まだ見ぬ駅を求めて~逆瀬の駅めぐり旅~

駅めぐりの記録をひたすら載せていくブログです。やたら更新する時と全く更新しないときがあります。

3/25 岡山地区窓口閉鎖予定駅めぐり

九州からの帰りは岡山まで18きっぷを使って窓口閉鎖予定駅を巡り、岡山から夜行バスに乗ることにしました。

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山陽本線5520M

小倉を5:44発普通下関行き5520M(モハ415-1510)で出発。関門トンネル越えの区間415系鋼製車のイメージがあるのでステンレス車に当たると新鮮です。

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山陽本線3314M

下関で6:00発普通岩国行き3314M(クハ115-3017)に乗り換え。3時間以上の長い乗車で山口県を一気に通り過ぎます。

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白市駅

岩国で接続する列車は9:20発普通白市行き1524M(モハ226-29)。

どうせなら三原か糸崎まで行ってほしいものですが、どうにも接続がよくありません。糸崎行きは2本後なので普段の自分なら2駅余計に回ろうと考えるものですが、この時は前日に彦山駅で写真を大量に撮ったためにスマホの容量がほとんど残っていない状況。使わないアプリをいくつか削除してしのいでる状況でした。カメラは故障中ですし、駅めぐりしたところであまり撮れないのも分かり切っているのでどうしようかと思ううちに白市に到着。結局本を読んで糸崎行きを待つことになりました。

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山陽本線

白市11:35発普通糸崎行き316M(モハ226-49)、糸崎12:19発普通福山行き4408M(クモハ227-77)、福山12:49発普通瀬戸行き5744M(クモハ115-1083)と乗り継いで広島県も通り過ぎ、岡山県に入りました。

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中庄駅

中庄で下車。岡山と倉敷の間にある3駅の中では最も利用者の多い駅ですが6月10日限りでみどりの窓口の営業を終了してみどりの券売機プラスに切り替えられる予定です。

完全無人化される予定ではありませんが、駅スタンプ廃止に躍起な岡山支社のことですから今のうちに押しておくに越したことはないと思い訪問しました。

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山陽本線1836M

中庄13:41発普通播州赤穂行き1836M(クモハ115-1513)で岡山へ。ここでしばし乗り換え待ち。続いては吉備線に乗車します。

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備中高松駅

岡山14:22発普通総社行き751D(キハ47-3001+キハ47-18)で備中高松へ。羽柴秀吉の水攻めで有名な、清水宗治の居城・備中高松城の最寄り駅です。

吉備線の中間駅では唯一の有人駅で、みどりの窓口も設置されていますが、5月31日限りでみどりの窓口の営業を終了する予定です。

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吉備線754D

15:12発普通岡山行き754D(キハ40-2082+キハ40-3004)で岡山へと戻り津山線に乗り換えます。備中高松で交換する予定だった対向列車は岡山~備前三門間の踏切故障のため10分遅れ。交換駅を吉備津に変更することになり、吉備津を15:18発。

終点岡山での乗り換え時間が1分しかないので心配でしたが、幸いにも754Dは定刻通り岡山に到着しました。

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金川駅

岡山15:36発普通津山行き954D(キハ40-2029+キハ40-2133)で金川へ。平成17年に岡山市編入された旧御津郡御津町の玄関口で、小さな駅舎ながら窓口が設置されています。到着時は窓口休止時間帯だったので開くのを待ってスタンプを押し、入場券を購入。こちらも6月1日から無人化される予定です。

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法界院駅

金川16:40発快速ことぶき岡山行き3941D(キハ47-69+キハ47-21)で法界院へ。岡山大学津島キャンパスの最寄り駅で、津山線の中間駅では唯一みどりの窓口が設置されていますが、6月1日より無人化される予定です。

駅舎は明治41年6月開業時以来の古いものですが、減築されています。

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妹尾駅

法界院18:01発普通岡山行き959D(キハ47-1094+キハ47-64)と岡山18:15発普通宇野行き669M(クハ111-566)を乗り継いで妹尾へ。昭和46年に岡山市編入された旧児島郡興除村の駅ですが、駅名は隣接する旧都窪郡妹尾町に由来します。

駅舎は平成3年に橋上化。みどりの窓口は5月24日で営業を終了し、みどりの券売機プラスに切り替えられる予定です。中庄の場合は切り替え後も完全無人化とはなりませんが、こちらは6月1日より無人化される予定です。

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宇野線668M

妹尾18:49発普通岡山行き668M(クモハ115-1502)で岡山へ戻ります。

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かばくろ ねぎタルタル豚かば丼

夕食はイオンモール岡山のかばくろで。イオンの中とはいえ駅チカでご当地グルメを楽しめるのは良いものです。

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新宿行き下電バスルミナス号

岡山駅西口20:30発下電バスルミナス号で帰途に就きます。ルミナス号はしばらく運休していましたが、この日より運行を再開。昨年12月に津山まで乗った時には気の毒なくらい空いていましたが、今回はほぼ満席でした。

3/24 日田彦山線BRT化区間をドライブ+α

彦山駅が解体されると聞いたので、この機会にと日田彦山線のBRT化区間をドライブしてきました。なお鉄道として復旧する見込みのなくなった添田~夜明間の駅については根室本線の幾寅・落合や日高本線大船渡線気仙沼線BRTと同様に訪問対象から外してあります。

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添田駅

小倉で車を借りて一時間走り、まずは添田へ。田川郡添田町の玄関口で、かつては添田線も乗り入れていました。当駅から先は平成29年7月九州北部豪雨による被害を受けて長期運休中で、バス代行輸送が行われています。

訪問時はちょうど列車が到着したところで、代行バスに乗り継ぐらしい鉄道ファンの姿も何人か見られました。

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歓遊舎ひこさん駅

運休区間に入って一つ目の駅は歓遊舎ひこさん。平成20年3月に開業した、ホームだけの簡素な駅で、道の駅歓遊舎ひこさんの裏手にひっそりと存在しています。ホームには桜が咲き乱れていましたが、多く人で賑わう道の駅とは対照的に忘れ去られたような雰囲気です。

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豊前桝田駅

続いて豊前桝田へ。昭和17年8月、田川線が彦山まで開業した際に新設された駅で、明治22年の町村制施行で田川郡彦山村が成立するまで存在した、旧桝田村の村域にあります。民家の裏手に隠れるように存在する、ホームだけの小さな駅ですが、昭和50年代までは駅舎がありました。ホームは島式だったものを片面のみ使用しています。

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彦山駅

続いて彦山へ。彦山神社への参詣駅で、昭和17年8月に田川線の終点として開業しました。開業時に建てられた駅舎は彦山神社を模した、赤い屋根と白壁のコントラストが美しい、立派なものです。しかし、その立派見た目に反して無人駅であり、そのほとんどが活用されていない状況。BRT化に際し、駅前のスペースを確保するという名目で4月から解体されると発表されましたが、駅前がそれほど狭いわけではないので、実際のところ老朽化で維持費がかかることが一番の理由なのではないかと思われます。

ちなみに駅の開業する6カ月前の昭和17年2月に、田川郡彦山村は添田町編入されて消滅しています。

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彦山駅 ホーム

構内は2面3線。BRT化工事に伴い、線路はほとんど剥がされてしまっています。島式ホーム上では柱が倒されて無残な姿を見せていました。

駅舎の解体についてはテレビや新聞でも報じられたこともあってか、多くの見物客の姿を目にしました。多くの人が駅に興味を持つのは良いことだと思いますが、人が多いと写真が撮りづらく、駅舎の正面が駐車場になっているので前を塞がれてしまうのが難点です。この時間帯、駅舎正面はちょうど逆光だったので、帰りにまた寄ることにして先へ進みます。

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第四彦山川橋梁

彦山駅を出た線路はほどなく、第四彦山川橋梁を渡ります。日田彦山線のうち一番最後に開業した、彦山~大行司間にはコンクリートのアーチ橋が4つ架けられていますが、もうこの橋を列車が渡ることはありません。第四彦山川橋梁を渡った列車は切通へと突入しますが、この切通終戦直後の昭和20年11月12日に発生した二又トンネル爆発事故で吹っ飛んだ山の名残です。当時、この区間の鉄道は未開通でしたが、橋梁やトンネル等は既に完成しており、旧日本軍が空襲を避けるためにトンネルを火薬庫として使っていました。終戦後、連合軍がこれらの火薬を焼却処分させた際に起こったのがトンネル爆発事故で、山全体が吹き飛んで住民ら147人が死亡する大惨事となりました。彦山駅についても爆発の被害を受け、列車を待っていた乗客が死亡していますが、駅員が咄嗟の判断で到着しようとしている列車を手前で止めたため列車は被害を免れました。

トンネル跡の筑前岩屋方には「爆発踏切」という踏切がありますが、車を停めれそうな場所が無かったので訪問は諦めました。

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筑前岩屋駅

小石原・大行司を経由して筑前岩屋へ。彦山から筑前岩屋へは県道52号を通るのが近道ですが、狭隘な山道なので無難に国道500号、211号を経由していきました。国道211号も度重なる災害からの復旧工事の真っ最中で、片側交互通行箇所がいくつかあり、結構渋滞していました。

筑前岩屋は、田川郡添田町豊前)と朝倉郡東峰村筑前)を隔てる険しい山を越えた先にある駅で、昭和31年3月、日田線の彦山~大行司間の開通時に開設されました。駅舎は平成9年3月改築の、ピロティ―が目立つデザイン。高床式倉庫のようにも、東南アジアの多雨地帯の伝統的家屋のように見えます。デザインのモチーフはなんなのでしょうか。

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筑前岩屋駅 構内

平成29年7月豪雨の際には、ホームに土砂が流入し、大きな被害を受けたほか、駅前に架かる橋が流失して駅へのアクセスが困難になりました。現在はBRT化工事の真っ最中で、構内は立ち入り禁止に。片側使用の島式ホームは跡形もなく姿を消していました。

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宝珠山橋梁と断ち切られた橋

来た道を少し戻って県道52号から宝珠山橋梁を撮影。5連アーチが美しい橋ですが、それよりも目を引かれたのは手前の道路橋。元々は対岸へ繋がっていたのでしょうが、途中で無残にも断ち切られてしまっています。周囲を見渡してみるとブルーシートで覆われた斜面も目につきます。災害から3年半が経ちますが、復興はまだ道半ば、生活に必要な道路などの復旧すら完全には終わっていない状況では、ほとんど使わない鉄道の復旧に多額の費用を投じるどころではないのでしょう。

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第二大行司橋梁

第二大行司橋梁は近くに寄って撮影。こちらは4連アーチの橋です。開業は昭和31年ですが、昭和13年には完成していました。建設時期が近い広尾線釜石線、今福線などのアーチとそっくりです。橋のスタイルにも色々ありますが、やはりコンクリートアーチ橋は美しいと感じます。筑前岩屋駅宝珠山橋梁との間には栗木野橋梁もありますが、こちらは駐車場所を見つけられずに通り過ぎました。

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大行司駅

大行司駅へ。昭和21年9月、宝珠山から伸びてきた彦山線の終着駅として開業した駅で、開業時に建てられた木造駅舎が長らく残ってきましたが、平成29年7月5日の豪雨による土石流で倒壊してしまいました。その後、令和元年12月22日に旧駅舎を模して再建されましたが、もうこの駅に列車が来ることはありません。

ホームは駅舎より高い位置にあり、斜面に植えられた桜はちょうど見頃を迎えていました。

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朝倉郡宝珠山村役場

大行司駅があるのは、平成17年の合併で朝倉郡東峰村となった旧宝珠山村の中心部。国道沿いには昭和12年に建てられた旧宝珠山村役場が残されています。

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宝珠山駅

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宝珠山駅 ホーム上の県境

村名を名乗っていた宝珠山駅の方は村の南の外れ、日田市との県境部分にあり、ホームの3分の1は大分県にあります。昭和12年、夜明から伸びてきた彦山線の終着駅として開業した駅で、おそらく宝珠山村にとって初めての鉄道駅だったので村名をとって駅名としたのでしょう。宝珠山村の中心に大行司駅が開業するまで、9年間は宝珠山村唯一の駅でした。

駅舎は一見古くからの木造駅舎のようですが、旧駅舎のデザインを踏襲して平成10年3月に改築されたもので、とても築22年とは思えないほど風格があります。駅前を駐車で塞がれていたのが残念でしたが、この駅舎は当分残るでしょうし、いずれ撮り直しに来るとしましょう。

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延田橋

国道と駅前を隔てる大肥川に架かる延田橋は架け替え工事中。隣には新しい橋が完成しており、3月25日まで工事中とあったので撮影の翌日か翌々日に役目を終えたのでしょうか。橋を渡ったところには雰囲気のある廃洋館が鎮座しており、こちらも気になりました。

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大鶴駅代行バス

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大鶴駅 ホーム

大分県日田市に入り、大鶴へ。昭和30年に日田市に編入された旧日田郡大鶴村の中心部にある駅で、駅前には製材所や農協などがあります。平成22年4月改築の駅舎は木造の和風デザイン。訪問時はちょうど代行バスが駅前にやってきていました。乗り込んだ乗客もおり、しっかりと利用されているようですが、ポンチョで運びきれてしまうとなると鉄道としては厳しいのかもしれません。駅構内のレールは撤去が進んでいました。

ちなみに「大鶴」は肥と河内の合成地名です。

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今山駅

日田彦山線の最後の駅は今山。田園地帯の中にあるホームだけの駅ですが、国鉄時代は駅舎がありました。駅周辺は桜と菜の花が咲き乱れ、まさに春爛漫。駅は国道から少し離れた細い道の先にあるので、代行バスは駅前まで入らず、国道上にバス停が設置されています。

終点の夜明駅については久大本線での訪問も可能ですし、車を停める場所も無さそうなので今回はスルーしました。

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浮羽町田籠の洋館

国道210号を西に進んで県境を越えて再び福岡県に入り、うきは市浮羽町の山間の田籠地区へ。ここに風情ある古い洋館が残されています。果たして何の建物だったのかは不明で、立地の都合で構図も限られますが、末永く残ってほしいものだと思います。

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二度目の彦山駅

浮羽、大石、杷木、松末、小石原と経て小倉の方へ戻りつつ再び彦山駅へ。午後が順光だろうという予想は当たっていましたが、まもなく始まる駅舎撤去工事に備えてなのか、工事用車両が駅前に何台も停まっていました。幸いにも時間はたっぷりとあるので、車がいなくなるまで他のところを撮りながら待ちます。そうして待つ間にも観光客が次々やってきて、駅舎を記念撮影しては去っていきました。

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彦山駅

幸いにも工事用車両は10分ほどでいなくなりましたが、観光客の車の方は一台がいなくなったと思ったらまたやってきての繰り返しで、ジャンボタクシー以外の車が正面からいない写真を撮れるまで一時間待ちました。駅前が駐車場になっている駅というのはやはり綺麗に撮るのが難しいものです。でも、一時間待ったおかげで心置きなく最初で最後の彦山駅を満喫することができました。午前中も合わせるとこの日撮った彦山駅の写真は310枚、道理でスマホの容量も無くなるわけです。カメラが故障中でスマホメインで撮ることになったのは残念ですが、最後に記録できて良かったと思います。

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歓遊舎ひこさん駅

歓遊舎ひこさん駅も午前中は逆光だったのでもう一度訪問して撮影。この駅のホームが今後どうなるかは発表されていませんが、もしかしたらこのような写真を撮れるのも今年が最後になるのかもしれません。

この後は川崎経由で山田に抜けましたが、目当ての嘉麻市役所山田庁舎が解体済みだったので車を降りることなく国道322号をひたすら走って小倉へと戻りました。

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煮卵入りラーメン

夕食は小倉駅アミュプラザ内の博多純情ラーメンShinShinの煮卵入りラーメン。やはり九州に来たなら豚骨ラーメンが食べたくなります。

この日は快活クラブ小倉鍛冶町店に宿泊。前日の駅南口店とは目と鼻の先なのにこちらは治安も良く店内も清潔で快適な一夜を過ごすことができました。

3/23 青春18きっぷで東海道・山陽をひたすら西へ(太平洋ベルト限界乗り鉄再び)

去る3月15日、日田彦山線彦山駅の駅舎がBRT化工事に伴って解体されるとの報道がありました。日田彦山線については前から気になってはいたものの、おりしも金欠ということもあり、就活が終わってから行こうかと考えていました。しかし、まだ見ぬ駅舎が解体されるとなると話は別です。しかも、彦山駅の駅舎は名駅舎として名高い駅舎で、これは見ないと間違いなく後悔しそう。というわけで、急遽北九州へ向かうことになりました。前述のように金欠で、ちょうど青春18きっぷが2日分残っているのでこれを行き帰りに充てることにします。

 高田馬場を始発で出れば、ちょうど最終列車で小倉に到達できます。以前やって「二度とやりたくない」と思った太平洋ベルト限界乗り鉄をもう一度やる羽目になるわけですが、お金が無いので仕方ありません。まあこんなのは若いうちしかできないわけですし、これも経験です。

sakasegawa3019.hatenablog.com

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東海道本線425M

高田馬場4:38発山手線内回り0360G(クハE234-19)、品川5:10発東海道線小田原行き725M(モハE230-3505)、小田原6:22発東海道線熱海行き723M(クハE230-6005)、熱海6:49発東海道本線普通浜松行き425M(クハ210-5031)と乗り継いでひたすら西へ向かいます。何度も乗っている区間の上、混雑で車窓が見にくいので特に面白いことはなく、吉原周辺では雪を被った富士山が綺麗に見えましたが、あいにくカメラが故障中なのでスマホで2枚撮って終わりでした。

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浜松で乗り換え

浜松で9:24発東海道本線豊橋行き925M(クハ312-2316)に乗り換え。ちょうど前回の限界乗り鉄の時に乗ったのと同じ車両でした。

豊橋10:02発東海道本線新快速大垣行き5317F(クハ312-307)は、前を走る普通列車が笠寺で急病人対応をしたため、金山に6分遅れて到着し、終点大垣には8分遅れで到着。

しかし大垣11:42発普通米原行き3213F(クハ312-411)への乗り換えには支障なく、米原12:20発新快速姫路行き米原3263M(モハ224-12)、姫路15:03発普通播州赤穂行き975M(クモハ224-1)と順調に乗り継いでいきます。長時間の乗車をちょうどいい読書の機会と捉えて講談社文芸文庫の「デカメロン」を図書館で借りてきていたので特に退屈することはありませんでした。乗り慣れて車窓をわざわざ見る必要のない路線の電車内だと読書が捗ります。

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相生で乗り換え

相生15:25発普通三原行き1323M(クハ115-1068)はいつもなら結構混む列車ですが、この日はすんなり座ることができました。だいぶ遠くに来た気がしますがここからが長いのです。

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糸崎駅

糸崎では18:29発普通徳山行き373M(クモハ226-43)までしばし時間があるので、気分転換を兼ねて駅舎の外へ。いつも変わらぬ立派な佇まいの駅舎ですが、窓口が閉鎖されてすっかりさびしくなってしまいました。駅舎だけはいつまでも残ってほしいものです。

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徳山で乗り換え

広島の手前から寝たり起きたりを繰り返しながら、徳山で21:59発普通下関行き3365M(クハ115-3018)に乗り換え。一般に静岡の長さが苦行として語られることが多いですが、日が暮れて外が見えないし、列車の本数が少ない分、広島・山口を横断する方がキツいように個人的には思われます。しかも、ダイヤ改正による減便で、日中は東北本線の仙台支社管内並みに乗り継ぎが悪くなってしまいました。じり貧の北海道を除けばJR各社の中でも仙台支社と広島支社はダイヤの酷さが際立っているような印象を受けます。

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下関で最後の乗り換え

下関からは23:51発普通小倉行き5233M(クハ411-210)でラストスパート。終電が繰り上げられても一日で小倉まで行ける状態が変わっていないのは喜ばしい限りです。

小倉に到着後、快活クラブ小倉駅南口店に宿泊しましたが、外から酔っぱらいの喧嘩の怒声が聞こえてきたり、夜中にガサガサ音を立てる連中がうるさかったりで熟睡できるような環境ではありませんでした。前回泊まった時もガサガサうるさい奴に遭遇しましたし、やはり歓楽街の中にあるネカフェは魔境だと感じます。

3/5 弥生の越美北線駅めぐり

越美北線駅めぐり、二日目はまだ暗い夜明け前の越前大野駅からスタート

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早朝の越前大野駅

2番ホームに停車しているのは4:58発普通福井行き720D。この列車が発車するとすぐに5:10発(冬季時間変更)普通九頭竜湖行き721D(キハ120-204+キハ120-201)が入線。

一つのホームをそんな慌ただしい使い方をしなくてもいいのにと思ってしまいますが、車庫からの配線の都合なのかもしれません

ちなみに721Dは3月13日ダイヤ改正で廃止となり、列車は送りこみの回送列車として九頭竜湖へと向かうことになりました。

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九頭竜湖駅

予定では越前下山で降りる予定でしたが、寝過ごしてしまい終点の九頭竜湖まで乗車。

平成17年に大野市編入された旧大野郡和泉村の中心地にある駅で、昭和47年に越美北線の終着駅として開業しました。鉄道開通前、国鉄バス時代は「越前朝日」という駅名でしたが観光客誘致のためにこの駅名になりました。越美北線はこの先、石徹白を経て越美南線(長良川鉄道)の北濃駅まで伸びる予定でしたが、果たされることはありませんでした。

駅舎は昭和62年改築のログハウス風で、道の駅九頭竜が隣接しています。初代駅舎は開業からわずか15年で改築されてしまい、短命でした。

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九頭竜湖で発車を待つ722D

平成17年にNHKで放送された「列島縦断 鉄道乗りつくしの旅」では春編のゴールと秋編のスタートがこの駅で、関口知宏さんが列車と代行バスを乗り継いで九頭竜湖までやってきていたシーンを見たのを今も覚えています。九頭竜湖駅の存在をこの番組で知ってから、実際に来るまで実に16年もかかりました。

もっとゆっくりと周辺も見たいところですが、5:51発(冬季時間変更)普通福井行き722D(キハ120-201+キハ120-204)で早々と折り返します。九頭竜湖駅は本当に本数が少なく、この列車を逃すと次は10:57まで5時間以上列車がありません。和泉村の学生が大野の学校までの通学に使うにはなんとも中途半端なダイヤだと思いますが、もしかしてこの区間は通学にはほとんど使われていないのでしょうか

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越前大宮駅

722Dで越前大宮へ。昭和35年に開業した駅で、昭和30年の足羽郡美山村成立まで存在した旧大野郡羽生村の中心部に位置します。

駅名からして近くに大きな神社でもあるのだろうと思いましたが、地図で見ても駅周辺には小さな神社しかありません。由来について検索してみると興味深いブログ記事が見つかったので貼っておきます。

朝倉義景の見た大宮村の風景(その4): 無題(越前大宮のことなど)

 「大宮」は消えても地名としては数百年も残り続けついには駅名として全国に知られるようになる、何ともロマンを感じさせる話だと思います。

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計石駅

越前大宮6:53発普通越前大野行き723D(キハ120-202+キハ120-205)で計石へ。昭和35年に開業した駅で、造りは越前大宮とほぼ同じですが、交通量の多い国道158号に面しています。福井駅から27㎞、越美北線だと一時間弱かかりますが、平成の大合併で足羽郡美山町福井市編入された結果、ここが福井市内最東端の駅となりました。当駅を出ると列車はすぐに分水嶺を越えて足羽川流域から九頭竜川流域へと入ります。九頭竜線という愛称が付いているのに計石までずっと並走するのは足羽川とその支流、正直実情に即していないのではないかと思ってしまいます。

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越前東郷駅

計石7:26発普通福井行き724D(キハ120-205+キハ120-202)で越前東郷へ。昭和30年7月まで存在した旧足羽郡東郷村の中心部にある駅で、のどかな景色の中を走る越美北線の駅には珍しく、駅前に町らしい町が形成されています。

東郷村は、昭和30年3月に足羽村が合併によって成立すると周りを囲まれた形になりましたが、その状態が続いたのもわずか4カ月で足羽村編入されて消滅。足羽村越美北線開業の4か月前、昭和35年8月に町制施行して足羽町となりますが、その役場は東郷に置かれていました。足羽町は昭和46年に福井市編入。駅が開業したのは東郷が足羽町の中心だった頃のこと、町の玄関口として大いに栄えた時期があったのでしょうね。

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越前東郷駅 ホーム

線内では数少ない駅舎のある駅で、当初は交換駅として駅員も配置されていました。かつての1番線は今も残され、ぱっと見交換可能駅のようでもありますが、途中でぶった切られて単なる留置線となっているので交換駅としての機能はありません。

交換設備の維持費という問題はあるのでしょうが、残しておけば増便の社会実験で利用促進という方法も取れるのに勿体ないなと思います。

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一乗谷

寄り道もしながら50分ほど歩いて一乗谷へ。一乗谷朝倉氏遺跡の最寄り駅で、駅から見えるところでは資料館ガイダンス棟の建設工事が進められています。しかし、駅があるのは一乗谷のほんの入口と言ってもいいような場所で、朝倉義景館跡までは徒歩で30分以上かかります。列車の本数も少ないですし、一乗谷を訪れる観光客の多くは車かバス利用でしょう。昭和30年の足羽町成立までは足羽郡一乗谷村という独立した自治体でしたが、かつての村の中心は遺跡よりもさらに谷を分け入ったところだと思われます。

平成16年豪雨から全線復旧までの約3年間、福井方面からの列車は当駅で折り返していましたが、代行バスへの乗り換えは越前東郷で行われていました。

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勝原駅

一乗谷9:26発普通九頭竜湖行き725D(キハ120-204+キハ120-201)で勝原へ。昭和35年12月の開業から昭和47年12月の九頭竜湖延伸までの12年間、越美北線の終着駅だった駅で、越前東郷のものを一回り小さくしたブロック造りの駅舎が残っています。越美北線は開業時からほとんどの駅が無人駅なので、途中駅のうち駅舎が建てられたのは越前東郷、美山、越前大野、勝原の4駅のみでした。そのうち美山と越前大野は改築または増築されたので、原型を留める駅舎は越前東郷と勝原の2駅のみです。

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勝原駅遠望

駅があるのは昭和29年の大野市成立まで存在した旧大野郡五箇村の村域で、小集落があるだけの深い山間です。昭和40年から3年間だけ貨物取扱があり、今も引込線が残っていますが、訪問時は雪に埋もれかけていました。

駅裏は勝原園地という無料キャンプ場になっており、事前予約なしで一年中利用できるようです。荷物がかさばりそうですが、越美北線に乗ってキャンプしに来るのもいいかもしれませんね。

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越前高田駅

勝原11:08発普通福井行き728D(キハ120-204)で越前高田へ。昭和39年5月、足羽・越前田野と同時に開業した駅で、山間の集落の中にひっそりと存在しています。天気は生憎の雨ですが、隣の市波まで歩いていかなければなりません。

ただ、雨の日の駅と言うのもそれはそれで雰囲気は良いので、カメラが濡れるのと傘で片手が塞がることを除けば個人的には好きです。

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市波駅

20分歩いて市波へ。昭和30年の美山町成立まで存在した旧足羽郡下宇坂村の中心部にある駅で、越前東郷ほどではないものの町らしい雰囲気が漂っています。明治22年の町村制施行で下宇坂村になる前は市波村でした。周辺駅と比べると周辺に建物が多くありますが、それでも一日の利用者は20人にも満たないようです。

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越前下山駅

市波13:15発普通九頭竜湖行き727D(キハ120-202)で越前下山へ。昭和47年12月、越美北線九頭竜湖まで開通した際に設置された駅で、荒島トンネルと下山トンネルに挟まれた築堤上にあるため眺めは良いです。険しい山々をトンネルで真っすぐ貫き、川を高架橋で渡るこの区間は鉄建公団により建設された区間で、同時期に公団によって建設された路線の駅とは造りが共通しています。

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越前下山駅

深い山間だけあってまだまだ雪が多く残っており、高い位置にあるホームから見える景色は白一色。雨のため山には靄がかかって幻想的でした。越美北線で一番の絶景駅だと思います。

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越前薬師駅

越前下山14:38発普通福井行き730D(キハ120-202)で越前薬師へ。昭和35年に開業した駅で、越美北線無人駅の標準スタイルですが、ホームが緩くカーブしています。

薬師の集落の外れにあり、国道158号や集落との間には羽生川が流れています。地名からしてかつては薬師如来を祀る寺院でもあったのでしょうか。

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大野駅

越前薬師15:33発普通越前大野行き729D(キハ120-201)で北大野へ。大野市街の北の外れにある駅で、高校が近くにあって学生の利用が多く見込まれるためか、ホーム上の待合室は周辺駅のものと比べて大きめです。開業は昭和43年3月、待合室の仕様の違いには開業時期も関係しているのでしょう。

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通行止めの橋

隣の牛ヶ原まで田園地帯の中を歩いて向かいます。ところが、最短ルート上での赤根川にかかる橋が通行止めになっていました。理由や時期は記されていませんでしたが、橋の見た目からして老朽化によるものでしょう。確かにこれは下手に踏み抜くと大怪我しかねません。周囲に人家も少なく、通行者もいないので改修されることなく放置されているのでしょうね。

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牛ヶ原駅

仕方ないので迂回して、30分で牛ヶ原へ。大野盆地の北西部、旧大野郡乾側村の田園地帯にある駅で、ホームが小高く、遮るものがないため越前下山ほどではありませんが見晴らしは良いです。晴れていれば越前大野城も見えるそうですが、この日は雨で見えませんでした。ホームは入口部分が改修されてバリアフリー化されていますが、これはおそらく踏切で交差する道路を拡幅した際にでも行われたものでしょう。

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牛ヶ原駅と飯降山

駅の背後に見えるひときわ高い山は福井市美山町との境に聳える飯降山。怖い昔話として有名な「飯降山」の舞台です。昔、三人の尼僧がこの山で修業をしていたところ、おにぎりが3つ空から降ってくるようになったので、一人の尼が独り占めしようと他の二人を谷に突き落としたところおにぎりが降ってこなくなったという話ですが、まんが日本昔ばなしでも放送され、多くの子どもたちのトラウマとなったそうです。

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越前花堂駅 越美北線ホーム

牛ヶ原17:15発普通福井行き732D(キハ120-201)で越前花堂へ。北陸本線越美北線の分岐駅ですが、昭和35年開業時は越美北線の単独駅で、北陸本線側にはホームが設けられていませんでした。その経緯から両線のホームは少し離れていますが、その開いた空間に現在は北陸新幹線の高架が建設中です。

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越前花堂駅

北陸本線のホームが設置されたのは昭和43年10月。いわゆるヨン・サン・トオのダイヤ改正に合わせての開業です。駅舎は北陸本線の下りホームに接して建設されているので、おそらくは北陸本線ホームと共に建設されたものでしょう。貨物駅である南福井駅にも隣接しています。

越美北線駅めぐりはこれにて終了。越前花堂18:21発普通敦賀行き354M(クモハ521-41)、敦賀19:19発普通京都行き1841M(クハ222-2018)、京都21:14発新快速網干行き3539M(サハ223-2028)、尼崎21:58発快速宝塚行き5537M(クモハ321-36)を乗り継いで宝塚へと帰りました。

3/4 弥生の北陸本線・越美北線駅めぐり

この日は朝に北陸本線を少し降りてから越美北線の駅を巡りました。

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細呂木

福井を5:27発普通金沢行き321M(クモハ521-40)で出発し、細呂木で下車。昭和29年の金津町(現あわら市)成立まで存在した旧坂井郡細呂木村の駅で、昭和23年6月の福井地震で倒壊した駅舎に代わり同年12月に再建された木造駅舎が今も現役で使用されています。壁が張り替えられ、事務室部分が減築されるなどだいぶ手が加えられており、駅名表示が何故か「細呂木駅」ではなく「細呂木」とだけあるのが特徴です。

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牛ノ谷

細呂木6:33発普通金沢行き323M(クハ520-43)で牛ノ谷へ。昭和29年の金津町成立まで存在した旧坂井郡坪江村の駅で、石川県との県境の集落にある福井県最北端の駅です。大正7年11月に熊坂信号所として開業し、大正10年4月に駅に昇格しました。今年の4月15日で駅としての開業から100年を迎えます。

駅舎は昇格時に建てられたと思われるものですが、昭和23年の福井地震で傾く被害を受けて同年12月に復旧したという記録があるので、もしかしたらこの時に建て替えられているかもしれません。

駅周辺は静かな山間で、訪問した早朝には鶏の声だけが響き渡っていました。

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加賀温泉駅

牛ノ谷6:45発普通金沢行き325M(クモハ521-47)で加賀温泉へ。加賀市の代表駅で、加賀温泉郷への玄関口として特急列車の多くが停車します。北陸新幹線敦賀延伸の際には停車駅となる予定で、現在は新幹線駅の建設が進められています。

元は昭和18年に信号場として開業し、翌年昇格した、「作見」という小さな駅に過ぎませんでしたが、両隣の動橋と大聖寺が特急停車駅としての地位を争ったことから、その中間にある当駅に特急を停車させることになりました。昭和45年10月に「加賀温泉」に改称されて特急停車駅となり、駅舎も鉄筋コンクリート造平屋建ての立派なものに改築されて特急停車駅にふさわしいものになりました。

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加賀温泉駅 仮駅舎内

その時建てられた駅舎は新幹線建設工事のため、平成29年5月23日に仮駅舎に移転して解体。「加賀の自然と歴史、文化を見せる駅」として温泉郷や城下町に見られる伝統的な和の様式をモチーフとしたデザインの新幹線駅が完成するまで、しばらくは仮駅舎での営業が続けられることとなります。仮駅舎とはいえ特急停車駅だけあって内部は広く、みどりの窓口はもちろん、待合室内にはキオスクもあります。

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大聖寺駅

加賀温泉7:18発普通武生行き324M(クハ520-44)で大聖寺へ。昭和33年の加賀市成立まで存在した旧江沼郡大聖寺町の駅で、現在は加賀市役所の最寄り駅です。かつては駅裏から山中温泉への北陸鉄道山中線が分岐していましたが、昭和46年7月に廃止されています。駅舎は昭和28年5月改築の鉄筋コンクリート造平屋建て。天井の高い立派な造りが、山中温泉への玄関口として特急が停まっていた頃を偲ばせます。

駅前には石川県発祥のホテルチェーン「APAホテル」があり、元谷芙美子社長の顔写真入りの広告看板がホームに掲げられているのでなかなかインパクトがあります。

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丸岡駅

大聖寺7:57発普通福井行き1328M(クハ520-44)で丸岡へ。平成18年の合併で坂井市となった旧坂井郡坂井町の駅で、坂井市の代表駅ですが、隣の旧丸岡町の名を駅名としています。明治30年の開業時は「新庄」を名乗っていました。開業時の所在地は旧坂井郡東十郷村。駅舎は昭和23年の福井地震で被害を受けて翌年改築されたもので、平成22年5月にリニューアルされて展示コーナーや多目的ホールが設けられています。かつては丸岡町の本丸岡と春江町の西長田を結ぶ京福丸岡線が乗り入れていましたが、昭和43年に廃止されています。この駅に関しては以前訪問済みですが、その時は逆光だったので順光となる午前中に再訪しました。

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越美北線に初乗車

丸岡8:48発普通敦賀行き326M(クハ520-20)で福井へ。福井からは9:08発越美北線九頭竜湖行き725D(キハ120-202+204)に乗車。9時台で下り列車としては2本目という、本数の少ない路線ですが、ダイヤ改正からは末端区間の本数がさらに少なくなるので、この機会に全駅降りておこうという魂胆です。

一両目のボックス席が全部埋まっていたので、福井からは2両目に乗車しましたが、越前大野で切り離されるので1両目に移動しました。福井市周辺ではほとんど見られなかった雪ですが、越前薬師辺りから増え始め、分水嶺を越えて大野盆地に入ると一面の雪景色でした。

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越前富田駅

越前富田で下車。昭和35年越美北線が勝原まで開業した際に設置された、ホームと待合室だけの駅で、昭和29年の大野市成立まで存在した旧大野郡富田村の中心近くに位置します。無人駅にもかかわらず、昭和48年までは貨物の取扱があり、富田農協への短い引込線がありました。その引込線跡は県道171号線の陸橋建設の際に消失したようで、痕跡はほとんどありません。

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越前田野駅

25分歩いて越前田野へ。大野盆地の開けた風景の中にある駅で、路線の開業に4年遅れて昭和39年5月に開業したためか、ホームの造りが越前富田とは異なります。

周辺は田園地帯で、田んぼにはまだ雪が残っていますが、あちこちに緑が芽吹いており、春の訪れが感じられる風景でした。長く厳しい北国の冬の後に訪れる待ち遠しい春、不安を煽るようなニュースばかりの世の中にも穏やかな春が訪れてほしいものです。

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六条駅

越前田野11:24発普通福井行き728D(キハ120-202)で一気に福井市内へと戻り六条で下車。福井市郊外の田園地帯にある駅で、昭和35年の勝原開業時に開設された駅のうちの一つです。駅名は昭和30年の足羽町成立まで存在した旧足羽郡六条村に由来します。

越前田野や越前富田に比べればまだ街中ですが、それでも利用者はあまり多くないようです。

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足羽駅

20分歩いて足羽へ。昭和39年5月に開業した駅で、同時に開業した越前田野と造りは同じですがホームへの出入口の位置が異なります。昭和46年9月に福井市編入されて消滅した旧足羽郡足羽町の駅で、町名を名乗ってはいるものの、町の中心からは外れた田んぼの中にポツンと存在します。付近に目立つ建物は足羽第一中学校以外になく、通学専用駅とでもいった感じです。

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柿ヶ島駅

6分遅れでやってきた足羽13:00発普通九頭竜湖行き727D(キハ120-205)で柿ヶ島へ。越美北線九頭竜線)がその愛称の由来である九頭竜川を渡ってすぐのところにある駅で、立派なトラス橋の九頭竜川第一橋梁をホームから間近に見ることができます。

駅があるのは昭和29年の大野市成立まで存在した旧大野郡阪谷村の外れで、集落を見下ろす築堤上にあるので眺めは良いです。越美北線は当駅を出ると大野盆地に別れを告げて本格的に山間へと分け入っていきます。

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下唯野駅

20分歩いて九頭竜川を渡り、下唯野へ。旧大野郡富田村の外れ、下唯野の集落にある駅で、すぐ近くまで山が迫っています。越美北線は駅の造りこそ同じものばかりですが、立地や周囲の風景がそれぞれ違うおかげで同じような写真ばかりにならずに済みます。

駅はちょうど山の陰にあたるのか、溶け残った雪が多く見られました。

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小和清水駅

下唯野14:54発普通福井行き730D(キハ120-205)で小和清水へ。足羽川沿いの山間の集落にある駅で、駅名は明治22年の町村制施行まで存在した旧足羽郡小和清水村に由来します。駅のすぐ目の前を国道158号が通っており、京福バスが通っていますが、本数は列車よりもバスの方が多いようです。

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福井豪雨の記憶モニュメント

足羽川を見ながら美山へ向けて歩くこと18分、平成16年7月豪雨の記憶モニュメントが道沿いに現れました。モニュメントは泥流に押し倒された越美北線足羽川第七橋梁をもとに創られたもので、「日本国有鉄道 1958」の銘板も残っています。

この豪雨では越美北線の5つの橋梁が流失し、一乗谷~美山間が3年近くに渡って不通、越前東郷~美山間においてバス代行輸送が行われました。全線で運転が再開されたのは平成19年6月30日のことです。

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美山駅

モニュメントからさらに20分歩いて美山へ。平成18年に福井市編入された旧足羽郡美山町の玄関口で、越前花堂越前大野間では唯一の交換可能駅です。平成15年12月改築の駅舎は「美山観光ターミナル」で、待合室内に地元の物産が展示されています。

駅のある美山町の中心は、昭和30年の美山村(昭和39年町制施行)の成立までは足羽郡上宇坂村でした。

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越前大野駅

美山17:30発普通九頭竜湖行き731D(キハ120-205)で越前大野へ。大野市の代表駅で、夜間滞泊も行われる越美北線の運行拠点駅です。当駅を境に列車の本数はぐっと減り、当駅から九頭竜湖までの末端区間では一日4往復(5往復)となります。

駅舎は昭和35年12月開業時に建てられた、鉄筋コンクリート造平屋建てのものですが、平成15年4月に正面部分に和風の屋根が増築されました。城下町・大野市の代表駅ですが、中心部から少し離れた街外れにあるため、駅前に商業施設は乏しいです。

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俵屋旅館

この日は天保元(1830)年創業の純和風旅館、俵屋旅館に宿泊。構えからして格式が高く、素泊まりで早朝チェックアウトしてしまうのがもったいないように感じました。

3/3 弥生の七尾線・北陸本線駅めぐり

春の18きっぷシーズンが始まってすぐ、音別駅で買った青春18きっぷを片手に北陸へと向かいました。

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グランドリーム金沢1号

東京駅八重洲南口を前夜21:20発グランドリーム金沢1号で発ち、金沢駅兼六園口に到着したのは早朝6時前のことでした。

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七尾線827M

金沢からは6:07発七尾線高松行き827M(クハ455-702)に乗車。往年の急行型電車の生き残りも余命あとわずか。七尾線の車両に関しては8月に大方撮り終えているので、今回の旅では無人化予定の駅がメインとなります。

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横山駅

横山で下車。昭和35年宇ノ気町編入されて消滅した旧河北郡金津村の駅で、現所在地はかほく市。駅舎は平成22年3月改築の3代目で、平成21年までは昭和4年3月改築の古い木造駅舎が残っていました。駅舎のない、駅裏にも出入口が設けられており、跨線橋で結ばれています。ホームは相対式。

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七尾駅

横山7:02発普通七尾行き829M(クモハ415-808)で七尾へ。能登半島最大の都市・七尾市の代表駅で、昭和32年10月改築の駅舎は鉄筋コンクリート造一部2階建て。大時計が目立つのはいかにも国鉄主要駅といった感じ。みどりの窓口は今年1月15日限りで営業を終了し、代わりにみどりの券売機プラスが設置されました。

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徳田駅

七尾8:13発普通金沢行き838M(クハ415-808)で徳田へ。昭和14年七尾市成立まで存在した旧鹿島郡徳田村の名を今に伝える駅で、「徳田」の地名は明治の町村制施行時に、かつての天領加賀藩領の村々を合わせて成立したことから、「川」と「前」から一字ずつとって命名されました。

平成10年4月改築の駅舎は「ふれあいギャラリー」との合築で、個性的な見た目をしています。県立七尾東雲高校の最寄り駅ですが、高校があるのは駅裏なので通学時間帯でも駅前の方は至って静かです。駅構内を撮影していると、8:35に521系4両の試運転列車がやってきて、少し停まってから発車していきました。

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良川駅

徳田8:49発普通金沢行き840M(クハ412-9)で良川へ。平成17年の合併で中能登町となった旧鹿島郡鳥屋町の駅で、中能登町役場の最寄り駅です。駅舎は昭和31年1月改築の鉄筋コンクリート造平屋建てで、窓が大きな国鉄モダニズム駅舎です。簡易委託の窓口が設置されていますが、4月1日より無人化される予定です。

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能登二宮

良川9:04発普通七尾行き833M(クモハ415-806)で能登二宮へ。平成17年の合併で中能登町となった旧鹿島郡鹿島町唯一の駅ですが、旧鹿島町の中心部から離れた田園地帯の中にあります。駅名は能登国二宮である天日陰比咩神社に由来しており、開業は昭和35年2月。平成4年11月改築の駅舎は「夢おりもの展示館」との合築で、ホーム側のショーウィンドウに中能登町特産の織物が展示されています。

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七尾駅で発車を待つ842M

能登二宮9:32発普通七尾行き835M(クハ415-807)で再び七尾へ。9:49発普通金沢行き842M(クハ415-805)で折り返します。

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能登部駅

能登部で下車。平成17年の合併で中能登町となった旧鹿島郡鹿西町の中心部にある駅で、良川同様に簡易委託の窓口がありますが、同じく4月1日より無人化されます。昭和32年4月改築の駅舎は鉄筋コンクリート造平屋建ての国鉄モダニズム駅舎。旧事務室の一部は「町民ギャラリーONIGIRI」となっており、待合室内では石油ストーブが焚かれていました。

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解体中のJA能登わかば鹿西支店

町の中心らしく駅前には農協の支店がありますが、解体のため足場が組まれて囲われていました。駅舎と違ってなかなか建て替えの情報を掴みづらい農協建築ですが、やはり見れるうちに色々見ておかねばなと思います。

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南羽咋

能登部10:53発普通金沢行き844M(クハ415-810)で南羽咋へ。昭和35年2月に開業した羽咋市南部の駅で、羽咋郡宝達志水町役場へは町内にある敷浪駅よりもこちらの方が近いです。開業時は簡易委託駅で駅舎もありましたが、昭和47年3月に早々と無人化されて駅舎は早い時期に撤去されています。

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金丸駅

南羽咋11:30発普通七尾行き841M(クモハ415-808)で金丸へ。昭和30年に能登部町と合併して鹿西町となった旧鹿島郡金丸村の駅で、平成17年5月改築の駅舎は「ギャラリー朱鷺」との合築です。跨線橋の入口が駅舎内にある変わった造りの駅で、改築前からこの構造でした。

金丸地区の杉谷チャノバタケ遺跡からは昭和62年11月「日本最古のおにぎりの化石」とされる、おにぎり状の炭化米が発見されており、旧鹿西町および合併後の中能登町は「おにぎりの里」として町おこしを行ってきました。そのため、能登部駅や金丸駅周辺ではおにぎりを模したゆるキャラの姿をあちこちで目にすることができます。

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高松駅

金丸12:03発普通金沢行き846M(クハ520-102)で高松へ。高松と言っても香川県の県庁所在地ではなく、平成16年の合併でかほく市となった旧河北郡高松町の玄関口です。

特急能登かがり火の一部が停車し、折り返し列車が朝に一往復設定され、下り最終列車が夜間滞泊ののち翌朝の始発列車になるなど、七尾線内においては主要駅と言っていい立場を占めていますが、3月13日ダイヤ改正と同時に無人化されました。

駅舎は昭和31年12月改築の鉄筋コンクリート造平屋建てで、駅の規模を示すかのように能登部や良川より一回り大きいです。待合室では石油ストーブが焚かれていました。

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本津幡

高松13:12発普通金沢行き848M(クモハ415-808)で本津幡へ。河北郡津幡町中心市街地の北側に位置する駅で、明治35年6月移転時に建てられた築120年近い木造駅舎が現役です。簡易委託の窓口がありますが、ここも4月1日より無人化される予定で、七尾線内最後の木造駅舎もいずれ簡素化されてしまうのではないかと心配になります。

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宇野気駅東口

本津幡13:52発普通七尾行き847M(クハ520-102)で宇野気へ。かほく市の代表駅で、平成16年合併前の旧河北郡宇ノ気町の中心部にありますが、駅名と町名で表記が異なります。七尾線内では唯一残ったみどりの窓口設置駅ですが、ここも遅かれ早かれみどりの券売機に変更されることでしょう。東口駅舎は昭和41年3月改築の鉄筋コンクリート造平屋建て。駅前には『善の研究』で有名な宇ノ気出身の哲学者・西田幾多郎銅像が建てられています。

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宇野気駅西口

2番ホーム側の西口にも駅舎があり、「ふれあい館」としてかほく市受託の簡易委託窓口が設置されていましたが、3月12日限りで営業を終了しました。

 

七尾線駅めぐりはこれで終了し、宇野気14:20発普通金沢行き850M(クハ455-102)で金沢へ。後は北陸本線の駅を巡っていきます。

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野々市駅南口

金沢15:00発普通小松行き1644M(クハ520-49)で野々市へ。平成23年11月11日に石川県で11番目の市として単独市制を施行した野々市市の代表駅ですが、市役所の最寄りは北陸鉄道石川線額住宅前駅です。昭和43年3月に地元負担による請願駅として開業し、北陸新幹線建設工事に伴って駅舎が改築されました。南口駅舎は平成24年4月改築の平屋建てで、真上を新幹線の高架が通っています。

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野々市駅北口

北口は平成9年4月に開設された、「野々市北口プラザ」との合築で、一階の隅にひっそりと改札口が存在しています。南口・北口ともに駅員が配置されていますが、4月1日より無人化される予定です。もっとも利用者数の多さを思えばIRいしかわ鉄道への転換後に再有人化される可能性もないことはないでしょう。

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美川駅

野々市15:31発普通福井行き348M(クハ520-44)で美川へ。平成17年の合併で白山市となった旧石川郡美川町の駅で、朝夕に折り返し列車が設定されています。平成7年3月改築の橋上駅舎はコミュニティプラザとの合築で、2階には喫茶店が入居しています。

かつては駅前にモニュメントが設置されていましたが、維持費の問題などから平成26年までに撤去され、跡地に駐車場が整備されました。

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加賀笠間駅西口

美川15:59発普通金沢行き1651M(クモハ521-49)で加賀笠間へ。昭和29年に松任町と合併した旧石川郡笠間村の駅で、現在は金城大学の最寄り駅として学生を中心に多くの利用があります。西口駅舎は大正12年8月開業時のものと思われますが、平成26年12月の改修でカラフルなデザインになっています。簡易委託駅ですが、ここも4月1日より無人化される予定です。

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加賀笠間駅東口

東口駅舎は平成30年3月改築。狭い待合室とトイレがあるだけの簡素なものですが、改築前の旧駅舎には窓口の跡があり、待合室には特急列車の座席の廃品がベンチ代わりに置かれていました。駅前は新幹線の高架に覆われて薄暗いです。

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能美根上駅

加賀笠間16:13発普通小松行き646M(クハ520-40)で能美根上へ。平成17年に旧能美郡の寺井町・根上町・辰口町が合併して誕生した能美市の代表駅です。駅は旧根上町にありますが、平成27年3月まで「寺井」を名乗っていました。改称前の駅舎は平成26年3月に橋上化されていますが、寺井駅だった頃は駅名が掲げられていませんでした。

ちなみに根上町は最近何かとお騒がせな森喜朗元首相の出身地で、森元首相の祖父・父とも根上町長を長きに渡って務めていました。

合併後に能美市役所本庁が置かれた寺井町へは駅裏の新寺井駅から北陸鉄道能美線が出ていましたが、昭和55年に廃止されています。

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粟津駅

能美根上16:38発普通福井行き1352M(クハ520-38)で粟津へ。昭和15年小松市成立まで存在した旧能美郡粟津村の駅で、昭和37年までは粟津温泉とを結ぶ北陸鉄道粟津線の新粟津駅が駅前にありました。駅舎は昭和26年5月に改築されたもので、ガラス張りの入口部分がモダンです。駅名表示の「JR」マークが撤去されているのはIRいしかわ鉄道への転換に備えての準備でしょうか。駅舎内こそ改装されていますが、かつての観光地の玄関口らしい風格を備えた駅舎です。

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動橋駅

粟津17:29発普通敦賀行き354M(クハ520-52)で動橋へ。昭和33年の加賀市成立まで存在した旧江沼郡動橋町の駅で、片山津温泉への北陸鉄道片山津線が昭和40年まで分岐していたほか、駅前には昭和46年まで山代温泉への北陸鉄道山代線の始発駅・新動橋駅があり、加賀温泉郷への一大ターミナル駅として栄えた時期がありました。

昭和26年4月改築の駅舎は風格がありますが、今となっては温泉へのバスの発着も無く、平成21年4月には無人化されて寂しげです。ただし、県立加賀高校の最寄り駅のため、学生の利用が今なお多く見られます。

ここも駅名表示の「JR」マークが消されていました。

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南条駅

動橋18:06発普通福井行き356M(クハ520-33)と福井19:01発普通敦賀行き252M(クモハ521-29)を乗り継いで南条へ。昭和60年3月改築の、商工会館との合築駅舎ですが真っ暗で輪郭くらいしか分かりません。平成17年の合併で南越前町となった旧南条郡南条町の玄関口です。

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夜の福井駅

南条20:00発普通福井行き1263M(クモハ521-42)で福井へ。この日は快活クラブ福井駅前店に宿泊しました。郊外に多い快活クラブには珍しい、県庁所在駅前至近の便利な店舗です。

翌日からは2日かけて越美北線を制覇していきます。

2/24 バスで神恵内へ&日高本線鵡川へ

北海道駅めぐり最終日は、路線バスで神恵内まで往復した後、函館本線の駅めぐりをする予定でしたが、吹雪でダイヤが乱れたこともあって駅めぐりに関しては順調に行きませんでした

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早朝の倶知安駅

倶知安を6:20発普通苫小牧行き963D(キハ201-102)で出発。鉄筋コンクリート造2階建ての立派な駅舎は昭和35年7月改築。国鉄主要駅らしい雰囲気を今に伝える駅舎ですが、北海道新幹線建設に伴って大きく姿を変えることになるでしょう。

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小沢駅

小沢で下車。昭和60年7月に廃止された岩内線の分岐駅で、岩内線の廃止によって岩内郡共和町唯一の駅となっています。

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岩内行きニセコバス

小沢から3分遅れの7:05発ニセコバス岩内行きに乗車。このバス自体は倶知安始発なのですが、例え一駅間だけでもフリーパスを使った方が節約になるのでこのような面倒くさい乗換ルートを採りました。

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岩内バスターミナル

岩内バスターミナルには7:34着。鉄道が無くなったとはいえやはり岩内は大きな町で、バスにもそれなりの乗車がありました。バスターミナルは岩内線の終点・岩内駅の跡に建てられていますが鉄道時代の痕跡はほとんど見受けられません。

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岩内発大森行き中央バス

岩内からは7:50発大森行きバスに乗車。神恵内村の中心の少し先にある大森まで行くバスで、ひたすら日本海に沿って走ります。自分以外の乗客はみんな泊村の中心部までで降りてしまい、神恵内村役場前まで乗客は自分一人でした。

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神恵内村役場前

神恵内村役場前には8:47着。路線バスを乗り継いでやってきたので遠くに来たなという感じがします。自分一人を下ろしたバスは大森へと走り去っていきました。折り返してくるまでの27分で役場やその周辺を撮影します。

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古宇郡神恵内村役場

お目当ての古宇郡神恵内村役場は昭和44年建設・平成元年増築の鉄筋コンクリート造2階建て。人口815人の村らしくコンパクトな造りです。老朽化していることなどから国道を挟んだ向かいに新庁舎を建設中で、まもなく完成予定です。

古宇郡神恵内村はニシン漁で発展してきた村で、明治39年神恵内村・赤石村・柵内村が合併して誕生しました。旧赤石村の集落は大森、旧柵内村の集落は川白とそれぞれ路線バスの終点になっています。

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古宇郡神恵内村役場 新庁舎

訪問時点で新庁舎はほとんど完成していました。基本・実施設計はドーコン、施工は草別・白戸・拓成 JV。避難所機能を備えた災害に強い庁舎です。神恵内村中心市街地には高い建物がないため、地上4階建ての新庁舎は村で一番高い建物になるようです。イメージ図では屋上のテラスが開放されているようなので、供用開始の暁には屋上から村の中心部を一望できるようになることでしょう。供用開始は5月6日の予定です。

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神恵内入口から岩内行きバスに乗車

中心市街地の街並みを撮りながら歩き、大森で折り返してきたバス(9:14発)に神恵内入口から乗車。車窓には冬の荒々しい日本海や封鎖された旧道のトンネル、鄙びた漁村などが次々と現れ、飽きることがありません。泊村内の停留所から少しずつ乗ってくる一方で降車も多少ありました。この路線は泊村民の足としてしっかり活用されているようです。

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岩内発倶知安行きニセコバス

岩内バスターミナルには10:13着、10:30発倶知安行きニセコバスに乗り換えて小沢まで戻ります。この直前に発車した札幌行き高速バスいわない号には多くの乗車がありました。それに比べると岩内線代替バスの乗客はそれほど多くはありません。倶知安までならそれほど遠くないので車で出るけど、小樽や札幌となると遠いからバスに乗るというのがこの辺の人たちの移動スタイルなのでしょうか。

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小沢駅 跨線橋

約4時間ぶりに戻ってきた小沢で函館本線の列車を待ちます。トンネル餅の末次商会はまたしても開いていませんでした。

11:57発普通小樽行き1937D(H100-2+H100-3)で小沢を後にします。行き合い列車遅れのため、小沢を4分遅れの12:01に発車しました。塩谷でも対向列車遅れのため19分遅れて13:04発、終点小樽には20分遅れて13:14着でした。

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琴似駅

小樽からは15分遅れの快速エアポート136号新千歳空港行き3894M(クハ733-3206)に乗車し、琴似へ。札幌市西区の中心駅で、昭和63年11月に高架化されています。島式ホームの高架駅で、改札口は2階、出口は南側にしかありません。

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稲積公園

琴似14:10発普通ほしみ行き198M(クハ733-209)で稲積公園へ。昭和61年11月に臨時乗降場として開業した高架駅で、分割民営化時に正駅となって駅舎が造られました。

後付けなだけあって駅舎は少々手狭な印象を受けます。駅名の由来は北側にある手稲稲積公園

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特急北斗18号

9分遅れの稲積公園15:01発普通江別行き199M(クハ733-104)で札幌へ。ダイヤが乱れすぎていて函館本線での駅めぐりは続行不可能と判断しました。札幌からは15:34発特急北斗18号函館行き18D(キハ261-1208)で苫小牧へ。日高本線は幸いにも動いているようだったので鵡川まで往復します。

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鵡川で折り返し発車を待つ

苫小牧16:59発普通鵡川行き2237D(キハ40-1767+キハ40-1701)で鵡川へ。線路上に鹿が侵入したため鵡川には5分遅れて到着しました。4月1日からは鵡川が名実ともに日高本線の終着駅となります。見た感じ、鵡川まではバスで運びきるのが厳しいほどの学生の乗車があったので、鵡川までの区間に関してはひとまず大丈夫そうですが、JRや地元自治体には是非とも利用促進を図って末永い存続に繋げていってほしいものです。

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夜の苫小牧駅

鵡川17:49発普通苫小牧行き2236D(キハ40-1701+キハ40-1767)で折り返し、苫小牧へ。駅近くのセコマで夕食を済ませ、19:07発特急すずらん11号札幌行き1011M(クハ789-2001)と南千歳19:35発快速エアポート190号新千歳空港行き3958M(クハ721-4102)を乗り継いで新千歳空港へ。

新千歳空港21:15発JAL530便に搭乗し、羽田には22:45着陸。羽田空港23:06発エアポート急行高砂行き2337N(7306)と品川23:32発山手線外回り2231G(サハ235-6)を乗り継いで帰宅しました。