まだ見ぬ駅を求めて~逆瀬の駅めぐり旅~

駅めぐりの記録をひたすら載せていくブログです。やたら更新する時と全く更新しないときがあります。

3/7 弥生の津軽線駅めぐり

最終日となる7日目は津軽線の駅を巡りました。

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早朝の新青森駅

雪のうっすらと積もった新青森を6:03発普通青森行き621M(クモハ701-33)で出発。青森で6:15発普通蟹田行き327M(クハ700-31)に乗り換えます。

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後潟駅

後潟で下車。昭和31年9月に青森市編入された旧東津軽郡後潟村の中心部にある駅で、駅舎は平成25年3月に改築されています。駅舎の外観は無機質ですが、内部は木材が多用されています。

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左堰駅

後潟6:42発普通青森行き324M(クモハ701-19)で左堰へ。田園地帯の中にあるホームと待合室だけの簡素な駅で、ホームからは田んぼの向こうを一直線に走る北海道新幹線の高架が見えます。

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奥内駅

25分歩いて奥内へ。昭和30年3月に青森市編入された旧東津軽郡奥内村にある駅で、ホームは相対式2面2線です。昭和26年開業時に建てられた駅舎は平成11年11月に火事で焼失し、平成12年3月11日より現駅舎の使用が開始されました。何気に今日で20周年なのですね。どうしても忌まわしい大災害の起きた日としか認識されにくい日付ですが、他の出来事だって色々起きているのです。

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津軽宮田駅

奥内7:31発普通青森行き328M(クモハ701-31)で津軽宮田へ。昭和34年11月に開業したホームと待合室だけの駅で、ホームのすぐ隣は墓地です。駅前にはラーメンチェーン味の時計台の餃子・製麺工場があります。

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郷沢駅

津軽宮田8:24発普通蟹田行き331M(クハ700-31)で郷沢へ。昭和34年11月に開業したホームと待合室だけの駅で、かつては左堰や津軽宮田と同じく棒線駅でしたが、津軽海峡線開業に伴う電化時に下りホームが増設されて交換可能駅になりました。上りホームの待合室はホーム上にありますが、下りホームのものは構内踏切とホームへの階段の間にあります。

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中沢駅

郷沢9:20発普通青森行き332M(クモハ701-31)で中沢へ。昭和34年11月に開業した駅で、郷沢と同じく津軽海峡線開業時に交換駅化されましたが、こちらは2面3線で跨線橋も設置されています。待合室は上りホーム上にしかありません。

平成22年4月22日には、徳島県土讃線坪尻駅で2か月前に紛失した駅スタンプが当駅で発見されるという珍事件が発生しました。

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蓬田駅

30分歩いて蓬田へ。東津軽郡蓬田村の中心部にある駅で、平成20年12月改築の駅舎は奥行きがあって、待合室は何故か2つに区切られています。棒線駅から交換駅化された両隣の中沢・郷沢とは逆に、この駅は島式ホーム1面2線の交換可能駅だったのを棒線化したという経緯があります。旧ホームは今もはっきりと残っており、交換可能駅だった歴史を伝えています。

駅の佇まいだけ見ると単なるローカル駅ですが、本州と北海道を結ぶ大動脈だけあって、時折長編成の貨物列車が高速で通過していきます。

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三厩駅

蓬田11:28発普通蟹田行き333M(サハ701-9)と蟹田11:44発普通三厩行き335D(キハ48-505+キハ48-1504)を乗り継いで終点・三厩へ。平成17年3月の合併で東津軽郡外ヶ浜町となった旧三厩村の外れにある終着駅で、線路はホームから少し伸びたところで途切れています。ただでさえ寂しい雰囲気の漂う駅ですが、昨年6月1日に無人化されてさらに寂しくなりました。駅前からは竜飛崎へ向かうバスが発着しています。

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中小国駅

三厩12:37発普通青森行き336D(キハ48-1504+キハ48-505)で中小国へ。津軽線における電車の営業区間蟹田までですが、海峡線が当駅の先の新中小国信号場で分岐する都合で当駅も電化されています。ホーム上には津軽線末端区間の標準スタイルと言うべきブロック造りの駅舎(待合室)があります。

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大平駅

新中小国信号場や海峡線・北海道新幹線の高架を横目に見ながら50分歩き、大平へ。津軽線北海道新幹線の交差地点近くにある駅で、ホームから高架を望むことができます。駅舎は中小国と同型のもので、背面にひらがなで駅名が表示されているのも同様です。島式ホームだった痕跡があり、駅構内は保線車両の基地になっています。

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津軽浜名駅

大平14:22発普通三厩行き337D(キハ48-519+キハ48-1550)で津軽浜名へ。津軽海峡を望む築堤上にある駅で、開業が昭和35年と末端区間の他の駅より2年遅いために駅の造りが異なります。駅前には木造の朽ち果てた工場と思われる廃墟がありました。

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今別駅

今別の街並みを見ながら35分歩き、今別へ。東津軽郡今別町の玄関口ですが、平成15年7月に無人化されています。駅舎は昭和33年開業時のもので、平成29年にリニューアルされています。平成16年に公開された新海誠監督の映画「雲の向こう、約束の場所」に駅のホームや周辺が登場しますが、さすがに16年も経っているので駅に関しては当時の面影はほとんど残っていません。

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蟹田駅

今別15:43発普通蟹田行き338D(キハ48-1550+キハ48-519)で蟹田へ。電車から気動車へ乗り換えとなる運行拠点駅で、一往復を除き青森側と三厩側で運行系統が分断されています。北海道新幹線開業前は特急白鳥・スーパー白鳥の全列車が停車していました。駅舎は昭和26年12月開業時のもので、平成22年12月にリニューアルされています。

太宰治の紀行文「津軽」でも紹介された旧東津軽郡蟹田町は平成17年に平舘村三厩村と合併して外ヶ浜町となりました。ちなみに「津軽」で太宰治蟹田を訪れた昭和19年時点ではまだ津軽線は開業していませんでした。

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大川平駅

蟹田16:25発普通三厩行き340M(キハ48-519+キハ48-1550)で大川平へ。駅舎は中小国や大平と同型のブロック造です。ホームの目の前には一面田んぼが広がっており、渡り鳥が集まっていました。静かなので渡り鳥の鳴き声しか聞こえません。空が暮れ行く中、無人駅のホームで空を飛んで行く鳥の群れを眺める・・・贅沢な時間とはこういう時間のことを言うのかもしれません。この旅を締めくくるのにふさわしい駅でした。

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フォーレ2号

大川平を出る上り最終列車となる17:46発普通蟹田行き344D(キハ48-1550+キハ48-519)とこれまた最終の蟹田19:03発普通青森行き346M(クモハ701-21)を乗り継いで青森へ。NEWDAYSのおにぎりで夕食を済ませ、21時ちょうど発の東京駅行き夜行バスラフォーレ2号で帰途につきました。水曜どうでしょうの「3夜連続深夜バスだけの旅」でミスターを苦しめたバスですが、旅の疲れが溜まっていたこともあり、ぐっすりと眠れ、目が覚めると東京でした。

 

東京駅日本橋口には6:37着。大手町から6:43発中野行き519S(05914)で帰宅しました。