まだ見ぬ駅を求めて~逆瀬の駅めぐり旅~

駅めぐりの記録をひたすら載せていくブログです。やたら更新する時と全く更新しないときがあります。

12/31 年の終りに南海和歌山港線廃駅めぐり

もう2月が始まって一週間経ってしまいましたが、まだ去年の分の記事が残っているのでさっさと書いてしまおうと思います

晦日は家族で父の実家のある和歌山へ帰省しましたが、祖父の墓参りに行ったついでに父と和歌山市内をドライブして和歌山港線の廃駅跡などを巡ってきました
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途中道に迷いましたが、和歌山港駅の隣にあった築港町(ちっこうちょう)駅跡へ
昭和31年の開業当初は和歌山港駅を名乗っていましたが、昭和46年に水軒まで延伸した際に現在の和歌山港駅にその名を譲って、築港町に改称され駅も移転されました
利用者数減少に伴い、平成17年11月27日に築地橋駅・久保町駅と共に廃止されました。廃止時の一日の利用者数は38人

駅跡はほとんど何も残っていないと言ってもいいほどですが、跡地が再利用されず線路際の不自然な空き地になっているので分りやすいです
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港町駅から800mほどのところにあった築地橋(つきじばし)駅跡
昭和31年の開業から平成17年の廃止までずっとカーブしたホーム一つだけの簡素な駅でした。廃止時の利用者数は45人
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駅跡には、切り崩されてはいるものの石積みのホームが残っています
線路側から見るよりホーム裏の方から見た方が駅の痕跡がわかりやすいと思います
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旧築地橋~旧築港町間を走る和歌山市行き5807(7969+7195)
これを撮った後、久保町(くぼちょう)駅跡へ
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久保町駅は、国道の高架下にひっそりと存在していたホームだけの簡素な駅でした
廃止時の利用者数は82人と他の2駅よりは多いですが、県庁所在都市の街中にあった駅としてはあまりにも少なすぎます(同じ南海でも未だ現役の汐見橋線木津川駅の2012年の利用者数も86人と少ないわけですが)
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駅裏の歩道橋から見下ろした駅跡
現役時代の写真と見比べるとあまり変わっていないことに気付かされます
実際はホームも切り崩されているわけですが・・・
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久保町駅跡を通過する和歌山市行き5812(7195+7969)
先程、駅間で撮った列車の折り返しです

この後、寄り道をしながら水軒駅跡へ
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平成14年に路線ごと廃止された和歌山港~水軒間のうち和歌山港寄りには未だ道床が残っています(写真は中央卸売市場北交差点付近)

しかし、水軒寄りは跡地の再利用も進んでいるため、あまり痕跡はありません
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昭和46年に開業し、平成14年に廃止された水軒駅跡
木材輸送を目的に和歌山県が建設した路線ですが、開業時には木材輸送は既にトラックに切り替えられていたため、一度も木材輸送の貨物列車が走ることなく廃止されました
旅客列車の方も開業から廃止まで一日2往復しかなく、果たして鉄道路線としての存在意義があったのかどうかは疑問です

駅跡はドッグランが整備されていたり、堤防が移設されていたり、植樹されていたりで、駅だった頃の面影はほとんど残っていません
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唯一の遺構と言ってもいいのが、車止めの先でバラストを受け止めていたと思われるコンクリートの構造物
周辺には少しですがバラストが落ちていました

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水軒駅跡を見た後は、「日本のアマルフィ」と呼ばれている雑賀崎
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雑賀崎近くの田野という所から、紀伊水道に沈む夕日を眺めてから祖母宅へ帰還し年越しを迎えました