まだ見ぬ駅を求めて~逆瀬の駅巡り旅~

駅巡りの記録をひたすら載せていくブログです。やたら更新する時と全く更新しないときがあります。

12/16 極寒の八戸線駅めぐり

東北遠征四日目は八戸線の駅を巡りました。八戸線駅めぐりはこれが二度目、宿戸から先に乗るのはこれが初めてです。

大蛇駅

本八戸を6:13発普通久慈行き425D(キハE131-502)で出発し、大蛇(おおじゃ)で下車。県境の町・青森県三戸郡階上町の海に面した集落にある駅です。駅名はアイヌ語で「深い岸」を意味する「オホ・チャ」に漢字を当てたものだと言われています。所在地は明治22年の町村制で階上村となるまでは三戸郡道仏村(どうぶつむら)でした。開業は昭和31年12月10日、ホーム上には開業時に建てられた木造待合室があります。訪問時はちょうど通勤・通学時間帯で八戸方面へ向かう人たちが集まってきていました。

陸奥白浜駅

大蛇6:57発普通八戸行き426D(キハE132-503)で陸奥白浜へ。夏には海水浴場となる白浜海岸を見下ろす高台の駅で、昭和36年4月15日開業。ホーム上に簡素な待合所があるほか、昔は入口の階段脇に海水浴シーズンのみ使用される切符売り場がありました。鮫駅との間には遊園地アクセスのための臨時駅「プレイピア白浜」があったものの、長期休止を経て平成24年3月17日に廃止されています。

種差海岸駅

25分ほど歩いて隣の種差海岸へ。大正13年11月10日の八戸(現:本八戸)~種市間開業時に「種差」として開業した駅で、平成14年12月1日に改称されました。名勝・種差海岸の最寄り駅で、駅前の坂を下っていくと海岸に出ます。観光地らしく旅館や食堂の建物が多いですが、時間帯ゆえかオフシーズンゆえか営業しているものはありませんでした。駅前には「大正の広重」と称された鳥瞰図絵師・吉田初三郎の旧居跡があります。駅舎の築年は不詳ですが、おそらく平成10年代くらいのものでしょう。ひょっとすると改称と同時に改築したのかもしれません。

陸中夏井駅

種差海岸7:55発普通久慈行き429D(キハE131-506)で県境を越えて岩手県に入り、陸中夏井へ。昭和5年3月27日、陸中八木~久慈間が開通して八戸線が全通した際に開業した駅で、駅名は昭和29年11月の久慈市成立まで存在した九戸郡夏井村に由来します。昭和59年10月改築の駅舎はワフ29500形有蓋緩急車を改造した貨車駅舎です。貨車駅舎は東北にも数多く設置されたものの、現存するのは当駅と奥羽本線中川駅の二つのみ。ワフ29500を種車とする貨車駅舎は東北では当駅のみで、全国的に見ても他に鵜苫駅日高本線)、二代目夕張駅(石勝線、現存せず)東久根別駅(道南いさりび鉄道)、信濃平駅飯山線)があるのみの少数派です。

陸中夏井駅 駅舎内

陸中夏井駅 駅舎内

室内はこんな感じ。車掌室部分が貨車時代の姿を色濃く残している一方、荷物室部分は採光のために窓が開けられています。出入口は荷扉跡に設置されていて、貨車時代に使われていたデッキへの扉は開きません。天井は貨車時代のままです。

陸中夏井駅 デッキ部分

デッキも原型に近い姿で残っています。ブレーキハンドルもそのまま。前述のようにこちらの扉は開かないので、デッキは通り抜けることしかできません。

角の浜駅

陸中夏井9:21発普通八戸行き436D(キハE132-502)で角の浜へ。県境の岩手県側にある駅で、昭和29年8月5日に開業しました。ホーム上には八戸線標準仕様の木造待合室があります。上写真には遠くで勝手踏切しているおじいさんが写りこんでいますが、きっと鉄道林の向こうの集落からやってきたのでしょう。地図で見ると久慈方には500m先まで踏切がなく、これは確かに不便だなと思わされます。

侍浜駅

5分遅れの角の浜10:18発普通久慈行き435D(キハE131-505)で侍浜へ。昭和5年3月27日、陸中夏井と同時に開業した駅で、駅名に反して海から遠く離れた山の中にあります。当駅の前後は八戸線で最も山深いところで、角の浜駅よりもよっぽど県境らしい雰囲気です。駅があるのは集落の一番奥まったところで、あまり駅前らしい活気はありません。丸窓のある駅舎は平成20年3月改築で、それ以前は開業時の木造駅舎がありました。平成16年10月に無人化されるまでは交換可能駅で、対向ホーム跡が藪に埋もれながらも残っています。

侍浜の洋風建築

駅前通りには出窓が目を引く洋風建築が建っていました。現在は空き家のようですが、昔は何かの店だったのでしょうか? 侍浜は昭和29年11月の久慈市成立まで九戸郡侍浜村だったところで、駅がある堀切(ほっきり)集落は村の中心からは大きく離れています。

金浜駅

5分遅れの侍浜11:28発普通八戸行き442D(キハE132-506)で県境を越えて青森県に戻り金浜へ。昭和31年12月10日、両隣の大久喜駅大蛇駅と同時に開業した駅で、鉄道林に挟まれた切通にホームがあります。鉄道林が周囲を囲っているため駅からは人家が見えず寂しげな雰囲気ですが、集落自体はそれほど離れていません。駅名は明治22年の町村制で鮫村が成立するまで存在した旧:三戸郡金浜村に由来します。ホームへは線路を跨ぐ陸橋から階段を下りていくアプローチですが、見ての通り階段を途中で付け替えて上り口を待合室近くに付け替えた痕跡があります。

玉川駅

金浜13:07発普通久慈行き441D(キハE131-501)で玉川へ。昭和29年8月5日、角の浜駅・宿戸駅と同時に開業した駅で、ホーム上にはもはや今日一日で見慣れてしまった八戸線標準仕様の木造待合室があります。九戸郡洋野町種市の玉川集落に位置し、それほど海が遠いわけではありませんが、駅から海は見えません。写真を撮っていると駅前の民家の方から「綺麗に撮れましたか?」と声をかけられました。

階上駅

玉川13:45発普通八戸行き446D(キハE132-505)で階上(はしかみ)へ。県境の青森県側の町・三戸郡階上町の玄関口ですが、階上町の中心は内陸にあって当駅からは大きく離れています。ホーム鮫寄りからはチラリと海が見えますが、駅舎のあたりからは見ることができません。

階上駅 腕木式信号機

鮫~久慈間においては陸中八木と共に数少ない交換可能駅で、平成17年12月10日のCTC化で無人化されるまでは有人駅でした。大正13年11月開業時の木造駅舎が長らく使用されていたものの、平成25年12月に改築されています。平成23年3月11日の東北地方太平洋沖地震では津波の影響で八戸線の一部区間が長期で不通となり、3月24日から8月7日までは当駅で折り返し運転が行われていました。8月8日の種市までの運転再開後、種市駅が本来折り返しに対応していないことから運転扱いの駅員が無人駅となっていた当駅に翌年3月17日の全線運転再開まで派遣されていました。駅前にはCTC化まで使用されていた腕木式信号機と転轍機が保存されています。転轍機に架けられた屋根は旧駅舎をイメージしたもの。

TOHOKU EMOTION

次の列車を待っているとホームにTOHOKU EMOTIONがやってきました。八戸線で運行される観光列車で、車内ではランチやデザートを楽しむことができます。階上駅には停車しませんが、列車交換の都合上運転停車を行うようです。車両は釜石線の急行「陸中」向けに製造され、快速「はまゆり」で使用されていたキハ111-2+キハ112-1と小海線普通列車に使用されていたキハ110-105を改造した3両編成です。

有家を発車し、陸中中野へ向かう列車

4分遅れの階上15:17発普通久慈行き445D(キハE130-504+キハE130-503)で有家(うげ)へ。駅の陸中中野方は海岸線に沿った線路がホームからよく見えるため、発車した列車の姿がしばらく遠くに見えていました。有家駅の前後は八戸線の中でも特に海がよく見える景色の良い区間です。有家駅昭和36年12月25日開業、駅の周辺は明治22年の町村制まで北九戸郡有家村でした。

有家駅

有家は太平洋が目の前に広がる眺めの良い駅で、周囲には人家が数軒しかありません。海の近さゆえに東北地方太平洋沖地震では津波の被害を受け、駅南の踏切から先の線路が流されました。ホームや待合室にも被害があったようで、待合室は震災後の平成23年12月に改築されています。復旧して営業を再開したのは震災から一年が経った平成24年3月17日でした。

有家駅近くの海岸

次の列車まで2時間近くあるので周辺を散策しようと思いましたが、海から吹きつける風のあまりの冷たさに断念し、待合室へ戻りました。すっかり暗くなってからやってきた有家17:27発普通八戸行き454D(キハE132-501)で本八戸へ戻り、昨日と同じホテルに連泊しました。八戸線の未訪問駅も残すところ平内、種市、陸中八木、陸中中野、久慈の5駅のみで、三陸鉄道駅めぐりのついでにでも片付けたいところです。