48-1550+キハ48-519)で蟹田へ。電車から気動車へ乗り換えとなる運行拠点駅で、一往復を除き青森側と三厩側で運行系統が分断されています。北海道新幹線開業前は特急白鳥・スーパー白鳥の全列車が停車していました。駅舎は昭和26年12月開業時のもので、平成22年12月にリニューアルされています。

太宰治の紀行文「津軽」でも紹介された旧東津軽郡蟹田町は平成17年に平舘村三厩村と合併して外ヶ浜町となりました。ちなみに「津軽」で太宰治蟹田を訪れた昭和19年時点ではまだ津軽線は開業していませんでした。

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大川平駅

蟹田16:25発普通三厩行き340M(キハ48-519+キハ48-1550)で大川平へ。駅舎は中小国や大平と同型のブロック造です。ホームの目の前には一面田んぼが広がっており、渡り鳥が集まっていました。静かなので渡り鳥の鳴き声しか聞こえません。空が暮れ行く中、無人駅のホームで空を飛んで行く鳥の群れを眺める・・・贅沢な時間とはこういう時間のことを言うのかもしれません。この旅を締めくくるのにふさわしい駅でした。

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フォーレ2号

大川平を出る上り最終列車となる17:46発普通蟹田行き344D(キハ48-1550+キハ48-519)とこれまた最終の蟹田19:03発普通青森行き346M(クモハ701-21)を乗り継いで青森へ。NEWDAYSのおにぎりで夕食を済ませ、21時ちょうど発の東京駅行き夜行バスラフォーレ2号で帰途につきました。水曜どうでしょうの「3夜連続深夜バスだけの旅」でミスターを苦しめたバスですが、旅の疲れが溜まっていたこともあり、ぐっすりと眠れ、目が覚めると東京でした。

 

東京駅日本橋口には6:37着。大手町から6:43発中野行き519S(05914)で帰宅しました。

3/6 弥生の五能線・奥羽本線・津軽線駅めぐり

6日目は弘前・青森を中心に五能線奥羽本線津軽線の駅を巡りました。

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鶴泊駅

弘前を5:39発普通鰺ヶ沢行き822D(キハ40-2018+キハ48-1504+キハ48-505)で出発し、鶴泊で下車。北津軽郡鶴田町にある駅で、駅舎改築工事のため仮駅舎で営業していました。新駅舎は駅名にちなんで鶴のモチーフがデザインされたもので、3月13日より使用開始となる予定です。昨年9月に工事が始まるまではログハウス風の木造駅舎が使用されていました。

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板柳駅

鶴泊6:39発普通弘前行き821D(キハ48-1550+キハ48-519+キハ40-521+キハ48-515)で板柳へ。りんごの産地・北津軽郡板柳町の玄関口で、島式1面2線の交換可能駅です。昭和9年1月改築の大柄な木造駅舎が残っていますが、昨年3月末でみどりの窓口が閉鎖され、8月1日に無人化されました。無人化後に維持費削減のために駅舎を簡素化というのがよくあるパターンなので、この駅舎もいつ改築されてもおかしくはなさそうです。駅前には板柳浴場という古そうな公衆浴場がありましたが、休館中のようです。板柳駅への下車を以て五能線は全駅制覇となりました。

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大釈迦駅

板柳7:53発普通弘前行き2823D(キハ48-1509+キハ48-516)と川部8:12発普通青森行き637M(クモハ701-31)を乗り継いで大釈迦へ。平成17年に青森市と合併した旧南津軽郡浪岡町の駅で、駅開業時の所在地は大杉村でした。大釈迦の名は、大杉村の前身となった村のうちの一つに由来します。駅舎は平成19年7月に改築されたもので、窓に雪囲いがしてあるので中は昼でも薄暗いです。

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津軽新城駅

大釈迦9:22発普通青森行き639M(クモハ701-2)で津軽新城へ。青森市郊外の住宅地にある駅で、折り返し列車も多数設定されています。昭和27年10月に改築された入母屋屋根の木造駅舎が現役で使用されており、みどりの窓口も設置されていますが、3月14日ダイヤ改正に合わせて無人化される予定です。

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鶴ヶ坂駅

5分遅れの津軽新城10:03発普通弘前行き648M(クハ700-3)で鶴ヶ坂へ。青森平野津軽平野を分かつ峠越えにかかる駅で、信号場として開業した経緯からか周囲に人家はそれほど多くありません。駅舎は平成19年7月に改築されたもので、それ以前は貨車駅舎でした。

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瀬辺地駅

鶴ヶ坂10:23発普通青森行き641M(クモハ701-13)と青森11:01発津軽線普通蟹田行き333M(クハ700-2)を乗り継いで瀬辺地へ。東津軽郡蓬田村の海沿いの集落にある駅で、平成11年1月改築の駅舎は青森支社管内でよく見かけるタイプのデザインをしています。

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青森駅

瀬辺地11:49発普通青森行き334M(クモハ701-2)で青森へ。言わずと知れた青森県の県庁所在駅ですが、橋上化工事が本格化してきており、昨年12月25日で還暦を迎えた東口駅舎もほどなく見納めとなりそうです。

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油川駅

青森13:19発普通三厩行き337D(キハ48-505+キハ48-1504)で油川へ。中世から続く外ヶ浜を代表する湊があった青森市油川地区にある駅で、ホームは片面です。平成29年6月に改築された駅舎は、油川にあった「イタリア館」と呼ばれるイワシの缶詰工場だった洋館をイメージしたデザインで、正面のアルミルーバーでイワシを再現しています。イタリア館は大正時代にローマ出身の商人ジュゼップ・ファブリーによって建てられたレンガ造りの洋館で、長らく油川のシンボルでしたが、老朽化のため平成30年5月7日より惜しまれつつ解体されました。

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陣場

油川13:52発普通青森行き336D(キハ48-1522+キハ48-544)と青森14:05発普通弘前行き658M(クハ700-13)、弘前14:51発普通秋田行き1660M(クハ700-35)を乗り継いで、陣場へ。県境の秋田県側にある駅で、明治32年6月21日に秋田県最初の鉄道駅として開業しました。昭和45年11月の複線化の際に移設された経緯を持ち、駅前広場には旧駅の遺構と思われるものが残っています。駅舎は移設時に建てられたもので、駅舎というよりは機械室といった雰囲気のシンプルなデザインです。県境だけあって山深く、いくら暖冬とはいえ駅周辺には結構積雪があります。

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石川駅

陣場15:42発普通弘前行き1663M(クモハ701-34)で石川へ。昭和32年9月に弘前市編入された旧南津軽郡石川町の駅で、駅の手前で弘南鉄道大鰐線と立体交差しています。

駅舎は元は貨車駅でしたが、後に左手の白い部分が増築され、平成18年8月に貨車部分が改築されて右のベージュの部分に変わりました。待合室機能のメインは左側にあるようで、右側にはベンチは置かれておらず、乗車駅証明書発行機が設置されています。ちなみに赤に丸窓の目立つ風除室は貨車駅時代のものをそのまま使用しています。

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長峰

石川16:52発普通碇ヶ関行き668M(クハ700-24)で長峰へ。南津軽郡大鰐町に戦後開業した駅で、集落よりも一段高い所にあります。駅舎は平成19年7月に貨車駅から改築されたもので、貨車駅時代の入口のついたてが残されていますが、駅舎との間に屋根はありません。

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大鰐温泉

長峰17:20発普通弘前行き669M(クモハ701-24)で大鰐温泉へ。南津軽郡大鰐町の玄関口で、平成3年に「大鰐」から改称されました。跨線橋を共用している弘南鉄道大鰐線の駅は「大鰐」のままです。駅舎は昭和34年2月に改築されたいわゆる国鉄モダニズムスタイルのもので、特急も停まる主要駅らしく広々とした待合室を持ちます。

 

大鰐温泉18:06発普通弘前行き1671M(クモハ701-21)で弘前へ。前日と同じようにホームでしばらくキハ40や701系などを撮影しました。

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夜の新青森駅

弘前20:29発普通青森行き685M(サハ701-13)で新青森へ。この日は快活クラブ青森西バイパス店に宿泊しました。

3/5 弥生の津軽平野駅めぐり

5日目は五能線の駅を中心に津軽平野の駅を巡っていきます。

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越水駅

陸奥赤石を6:41発普通弘前行き2823D(キハ40-532+キハ48-518)で出発し、越水で下車。片面ホーム上に木造待合室のある駅で、駅の反対側とを結ぶ跨線橋が設置されています。津軽平野の端のような立地で周囲にはだいぶ山が迫ってきています。

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木造駅

越水7:38発普通弘前行き825D(キハ40-522+キハ48-1522+キハ48-544)で木造へ。平成17年の合併で誕生したつがる市の代表駅で、旧西津軽郡木造町の中心部にあります。平成4年8月改築の駅舎は、木造町内の亀ヶ岡遺跡から出土した遮光器土偶をモチーフとしており、珍駅舎として書籍で取り上げられるなど有名です。通称「シャコちゃん」と呼ばれるこの土偶、目が光るようになっていて、昔は列車の到着に合わせて光らせていたそうですが、「子どもが怖がる」とクレームが来たことで止めてしまったようです。確かに怖いでしょうが、それくらいの遊び心くらい許してもいいんじゃないかと思いますし、また光らせてほしいと思います。ちなみに遮光器土偶の実物は木造町ではなく東京の国立博物館に展示されているそうです。

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鰺ヶ沢

木造8:05発快速東能代行き3524D(キハ40-529+キハ40-537)で鰺ヶ沢へ。西津軽郡鰺ヶ沢町の玄関口で、五能線においては深浦と並ぶ運行拠点駅です。駅舎は平成3年に改築されたもので、待合室内には観光案内所が入居しています。鰺ヶ沢町と言えば、だいぶ前に一躍ブームを巻き起こしたブサかわ犬「わさお」が有名ですが、平成23年から観光駅長として一年任期で毎年再委嘱されているそうです。ブームの時と比べればすっかりテレビでも見る機会が減りましたが、まだ元気でいるんでしょうか。

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藤崎駅

鰺ヶ沢8:50発普通弘前行き523D(キハ40-527+キハ40-531)で藤崎へ。りんご「ふじ」の発祥地・南津軽郡藤崎町の玄関口で、リゾートしらかみも停車します。駅舎は平成23年12月に改築されたもので、りんごの産地らしく内外にりんごがあしらわれて、かわいらいらしい雰囲気です。列車到着時にはおもてなしメロディー「りんごのひとりごと」が流れます。

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中田駅

藤崎10:43発普通深浦行き2826D(キハ48-505+キハ48-1504)で中田へ。津軽平野の田園地帯の中にあるホームと待合室だけの無人駅で、目の前に岩木山を望むことができます。晴れていれば八甲田山も見えるそうです。

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つがる市森田支所(旧西津軽郡森田村役場)

中田から陸奥森田まで歩く途中、道沿いにつがる市森田支所を発見したので撮影。平成17年まで西津軽郡森田村役場だった建物で、平成23年3月末限りで支所としても廃止されて現在は廃墟と化しています。

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陸奥森田

一番食堂の野菜ラーメンで昼食を取ってから陸奥森田へ。旧森田村の玄関口で、大正13年10月開業時に建てられた五能線で最も古い木造駅舎が残っています。平成23年6月に、市有形文化財「増田家住宅主屋」をイメージした古民家風にリニューアルされ、その際にトイレが待合室に設置されています。簡易委託の窓口がある駅で、待合室内ではストーブが焚かれていました。

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鳴沢駅

陸奥森田13:40発普通深浦行き2828D(キハ40-531+キハ40-527)で鳴沢へ。昭和30年に鰺ヶ沢町と合併した旧西津軽郡鳴沢村の駅で、駅前には小さいながらも市街地が形成されています。駅舎は平成24年8月に改築された簡素なもので、寒冷地らしく窓が小さいです。

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撫牛子駅

鳴沢14:02発普通弘前行き2531D(キハ40-553+キハ40-546)で撫牛子へ。「ないじょうし」と読む、弘前市郊外の住宅地にある駅で、東八森大間越陸奥沢辺と同型のカプセル駅舎があります。

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北常盤駅

撫牛子15:34発普通青森行き661M(クモハ701-102)で北常盤へ。平成17年に南津軽郡藤崎町と合併した旧常盤村の駅で、平成13年12月改築の駅舎はコミュニティプラザとの合築で、簡易委託の窓口が設置されています。

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林崎駅

北常盤16:05発普通弘前行き664M(クモハ701-9)と弘前16:30発普通深浦行き2830D(キハ40-522+キハ40-532+キハ48-518)を乗り継いで林崎へ。りんご畑の中にあるホームと待合室だけの小さな駅で、見渡す限りりんご畑が広がっています。ここに来てひどい雨が降り出しました。

 

林崎17:08発普通弘前行き2835D(キハ40-527+キハ40-531)で弘前へ。日没後はひたすら弘前駅ホームでキハ40や701系を撮影し、この日は快活クラブ弘前店に宿泊しました。
 

3/4 弥生の五能線駅めぐり(深浦エリア)

この日は五能線の深浦周辺の駅を中心に巡りました。

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大間越

陸奥岩崎を5:44発普通岩館行き422D(キハ40-535+キハ40-553)で出発し、大間越で下車。五能線における青森県最南端の駅で、江戸時代の関所跡が近くにあります。昭和54年3月改築の駅舎は昨日見た東八森駅と同型のものですが、内部に窓口跡があります。

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白神岳登山口

30分歩いて白神岳登山口へ。昭和27年に「陸奥黒崎」として開業した駅で、平成12年12月2日に改称されました。駅舎はなく、ホーム入口に木造待合室があります。駅名の割に、駅前に登山口への案内があるわけでもなく少々名前負けしている感があります。

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陸奥沢辺

白神岳登山口6:42発普通弘前行き523D(キハ40-553+キハ40-535)で陸奥沢辺へ。集落の山側にある駅で、昭和54年3月改築の駅舎は大間越と同型。こちらも内部に窓口跡があります。左側が出っ張っているのが違いですが、これは閉鎖されたトイレの目隠しだったようです。

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松神駅

陸奥沢辺7:43発普通東能代行き520D(キハ40-529+キハ40-537)で松神へ。海沿いの荒涼とした土地にある駅で、駅前には荒れ地が広がっています。駅舎は平成15年1月に改築されたもので、それ以前は貨車駅だったそうです。枯草に埋もれて対向ホーム跡も残っています。

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十二湖駅

20分ほど歩いて十二湖へ。昭和63年までは臨時駅でしたが、今ではリゾートしらかみも含めた全列車が停車する観光の拠点です。駅舎は平成17年3月に改築されたもので、物産館も併設されていますが、冬季休業中で閉鎖されていました。待合室内にずらりと並んだコインロッカーが観光シーズンの繁忙ぶりを思わせます。

陸奥岩崎で泊った民宿の御主人いわく、今年は滅多にない暖冬で雪が少なく、十二湖は水位が下がって大変なことになっているとのことでした。

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深浦駅

十二湖からは8:43発普通弘前行き2527D(キハ48-1550+キハ48-519+キハ40-522)に乗車。深浦では12分間停車したので、駅舎を撮影。駅舎は昭和39年4月改築のものを平成22年11月にリニューアルしたもので、島式ホームとは構内踏切で結ばれています。2527Dには同業者が多く乗っており、当然彼らも同じように停車時間で駅舎を撮ったりしてるわけですが、一人のおっさんが喫煙所でもない駅前で煙草を吸いながらうろついていたので臭くてたまりませんでした。せめてマナーくらい守ってほしいもんです。

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陸奥柳田

10:16着の陸奥柳田で下車。白神岳登山口と似たような雰囲気の駅で、ホーム入口の階段下に木造待合室と便所があります。待合室内には地元の子どもたちの描いた絵が飾られていました。深浦町は日本で最も駅の多い町で、町内に18もの駅がありますが、当駅はその中で最も東にある駅です。五能線の駅のうち大間越陸奥柳田間はずっと深浦町で、普通列車で抜けると1時間半かかるわけですから、いかに深浦町の面積が大きいかが分かります。

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北金ヶ沢

途中、ファミマに寄りつつ30分歩いて北金ヶ沢へ。昭和6年10月開業時に建てられた木造駅舎がほとんど原型を留めたまま残っています。駅舎横には資材が積み上げられ、工事事務所などもあったので、「もしや改築か」と思いきや2番ホームの改良工事で、ほっとしました。

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垂乳根イチョウ

駅近くには「垂乳根イチョウ」と呼ばれる国指定天然記念物の大イチョウがあります。日本一大きいイチョウだそうで、葉が無くても迫力がありますが、やはり黄色い葉のある時期に見たかったなと思いました。

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風合瀬

北金ヶ沢12:10発普通深浦行き2826D(キハ48-544+キハ48-1522)で風合瀬へ。海のすぐそばにある駅ですが、ホームの目の前は防風林で遮られています。海風が強いためか丈の高い植物が少なく、駅周辺の景色は荒涼としていて北海道の海岸を思わせます。

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千畳敷

風合瀬13:10発普通弘前行き2531D(キハ40-537+キハ40-529)で千畳敷へ。景勝地として有名な千畳敷海岸の目の前にある駅で、駅舎や待合室はなく、国道101号と崖に挟まれた窮屈な立地です。昭和62年10月までは臨時駅でした。時期が時期なので人がいないかと思いきや千畳敷海岸には釣り客や観光客の姿がちらほら見えました。

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大戸瀬

奇岩を見ながら30分ほど歩き、大戸瀬へ。海辺の集落の中にある駅で、平成22年10月改築の駅舎は漁師の番小屋をモチーフとしています。駅名は昭和30年に深浦町と合併した旧大戸瀬村に由来するものですが、大戸瀬村の中心は2駅隣の北金ヶ沢駅の辺りにありました。また、大戸瀬駅の駅舎の壁にはイチョウ模様が描かれていますが、これは先ほど見た北金ヶ沢の大イチョウに由来するもので、やたら北金ヶ沢由来のものが多いなという印象を受けます。

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驫木

大戸瀬14:32発普通深浦行き326D(キハ40-546+キハ40-553)で驫木へ。日本海を背に立つ木造駅舎が絵になる駅で、青春18きっぷのポスターに使われたり映画のロケ地になるなど、メディアへの露出が多い有名な駅です。海が見える駅と言うのは全国に数多くありますが、やはりこの駅はそれらと比べてもダントツに雰囲気の良い駅だと思います。

待合室で駅ノートを読んでいると業者がダイヤ改正のお知らせを貼りに来ました。

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陸奥鶴田駅

驫木15:25発普通弘前行き2835D(キハ40-553+キハ40-546)で陸奥鶴田へ。北津軽郡鶴田町の玄関口で、平成11年2月改築の合築駅舎は羽ばたく鶴をイメージしたデザインになっています。コミュニティプラザ内には鶴の剥製が飾ってありました。

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広戸駅

陸奥鶴田17:13発普通深浦行き2830D(キハ48-520+キハ40-1006+キハ40-594)で広戸へ。海と国道に挟まれた立地の駅で、駅周辺に人家はほとんど見当たりません。ここから駅間徒歩を決行しますが、生憎雨が降ってきました。

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追良瀬

30分ほど歩いて追良瀬へ。広戸駅からしばらくは全く街灯のない暗い道で、足元も見えず不安な道でした。追良瀬の集落に入ると街灯が出てきて少しマシになり、追良瀬川を渡る橋のところで犬の散歩をしているおばさんとすれ違いホッとしましたが、こんなくらい雨の中を他に歩いている人がいるとは思いもしませんでした。

追良瀬駅は集落の奥まったところにある駅で、昔は島式の交換駅だったのだろうと思わせるカーブしたホームがあります。

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陸奥赤石

追良瀬19:29発普通弘前行き2839D(キハ48-1522+キハ48-544)で陸奥赤石へ。西津軽郡鰺ヶ沢町にある駅で、平成24年12月改築の駅舎は和風デザインです。この日はこの駅の近くにある民宿東洋赤羽に宿泊しました。