まだ見ぬ駅を求めて~逆瀬の駅めぐり旅~

駅めぐりの記録をひたすら載せていくブログです。やたら更新する時と全く更新しないときがあります。

6/27 初夏の宗谷本線駅めぐり その2(天塩川温泉・豊清水・幌延・下沼・佐久・天塩中川・稚内・抜海

この日も引き続き宗谷本線の駅を巡っていきます。

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イケレ音威子府

雨の音と明るさで目が覚めると4:30でした。この時期の北海道の朝の早さに驚かされます。あいにくの雨ですが、今日の行程には駅間歩行がないので一安心。宿泊したイケレ音威子府は保線宿舎?を改装した建物だそうで、駅に停車中の車内からもよく見えます。

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朝の音威子府駅

音威子府6:33発普通旭川行き4322D(キハ40-1745)に乗車し、出発。宗谷本線名寄以北というとキハ54が主力で、あまりキハ40のイメージはありませんが、朝夕を中心に音威子府まではやってきます。

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天塩川温泉駅

10分乗って、早くも2駅目の天塩川温泉で下車。昭和31年7月に「南咲来仮乗降場」として開業し、56年に「天塩川温泉仮乗降場」に改称、62年の分割民営化時に昇格した駅です。駅名の由来となった天塩川温泉は駅から800mほどで、駅を利用する観光客もいなくはないそうですが、音威子府駅から無料のバスに乗るのがアクセスとしては一般的のようです。待合室はおそらく改称以降に建てられたもので、簡素な板張りホームと組み合わせるには立派すぎるような気がしますが、温泉への下車駅ということで立派なものを建てたのでしょう。駅から見える範囲に人家はほとんどなく、待合室にあったクマ出没情報を見てビビりながら周辺を観察しました。駅周辺でも目撃情報があることを考えると、駅から温泉まで歩いて行かれる方は気を付けられた方がいいでしょう。

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清水駅

天塩川温泉7:53発普通名寄行き4324D(キハ54-502)で豊清水へ。昭和21年10月に仮乗降場として開業し、25年1月に昇格した駅で、宗谷本線では数少ない島式ホームの交換可能駅です。駅周辺には人家が一切なく、駅前に骨組みだけになった倉庫?の残骸があるのみです。怖くなるくらいに人の営みが感じられず、クマでも出そうな雰囲気なので、撮影中はずっとスマホで音楽を流していました。駅前より一段高いところにある駅舎は、昭和50年前後に改築されたものと思われますが、詳細は不明。内部には窓口跡が残っています。

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清水駅

美深~音威子府間では唯一の交換可能駅であることから、特急サロベツの交換も行われ、重要な役割を果たしています。おそらくこれまで廃止を免れてきたのはこれが理由でしょうが、来年3月ダイヤ改正を以てついに信号場化されることとなりました。

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幌延

豊清水8:49発普通稚内行き321D(キハ54-512)に乗車し、北を目指します。幌延では21分間の停車があったので、駅舎を撮影し、廃止予定駅の駅名を入れた切符も購入。いくつもの秘境駅を町内に有し、町おこしに活用している天塩郡幌延町の玄関口で、みどりの窓口も設置されています。駅舎は昭和48年11月に改築された、主要駅らしい立派なもので、羽幌線廃止後に沿岸バス出張所が駅舎内に設けられましたが、平成25年に撤退し、今は移住情報PR支援センターが入居しています。

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下沼駅

引き続き321Dに乗車し、下沼で下車。宗谷本線ではよく見るタイプの貨車駅ですが、平成29年に「マイステーション運動」の一環で地元住民によってお色直しが行われました。改修前は目も当てられないほどボロボロだったのが見違えるほど綺麗になり、秘境駅キャラクター「ぬまひきょん」が描かれました。内部も装飾されていて、地元住民の愛が伝わってきます。

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下沼駅 ホーム側

周囲に人家が数軒しかなく、利用客の少なさゆえに廃止対象に上がったこともありましたが、「秘境駅」を町おこしに生かしたい幌延町の方針によって存続することとなりました。来年度以降、駅の維持管理がJRから町に移行する予定で、一層の活用が期待されます。幌延町内の駅では、南幌延・糠南・雄信内(ただし交換設備等維持費はJR負担)・問寒別が同様に町によって維持管理となる予定で、駅ファンとしては今後もこれらの駅を訪れて切符やグッズ、特産品を買うことで貢献していけたらいいなと思います。

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佐久駅

下沼11:26発普通名寄行き4326D(キハ54-503)で今度は南下します。土曜日ということもあってか車内はほとんどが観光客でした。糠南では若い女性が下車。テレビ等で紹介されることからやはり人気の駅のようです。12:43着の佐久で下車。相対式ホームの交換可能駅です。駅名はてっきり長野県佐久地方からの移住者に由来するのかと思いきや、アイヌ語の「サク・コタン・ナイ」(夏・村・川)に由来するとのこと。秘境駅が目立つこのエリアの無人駅には珍しく駅前には市街地が形成されているので、特急を停めてもいいのではないかと思います。

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佐久ふるさと伝承館内部

平成2年に改築された駅舎は、「佐久ふるさと伝承館」との合築で、昔の道具や暮らしを伝える品々が展示された小さな博物館といった趣です。北上線岩沢駅を思い出しましたが、この手の駅は待ち時間に退屈することがないのがいいですね。2階まである豪華仕様で、数は少ないものの2階にも見逃せない資料があります。

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旧佐久郵便局

駅前にはひときわ目立つ赤く縁どられた木造建築が。大正9年に建てられた旧佐久郵便局で、現在も民家として使われている模様。かつて前に立っていた郵便ポストはふるさと伝承館内部に展示されています。

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佐久地区公民館前から町営バスに乗車

駅前を左に進み、佐久地区公民館へ。ちょうどバスがやって来て一人降ろしたところでした。乗り込むと「よくバスがあるのが分かったね」とドライバーさん。ありがたいことに、町民以外でも無料で乗ることができるありがたい乗り物です。残念ながら駅前にバス停はないので、公民館前か宮脇ボデー前に移動しておく必要があるのが難点ですが、これ以上欲を言ったら罰が当たるというものでしょう。

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天塩中川駅に到着

エコミュージアムセンター、ポンピラ・アクア・リズイングを経由し、23分で天塩中川駅に到着。この間、乗り降りは一切なく乗客は自分一人でした。天塩中川中川郡中川町の中心部に位置し、特急も停まる駅だけあって駅前も都会です。人口は1500人足らずとはいえ、それでも音威子府の倍の人口で、中心市街にもスーパーが2軒とセイコーマートがあります。

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天塩中川

駅舎は昭和28年に改築された2代目で、平成26年11月に建設当時の姿をイメージして改修工事が行われ「中川町交流プラザ」が併設されました。駅前通りの突き当りにアーケードと木造駅舎、実に絵になる光景です。お昼がまだだったので、駅前の西條Qマートで弁当を購入して待合室で食事。ローカルスーパーの弁当を食べるというのもこれはこれで貴重な経験ですが、せっかくならお店で食べたかったですね(駅近くにはレストランがあるものの営業時間外)まあ次回来る時の楽しみにしておきましょう。再訪する気満々です。エコミュージアムだって時間の都合で見れていませんし。

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中川の街並み

乗車予定の特急まではまだ一時間半ほどあるので、駅周辺を散策。休日なので中は見れませんでしたが中川町役場や忠魂碑など一通り見てきました。

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サロベツ1号で北へ

15:56発特急サロベツ1号稚内行き61D(キハ261-102)で天塩中川を後にします。次の目的地は最北の地・稚内

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日本最北端の駅・稚内に到着

抜海~南稚内での線路内鹿立入りの影響で2分遅れて終点・稚内に到着。荒涼とした車窓を眺めながら延々乗り続けて聞く「日本最北端の駅・終点稚内駅到着です」の放送が旅情を感じさせます。

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稚内駅と日本最北の線路 

駅舎は平成23年4月に改築されたもので、改築にあたっては再開発が行われ、駅舎の位置も大きく移動しました。改築前の線路の一部はモニュメントとして駅前に残され、歴史を伝えています。かつてはこのレールから先も樺太までの連絡線が出ていた桟橋までレールが続いていましたが、今回は時間の都合で辿りません。

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稚内駅近くの廃墟

有名な防波堤ドームは次来た時でいいか、とばかりに駅に到着する直前に車窓に見えた古そうな建物を見に行きました。マンサード屋根が北海道らしさを演出する建物ですが、元は隣の建物同様に旅館だったのでしょうか?

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ホットシェフのジンギスカン弁当

踏切で特急宗谷の発車を撮影し、セイコーマートジンギスカン弁当を購入してから駅に戻るとちょうど普通列車が入線するところでした。

18:04発普通名寄行き4330D(キハ54-512)に乗車し、早速夕食とします。

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抜海で下車

2駅乗って抜海で下車。廃止が決まっていることもあってか他に男女一名ずつが下車しました。稚内南稚内がいずれも有人駅のため、「日本最北の無人駅」であり、それだけでなく「日本最北の木造駅舎」でもある駅です。利用客の少なさゆえに来年3月ダイヤ改正での廃止が予定されています。信号場化なのでおそらく駅舎は残るでしょうが、このまま廃止してしまうにはあまりにも惜しい駅です。

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抜海駅

駅舎は大正13年6月開業時に建てられたと思われるもので、昭和15年に入口部分が増築されています。気候の厳しさゆえに傷みが激しいのか壁の一部は新建材で補修済み。せめて木目調の建材にしてくれればもっと雰囲気も出るのでしょうが、木造駅舎が残っているだけでもありがたいです。

駅前には人家が一軒あるものの、草木が生い茂っていて住んでいる気配はありません。(もし住んでいたらごめんなさい)

駅名の由来となった抜海の集落は駅からかなり離れたところにある漁村で、今回は駅を堪能するためにそちらへは行きませんでした。行こうとすれば多分車必須でしょうね。

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抜海駅 ホーム側

駅舎のホーム側には貝殻を集めて作った駅名看板があり、この駅の名物となっています。ホームから駅舎に入ってすぐは風除室、その奥が待合室で、独特の造りがこの地の気候の厳しさを思わせます。待合室は19時近くなってもなかなか明かりが点かず、ひょっとして故障しているのかと思いましたが、19:11になってようやく点灯しました。いくら日の長い季節とはいえ18時台ともなればさすがに室内で明かりを点けずにいるのは無理があります。

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抜海を後に

抜海19:31発普通稚内行き4331D(キハ54-503)に乗車。いくら日の長い季節とはいえ、真冬の17時台より明るいのではと思えるほどの明るさです。乗客は抜海から乗った自分たち3名のみだったように思います。

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南稚内で下車

隣の南稚内で下車。他の二人はそのまま稚内まで乗っていきました。この日はホテルさかえに宿泊。ネットの情報によればランドリーがあるとのことでしたが、宿泊客が少ないのでこの日はやっておらず、結局ユニットバスで洗って部屋の洗濯機で乾かす羽目になりました。早めに床に就けたものの何だか寝苦しい夜を過ごし、睡眠不足気味のまま翌朝を迎えることになります。