まだ見ぬ駅を求めて~逆瀬の駅めぐり旅~

駅めぐりの記録をひたすら載せていくブログです。やたら更新する時と全く更新しないときがあります。

11/6 運用が減る6050系を記録しに東武日光線へ

この日は、11月8日のダイヤ改正で運用が減少する東武6050系を記録するべく、久しぶりに栃木へと行ってきました。

 

高田馬場4:48発山手線外回り0403G(モハE234-64)、日暮里5:13発常磐線快速勝田行き321M(クハE531-22)、北千住5:23発準急東武動物公園行き4583S(8115)、東武動物公園6:20発普通南栗橋行き601(77708)、南栗橋6:32発東武宇都宮行き413(24441)を乗り継いで新栃木へ。

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日光行き913と宇都宮行き417

以前来たときは20400系は宇都宮線内で折り返すものがほとんどで、日光線の列車は10000系が主力と言った感じだったので、20400系が日光線の主力となり、南栗橋まで直通している現状には隔世の感すら覚えます。

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新栃木止まり910

6050系の復刻塗装車、6162F+6179Fは新栃木止まり910に充当されてやってきました。この塗装は初めて見ましたが、ブラックフェイス以外もよく似合うものですね。ホームに停車するので、細部を撮るチャンスかと思いきや、こんな時に限って日が出てきて逆光になりました。すぐに廃車ということはないでしょうが、早いうちにリベンジしておきたいものです。

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家中駅ホーム

新栃木駅でしばらく撮影してから、11:33発区間急行東武日光行き51(6274)で家中へ。平成22年に栃木市に合併された旧下都賀郡都賀町役場の最寄り駅で、昭和30年の津賀町成立前は家中村でした。ホームは島式で、楡木駅と似たような感じです。

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家中駅

昭和48年と早期に無人化されており、かつては東口に木造駅舎があったそうですが、解体されて寂しげな印象です。ネットに上がっている写真を見る限り、駅舎は平成7年ごろまでは残っていたようですが、解体時期については調べても出てきませんでした。

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合戦場へ

家中11:45発普通新栃木行き918(6175)で一駅戻って合戦場へ。独特の駅名は、大永3(1523)年11月10日に宇都宮忠綱と皆川宗成が戦った河原田合戦に由来します。

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合戦場駅

東口にある駅舎は平成19年5月に改築されたもので、東武ではよく見られる箱型の簡易駅舎です。かつてあった木造駅舎は基礎だけが残っています。駅前には短距離乗車券(軟券)を取り扱う簡易委託の商店があります。

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DE10 1109

合戦場12:23発普通下今市行き919(62101)で下今市へ。午後は下今市でやってくる列車をひたすら撮影していきます。

写真のDE10 1109は盛岡で山田線落ち葉掃き列車などに使用されていたもので、譲渡に際して北斗星牽引機のカラーに塗り替えられました。北斗星を牽引していたのはDD51なので、完全な再現とまでは行きませんが、雰囲気は抜群です。

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側線留置の6154F+6157F

6050系の現役編成の中では唯一未撮影だった6154Fも撮影。見た感じ、車体の傷みが激しいので、余命もそう長くは無さそうです。

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南栗橋に到着

15:43発区間急行新栃木行き56(6176)で帰途に就きます。遅れてきた鬼怒川線の列車を待ったため、3分遅れで下今市を発車しましたが、新鹿沼で遅れを回復しました。

南栗橋17:11発急行中央林間行き1766T(51056)で北千住へ。駅構内の丸亀製麺で夕食を取ってから18:21発常磐線440M(サハE530-2001)、日暮里18:30発山手線内回り1824G(モハE235-120)と乗り換えて帰宅しました。