まだ見ぬ駅を求めて~逆瀬の駅めぐり旅~

駅めぐりの記録をひたすら載せていくブログです。やたら更新する時と全く更新しないときがあります。

10/13 新潟県東部・北部をドライブ(阿賀野・新発田・村上・笹川流れ)

新潟ドライブ二日目は、新潟県東部・北部へ。

f:id:Sakasegawa3019:20211027081543j:plain

東蒲原郡阿賀町役場三川支所(旧三川村役場)

まだ暗いうちに出発し、一時間走って阿賀町役場三川支所へ。平成17年の合併で阿賀町となった旧三川村の役場です。村史などが出ていないため築年は不明ですが、デザインからして昭和40年代の建築でしょう。築年を知りたい人間としてはせめて公共施設総合管理計画にでも築年を記載してほしいものだと思います。

f:id:Sakasegawa3019:20211027082034j:plain

川口の古民家

三川支所を見た後は、道中で見かけて気になった古民家を撮影。立派な和風木造建築ですが、障子やガラス戸がすべて取っ払われていて使われていない様子。なんとももったいない限りです。

f:id:Sakasegawa3019:20211027082715j:plain

安田民俗資料館

阿賀野川に沿って下り、平野部に戻って安田民俗資料館へ。歴史的建造物や蒲原鉄道の車両を保存した資料館でしたが、休館となってから15年以上の時が過ぎて荒廃しています。公式ホームページだけは最終更新から17年経ってもそのまま残っていました。

www.iplus.jp

f:id:Sakasegawa3019:20211027083213j:plain

安田民俗資料館本館(旧蒲原鉄道本社・旧村松駅)

あいにくの天気ですが、保存されている建物を見ていきましょう。本館として使われていたこの建物は大正12年10月開業時に建てられた村松駅の駅舎で、蒲原鉄道本社を兼ねていました。道路拡張に伴って昭和50年11月に新駅舎に改築され、旧駅舎の方は昭和57年1月28日に当地に移築復元されました。大正時代の地方私鉄の駅舎兼本社の姿を今に伝える貴重な文化財です。

f:id:Sakasegawa3019:20211027084122j:plain

蒲原鉄道 モハ51

その隣に保存されているのは蒲原鉄道モハ51。昭和5年3月にモハ13として製造された車両で、村松城址公園のモハ11とは同型です。昭和29年5月にモハ41(五泉市粟島公園保存車)に主要機器を供出し、代わりにモハ1(冬鳥越スキーガーデン保存車)から主要機器を取り付けてモハ51と改番されました。車籍の上ではモハ1を改造したことになっています。昭和60年4月の村松~加茂間廃止まで活躍し、同年11月より当地で保存されています。野ざらし保存の宿命というべきか車体の傷みがひどく、危機的状況といっていいでしょう。

f:id:Sakasegawa3019:20211027085053j:plain

旧板井外科医院玄関

事務所として使われていたこちらの建物は、新潟市白山浦にあった旧医院の玄関部分です。公式HPには「昭和3年、新潟交通の電車軌道設置のための道路拡張の際、新たにこの玄関を取り付け、昭和35年まで開業していたものである」との説明がありますが、本体は果たしていつ建てられたものだったのでしょうか。当地へは昭和61年移築。

f:id:Sakasegawa3019:20211027085423j:plain

旧安田巡査部長派出所

別館として使われていたこちらの建物は、旧安田村の名士によって昭和7年に建てられて村に寄贈されたもので、安田警察署としての役目を終えてからは診療所として長らく使われました。町道の拡張工事で解体されることとなり、平成元年に移築されました。

安田民俗資料館には建物以外にも貴重な資料が揃っており、旧派出所の手前には村松駅ホーム上にあった水のみ場が保存されています。建物にしろ電車にしろ一度失われてしまえば取り返しのつかないような貴重なものばかりなので、なんとかならないものかと思いますが、これだけのものを維持活用していくのはそう簡単ではないのでしょうね。

f:id:Sakasegawa3019:20211027111000j:plain

神山簡易郵便局

続いて神山簡易郵便局へ。戦前からの古い局舎が現役で使用されています。大きな屋根が雪国らしさを感じさせます。

f:id:Sakasegawa3019:20211027111525j:plain

新発田カトリック教会

笹神、中浦を経て新発田へ。車を停めてしばし散策。昭和41年竣工の新発田カトリック教会はアントニン・レーモンドの作品。煉瓦と丸太を組み合わせた建物で、とても築50年という歳月を感じさせない、古びないデザインです。

f:id:Sakasegawa3019:20211027111556j:plain

紫雲閣(旧白勢家観音堂

紫雲閣は明治35年金塚の大地主・8代目白勢長衛によって建てられたもので、所有者の移り変わりによって2度の移築を経ています。銀閣を模した書院造りの楼閣建築で、飢饉で亡くなった人を弔うための観音堂として建てられたそうです。

f:id:Sakasegawa3019:20211027114558j:plain

旧高橋屋旅館

旧高橋屋旅館は明治4年創業で、昭和11年築。森鴎外も泊まったという歴史ある旅館ですが、アーケードが邪魔で全体が見えないのが残念です。

f:id:Sakasegawa3019:20211027111639j:plain

新発田地域シルバー人材センター事務局(旧新発田第十六連隊憲兵分遣隊)

旧陸軍仙台憲兵新発田分遣隊の建物を見に行ってみると、工事中でした。しかし、この建物は残るそうで、解体されているのは隣の総合健康福祉センターいきいき館でした。昭和11年に建てられたもので、戦後は北蒲原郡医師会館などとして使用されたそうです。

f:id:Sakasegawa3019:20211027111720j:plain

吉原寫真館

モダンなデザインの吉原寫真館は昭和11年に建てられたもので、国の登録有形文化財

f:id:Sakasegawa3019:20211027111747j:plain

白壁兵舎 広報史料館(旧陸軍東京鎮台歩兵第8番大隊分屯営兵舎)

白壁兵舎は明治7年に新発田城の廃材を利用して建てられた和洋折衷の建物です。

f:id:Sakasegawa3019:20211027111852j:plain

新発田城址 二の丸隅櫓

新発田城新発田藩溝口氏の居城で、明治の廃城以降は陸軍、そして自衛隊の駐屯地と今なお軍事施設として使われている珍しい城です。本丸表門と二の丸隅櫓(本丸鉄砲櫓跡に移築)のみ当時の建物が現存しており、三階櫓と辰巳櫓は平成16年の復元です。敷地のほとんどが駐屯地となっている都合上、見学できる場所は限られていますが、江戸時代の建物が現存する貴重な城跡としてもっと注目されてもいいように思います。

f:id:Sakasegawa3019:20211027120220j:plain

荒川総合体育館

新発田を後に北上して胎内市を通り過ぎ、荒川総合体育館へ。平成20年に村上市と合併した旧岩船郡荒川町の体育館で、昭和49年に建設されました。以前、米坂線の車内から見て気になっていたのですがようやく訪れることができました。敷地内にはD51 735が保存されていますが、車庫のような建物に囲われているので、撮影には不向きです。裏手には昭和50年建設の荒川温水プールがありますが、用途廃止によって使われていません。

f:id:Sakasegawa3019:20211027162710j:plain

旧制村上中学校門監舎

続いて村上へ。市役所裏手には旧制村上中学校(→村上高校)の正門と門監舎(守衛所)が残されています。明治33年に旧制新発田中学村上分校の開校時に建てられたもので、明治44年の校舎増築時に現在地に移されました。村上分校は明治35年に独立して村上中学となり、昭和23年の学制改革で村上高校となりましたが、昭和48年に現在地に移転。跡地には市役所が建てられ、この門監舎のみが残っています。

f:id:Sakasegawa3019:20211027163439j:plain

旧新潟貯蓄銀行村上支店

村上も古い建物が多く残る城下町ですが、ひときわ目を引くのがこちらの旧新潟貯蓄銀行村上支店。大正15年に建てられたもので、現在は第四北越銀行の車庫として使われています。防護ネットで覆われているのが残念ですが、埋められたアーチがまるで遺跡のような雰囲気を醸し出しています。隣の猫町珈琲店も良い雰囲気。

f:id:Sakasegawa3019:20211027163958j:plain

開運堂ベーカリー

こちらの開運堂ベーカリーも気になる建物。廃業して久しいようですが、かつては氷問屋兼パン屋だったようです。壁には「電氣パン」の文字があり、何やらハイカラなにおいがします。

f:id:Sakasegawa3019:20211027164326j:plain

村上の街並み

他にも気になる建物はまだまだありますが、またいずれゆっくりと来ることにして北上します。

f:id:Sakasegawa3019:20211027164500j:plain

諏訪神社

内陸部を北上し、旧朝日村の下新保へ。集落内にある2つの近代建築が目的でしたが、そのそばにある諏訪神社も「鎮守の森」と言った趣でついつい写真を撮りたくなってしまいます。旅の無事をお祈りしました。

f:id:Sakasegawa3019:20211027164938j:plain

下新保の洋館

下新保集落の中心、県道沿いに板張りの洋館が残されています。雰囲気からして旧郵便局だと思いますが、資料等もないのではっきりとしたことは言えません。

f:id:Sakasegawa3019:20211027165149j:plain

三面川

集落の北を三面川が流れています。普通の旅行者は来ないようなところですが、何とはなしにいい景色だなあと思いました。

f:id:Sakasegawa3019:20211027165419j:plain

三面川ドライブイン カツ丼

ここでようやく遅めの昼食。三面川ドライブインでカツ丼をいただきました。新潟名物たれカツ丼です。メニューには別に「カツ玉子丼」がある辺り、この辺では「カツ丼=たれカツ丼」なんだなと感じます。ドライブインの駐車場では選挙カーも休んでいました。

f:id:Sakasegawa3019:20211027165807j:plain

温出の洋館

さらに北上し、県境に近い温出の集落へ。集落内に板張りの洋館が残っています。佇まいからして旧診療所っぽいですが、こちらも資料がないので何とも言えません。

f:id:Sakasegawa3019:20211027170038j:plain

府屋中町

県境の町・府屋へ。この前放送された「ローカル路線バスの旅Z」でも出ていたバス停がこちら。別に聖地巡礼というわけではありませんが、近くに来たので撮ってみました。

f:id:Sakasegawa3019:20211027170225j:plain

ヘアーサロンKOBAYASHI

f:id:Sakasegawa3019:20211027170259j:plain

青木医院

府屋市街にも古い建物は残っています。青木医院の方はノーマークだったので、見つけた時は嬉しかったです。

f:id:Sakasegawa3019:20211027170557j:plain

府屋漁港の廃トンネル

府屋漁港のそばには廃トンネルが二つ並んでいます。左のトンネルは見るからに古く石積みで、右側の方は戦後のもののようです。

f:id:Sakasegawa3019:20211027170933j:plain

旧佐藤医院

ちょっと内陸に入った勝木市街にも近代建築は残っています。旧佐藤医院は昭和10年に建てられたものです。

f:id:Sakasegawa3019:20211027171210j:plain

だるまやウィリー事件現場

勝木を後に、笹川流れを見ながら国道345号を南下します。ここは水曜どうでしょうファンの聖地。大泉洋さんが事故を起こした現場です。この国道も当時はまだ崖に沿ってぐるっと回る旧道でした。こうした海沿いの道を走ると本当に部分的な旧道が多く、地形を克服してきた人間の営みが感じられます。

f:id:Sakasegawa3019:20211027171944j:plain

笹川流れの景色

少し南下したところで、いい感じに車を停めて写真を撮れそうなところがあったので停車。笹川流れはどこを切り取っても絵になるし、何度来ても景色の美しさに感動します。この写真を撮った後、上りの特急いなほに追い抜かれました。

f:id:Sakasegawa3019:20211027172235j:plain

桑川駅・道の駅笹川流れ

桑川駅に併設された道の駅でトイレ休憩。せっかくなのでお土産も買いました。無人駅のトイレは基本的に信用ならないものですが、ここは道の駅が併設されているのでもちろん綺麗でした。

f:id:Sakasegawa3019:20211027172506j:plain

鮭はらこ弁当

新潟駅に向かって走るうちに日が暮れ、秋の日の短さが感じられました。車を返却し、さて夕食に何を食べようかと考えていると駅弁売り場が目に入り、タイムセールで全品900円だったので買って食べることに。ちょうど鮭が有名なエリアを通ってきたことですしね。

夜行バス旅の場合、えてしてバスの時間までどう過ごすかが問題になるわけですが、今回は忠犬タマ公像前で出会ったおじさんと話が弾んだため、バスの時間まであっという間でした。新潟駅23:20発ウィラーエクスプレスH5260便に乗車し、翌朝池袋に到着。今回の旅で、気になっていたところをだいぶ回ることができたわけですが、栃尾新発田・村上はまたゆっくりと回りたいですし、今回行けなかったところにもいずれ行ってみたいものです。