まだ見ぬ駅を求めて~逆瀬の駅めぐり旅~

駅めぐりの記録をひたすら載せていくブログです。やたら更新する時と全く更新しないときがあります。

12/5 函館本線(札幌近郊)・札沼線駅めぐり

6日目は札幌近郊の駅を中心に巡りました。

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普通旭川行き923D

札幌を6:00発普通旭川行き923D(キハ40-1816+キハ40-1821)で出発。旭川方面への始発列車は札幌駅に乗り入れる最後のキハ40充当列車です。雪がほとんど無かった前日とはうって変わってこの日は雪が積もっていました。

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妹背牛駅

2時間以上乗り続けて妹背牛で下車。これにて岩見沢から先は全駅制覇となりました。雨竜郡妹背牛町の玄関口で、普通列車しか停まらない無人駅です。駅舎は平成元年改築で、宗谷本線蘭留駅とよく似たデザイン。待合室にはストーブが置かれていました。

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特急カムイ12号

妹背牛8:41発普通岩見沢行き2322M(モハ721-10)で滝川へ。9:02発特急カムイ12号札幌行き2012M(サハ788-1003)に乗り換えて札幌へ戻ります。

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手稲

札幌で10:05発普通ほしみ行き164M(クハ731-212)に乗り換えて手稲へ。札幌市手稲区の中心にある駅で、JR北海道では札幌駅に次いで第2位の利用者数を誇ります。明治13年11月、北海道で初めて鉄道が開業した際に設置された、利用者のある時だけ停車する簡易停車場(フラグステーション)がルーツの古い駅で、昭和27年までは「軽川」を名乗っていました。現在では札幌市郊外の拠点駅ですが、昭和42年までは札幌郡手稲町でした。駅舎は昭和57年に半橋上となりましたが、手狭であった事から平成14年5月に再改築されて今の駅舎になりました。

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発寒駅

手稲10:33発普通江別行き161M(クハ721-3017)で発寒へ。昭和61年11月に開業した駅で、当駅と稲積公園発寒中央が同時に開業するまで手稲~琴似間には駅がありませんでした。橋上駅舎で、自由通路で線路の両側の道路を跨いでいます。駅北口には鉄工団地があり、南口駅前にはマンションが立ち並んでいます。

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発寒中央

発寒10:52発普通岩見沢行き163M(モハ721-8)で発寒中央へ。発寒と同じく昭和61年に開業した駅ですが、当初は駅員無配置の臨時停車場でした。分割民営化時に駅に昇格し、昭和63年3月に橋上駅舎に改築されています。安政3年創建の発寒神社の最寄り駅で、発寒の本来の中心に近いからこの駅名になったのでしょう。

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あいの里公園

発寒中央11:08発普通江別行き165D(キハ201-104)と桑園11:23発普通あいの里公園行き1563M(クハ733-213)であいの里公園へ。札幌市最北端の駅で、あいの里ニュータウンの東部に設置されています。昭和33年開業の「釜谷臼」駅を昭和61年に移転し、平成7年3月に改称して誕生しました。当初は貨車駅舎で棒線駅でしたが、平成2年11月に改築されて相対式ホームになっています。札幌市中心部から続いてきた住宅街も当駅の先、当別町との境界を流れる石狩川でひとまず終わりを迎えることから、折り返し列車が多数設定されています。これらの列車は電化後の平成24年10月ダイヤ改正まではあいの里教育大で折り返していました。

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北海道医療大学駅

あいの里公園12:10発普通北海道医療大学行き2565M(クハ733-210)で終点・北海道医療大学へ。札沼線学園都市線)の終着駅で、駅前には北海道医療大学当別キャンパスの他は民家が数軒あるのみで、札幌都市圏の最果てと言った趣が感じられます。

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北海道医療大学駅

昭和56年12月に「大学前」仮乗降場として開業、翌年4月に駅に昇格、平成7年3月に現駅名に改称されました。当初は1番ホームだけの棒線駅でしたが、平成7年12月に折り返し用の2番ホームが新設されています。平成24年6月には当駅までの電化が行われましたが、昨年5月には当駅から新十津川までの末端区間が廃止されて終着駅となっています。ローカル線に新設された仮乗降場から都市近郊路線の終着駅へ、40年足らずの間に目まぐるしい変化を遂げた駅と言えます。

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新十津川方面に設置された車止め

石狩月形新十津川方面への最終運行から早一年8カ月。当駅から先の区間では設備の撤去や駅舎の解体も進みつつあります。隣の石狩金沢駅へ向かっていた線路には車止めが設置されていました。

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石狩太美駅

北海道医療大学12:45発普通札幌行き2566M(クハ733-117)で石狩太美へ。当別町西部・太美地区にある駅で、駅周辺は住宅街ですが離れるとすぐ農村地帯になります。平成2年11月改築の駅舎は「スウェーデンヒルズ」の最寄り駅であることにちなんだスウェーデン風のデザインです。スウェーデンヒルズ当別町西部の丘陵地が「ストックホルム近郊にそっくりだ」と当地を訪れた元駐スウェーデン大使の都倉栄二氏が発言したのがきっかけで誘致された新興住宅地で、日本とスウェーデンの交流の足掛かりとして建設されました。平成2年3月にはスウェーデン国王カール16世グスタフ陛下が来訪しており、それがきっかけで駅舎がスウェーデン風に改築されることになりました。

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石狩太美駅

駅名の「太美」は「当別」と「登江」から一文字ずつ取った合成地名で、内房線 太海駅との混同を避けるために旧国名を冠しています。ロイズタウン駅が開業する来年3月ダイヤ改正では石狩当別ともども「石狩」が外されて「太美」駅に改称される予定で、「石狩」を冠する駅名は消滅となります。

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石狩当別

石狩太美13:12発普通北海道医療大学行き2573M(クハ733-213)で石狩当別へ。石狩郡当別町の玄関口で、前述のように来年3月ダイヤ改正で「当別」に改称される予定です。昭和9年11月に札沼南線の終着駅として開業、翌年10月の浦臼延伸で札沼北線と繋がって札沼線となりました。駅舎は平成6年11月に橋上化、都市近郊駅らしい佇まいです。当別仙台藩岩出山城主だった伊達邦直が家臣らとともに開拓した地で、開拓には同じ伊達氏である宇和島藩の人々も加わりました。この縁で旧岩出山町を含む大崎市宇和島市姉妹都市提携を結んでいます。また、スウェーデンヒルズに関連してスウェーデンのレクサンド市とも姉妹都市です。

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あいの里教育大駅

石狩当別13:38発普通札幌行き2570M(クハ733-118)であいの里教育大へ。昭和61年11月に開業した駅で、あいの里ニュータウンの中心部にあります。北海道教育大学札幌校の最寄り駅で、駅名にもなっていますが、大学はニュータウンの北端にあって少し離れています。「あいの里」の地名は藍栽培の歴史と人々に愛される街への願いを込めて名付けられたもので、明治15年に藍の一大産地であった徳島県から入植した滝本五郎によって藍の大々的な栽培が行われた歴史を踏まえています。

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拓北駅

あいの里教育大14:04発普通札幌行き1572M(クハ731-116)で拓北へ。昭和42年12月に「東篠路」として開業した駅で、平成7年3月に改称されています。駅舎は開業時に他tられたブロック造りのもので、みどりの窓口が設置されています。「拓北」は拓殖精神を強調するべく昭和12年に名付けられた地名で、北海道勤労者住宅生活協同組合によって昭和38年から「ひまわり団地」が造成されて人口が増加したことから、住宅生協の請願によって駅が開設されました。

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上幌向

拓北14:41発普通札幌行き1574M(クハ733-117)で札幌へ。踏切内安全確認のため札幌を5分遅れで発車した15:08発普通岩見沢行き197M(クハ721-8)で上幌向へ。国道12号線と並走する区間にある駅で、周辺は新興住宅地です。平成9年に簡素な橋上駅舎に改築されましたが、自転車も通れる立派な自由通路が併設されています。駅自体は岩見沢市にありますが、鉄道の通らない石狩郡新篠津村の最寄り駅であることから、新篠津村営駐車場が設置されています。

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幌向

上幌向16:09発普通小樽行き232M(モハ721-3020)で幌向へ。明治15年11月、幌向原野に設置された官営幌内鉄道の「幌向太」フラグステーションが前身で、ほどなく一般駅となって改称されました。昭和後期より札幌市のベッドタウンとして開発が進み、平成10年3月に橋上化されています。みどりの窓口も設置されており、上幌向より大きな橋上駅舎ですが、接続する自由通路は似たような造りです。

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特急カムイ29号

幌向16:39発普通岩見沢行き217M(モハ733-3102)と岩見沢16:55発特急カムイ29号旭川行き2029M(クハ789-1001)でこの日の宿泊地、旭川へ。トンネル内速度を落として運転したため、3分遅れで到着しました。

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蜂屋 しおラーメン

夕食は旭川ラーメンの名店・蜂屋のしおラーメン。背徳的なラードが冷えた身体にたまりません。この日は東横イン旭川駅東口に宿泊。翌日はいよいよ最終日、廃止予定の歌内駅を目指します。