まだ見ぬ駅を求めて~逆瀬の駅めぐり旅~

駅めぐりの記録をひたすら載せていくブログです。やたら更新する時と全く更新しないときがあります。

7/23 真夏の西武秩父線・池袋線・新宿線駅めぐり

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吾野駅

飯能からは10:43発各停西武秩父行き5019(4002)で吾野へ。池袋線の終点かつ秩父線の起点ですが、昭和44年10月の秩父線開業以降は中間駅のようになっています。昭和31年に飯能市編入された旧秩父郡吾野村に位置し、山に囲まれたその立地は、飯能までの平野部とは別世界の趣があります。駅は集落を見下ろす高台にあり、駅前にあるのは奥武蔵美晴休憩所のみです。

駅舎は平成9年4月改築の2階建てで、2階は宿直室になっているのか、ホーム側のベランダに布団が干されていました。

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正丸駅

吾野11:36発各停西武秩父行き5021(4014)で正丸へ。昭和44年10月、秩父線開業に際して設置された駅で、西武鉄道の中では最も利用者数の少ない駅ですが、さすが西武だけあって有人駅です。飯能市秩父郡横瀬町を隔てる正丸峠の手前にあり、駅を出た列車は全長4811mの正丸トンネルで峠を貫いていきます。開業時に建てられた駅舎は、片流れ屋根の個性的なモダニズム駅舎。知られざる名駅舎の一つだと個人的には思います。駅前は広々としていますが、売店兼食堂のほかは民家がポツポツとあるだけの寂しいところです。

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武蔵横手駅

正丸11:58発各停飯能行き5028(4001)で武蔵横手へ。昭和4年9月の武蔵野鉄道吾野開業時に開設され、昭和29年10月に廃止されたものの、秩父線開業時に信号場として復活し、翌年駅として再開業したという経緯を持つ駅です。駅舎はおそらく昭和45年2月の再開業時に建てられたもの。日高市の山間にあり、駅前を国道299号が通っています。

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高麗駅

武蔵横手12:47発各停飯能行き5030(4113)で高麗へ。日高市のこま武蔵台ニュータウンにある駅で、駅名は昭和30年の入間郡日高町成立まで存在した高麗村に由来します。高句麗からの渡来人ゆかりの高麗神社への最寄り駅であるため、駅前には朝鮮伝統の道祖神「将軍標」が建てられています。駅舎は昭和52年8月に改築されたものと思われます。

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元加治駅

高麗13:23発各停飯能行き5032(4021)と飯能13:34発準急池袋行き4130(40355)を乗り継いで元加治へ。大正7年に荷扱所(貨物駅)として開業し、大正15年に一般駅に昇格した歴史を持つ駅で、平成11年から21年までの10年間は西武で唯一の無人駅でした。昭和42年4月に入間市編入された入間郡西武町の駅で、今も西武小学校などにその地名を残しています。駅舎は平成2年6月に改築されたもので、跨線橋で島式ホームと連絡しています。

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仏子駅

元加治13:48発急行池袋行き2148(2364)で仏子へ。飯能市から西武町への編入を経て入間市編入された仏子地区にある駅で、各ホームに面してそれぞれ改札口が設けられています。メインは上りホーム側の南口ですが、駅前は手狭です。相対式ホームに挟まれた中線があり、入間基地航空祭の際などに増発される入間市折返しの列車はこの中線を使って折り返します。

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入間市駅

仏子13:59発準急池袋行き4132(40504)で入間市へ。昭和41年に市制施行した入間市の代表駅で、昭和42年4月まで「豊岡町」を名乗っていました。入間郡豊岡町は昭和31年の武蔵町成立まで存在した町で、武蔵町は入間町と改称したうえで市制施行しています。市の代表駅だけあって商業施設が併設され、南口駅前にはマンションが立ち並んでいますが、北口駅前にはロータリーと駐車場があるのみです。駅舎は昭和49年4月に橋上化されたもので、平成4年5月に増改築されています。

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稲荷山公園駅

入間市14:14発各停池袋行き5110(2371)で稲荷山公園へ。昭和8年4月開業時は1面1線の簡素な造りだった駅で、昭和43年11月の複線化時に相対式2面2線に変更されました。

駅舎は昭和63年改築。各ホームの入間市寄りに地平駅舎が設置されており、ポプラ(コンビニ)が併設されている上りホーム側の北口駅舎の方がメインと言った趣。航空自衛隊入間基地や稲荷山古墳を擁する稲荷山公園の最寄り駅です。

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武蔵藤沢駅

稲荷山公園14:24発急行池袋行き2150(6611)で武蔵藤沢へ。昭和31年の武蔵町成立まで存在した旧入間郡藤沢村の駅で、平成20年2月に橋上化されました。橋上化から10年以上が経ちますが、新設された東口駅前はまだまだ開発途上といった趣です。

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狭山ヶ丘駅

武蔵藤沢14:37発準急池袋行き4134(20808)で狭山ヶ丘へ。昭和30年に所沢市編入された旧入間郡三ヶ島村の駅で、「元狭山」駅として開業し、「三ヶ島村」への改称を経て昭和8年に現駅名になりました。駅舎は昭和45年6月に橋上化されたもので、駅前と共に少し昔の郊外ニュータウン駅といった風情が漂っています。

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小手指駅

狭山ヶ丘14:50発準急池袋行き4136(38503)で小手指へ。昭和41年に「小手指ヶ原信号所」として開業し、昭和45年11月に昇格した駅で、大正時代に西所沢駅が「小手指」を名乗っていた時期があるため、2代目の駅と言うことになります。橋上駅舎は昭和54年3月建設、木が茂っていたりロータリーの位置の都合でなかなか写真が撮りづらいです。

車両基地があることから日中も含めて多くの列車が折り返します。池袋線はこれに手全駅制覇。続いて新宿線の未訪問駅を片付けにかかります。

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航空公園駅

小手指15:12発準急池袋行き4138(40401)と10分遅れの所沢15:12発急行本川越行き2665(2541)を乗り継いで航空公園へ。昭和62年5月に開業した、西武で2番目に新しい駅で、関東の駅百選に選定されています。日本における航空発祥の地の駅ということで、駅舎は複葉機アンリ・ファルマンをイメージしたデザインになっているそうですが、航空機には詳しくないのでどこをどうイメージしているのかピンときませんでした。

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新所沢駅

4分遅れの航空公園15:33発急行本川越行き2667(30701)で新所沢へ。昭和13年に「所沢飛行場前」として開業し、防諜を目的とした「所沢御幸町」への改称を経て、昭和26年6月に現在地に移転の上「北所沢」に改称され、昭和34年に現在の駅名になりました。

駅舎は昭和37年に西武で初めての橋上駅舎となりましたが、平成8年に1面2線から2面4線への拡張工事が行われて改築されました。

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入曽駅

3分遅れの新所沢15:57発急行本川越行き2669(30706)で入曽へ。明治28年3月、川越鉄道が所沢から川越(現:本川越)までを開業させた際に開設されたという古い歴史を持つ駅で、昭和29年の狭山市成立まで存在した旧入間郡入間村に位置します。

各ホームに面して地平駅舎が設けられており、東口は昭和48年6月改築、西口は平成8年2月開設。これまで大きな再開発が行われてこなかったため、ローカルな雰囲気を残しています。

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狭山市駅

2分遅れの入曽16:09発各停本川越行き5645(2260)で狭山市へ。狭山市の代表駅で、明治28年に「入間川」として開業し、昭和54年3月に市名に合わせて改称されました。狭山市成立前の所在地は入間郡入間川町です。橋上駅舎は平成22年3月改築。それまでは東口に駅ビルが、西口に地平駅舎がありました。

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新狭山駅

4分遅れの狭山市16:34発各停本川越行き5647(20854)で新狭山へ。川越狭山工業団地への企業入居に伴い、昭和39年11月に開業した駅で、当初は1面1線でしたが、昭和41年に橋上化されて2面2線に拡張されました。狭山市成立前の旧入間郡富村の旧村域に位置しています。北口駅前にはマクドナルドと餃子の満州が併設されています。

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南大塚駅

5分遅れの新狭山16:46発急行本川越行き2673(2058)で南大塚へ。かつては貨物線である安比奈線が分岐していた駅で、昭和55年12月に橋上化されています。昭和30年に川越市編入された旧入間郡大東村(昭和18年田村と日村が合併)の駅で、駅名は明治の町村制で大田村が成立するまで存在した南大塚村に由来します。

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本川越駅

南大塚17:09発急行本川越行き2675(2008)で本川越へ。西武新宿線の終着駅で、明治28年3月に川越鉄道川越駅として開業しました。川越市(開業時は入間郡川越町、大正11年に埼玉県下初の市制)で最も歴史の古い駅ですが、昭和15年国鉄川越線が開業した際に駅名を譲って改称されています。昭和28年3月に現在地に移転し、平成2年8月にホームが現在の姿になり、翌年9月に現駅ビルがオープンしました。写真の西口は平成28年2月新設。せっかくなので街並みでも見ていきたいところですが、暑さで疲れ切っているので、一駅だけ残した久米川駅だけ降りて大人しく帰ることにします。

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久米川駅

本川越17:27発急行西武新宿行き2694(2053)で久米川へ。昭和2年に日本土地住宅から土地の提供を受けて開業した駅で、開業時点では周囲に雑木林と畑しかありませんでした。日本土地住宅は周辺の大規模分譲開発を計画していましたが、杜撰な経営によってその計画は頓挫し、代わりにボーイスカウトの野営地などとして使われることになりました。宅地化が進んだのは戦後で、昭和47年には橋上化も計画されましたが、身体障碍者団体からの反対もあり、話し合いの結果、昭和56年12月に福祉モデル駅として地平駅舎に改築されました。橋上化される駅にはエレベーターが設置されるのが当たり前になった現代からすると隔世の感のある話ですが、現状までには多くの人の努力があったことでしょう。

北口は平成22年に改築され、平成25年には構内にエレベーターも設置されました。

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急行西武新宿行き

久米川駅の撮影を終え18:03発急行西武新宿行き2696(2456)に乗車し、高田馬場へ。西武新宿線はこれにて全駅制覇となり、西武で未訪問なのは残すところ多摩川線のみとなりました。多摩川線はフリーきっぷ類が充実していないのが悩ましいところです。