まだ見ぬ駅を求めて~逆瀬の駅巡り旅~

駅巡りの記録をひたすら載せていくブログです。やたら更新する時と全く更新しないときがあります。

1/4 引退近い205系で東北本線駅めぐり

東北本線黒磯以南に未訪問駅が固まっていたので、次のダイヤ改正で引退する205系を記録するついでに訪問してきました。

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東北本線629M(Y1)

高田馬場を4:48発山手線外回り0403G(クハE234-8)で出発し、池袋5:00発埼京線川越行き545K(クハE232-7015)、赤羽5:20発宇都宮行き521M(クハE231-8019)を乗り継いで宇都宮へ。向かい側のホームには黒磯行き629M(Y1)が停車中。北へ向かういつもならこの編成に乗り継いでいくところですが、今日は見送ります。

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日光線825M(Y12)

日光線ホームには6:59発日光行き825M(Y12)が停車中。2本しかいない原型顔の編成のうち1本で、かつては埼京線で活躍していました。

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日光線827M(Y3)

しばらく待っていると日光線向けに改造された「いろは」Y3編成がやってきました。真ん中のドアを塞いで2扉化の上クロスシートに改造されています。やっつけ感のある改造ですが、新車投入まで4年間の繋ぎということを考えるとこれでよかったのでしょう

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日光線826M(Y5)

日光線826MはY5編成。この日の日光線の運用は「いろは」を除き湘南色の編成ばかり入っていました。

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東北本線633M(Y4+Y10)

一方東北本線633MはY4+Y10の8両編成で、後方は日光色の編成。もはや路線ごとのカラーの違いなどあってないようなもので、新型のE131系では日光線カラーのみ採用されるようです。

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東北本線635M(Y2)

小金井から直接やってきた635Mは日光色のY2編成。日光線湘南色が入る一方で東北本線には3本しかいない日光色のうち2本も入っていました。

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日光線830M(Y8)

日光線830Mは湘南色のY8編成。湘南色のメルヘン顔は6本もいて宇都宮の205系の中では最大派閥を形成していますが、乗ったり撮ったりできるのもあとわずかです。

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黒磯で折り返し発車を待つ638M

宇都宮8:32発普通黒磯行き637M(クハ205-611)に乗車し、黒磯へ。乗車したY11編成は埼京線から転属してきた原型顔の編成ですが、宇都宮方のクハ204-611は正面の緑帯が剥げてしまっています。引退が近いのでわざわざ塗り直したりしないのでしょうね。

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黒磯駅

黒磯は平成17年に黒磯市那須郡西那須野町塩原町が合併して誕生した那須塩原市の代表駅で、新幹線の高架下に駅舎が設けられています。直流と交流が切り替わる地点の駅であることから、旅客列車は当駅で全て分断されており、直通する列車はありません。関東の北限といった趣の感じられる駅です。

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片岡駅

黒磯9:48発普通宇都宮行き638M(クハ204-611)で片岡へ。昭和30年の矢板町(昭和33年市制施行)成立まで存在した旧・塩谷郡片岡村の駅で、平成27年4月に半橋上化されています。駅舎は斬新なスタイルですが、自由通路は一部を除き吹きっさらしで、冬はそれなりに冷える北関東には向いていない造りではないかと思ってしまいます。ホームは2面3線の中線を廃した片面並列2面2線です。

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蒲須坂駅

片岡10:48発普通宇都宮行き640M(クハE232-3525)で蒲須坂へ。大正9年11月に信号場として開業し、大正12年に昇格した駅で、東北本線黒磯以南の宇都宮線区間では唯一の無人駅です。駅舎は昭和45年3月改築の鉄筋コンクリート造平屋建て。関東では意外とこの規模の駅舎で無人化されているところを見る機会は少ないように思います。この駅も2面4線ですが、2面2線しか使われておらず、ホームの片面には柵が建てられています。

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氏家駅

蒲須坂11:19発普通宇都宮行き642M(クハ204-610)で氏家へ。平成17年に塩谷郡氏家町喜連川町が合併して誕生したさくら市の代表駅で、昭和13年3月改築の寄棟造の木造駅舎が現役で使用されています。階段の上に建つ木造駅舎は風格が感じられますが、構図が限定されるうえに障害物が多いので、しっくりくる写真を撮れるまでだいぶかかりました。

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矢板駅

氏家12:38発普通黒磯行き651M(クハ205-602)で矢板へ。矢板市の代表駅で、昭和9年改築の洋風木造駅舎が現役です。駅舎の屋根は赤い瓦ですが、かつては山並みが描かれていたようで、その跡がうっすらと残っています。2年以上前に訪問していますが、その時は逆光でした。

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西那須野駅

矢板13:16発普通黒磯行き653M(クハ205-604)で西那須野へ。平成17年の合併で那須塩原市となった旧・塩谷郡西那須野町の駅で、明治19年10月開業時から明治24年5月まで「那須」を名乗っていました。駅舎は新幹線の高架下に設けられており、改札口は2階にあります。かつては大田原への那須(人車)軌道、塩原口への塩原軌道、黒羽への東野鉄道が分岐する一大ターミナルでした。

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野崎駅

西那須野13:58発普通宇都宮行き654M(クハ204-604)で野崎へ。大田原市にある唯一の駅ですが、市の中心からは大きく離れたところにあるため、実質的には隣の西那須野が大田原市の玄関口としての役目を果たしています。明治30年2月、日本鉄道の駅としての開業時に建てられた木造駅舎が現役です。同名の片町線野崎駅より2年だけ早い開業ですが、利用者は向こうの方が圧倒的に多く約10倍です。駅名は昭和29年に大田原市塩谷郡矢板町に分割編入されて消滅した那須郡野崎村に由来しており、「那須」を意味するとのこと。駅前には屋島の戦いで扇を射抜いた伝説で有名な那須与一の像が建てられています。

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雀宮駅

野崎14:38発普通宇都宮行き656M(クハE232-3525)と宇都宮15:15発普通上野行き540M(モハE230-1032)で雀宮へ。昭和30年に宇都宮市編入された旧・河内郡雀宮町の駅で、隣の宇都宮駅とは7.7㎞も離れています。平成23年3月に橋上化されており、その際に新設された東口は長い通路の先の新幹線の高架下を潜ったところにあります。

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自治医大駅

雀宮15:39発快速逗子行き4533Y(モハE230-1054)で自治医大へ。僻地医療振興を目的として開学した自治医科大学の最寄り駅で、昭和58年4月に開業しました。この手のアクセス駅には珍しく大学へは徒歩7分と近いです。ちなみに今何かと活躍なさっている尾身茂先生は自治医大の第一期生だそうです。

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小金井駅

自治医大16:11発普通逗子行き2533Y(サハE231-1041)で小金井へ。平成18年の合併で下野市となった旧・河内郡国分寺町の駅で、折り返し列車が多数設定されていることから何かと駅名を耳にする機会の多い駅です。駅舎は新幹線高架下にあり、改札口は2階に設置されています。東京都小金井市にある各駅よりも古いため当駅が「小金井」を名乗っていますが、「小金井行きに乗れば小金井市に行ける」と勘違いする人が一定数いそうです。

キリがいいので今日はここまで。小金井16:32発普通国府津行き1623E(クハE231-8515)、大宮17:30発快速小田原行き2855Y(クハE231-8046)、池袋17:57発山手線内回り1760G(モハE234-66)を乗り継いで帰宅しました。