まだ見ぬ駅を求めて~逆瀬の駅めぐり旅~

駅めぐりの記録をひたすら載せていくブログです。やたら更新する時と全く更新しないときがあります。

2/20 可部線廃駅めぐり

4日目は平成15年12月1日に廃止された可部線可部~三段峡間の廃線跡を辿ります。

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あき亀山駅

8時に宿を出発し、まずはあき亀山駅へ。廃止区間のうち可部を出て一駅目にあった河戸駅を復活させる形で平成29年3月4日に開業した駅ですが、旧河戸駅跡地からは400mほど離れています。駅前には広々としていますが、病院を建設中なので数年後には様変わりしていることでしょう。

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移設された河戸駅

廃止後も残っていた河戸駅の待合所と駅名標あき亀山駅近くに移設保存されています。現役当時の河戸駅は単式ホームだけの簡素な無人駅で、市街地の中にありながらもローカル駅然としていました。

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今井田駅

あき亀山から太田川に沿って進むと一気に山深くなります。今井田は小集落にあった小さな駅で、待合所はフェンスで塞がれているものの線路が撤去された以外はほとんど現役当時のままの姿で残存しています。

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安芸亀山駅

安芸亀山は駅跡地が県道の拡張に利用されたため駅の痕跡はほとんど残っていません。現役当時の写真でも確認できる駅前の酒屋は今も変わらず営業しています。

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毛木駅

民家の裏手にひっそりと存在していた毛木駅はホームだけが苔むして残っています。上写真を撮った地点で振り返ると頭上を広島自動車道が通っています。

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安芸飯室駅

国道191号に面した立地の安芸飯室は、昭和46年に広島市編入された旧安佐郡安佐町中心市街地の西の外れにありました。昭和11年開業時の駅舎とホーム・線路の一部が保存されており、駅舎は喫茶店として使用されていますが、この日はお休みでした。

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布駅

昭和46年8月15日、終戦のちょうど一年後に開業した布は、昭和29年の加計延伸まで終着駅でした。廃止時点では棒線駅で、駅舎もありませんでしたが、立派な上屋が残っていたそうです。廃止後、上屋は撤去されましたが、ホームと線路が廃棄物置き場になりながらも残っています。対向ホームも残っていますが、果たしてどこまで入っていいものか分からないので敷地外から数枚撮るに留めました。

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河内駅

小河内にはコンクリート造の駅舎がありましたが、廃止後に撤去されてホームが残るのみです。廃止まで使われていたホームのほか、貨物ホームらしきものも残っており、そちらには桜の木が植えられています。春になればさぞかし綺麗なことでしょう。

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安野駅

安野駅は「安野花の駅公園」として整備されており、キハ58 554が保存されています。現役当時は野良猫が住み着き、「猫の駅長」として知られていた駅でした。駅舎も残っていますが、中に入ることはできませんでした。訪問時、駅舎の正面側はちょうど逆光でロクな写真を撮ることができませんでした。

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水内駅

廃止後の平成17年に広島市編入された旧佐伯郡湯来町唯一の駅だった水内は駅跡が公園として整備されています。現役当時あったコンクリート造の駅舎は撤去され、モニュメントとして残る上屋に駅名表示のみが移植されています。

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坪野駅跡

小集落の中にひっそりとあった坪野は、線路跡が道路に転用され、ホーム跡が駐車場になっています。痕跡は全くと言っていいほど残っていません。現役当時はホームだけの無人駅でした。

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国鉄2万キロ記念碑

坪野駅跡の少し先に「国鉄2万キロ記念碑」が残されています。国鉄の営業距離が2万キロを達成したことを記念した碑で、レールが無くなった今となっては道路の分岐点に立つ格好になっています。

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田之尻駅

昭和44年まで筒賀を名乗っていた田之尻は線路が撤去された以外はほとんど現役当時のまま残っています。待合所も閉鎖されておらず、時刻表やJRのロゴも残っています。

昭和31年の開業時は山県郡筒賀村唯一の駅であったことから、仮乗降場からの昇格時に「筒賀」を名乗ることになりましたが、昭和44年の加計~三段峡開通時に、筒賀村中心部にも駅ができたことから、そちらに駅名を譲って、仮乗降場時の駅名に戻されています。

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津浪駅

太田川を渡って加計町に入った津浪駅は、国道191号線に面した駅でした。廃止後、ブロック造りの待合所やホーム、線路は撤去され、駅跡は「ぷらっとホームつなみ」という道の駅的な飲食店になっています。生憎この日は定休日でした。

存廃問題で揉めていた頃は、サザンオールスターズ桑田佳祐さんを呼んで「TSUNAMI」を歌ってもらって可部線を活性化しようという動きもあったそうですが、結局実現しませんでした。

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香草駅

昭和41年開業の香草駅はホームと待合所だけの簡素な駅でした。駅跡は広場として整備され、駅名標と踏切の標識がモニュメントして残されています。

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加計駅

廃止区間最大の駅だった加計は、旧山県郡加計町の中心地にありました。売店もあったという駅舎は姿を消し、広かった駅構内は駐車場などになっています。街の大きさを見るにつけ、三段峡までは無理でもここまでは何とかならなかったものかと思うのですが、やはりこのモータリゼーションの時代ではキツかったのでしょうか。

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動態保存されているキハ28

駅跡の外れにはキハ28 2384が動態保存され、イベント時には展示走行が行われるそうです。訪問時は車庫にしまわれていましたが、駐車場の端だったので車に遮られてあまりいい構図で撮れませんでした。

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木坂駅

昭和44年に開業した公団建設線区間に入って最初の駅・木坂は、並走する国道186号から長い階段を登った築堤上にあった駅で、線路は撤去されていますが、ホームと待合室はそのまま残されています。国道側から見るととても廃駅とは思えません。

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殿賀駅

木坂と比べると低い築堤上にあった殿賀駅は整備の上保存されており、レールも残っています。待合室は木坂と同型ですが、こちらは閉鎖されておらず立ち入りも可能。昭和63年7月21日に当地で土石流が発生した際には、築堤が砂防ダム代わりになって土石流をせき止めたので、築堤の下流側にある病院や集落は被害が少なかったそうです。

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上殿駅

中国自動車道戸河内ICのすぐそばにあった上殿は、田んぼと集落に挟まれた立地の駅でした。跡地は更地になり、痕跡はほとんど残っていませんが、路盤跡が細長い空き地となって伸びています。

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漬物焼きそば

上殿駅跡近くの道の駅来夢とごうちで昼食。野菜の代わりに漬物を入れて焼いた漬物焼きそばは安芸太田町B級グルメ。家で作る焼きそばにも漬物を入れてみようかと思うくらい美味しい組み合わせでした。

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筒賀駅跡

山県郡筒賀村の玄関口だった筒賀は、可部線では唯一太田川から離れたところにある駅でした。昭和60年までは有人駅で、廃止までコンクリート造平屋建ての駅舎がありましたが、廃止後に解体されて築堤上にあったホームへの階段だけが残っています。

ホームや線路も残っていませんが、駅前らしい雰囲気がよく残っているので、一目で駅跡だと分かります。ちなみに写真に写っている橋の名前は駅が無くなった後も「駅前橋」のままです。

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山県郡安芸太田町役場筒賀支所(旧筒賀村役場)

駅跡から少し離れた筒賀村の中心部には、昭和11年に建てられた旧筒賀村役場が残っています。築80年を越えて今なお現役で、美しく保たれているだけでも素晴らしいですが、正面に「場役村賀筒」と右書きで残っているのもまた素晴らしいです。合併すると大抵は「○○支所」に書き換えられてしまいますからね。

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土居駅

トンネルを抜けて再び戸河内町に入ったところにあった土居は、築堤上の駅でした。ホームと待合室が残っていますが、見ての通り待合室は屋根と壁が飛んで骨組みだけになっています。こんなになっても放置している辺り、やはり築堤上の駅は撤去費用がかさむのかもしれません。朽ちるに任せているといった趣です。

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河内駅

旧戸河内町の中心部にあった戸河内は、廃止まで有人駅でした。駅名標がモニュメントとして残された以外は全て撤去され、駅跡は駐車場などになっています。

安芸太田町役場(旧戸河内町役場)がすぐ目の前にありますが、訪問時は耐震改修中とのことで玄関を除き閉鎖されていました。

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三段峡駅跡

終点・三段峡は、名勝・三段峡の玄関口にあたり、かつての駅前はいかにも昭和の観光地といった雰囲気です。三角屋根の大きな駅舎は廃止後の平成17年に解体され、駅跡は駐車場や交流施設になっています。モニュメントとして駅名標と車止めが設置されていますが、どちらも現役当時のものではないレプリカのようです。

計画ではこの先、中国山地の険しい山を抜けて芸北・旭町・今福を経て浜田に達する予定でしたが、一部が今福線として着工されただけで開業には至っていません。

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三段峡の入口の橋の上から

せっかくここまで来たのだから、三段峡を見ていこうかと思いましたが、ちゃんと見ようとすると登山のようになりそうだったので諦めました。雪も残ってるし軽装だったので、三段峡をじっくりと見るのはまたの機会にしましょう。

この後は、未成区間の斜坑跡を見、橋山駅と芸北駅の予定地を訪ねましたが、情報の少なさゆえに場所に確証を持てず、その上絵面も地味で分かりづらいので割愛とします。

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普通糸崎行き374M

色々あって、広島駅に戻ってきたのは18時ごろ。レンタカーを返却し、マクドで夕食を取ってから広島19:16発普通糸崎行き374M(クモハ227-18)に乗車。当初の予定では、東京行き夜行バスに乗ることにしていましたが、福山周辺のいくつかの駅が無人化されてスタンプが廃止されると聞いたので予定を変更。21日は山陽本線福塩線で途中下車を繰り返してから新幹線で帰ることにしました。広島で泊ってもよかったのですが、ゆっくりしたかったので、鍵付防音個室のある三原の快活クラブに宿泊するために三原へ。4日間同行した友人は今日中に行ける所まで行くとのことだったので三原でお別れ。

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三原駅

山陽本線呉線が分岐する三原は、海に面した城下町・三原市の代表駅。新幹線も停車しますが、停車するのはこだまのみなので本数はあまり多くありません。色々と気になる街ではありますが、今回は宿泊だけなのでまたいずれゆっくりと散策に来ることにしましょう。