まだ見ぬ駅を求めて~逆瀬の駅めぐり旅~

駅めぐりの記録をひたすら載せていくブログです。やたら更新する時と全く更新しないときがあります。

1/9 東海道本線(静岡~三島)・伊東線駅めぐり

この日は静岡県東部の未訪問駅をめぐりました。

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静岡駅 ホーム

高田馬場4:38発山手線内回り0360G(クハE234-28)、品川5:10発東海道線小田原行き725M(モハE231-1531)、小田原6:22発東海道線熱海行き723M(クハE230-6012)、熱海6:49発東海道本線普通浜松行き425M(クハ210-5042)を乗り継いで静岡へ。静岡県の県庁所在駅で、以前新幹線で訪問していますが、在来線で改札を出るのは初めてです。在来線の駅は昭和54年10月に高架化されたもので、ホームは2面4線と県庁所在駅にしてはシンプルです。

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東静岡駅

静岡8:22発普通興津行き124M(クモハ313-2517)で東静岡へ。貨物駅だった国鉄東静岡駅が静岡貨物駅に移転した跡地を再開発して平成10年10月に開業した駅で、並走する新幹線をも跨ぐ自由通路には動く歩道も設置されています。駅周辺は静岡市の副都心として開発されており、静岡県コンベンションアーツセンタータミヤサーキットなどがあります。

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東静岡駅から見える富士山

この日は空がくっきりと晴れており、駅自由通路からは富士山の美しい姿を望むことができました。

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草薙駅

東静岡8:38発普通沼津行き738M(モハ313-2513)で草薙へ。明治44年4月に信号所として開設され、地元の請願によって大正15年4月に昇格した駅で、昭和30年に清水市編入された旧・有度郡(→安倍郡)有度村の玄関口でした。日本武尊草薙剣で火難を逃れた伝説ゆかりの草薙神社の最寄り駅です。平成28年9月に橋上化され、かつて旧駅舎があった側は「県大・美術館口」になり、北側の新幹線高架下に「学園口」が新設されました。それぞれ静岡県立大学・県立美術館、静岡サレジオ学園に由来します。

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清水駅

草薙8:58発普通熱海行き426M(クハ312-2312)で清水へ。平成15年に静岡市と合併した旧・清水市の代表駅で、昭和9年12月までは東海道江尻宿に由来する「江尻」を名乗っていました。合併直後の平成15年6月に現在の橋上駅舎が完成しています。昭和59年4月までは一日一往復の清水港線が分岐していました。「ちびまる子ちゃん」の作者・さくらももこさんの出身地であり、清水エスパルスの本拠地であることからそれにまつわる装飾が駅のあちこちに見られます。

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興津駅

清水9:19発普通熱海行き918M(クハ210-5037)で興津へ。東海道五十三次17番目の宿場・興津宿のあった旧庵原郡興津町(昭和36年清水市と合併)の駅で、昭和56年10月改築の駅舎は改札部分のみ天井の高い造りの平屋建てです。静岡方面からの列車の約半数が当駅で折り返します。この駅は以前に訪問済みですが、その時は窓口が閉まっていてスタンプを押せなかったので再訪しました。

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由比駅

興津9:40発普通沼津行き742M(クハ312-2323)で由比へ。東海道五十三次16番目の宿場・由比宿のあった旧・庵原郡由比町(平成20年の合併で静岡市清水区)の駅で、海と山に挟まれた狭い平地に所在しています。海に背を向けて建つ平たい駅舎は昭和54年3月改築で、温暖な土地らしく開放的な造りです。駅前は広場と道路を挟んですぐ斜面で、由比宿の中心からは結構離れています。

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蒲原駅

由比9:53発普通三島行き5744M(モハ313-2601)で蒲原へ。東海道五十三次15番目の宿場・蒲原宿のあった旧・庵原郡蒲原町(平成20年の合併で静岡市清水区)の駅で、蒲原宿と由比宿の大体中間にあたる旧堰澤村に設置されました。蒲原宿へは隣に後から新設された新蒲原駅の方が近いです。昭和42年2月改築の駅舎は一部2階建ての立派なもの。

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蒲原宿の街並み

蒲原駅から新蒲原駅にかけては古い建物が多く残っているので、しばらく散策。この快晴は富士山を見るにはちょうどいい天気でしたが、建物を撮る分には逆光になったり影落ちしてしまったりであまりありがたいとは言えませんでした。街歩きには曇りが一番いい天気かもしれません。

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新蒲原駅

一時間ほど歩いて新蒲原へ。昭和43年10月に開業した駅で、蒲原宿の中心に近いため、利用者数は蒲原駅の倍以上ありますが、駅舎はこじんまりとしています。駅前ロータリーにはさくらえび漁百周年を記念して平成6年に設置された漁船「さくら丸」のモニュメントがあります。

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富士川駅

新蒲原11:21発普通三島行き760M(クモハ313-2511)で富士川へ。平成20年に富士市編入された旧・庵原郡富士川町の駅で、昭和45年6月までは「岩淵」を名乗っていました。岩淵は正式な宿場ではない間宿(あいのしゅく)で、駅は岩淵村の隣の中之郷村に設置されました。正式な宿場町である蒲原を差し置いての駅設置ということで当時は大いに揉めたそうです。中之郷村は駅開業の2か月後に岩淵村、木島村と合併して富士川村となり、明治34年に町制施行しています。駅舎は改称と同時に改築された半橋上駅舎で、エレベーターは設置されていません。反対側の東口は至って簡素です。

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富士川駅ホームから望む富士山

ホームや跨線橋、駅前からは晴れていれば富士山の雄大な姿を目の前に見ることができます。静岡辺りと比べると大きな富士山で、さすが駅名に「富士」が入っているだけのことはあるなと思わされます。

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富士川

富士川駅を出ると、列車は日本三大急流の一つ、富士川を渡ります。障害物が少ない状態で富士山を眺められるこの車窓は長い東海道本線の中で最も美しい区間の一つでしょう。

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東田子の浦駅

富士川11:44発普通沼津行き764M(クモハ211-5615)で東田子の浦へ。昭和30年に富士市と合併した旧・富士郡元吉原村の駅で、地元の費用負担によって昭和24年9月に新設されました。駅舎と富士山を絡めて撮ることができる貴重な駅です。角度によっては電線が被ってしまいますが、「富士山を最も美しく見ることができる駅」でしょう。

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東田子の浦駅跨線橋からの富士山

ズームして見ると富士山の表面に築かれたつづら折りの登山道までくっきりと見えます。富士山に雲がかからない晴れた冬の日にこそ降りてみるべき駅だと思います。

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原駅

田子の浦12:16発普通三島行き768M(クモハ313-2510)で原へ。東海道五十三次13番目の宿場・原宿のあった旧・駿東郡原町(昭和43年沼津市編入)の駅で、武家屋敷風の木造駅舎があります。北向きに建てられている駅舎は晴れていればご覧のとおり逆光になるので、隣の東田子の浦駅とは逆に曇りの日に降りた方が綺麗に撮れるでしょう。

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原駅 ホーム

ホームは2面3線ですが、駅舎側の1番線は使われておらず、嵩上げもされていないため、2・3番線とは高さが違うのが容易に見て取れます。ホーム側からの駅舎を撮影していると地元のおじさんから「駅を撮ってるの?いい趣味だね」と話しかけられました。

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片浜駅

3分遅れの原12:39発普通沼津行き1450M(クモハ313-2607)で片浜へ。分割民営化のわずか11日前、昭和62年3月21日に開業した駅で、同日に西焼津、海老名、西仙台ハイランド仮乗降場も開業しています。昭和19年沼津市編入された片浜地区(旧・駿東郡片浜村)にあり、周辺は沼津市郊外の住宅街が広がっています。

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三島駅

片浜13:25発普通三島行き778M(モハ210-5062)で三島へ。伊豆国国府が置かれ、東海道五十三次11番目の三島宿で栄えた三島市の代表駅で、東海道新幹線伊豆箱根鉄道駿豆線も乗り入れています。平成25年9月改築の駅舎は富士山を模したデザインだった旧駅舎のイメージを継承したものですが、写真で見比べてみると均整の取れたスタイルだった旧駅舎にはさすがに敵いません。有人改札にはsuicaの精算で常に行列が出来ており、さすがにTOICAとのエリア跨ぎ問題を解消するか、「suicaでエリア跨ぎをすると精算に並ぶことで無駄な時間を費やしてしまう」ということを大々的に周知すべきなのではないかと思います。また、新幹線側の北口との間には自由通路も設置されておらず、駅舎を建て替えた割にはあまり便利になっていないというのが現状のようです。

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伊東線5649M

三島13:52発普通熱海行き1454M(クモハ211-5026)で熱海へ。熱海からは伊東線の駅をめぐっていきます。伊東線は伊東より先の伊豆急行線相互直通運転を行っており、JRの路線でありながら多くの普通列車には伊豆急行の車両が使用されています。その中には展望車付きの2100系も含まれており、特別料金なしでも乗れるというのがこの路線の魅力でもありましょう。

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伊東駅

熱海14:29発普通伊豆高原行き5649M(2156)で伊東へ。伊東線の終点ですが、多くの列車がこの先伊豆急行線内へ直通しています。伊東市の代表駅で、伊東温泉への下車駅であることから多くの観光客で賑わいを見せていました。昭和13年12月開業時に建てられた木造駅舎は天井の高い風格のあるもので、駅前の蘇鉄が南国風情を演出しています。三連休の中日ということもあってあまりの人の多さに疲れました。やはり有名観光地はオフシーズンの平日や早朝に行くのが良さそうですね。

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網代駅

伊東15:20発普通熱海行き5654M(8004)で網代へ。昭和32年熱海市編入された旧・田方郡網代町の玄関口ですが、駅自体は隣接する下多賀地区にあります。隣の地区にあるとは言っても網代温泉へは徒歩5分ほどとアクセスは良好。団体客を受け入れていた頃の名残で、駅舎外には団体用改札の跡が残されています。昭和10年3月開業時に建てられた木造駅舎は山の手の邸宅を思わせるような洋風デザインです。伊東延伸までの3年間は終着駅でした。

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宇佐美駅

網代15:40発普通伊東行き1653M(8155)で宇佐美へ。昭和30年に伊東市編入された旧・田方郡宇佐美村の駅で、宇佐美温泉への下車駅です。駅舎は網代などと共通の意匠が感じられる「兄弟駅舎」ですが、形状が異なります。

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伊豆多賀駅

宇佐美15:58発普通熱海行き5656M(2157)で伊豆多賀へ。昭和12年に熱海町と合併して熱海市となった旧・田方郡多賀村の駅で、駅前から階段を上ったところに木造駅舎があります。階段上からは海を望むことができ、春には「桜の名所」として多くの人が集まります。駅前には煙草屋が一軒あるくらいで、地区の中心は坂を下ったところのようです。伊東線の駅の中では一番静かで落ち着いた駅でしょう。

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来宮駅

伊豆多賀16:41発普通熱海行き1658M(8017)で来宮へ。東海道本線と並走する区間にある駅で、伊東線開業前は東海道本線来宮信号場が存在していました。現在も東海道本線の電留線が駅と東海道本線の間に設置されており、熱海折返しの列車が回送されてきます。どうせなら来宮折返しにしてくれればいいのにという気がしますが、1面2線の小さな駅では折り返し駅に出来るだけのキャパがないのでしょう。ここの駅舎も洋風のお洒落なものですが、ファザードが妻面に設けられているのが線内の他の駅と異なります。伊東線は起点の熱海を除く全駅に木造駅舎が残されており、今後も末永く使い続けていってほしいものだと思います。

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来宮駅 ホーム

熱海市内も散策してみたかったのですが、日も暮れてきたので今日はこれでおしまい。来宮17:09発普通熱海行き5660M(8251)と熱海17:18発普通高崎行き1924E(クハE230-8037)と品川18:59発山手線外回り1633G(モハE235-72)を乗り継いで帰宅しました。